Prologue, Lillie Veils VICE
目の前にひどく怯えた人間がいる時、私はその理由を必ず聞くようにしている。
その内容は様々で、多くは過去、もしくは未来、あるいは現在。より区分けするなら過去に遭遇した不幸か、未来に待ち受ける絶望か、今目の前にいる私に対してか。
過去や未来に怯えるのなら、それは結構。
なぜなら、私の会社が正確かつ効果的に作用しているからだ。
目の前の私に怯えること、それは重畳。
私自身がきちんと仕事をしていることに他ならない。
「──以上が、今回私がご提案させていただく武器密輸入の詳細となります。ご質問はありますか? 伯爵」
目の前の白髪の老人は、手にはめた宝石の指輪をカチカチと鳴らす。思考しているというより、不安や焦燥からくるものだろう。
「き、金額は問題ない。しかし……これだけ武器を一領主である私が所有すれば王はもとより他の貴族も敵に回す……」
「反逆するには十分すぎる武器量だと思いますが?」
「そっ、それが問題だと言っているのだ!」
目の前の老け込んだ男は私に怒鳴りつけた。
その怒声は恐るるに足らない、小動物の威嚇ほどの効果しか私にもたらさなかったが、血の気の多い私の秘書は非常に気に食わなかったようだ。
見ずともわかる。
大方私に唾を飛ばしたという理由で彼女は猛っているのだろう。
バキバキと衣服の下から、この哀れな老人をいつでも殺せるように準備し始めた。その音は私にしか聞こえない。そして、その命令を実行させるのも私しかいない。
だから、彼女は私の命令をじっと待っている。
さて、どうしたものか。
手っ取り早く済ませるのもアリだ。
そう考えて沈黙する私を、何かに怯えてると勘違いしたのか目の前の老人はさらに吠えた。
「いいか! 他の貴族は王の権威が弱まる時を待っていて、それ以外は敵同士! 同盟を結ぼうが、娘を差し出そうが敵とみなせば喰らう! これだけの武器を私が仕入れたとなれば、確実に暗殺される!」
「では、商談は中止にされますか? 大口の契約ということもあって、こちらも準備に時間を割いたのですが……」
「そっ、その分の費用は払う! その代わり、この商談は白紙に戻してくれ! 金が欲しいのなら、しかるべき時に購入させてもらう」
私は頭の中の人物図鑑をペラペラとめくって、そのあと費用対効果を考える。要するに合理的かつ論理的な結論を導くということだ。商売人として。
「承知しました、アンドリュー伯爵。輸送費、人件費等の雑費はこちらで受け持ちます。伯爵から私たちへお声がけいただける日を楽しみにさせていただきますね」
「あっ、あぁ! もう帰ってくれ! 貴女がここまで出向いたという噂が立つだけで立場が危うくなる!」
私は大きな商機だと思って出向いたのだが、厄介者扱いされるなら仕方ないだろう。想定の範囲内である。
私はゆっくりと窓辺へ行き、一面に広がる綿畑を臨んだ。
「時に伯爵、綿の収穫には多くの労働者と時間を必要とすると聞きました。これほどの綿花の手入れはさぞ大変でしょう」
「そ、それがなんだ。この綿畑はこの私の権威そのものだ。労働や管理の辛さがわからない年齢の小娘に何がわかる!」
「いえ、非常に都合が良いなと思いまして」
「はぁ? 都合が良いだと?」
私は疑問符を浮かべている伯爵を尻目に、秘書に話しかけた。
「桜百肢」
「はい、お嬢様」
「綿花ってどの程度燃えやすいのかしら? あんなにフワフワで乾燥してて……気にならない?」
「えぇ、気になります」
私は上目遣いで桜百肢を見る。
桜百肢はすぐに理解して、行動に移す。
「ま、まさか! やめてくれ!」
もう遅いよ、お爺ちゃん。
「お嬢様の命令ですよ。燃やし尽くしなさい、《呪炎百足》」
桜百肢はそう言って腕を伸ばした。そこから紫色の炎を纏った無数の百足が飛び出す。その百足たちは窓を破って、綿畑に紫炎と紫煙を立ち上らせる。
指定した対象のみを燃やす呪いの炎。
燃え移ることはないが、燃え止むこともない。
「わ、私の綿花……収穫が……」
状況をイマイチ飲み込めていなかった老害に、現実を直視させる。
「聴け、老害」
私はアンドリューの口を掴んだ。
それほど私の秘書が行使した力が怖いのか、汚い小便が漏れている。
「お前は私の会社から武器を購入し、秘密裏に研究しようとした。そしてよりにもよって、他国の貴族へ情報を売り渡す約束までしていた」
「あッ……がっ」
「何度も唾を飛ばすな。聴けと最初に言ったのがわかんないのか?」
必死で首を横に振るアンドリュー。
私はいっそう腕に力を込めた。
「いいか? お前がやったのは私の描いた絵にクソをぶちまけた挙句、劣化模造品を我が物顔で売り捌いたに等しいんだよ。わざわざ私が出向いた理由は直接制裁しにきたからだ。そのくらいわかるよな?」
アンドリューは恐れで返答もできない。ストレス反応で涙を滝のように流し始めたのが、ひどく不快だ。老人の液体なんてものをかけられたら最高級の石鹸で洗わなきゃならない。
「お前の収入源である綿花は燃やした。でも労働者は燃えてない。そういう炎だからな。どうやって金を稼ぐか教えてやる」
私は提案書を突きつけた。
アンドリューがよく見えるよう契約条項が目に映るほど近づけてやった。サイン用のペンが目に近い意味も今の状況なら馬鹿でもわかる。
鉄槍を予備も合わせて100ダース、粗悪な短剣を同じく100ダース、試作型ライフル銃を3丁、アーティファクト『望郷のペンダント』を1点。密輸入はこちら独自の方法。秘密工作がバレても保証は無し。それでしめて金貨6000枚。人1人なら600年は遊んで暮らせる。
「戦争だよ。しかるべき時に購入するだと? 収入源を失った今がまさにその時だ。違うか? ゴタゴタ寝言を吐かすのは勘弁だぞ。それともなにか? 私だけじゃなく私の会社にも小便をかける気か?」
私は、そこでようやっと腕の力を抜いた。
桜百肢が、床に落ちたペンを机に突き立てる。
伯爵が嗚咽混じりにサインし終わるまで、私はシルクのハンカチで手を拭いていた。
サインを確認し、印にも問題がないことを確認した私は1枚を丁寧にしまい、もう1枚を伯爵に保管させた。
商談成立。私はにっこりと伯爵に微笑みかけた。
「では、私たちはこれで。北方と南方の領主とも同じような契約を結んだので、同盟を組むのがよろしいかと」
最後に飴を与えて、私は扉を開けた。
桜百肢が扉を閉める前に、伯爵をはっきりと右目で捉えて挨拶をした。
「今後とも、シャトー・アルドラをご贔屓に」
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