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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第3章

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第38話 夢

 戦場でありながら、静まり返った空間。

 ただし、向かい合った両者からは刺すようなプレッシャーが放たれており、意思を雄弁に物語っていた。

 相手を何があっても倒す――いや、敢えて殺すと表現しよう。

 片や、煌めく長槍と大盾を装備したソフィア。

 片や、反りのある剣と標準的な盾を構えたナルサス。

 無音かつ緊迫した空気が充満する中、口火を切ったのはソフィアだった。


「いったい、どこからどこまでが嘘なのですか?」


 ソフィアが目を細めて問い質す。

 断っておくと、彼女は戦うことに躊躇はない。

 ただ、それでも聞いておきたいと思った。

 しかし、ナルサスはそれには答えず、反対に問を投げ付ける。


『ナミルを殺したのか?』


 モンスター化した影響で、くぐもった声。

 だが、その言葉ははっきりとソフィアの耳に届いており、僅かに目を見開いたが――


「はい、わたしが殺しました」


 それ以上の反応を示すことなく、言い切るソフィア。

 口にすることで、全く影響がなかったとは言えない。

 だとしても、彼女が揺らぐことはなかった。

 威風堂々と佇むソフィアを見て、数舜瞑目したナルサスは、ゆっくりと目を開いて声を漏らす。


『『輝光』に死を』


 呟くと同時に駆け出すナルサス。

 シオンほどではないが、驚異的な速度。

 そう分析しつつ、大盾を掲げてソフィアは斬撃を受け止めた。

 タイミングも完璧で、何も問題はないかに思われたが――


(重い……)


 内心でソフィアは声を落とす。

 受けた腕に痺れるような衝撃が走りつつ、即座に反撃に出た。

 引き絞った長槍を真っ直ぐに突き出し、ナルサスの胴を狙う。

 ところがあっさりと攻撃範囲から逃れた彼は、余裕を持ってソフィアを見据えていた。

 たったこれだけの攻防でも、彼女はナルサスを強敵だと認めざるを得ない。

 モンスター化によるパワーアップは、やはりミゲルやナミルと同程度。

 ただし、ミゲルよりも遥かに聖痕者として優れており、戦闘技能はナミルを凌ぐ。

 その相乗効果によって、ナルサスの強さは別次元に到達していた。

 更にソフィアはグレビーとの戦闘でかなり消耗しており、長期戦は不利。

 そう結論付けた彼女は、不意打ちの一撃で終わらせることにした。

 以前より格段にチャージ速度が上がった、【流れる星の光】。

 長槍を振り被ったソフィアに対してナルサスは微動だにせず、力強く佇んでいる。

 そのことに若干の違和感を覚えつつ、ソフィアは力を解き放った。

 水平に飛来した光の流星群は、あのノイムすらも撃退したが、ナルサスの覚悟はそれを凌駕する。


『オォォォォォッ!!!』


 雄叫びを上げながら剣と盾を駆使して、全ての流星を弾き返したナルサス。

 流石に驚きを禁じ得なかったソフィアだが、ナルサスは息を乱しながらも、余裕を感じさせる声で言い放った。


『多少の調整は出来るようだが、そのスキルはあくまでも範囲攻撃。 単体に対する威力は、どうしても落ちる』

「く……」

『自慢のスキルを防がれた気分はどうだ? だが、まだまだこの程度では終わらせんぞ。 今度はこちらの番だ』


 再びソフィアに向かって、ナルサスが猛然と斬り掛かる。

 元々のトップスピードはそれほど速くなかったが、今の彼はカティナをも軽く上回っていた。

 その上で、元来の強みである緩急を付けられたソフィアには、ナルサスの動きが残像を残して見えている。

 そこから繰り出される連撃は非常に厄介で、強大なパワーと相まって受けるのが厳しい。

 しかしソフィアは必死に喰らい付き、なんとかチャンスを窺っていたが、主導権は完全にナルサスが掴んでいた。


『【ウェイブ・スライサー】』


 ナルサスがスキルを発動した瞬間、彼の剣が波打った。

 ガード直前で変化を付けられたソフィアは瞠目し、咄嗟にバックステップする。

 だが、ナルサスが逃すことはなく、波打つ刃が彼女の脚を傷付けた。

 ダメージ自体は大したことないが、問題なのは機動力の低下。

 動けないと言うほどではないものの、確実にソフィアの素早さが落ちている。

 そしてナルサスは、それを狙って成し遂げた。

 それを察したソフィアは内心で悔しい思いを抱いたが、そんな暇はない。

 勝負どころを見逃さずに仕掛けて来たナルサスに対して、ソフィアは【突き穿つ光】の体勢を取る。

 これならばたとえ盾で防がれても、貫通して倒すことが可能。

 もっとも――


「【突き穿つ光】!」


 ナルサスがまともに受けるなら、だが。

 迫り来る長槍を冷めた目で見たナルサスは、無感動に横に捌く。

 今度こそ言葉を失ったソフィアの一方、ナルサスは顎を大きく開いて噛み付いた。

 間一髪で復帰したソフィアは辛うじて回避したが、息を大きく乱しゆとりは微塵もない。

 とにかく仕切り直すべくナルサスから距離を取り、体と頭を落ち着かせようとしている。

 そんな彼女にゆっくり振り向いたナルサスは、強者の風格を漂わせながら語った。


『貴様の攻撃は直線的過ぎる。 いくら強くても、それではわたしには通用しない』


 きっぱりと断言したナルサスと、反論出来ないソフィア。

 確かに彼女のスキルは強力だが、基本的には長槍の動きに連動している。

 そこを見極められるなら、防ぐことは可能。

 とは言え、言うは易く行うは難し。

 神速と言えるソフィアの刺突をあっさり受け流すなど、常人には無理だ。

 もっとも、そんなことは関係ない。

 その他大勢には出来ないとしても、眼前の敵に可能なら大問題。

 これで、【流れる星の光】も【突き穿つ光】も使い難くなった。

 だからと言って現状の通常戦闘は、分が悪い。

 どうするべきかソフィアが懊悩し、なんとか活路を見出そうとしていると――


『ナミルは最期に、何か言っていたか?』


 唐突に、ナルサスがそのようなことを言い出した。

 思わず考えを止めてしまったソフィアだが、これに関しては伝える義務があると判断する。


「最後まで魔蝕教の信念を貫き通していましたが……生まれ変わったら普通の友だちになりたい……そう言ってくれました」

『……! そうか……。 ならば、尚のこと貴様には死んでもらわなければな』

「わたしもいつか、またナミルさんに会いたいとは思います。 ですが、それは今ではありません」

『貴様の意思など聞いていない。 わたしが無理にでも、あの世に送ってやる』


 言い終わるかどうかと言うタイミングで、何度目かの突貫を敢行するナルサス。

 相変わらずのスピードとパワーを大盾で受け止めながら、ソフィアは必死に声を絞り出した。


「ナミルさんと貴方は、どう言う関係だったのですか?」


 尋ねながら、大盾で押し返すソフィア。


『……もう何年も会っていなかったが、妹みたいなものだった』


 間を置かずに斬り掛かるナルサス。


「それは……すみませんでした」


 長槍で受け流し、反撃の刺突を放つ。


『謝罪するくらいなら、自害しろ』


 転身して避けつつ、横からの一閃を振り切った。


「わたしにはまだやるべきことが残っているので、それは出来ません」


 しゃがむことで剣閃を躱し、同時にナルサスの足元を薙ぎ払う。


『ふん、所詮はその程度の罪悪感と言うことだ。 使命の為なら、殺して良いと思っているのだろう?』


 小さく跳躍し、縦に回転しながら剣を振り下ろした。


「違います」


 遠心力の乗った一撃を大盾で受け止め、両の足で床を踏み締めるソフィア。

 至近距離で睨み合いながら、彼女は決然とした声音で告げる。


「たとえ相手が誰であれ、奪って良い命など存在しません。 それは魔蝕教でも同じです。 ですが、それでもわたしは止まる訳には行きません。 わたしが止まってしまっては、世界中の人々が危険に曝されてしまいますから」

『……どちらにせよ、使命の為なら仕方ないと言うことだろう』

「仕方ないとは思っていませんが、貴方から見れば同じことかもしれませんね。 では聞かせてもらいますが、魔蝕教は誰の為に戦っているのですか? 世界が魔王に支配された先に、本当に平和が待っていると思うのですか?」


 大盾と剣でせめぎ合いながら、言葉を交換する2人。

 ソフィアの疑問を受けたナルサスは歯を食い縛り、怨嗟の言葉を紡いだ。


『わたしたちの祖先から平和を奪っておいて、良くも言えたものだ』

「……やはり、過去の『輝光』と何かあったのですね?」

『お喋りはここまでだ。 どちらにせよ、わたしは貴様を殺す。 これは確定事項だ』

「そうは行きません。 何度も言うように、わたしにはまだやるべきことが残っていますから」


 どちらからともなく一旦距離を取った両者は、間を置く頃もなく再び激突した。

 緩急を駆使した動きと【ウェイブ・スライサー】を軸に襲い来るナルサスと、必死に対抗するソフィア。

 当初は付いて行くのが精一杯で、何度も浅く斬られている。

 それでも退くことなく挑み続けたソフィアは、ようやくして逆襲の糸口を見付けた――が――


『【デュアル・スパーダ】』


 ナルサスの剣が2重にブレる。

 まさかの事態に戸惑いつつソフィアは防御と回避を試み、片方の刃は防ぐことに成功したが、もう1本の刃が脇腹を斬り裂いた。

 致命傷は際どいところで免れたものの、決して浅くはない傷。

 脇腹を押さえながら後退したソフィアの額には、びっしりと汗が浮かんでいる。

 そんな彼女を平然と見送ったナルサスは、感情を窺わせない口調で言い放った。


『良く避けたな。 今ので終わらせるつもりだったが』

「……そう簡単に終わる訳には行きません」


 口では強がったソフィアだが、実際はかなり辛い状況だった。

 ナルサスの技巧は目を見張るものがあるとは言え、総合的な実力で言えば、『剣技士』としてはアリアが上だろう。

 しかし彼は、徹底的に『輝光』を分析している節があった。

 それに加えて、モンスター化による基礎能力の向上。

 ミゲルやナミルのように特殊な能力は持っていなさそうだが、そのことで逆に自分のスタイルを保てている。

 先ほどのダメージを負ったことで、ソフィアはますます長期戦が不利。

 大きく深呼吸した彼女は覚悟を固め、次の攻防で決めると誓った。

 だが、彼女にはどうしても聞いておきたいことがある。


「ナルサス……わたしたちと魔蝕教が和解する道はないのですか?」

『ない。 『輝光』自身に非がないとしても、原因になったのは確かだからな』

「『輝光』自身には非がない、ですか……」

『……余計なことを言ったな。 そろそろ終わらせるぞ』

「こちらのセリフです。 そして、勝つのはわたしです」

『ふん、出来るものならやってみろ』


 言い捨てたナルサスが、猛然とソフィアに襲い掛かる。

 熟達した剣技と体捌き、そして変則的な2つのスキル。

 これらに翻弄されたソフィアは防戦一方で、体中に細かい傷を刻まれ続けた。

 決定打だけは与えていないものの、それもいつまで続くかわからない。

 【護り防ぐ光】を使えば防ぐことは出来るが、あのスキルの真骨頂は全周囲を守れること。

 ナルサスのように正面から挑んで来る相手には、劇的な効果は期待出来ないのだ。

 それでなくとも多大な神力を消費するので、選択肢からは外さなければならない。

 結局のところこれは、真っ向から戦ってどちらが強いかと言う勝負。

 そして、そのステージに上がったのなら、ソフィアは『輝光』として負けられなかった。

 眦を決したソフィアは後方に跳躍しつつ、【流れる星の光】の構えを取る。

 対するナルサスは目を細め、力強く構えた。


『またそのスキルか。 何度でも叩き落としてやる』


 これは本心だが、彼なりの覚悟の表れでもあった。

 敢えて何でもない風に装っているが、ナルサスにとっても【流れる星の光】を凌ぐのは至難の業。

 だが言葉通り、何度撃たれても負ける気のない彼に向かって――


「【流れる星の光】ッ!」


 ソフィアが長槍を全力で投擲する。

 無数に分裂したのを確認したナルサスは、剣と盾を使って耐え抜こうとして――


『ぬ……!?』


 曲がる。

 範囲攻撃であるはずの【流れる星の光】が、一転集中で殺到した。

 このアレンジを思い付いたのは、皮肉にもノイムと戦ったあとで、物理法則を無視した彼の攻撃を参考にしている。

 とは言え、ぶっつけ本番。

 この場面で実行したソフィアも凄いが、ナルサスも諦めてはいない。


『させんッ!』


 単体特化型とも言える【流れる星の光】の突破力は、凄まじいものがある。

 それにもかかわらずナルサスは見事に剣で弾き、盾で受け流していた。

 あとどれだけ続くかもわからないほどだが、彼の心が折れることはない。

 そうして遂に――


『はぁ……はぁ……!』


 全ての槍を防ぎ切る。

 息も絶え絶えで腕に力が入らないような状態ではありつつ、確かにナルサスはソフィアに打ち勝った。

 そう、ここまでは。


「捉えました」

『……ッ!?』


 いつの間にか目の前にいたソフィアを見て、声を失うナルサス。

 それでも頭は回転させており、彼女が【突き穿つ光】を繰り出すつもりだと悟る。

 瞬間、全力で身を仰け反らせたナルサスに向かって、ソフィアが長槍を突き出し――


「【突き穿つ光】ッ!」


 ナルサスの予想通り、スキルが発動された。

 ところが、事前に動いていた彼には届かず、穂先が胸に触れるか触れないかの位置で止まる。

 ホッと安堵したナルサスは冷や汗を流しながら、反撃に出ようとしたが――


「はぁぁぁぁぁッ!」


 射出。

 長槍の先に込められていた神力がレーザーとなって――貫く。

 ナルサスの胸に風穴を空けた。

 これはシオンの【閃雷】を真似た戦法だが、さきほどの【流れる星の光】と同じく初めての試み。

 今回は成功したが、結果がどちらに転ぶかはわからなかった。

 しかも、かなり無理な運用をしたせいで、ソフィアの身体には相当な負担が掛かっている。

 全身を走り抜ける痛みに顔を顰めている彼女の一方で、ナルサスは崩れ行く自身の身体を見て溜息をついた。

 そのまま沈黙が辺りに落ちたが、ようやくしてナルサスが声を発する。


『すまないな、ナミル。 そちらに行ったら、思い切り叱ってくれて良い』


 虚空を見つめながら紡がれた言葉を聞いて、ソフィアはやり切れない思いだ。

 毅然とした面持ちを作っているが、どうしても気持ちが晴れない。

 そんな彼女の内心を見抜いたのかは定かではないが、ゆっくりと視線を移したナルサスが問い掛ける。


『少しでも罪悪感を持っているのか、『輝光』?』

「……後悔はしていませんが、正直に言うと……辛いです」

『ふん、甘いな。 そんなことで、この先もやって行けるのか?』

「……ご心配なく。 わたしは必ず、魔王を倒してみせます」


 ほとんど強がりに近かったが、ソフィアの言葉は偽りではない。

 心が痛いと感じてはいるが、すぐに立ち直ってみせる。

 密かにそう決意した彼女を黙って見つめていたナルサスは、不意に顔を背けながら口を開いた。


『罪悪感があると言うのなら、1つ伝言を頼まれてくれないか?』

「伝言……? 誰にですか?」

『……ヴェルフだ』

「……! わかりました……」


 居住まいを正して、一言一句を聞き逃すまいとするソフィア。

 それに関してナルサスは何も言わなかったが、安心して告げることが出来た。


『お前といた時間は、悪くなかった。 フランムのこれからを頼む。 ……以上だ』

「ナルサス……さん」

『魔蝕教にとって最優先すべきは、『輝光』の殺害だ。 これは何があっても動かない。 だが……1人の人間であることに違いはなく、それぞれの人生がある。 わたしにとってフランムの奪還は、間違いなく夢だった』

「なら……それなら、どうして最後までその生き方が出来なかったのですか!?」

『魔蝕教だからだ。 そうとしか言えない』

「そんなのおかしいです! 魔蝕教って何なのですか!? どうして、そこまで……」


 尻すぼみに声が小さくなって、床に涙を落とすソフィア。

 それを見てもナルサスの表情は変わらなかったが、小さく嘆息してから言葉を連ねた。


『オークター村に行け』

「え……?」

『そこに、貴様の求める答えがあるはずだ』

「ま、待って下さい。 それはどう言う……」

『悪いが時間だ。 ではな、『輝光』。 ナミルとともに、先に待っている。 そのときは……わたしとも――』


 最後まで言い切ることは出来ず、ナルサスの体が塵となって風に攫われた。

 しばし呆然としていたソフィアだが、傷とは違う痛みが胸を襲って手を当てる。

 すると――


「あ……」


 そこには、シオンから贈られた指輪があった。

 それを握り締めたソフィアは瞑目し、小さく呟く。


「……わたしは、迷いません」


 自分に言い聞かせたソフィアは、強引に意識を切り替えた。

 そして、もうこの世にはいないナルサスに向かって言い放つ。


「安心して下さい。 貴方の夢は、彼が必ず叶えてくれるでしょう」


 そう言ったソフィアの顔には、信頼に満ちた笑みが浮かんでいた。

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