第39話 3つ目
前後左右、ときには天井を足場に頭上から。
とにかくあらゆる方向から、斬撃の雨を降らせる。
障壁に死角がないか調べているんだが、どうにもそう言ったことは期待出来ない。
ボアレロは敢えて無防備で僕の攻撃を受け続け、挑発的な笑みを浮かべていた。
あるいは、あれが素の顔かもしれないが。
それはどうでも良いとして、そろそろ次の段階に進もう。
脚に神力を溜めた僕は即座に【白牙】を発動し、刃が障壁に触れた瞬間――
「【閃雷】」
魔法を繰り出した。
物理攻撃無効の障壁が展開されると同時に魔法を撃てば、突破出来るかもしれないと踏んだのだが、そう簡単には行かないらしい。
【閃雷】の接射を受けてもボアレロは無傷で、勝ち誇ったように声を投げて来る。
「流石だな、イレギュラー。 だが、いくらお前でも、スキルとスキルの間には僅かなズレがある。 本当の同時でもない限り、この障壁を破ることなんざ不可能なんだよ」
明らかに上から言っているが、この男は本当に愚かだな。
戯言を無視した僕が行動を再開すると、ボアレロは苛立たしそうに舌打ちして言い放つ。
「もう良い。 グレビーもレイヌも、ついでにあの裏切り者も死んじまったみたいだからな、お前だけに時間を使う訳には行かねぇんだ。 サッサと終わらせて、他の奴らもあとを追わせてやるよ」
「残念だが、お前に僕を殺すことは出来ない」
「はん。 やっと喋ったと思ったら、強がりかよ。 良いぜ、なら証明してみろよ!」
叫ぶと同時に、両手を前に突き出すボアレロ。
間断なく黒炎が床から噴き上がり、弾幕と収束砲も放たれた。
防御のことを一切考えていない、完全攻撃モード。
宣言通り、全力をもって僕を殺しに掛かっている。
しかし――
「……!? ちッ!」
掠りもしなかった。
床からの黒炎は注意していれば当たることはない。
弾幕に関しては、双剣で充分対処出来る。
収束砲を【閃雷】で打ち消せるのは実証済み。
奴の手札で、僕に通用するものは今のところない。
全力の攻撃が通用しなくて腹が立ったのか、ボアレロの顔から笑みが消えている。
まったく、この程度のことで心を乱すとはな。
呆れながらも僕は、苛烈な攻撃を仕掛け続ける。
その全てが無効化されてしまったが、無駄かと言えばそうとは言い切れない。
何故なら、ボアレロが自分と僕の攻撃力の差を思い知って、余裕を失っているからだ。
頭では攻撃が通用しないとわかっていても、精神的にかなり焦っていることが窺える。
本来なら好きなだけ攻撃させて、体力や神力が尽きたところを狙えば良いはずだが、今のボアレロは一刻も早く僕を殺そうと躍起になっていた。
だが、当たらない。
更に苛立ちを増したように見えるボアレロに、僕は淡々と告げる。
「『魔十字将』と一緒にするなと言っていたな? 確かにその通りだ」
「あ? なんだ、今頃俺の恐ろしさが分かったか?」
「そこまで行くと、呆れを通り越して滑稽だな。 お前は『魔十字将』どころか、レリウスやノイムたちにすら劣る。 ただ魔道具に頼っているだけの、臆病者だ」
「ざけんな! そうやって揺さぶりを掛けて、障壁を解除させようったって無駄だぜ? 俺がこの魔道具を作る為に、どれだけの金と時間を掛けたか知らねぇだろ? 道具を活用するのも、強さの1つだろうが!」
「その通りだ。 だが、そこで終わってはいけない。 最強の防御力を手に入れたのなら、次は最強の攻撃力を目指すべきだった。 どれだけ堅固な守りがあろうと、お前では僕に届かない」
「うるせぇ! その口ごと、頭を吹っ飛ばしてやる!」
怒りに満ちたボアレロが両手から、これまでで最大の収束砲を撃つ。
それに対して僕は――
「【閃雷】」
変わらず、一条の白い雷で終わらせた。
渾身の一撃をあっさり防がれたボアレロは呆気に取られていたが、僕はマイペースに口を開く。
「頭を吹き飛ばすんじゃなかったのか? ついでにアドバイスしてやると、攻撃する前に狙う場所を伝えるのは愚かでしかないぞ」
「ぐ……!」
「じゃあ、今度はこちらの番だな」
軽く告げた僕は、先ほどまでよりも速度を上げて攻め入った。
最早ボアレロは、目で追い掛けるのがやっとなほど。
障壁はしっかり機能しているので、ダメージはないとわかっているはずだが、本能的な恐怖を感じ始めたらしい。
それを察した僕は一旦足を止めて、冷たい声を発する。
「理解したか?」
「あ!?」
「それが、お前が多くの人たちに与えて来た感情だ。 とくと味わえ」
「この野郎……! 絶対許さねぇッ!」
ボアレロが叫喚を上げた瞬間、僕を中心に魔力が膨れ上がり――大爆発。
辺りに黒炎が撒き散らされ、僕を仕留めたと思ったらしいボアレロは会心の笑みを浮かべていたが……どこを見ている。
「リルムの【爆裂炎】には、遠く及ばないな」
「な……!?」
攻撃範囲外に逃れていた僕にやっと気付いたボアレロが、愕然とした表情で振り向いた。
その無様な姿に頓着することなく、淡々と解説を続ける。
「威力は中々だが、発動兆候が大き過ぎる。 そんな大雑把な魔法しか使えないで、良く暴君を気取れるな」
「殺す……! 絶対に殺してやるッ!」
「やる気になっているところに悪いが、まだ障壁の欠点がわからないのか?」
「はぁ!? そんなもんねぇよ! この障壁は無敵だ!」
口では断言しながら、必死に頭を回転させている様子のボアレロ。
そのことに溜息をついた僕は、答えを提示した。
「魔道具である以上、発動するには魔力が必要だ。 そして僕が攻撃する度に、お前の魔力が微かに減っている。 このまま続ければ、いずれは魔力が枯渇するぞ」
「黙れ! その前にお前を始末すれば済む話だろうが!」
「出来るのか? お前に?」
「舐めんなッ!」
狙いも何もなく、ボアレロはとにかく攻火力の黒炎を放ち始めた。
当然、そんなものが通用するはずはなく、余裕を持って避け続ける。
ただ、唯一気になることがあった。
「財宝の山を吹き飛ばすのは、やめてくれないか? あれは戦いが終わったあと、フランムの為に使う予定なんだ」
「うるせぇッ!」
「もう諦めろ。 お前はその程度の存在だ」
煽りに煽った僕の言い草に、ボアレロは顔を真っ赤にしている。
これに関しては僕にも一応考えがあったのだが……結果的には、最悪の事態を引き起こしてしまった。
「くそぉぉぉぉぉッ!!!」
突然、ボアレロが僕から視線を切って、ヴェルフに収束砲を撃った。
大ダメージを受けているヴェルフは動くことが出来ず、目を見開いている。
間に合わない。
僕の頭は、刹那の間もなく答えを出した。
このままでは、今度こそヴェルフは死んでしまう。
それならどうするか。
間に合うようにすれば良い。
「【迅雷】」
僕の両脚に白い雷が纏わり付き――加速。
【白牙】以上の速度で国王の間を駆け抜けて、収束砲とヴェルフの間に割って入る。
しかし、【閃雷】で防ぐ時間は流石にない。
咄嗟に双剣を交差させて、黒炎を受け止め――
「シオン!?」
初めてダメージを負った。
直撃ではないが収束砲の威力自体は高く、防ぎ切ることは不可能。
元々、僕は純粋な防御力自体は高くないしな。
とは言え、さほど深刻なものじゃない。
回復薬すら必要ない程度。
だが――
「……」
余波で焼き尽くされた上半身の戦闘服と……エレンからもらったコート。
惜しむように手を伸ばしても、ボロボロと崩れ去ってしまう。
何があっても手放さないと誓っていた宝物を失った僕は、いつの間にか涙を流していた。
それでも、今は戦闘中。
無理やりに感情を押し殺した僕の一方、ボアレロもあらんばかりに瞠目して言葉を落とす。
「お、お前……何だ、それは……?」
それと言うのが何を指しているのかわからない……などと言い返すことも出来ず、僕は感情をコントロールすることに必死だった。
もっとも、奴が何に驚いているかは察しが付く。
僕が発動した魔法、【迅雷】。
これは攻撃魔法じゃない。
効果は単純で、自身の移動速度を上昇させる補助魔法。
つまり――
「なんで……なんで、お前に『付与士』の聖痕があるんだ!?」
と言うことだ。
僕の左胸に刻まれている聖痕、それは間違いなく『付与士』のもの。
これを見られないようにいろいろと苦労したが、今後はその必要もないな。
ボアレロの疑問は当然のものとは言え、答えてやる義理はない。
と言うよりは、そんな余裕はなかった。
大きく深呼吸した僕は前を向いたまま、背後のヴェルフに声を掛ける。
「すまない、ヴェルフ」
「シオン……? どうしたんだ?」
「これ以上、奴に生きたまま苦痛を与えることは出来なさそうだ。 今すぐ殺さないと、気が済まない」
「お前……そんなことを考えていたのか。 馬鹿だな、もう充分だから思うように戦えよ」
「……有難う」
顔は見えないが、ヴェルフが苦笑を浮かべている気配を感じる。
僕の涙はまだ止まってくれない。
これまでとは異質で静かな殺気を向けると、ボアレロは怯えて引きつった笑みを浮かべながらも言い切った。
「く、くく……お、お前がどれだけの化物でも、俺にはこの障壁がある! まだ勝負は――」
「黙れ。 もう、そのオモチャには飽きた」
ボアレロの言葉を一蹴した僕は、まさしく迅雷の速度で踏み込んだ。
奴からすれば、時間が跳んだような感覚かもしれない。
それでも障壁を信じているボアレロは、遅れて視線だけが僕に追い付き――
「【武雷】」
白い雷が、双剣を覆う。
それを見たボアレロは、目を皿のように丸くしていた。
奴は一見すると無敵だが、2つの障壁を使っていることが弱点。
本人が言っていたように、スキルとスキルの間には僅かながらズレが生じる。
それと同じことで、障壁の切り替えにも一瞬の間があることに、最初から僕は気付いていた。
そして【武雷】は、完全に物理攻撃と魔法攻撃が融合している。
要するに、この状態で斬撃を繰り出せば――
「ば、馬鹿な!?」
タイムラグのある障壁で耐えるのは不可能。
自慢の障壁を呆気なく突破されたボアレロは、絶叫を上げた。
斬撃はそのままボアレロの顔に迫ったが、悪運が強いことに仰け反ったことで、僅かに剣先が触れただけ。
いや、この場合は運が良いとは言えないかもしれない。
「ぎゃぁぁぁぁぁッ!?」
一瞬ホッとした表情を見せたボアレロを、電流が襲った。
これが【武雷】の効果の1つで、攻撃を当てたものに追加ダメージを与える。
掠っただけでも、相当な苦痛を与えることが可能だ。
そして、真骨頂は別にある。
「ぐ……が……!?」
全身が麻痺して動けないボアレロ。
電流の威力自体も侮れないが、この付与効果が強力。
ゆっくりと歩み寄る僕は、奴から見れば死神か何かかもしれない。
この期に及んで涙は流れ続けているが、もうすぐ終わる。
「これまでお前が殺して来た、全ての人に謝罪しろ。 そうすれば生かしてやる」
至近距離で告げた僕の言葉を聞いて、ボアレロは歓喜したようだ。
恐らく、すぐにでも謝罪の言葉を口にしようとしただろうが、それは不可能。
「……!? あ……ぎ……!」
全身が麻痺しているボアレロは、満足に話すことも出来ない。
そのことを知っていながら、僕はわざとらしくがっかりした仕草をした。
「そうか、謝る気はないか」
「ち……が……!」
「残念だが、仕方ないな。 死ね」
双剣を逆手に持つ。
ボアレロは絶望に塗れながら必死に逃げようとしていたが、まだ暫く麻痺は続く。
そうして神力を高めた僕は、底冷えする声で言い放った。
「あの世でエレンに詫びろ。 お前と彼女では、行く場所が違うだろうが。 ……【刃舞】」
瞬く間に12分割されたボアレロ。
声は出せないが、12回分の電流を一瞬で味わうのは、筆舌し難い激痛だっただろう。
首だけになってもレリウスのように浮かんでいたが、放っておいてもすぐに消えるはずだ。
しかし、今の僕は1秒でも早く奴を消し去りたかった。
「【降雷】」
天井を突き破って、白い雷が落ちた。
今度こそ跡形もなく、ボアレロは消滅する。
頭上を見上げると、天井に空いた穴から月明りが降り注いでいた。
遠くからはまだ戦闘の気配が漂って来るが、ボアレロが死んだことを知れば沈静化するだろう。
こうしてフランムは奪還されたが、僕は大切な物を失った。




