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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第3章

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第37話 偽物

 国王の間に鳴り響く、銃声と鞭が空を裂く音。

 ルナとレイヌの戦いは、一方的に進んでいた。

 実力は完全にルナが上だが、右腕が使えないせいで終始押されている。

 片腕でも【派手に行きましょう】は、使えなくはない。

 ただし、その場合は致命的な隙を生んでしまう。

 一撃で仕留められるなら良いが、レイヌは逃げる能力が高い魔族。

 それは、先ほどまでの戦いで充分味わっていた。

 それゆえにルナは、左手の銃だけで応戦しているが、やはり手数が足りない。

 今ならまだ回復役を飲めば完治出来るものの、レイヌはかなり注意深くそれを阻止する動きをしている。

 どうやら、何が何でもこの状況を手放すつもりはなさそうだ。

 思わずルナは、サーシャがいれば――と考えてしまったが、すぐに頭を振って苦笑を浮かべる。


「淫乱シスターを頼るだなんて、どうかしているわ。 この程度、わたし1人で片付けないとね」


 実際はかなり厳しいが、敢えて言葉にすることでルナは自身に喝を入れた。

 そうして小さく息を吐いた彼女は、左手の銃で可能な限り弾幕を張る。

 本調子には程遠いが、それでもかなりの数だ。

 ところが――


「甘いわよぉ」


 レイヌの鞭が無数に枝分かれし、銃弾をことごとく受け止める。

 しかも、適当に叩き落としたのではなく、1発につき1本の鞭が確実に絡め取っていた。

 それを見たルナは鞭が意思を持っているのではないかと疑い、レイヌがそれを肯定するようなことをのたまう。


「この鞭はねぇ、あたしが命令したら動くものを追ってくれるのぉ。 だからぁ、今のあんたの攻撃くらいじゃぁ、通用しないわよぉ」

「……いちいち間延びするの、やめてもらえないかしら? 時間の無駄よ」

「それを言うならぁ、あんたの抵抗こそ無駄だからぁ、とっとと死んでぇ?」

「断るわ。 貴女くらい、片腕で充分だから」

「生意気ねぇ。 言っておくけどぉ、グレビーがいたときはぁ、敢えてサポートに回ってただけよぉ? あまり舐めないで欲しいわぁ」

「御託は良いから、続けましょう。 やはり、貴女と話すのは時間の無駄よ」

「……良いわぁ。 そこまで死にたいならぁ、殺してあげるぅ」


 口調はそのままだが、明らかに怒っているレイヌ。

 だが、ルナに退く意思はなく、真っ向から対峙した。

 レイヌの攻撃手段は基本的に鞭のみだが、そこにどれだけのバリエーションがあるかは不明。

 だからこそ、様子を窺っていたルナに対して、レイヌは鞭を振るい――


「行きなさぁい」


 無数の鞭が蛇のような動きで床を這いずり回り、ルナに殺到する。

 一瞬驚きながら、彼女は軽業師のような身のこなしで避け続けたが、あまりにも数が多い。

 銃による攻撃で多少勢いを弱めることは出来ても、手数が圧倒的に不足していた。

 そのまま暫く時間が経過し、徐々にルナの息が上がり始める。

 本来ならこの程度で消耗する彼女ではないが、右腕のダメージが響いていた。

 そしてそれは、最悪の形で表面化してしまう。


「……ッ!」


 強引に鞭を避けた際に右腕が痛み、刹那の間だけルナの動きが止まった。

 そこを見逃さなかったレイヌは嗜虐的な笑みを浮かべ、鞭に指示を出す。

 あっと言う間にルナの両手と両足が縛られ、張り付け状態にされてしまった。

 内心で悔しく思いつつ、試しに脱出を試みたものの、当然と言うべきか無理そうだ。

 そもそも、『殺影』のクラスコンセプトとして、単純な力の押し合いには向いていない。

 誰よりもそのことを知っているルナが、一旦力尽くでの脱出を諦めていると、笑みを深めたレイヌが歩み寄って来た。

 あまりにも無防備だが、彼女も今のルナが無力だとわかっている。

 しかしルナは平然とした笑みを浮かべ、強気な態度を崩さない。

 そんな彼女にレイヌは腹を立てる――ことなく、むしろ楽しそうに言い放った。


「良いわねぇ。 その顔が無様な泣き顔になるのが、最高に楽しみよぉ」

「悪いけど、わたしが泣く姿を見せるのはシオンだけよ。 涙は女の武器だもの」

「減らず口ねぇ。 泣いて詫びるなら、ちょっとは手加減してあげても良いんだけどぉ?」


 心にもないことを口にしながら、ルナに顔を寄せるレイヌ。

 それに対してルナは――唾を吐き掛けた。

 至近距離で顔を汚されたレイヌは驚きに目を見開き、ルナは嘲るように口を開く。


「口が臭いから近寄らないで。 ボアレロのを咥えたまま、洗っていないのではないかしら?」

「……ふぅん。 そうまでしてぇ、死にたいんだぁ。 でもぉ、こんなことしておいてぇ、楽に死ねると思わないでねぇ?」


 平静を装って見えるが、今のレイヌは怒り心頭だった。

 それでもルナの笑みは途絶えず、余裕すら感じさせる面持ちで彼女を見ている。

 そのことが気に入らなかったレイヌは鞭を振り上げ、ルナをいたぶり始めた。

 何度も何度も繰り返し振るわれた鞭が、ルナの美しい肌に無数の細かい傷を作る。

 服はボロボロになり、とっくに意味を為していない。

 半裸になったルナを見たレイヌは、むしろ勢い込んで責め立てた。

 心底楽しそうに笑いながら、執拗に嬲り続ける。

 このときルナは痛みに耐えながら、あることが気になっていた。

 それは、レイヌが決して大ダメージを与えて来ないこと。

 最初は単に拷問の真似事が好きなのかと思っていたが、なんとなく別の思惑があるように感じる。

 すると、ルナの疑問に気付いたのか、レイヌが手を止めて興奮した様子で言葉を紡いだ。


「うふふ、何か気付かないかしら?」

「貴女が馬鹿で醜いってことになら、最初から気付いているわよ?」

「本当に口が悪いわねぇ。 仕方ないからぁ、教えてあげるぅ。 聖痕者とかわたしたち魔族ってぇ、自然治癒力が高いじゃなぁい? だからぁ、ちょっとくらいの傷ならぁ、すぐに治るのよねぇ」

「だから何かしら?」

「お馬鹿さんはどちらなのかしらぁ? あんたに付けた傷、おかしいと思わなぁい? 聖痕者ならぁ、その程度すぐに回復が始まるはずでしょお?」

「……もしかして、それが貴女の能力なのかしら?」

「はぁい、せいかぁい。 わたしが鞭で傷付けたらぁ、血が止まらなくなるのぉ。 この意味がわかるぅ?」

「今のままでも、わたしはいずれ出血多量で死ぬわね」

「そう言うことぉ。 少しずつ血が流れて行って死ぬってぇ、すっごく辛いのよぉ? でも時間が掛かるから、もっと傷を増やしてあげるぅ。 どれくらいもつかしらねぇ」


 その言葉を最後に、再び鞭を振るうレイヌ。

 一方のルナは沈黙を保ち、甘んじて攻撃を受け続ける。

 その姿を見て、レイヌは彼女の心が折れたと解釈しかけたが――


「……その目は何かしらぁ?」

「ふふ……別に? あの頃に比べれば、大したことないと思っただけよ」

「何の話ぃ?」

「気にしないで。 貴女には欠片も関係ないから」


 ルナの目は死んでおらず、それどころか笑みを浮かべていた。

 全身傷だらけで、とめどなく血を流しながら、何も諦めているようには見えない。

 彼女が思い出していたのは、幼少期の記憶。

 傷自体は今の方が酷いかもしれないが、絶望感は比べ物にならない。

 だが、そのことを冷静に受け入れられている事実から、本当に過去を乗り越えられたと実感して、状況も忘れて笑うルナ。

 そのことが気に入らないレイヌは憮然としていたが、あることを思い出して馬鹿にしたように声を発した。


「そう言えばぁ、知ってるわよぉ。 あんたってぇ、殺し屋だったんだってねぇ。 そんな人が今更になって正義の味方を気取ったところでぇ、偽善でしかないわよぉ? 今のようにぃ、血に塗れてる方がお似合いだわぁ」


 これはルナを貶める為の発言ではあったが、彼女の本心でもあった。

 散々他人を殺して来たルナが正義の味方の真似事をするのは、滑稽でしかない。

 レイヌの言葉を受け止めたルナは、暫く無言で俯き――


「えぇ、その通りね」


 認めた。

 清々しいまでの表情で、初めてレイヌに同意している。

 そのことが意外だったのか、レイヌは瞠目していたが、構わずルナは言葉を連ねた。


「確かにわたしは、正義の味方になれるかもしれないと勘違いしていたのかもしれないわ。 だとすれば、本当に愚かね」

「でしょう? だから、大人しく殺し屋として死んで行きなさぁい」

「ふふ……それは無理よ」

「無理ぃ? なんでよぉ?」

「殺し屋としてのわたしは、シオンに殺されたもの。 今のわたしは生き方を探している途中で、まだ何者でもないわ。 ただ、誰かを助けたいと思った気持ちは嘘ではないし、悪い気分でもなかったわ」

「それが偽善だって言ってるのよぉ」

「そうかもしれないわね。 だけど、それが何なの? たとえ偽物だと言われようと、わたしは自分の生き方を見付けてみせるわ。 その為にも、シオンにもらった命を、こんなところで終わらせる訳には行かないの」

「……ムカつくわねぇ。 もう良いわぁ。 もっと遊ぶつもりだったけどぉ、殺してあげるぅ」


 不愉快そうに眉を顰めたレイヌが鞭を操り、先端を棘のように尖らせる。

 今までと違い、明らかに殺害を目的とした攻撃。

 濃厚な死の気配を前にしてルナは――笑った。

 そのことを訝しんだレイヌは真意を問い質そうとしたが、その前にルナが口を開く。


「まだ気付かないのかしら?」

「何のことぉ?」

「やれやれね。 こんな手段、シオン相手なら絶対通用しないのだけれど」

「だからぁ、何を言って……」


 瞬間、レイヌの背後から黒猫が跳び掛かった。

 彼女は咄嗟に身を捻ったが、浅く肌を傷付ける。

 直接的なダメージは皆無に等しいが、ルナにとっては充分だ。


「ぐ……! がは……!」

「うふふ、醜い顔が余計に不細工になっているわよ?」

「この、ガキ……!」

「あらあら……言葉遣いまで変わってしまって、呆れるわ」

「調子に乗るんじゃないよ! 毒が回り切る前に、あんたを殺せば……」


 そこまで言って、レイヌは気付く。

 いつの間にか自分の背後に、大量の使い魔が現れていたことに。

 何もルナは無抵抗でいた訳ではなく、レイヌが鞭を振るうのに合わせて、何度も【戯れましょう】を発動していたのだ。

 そうして密かに集めていた使い魔たちは、レイヌを取り囲み――


「く、来るなぁ!」


 一斉に襲い掛かる。

 半狂乱になりながらレイヌは無数の鞭を用いて、使い魔を潰して行った。

 いかに数が多くても、1匹の力は極めて弱い。

 必死に鞭を振るう度に使い魔は数を減らし、そのことにレイヌは狂笑を浮かべる。

 ところが――


「【派手に行きましょう】」

「がッ……!?」


 使い魔に気を取られていた隙に脱出したルナが、悲鳴を上げる右腕を無視してスキルを発動。

 鞭が盾となって一命は取り留めたものの、レイヌに大ダメージを与えた。

 散弾を受けて傷だらけになり、毒による苦痛に苛まれているレイヌに、先刻までのゆとりなどない。

 それでも勝負を投げている訳ではなく、怒涛の勢いで無数の鞭を繰り出す。

 しかし、【派手に行きましょう】によって一部が吹き飛ばされ、手数は大幅に減っていた。

 更に――


「動くものを追い掛ける……と言ったかしら?」

「……ッ!?」


 左手に生成した銃で、敢えて明後日の方向に連射したルナ。

 即座に反応した鞭は銃弾を絡め取ったが、逆にレイヌへの道を開ける結果となる。

 そこに走り込んだルナは、追加でスキルを発動した。


「【眠りましょう】」

「このッ……!」


 薄紫の刃を取り付けた銃で、ルナが斬り掛かる。

 レイヌは辛うじて避けようとしたが、毒とダメージを受けた体が言うことを聞かない。

 またしても微かに傷を負ってしまい、睡眠毒までも付与されてしまった。

 痛みと苦しみと眠気。

 様々なものに襲われながら、レイヌはまだ生にしがみ付く。


「ぐ……がぁぁぁぁぁッ!!!」


 最後の力を振り絞って、鞭を振り回す。

 打つと言うよりはすり潰すほどで、鬼気迫るものがあった。

 ところがルナは、あくまでも淡々と相手する。


「【隠れん坊しましょう】」


 影を使った瞬間移動。

 あっさりと攻撃範囲から逃れたルナを忌々しく思いながら、レイヌは即座に振り返って追い掛けた。

 自分もかなり辛いが、ルナも限界間近のはず。

 そのことだけに希望を抱き、攻撃を続けるレイヌ。

 しかし、ルナの【隠れん坊しましょう】を捉えることは出来ない。

 何度も追い詰めているが、その度に逃げられていた。

 万事休すに思えたレイヌが、いよいよ諦めそうになって――気付く。

 【隠れん坊しましょう】の発動直前、移動先に神力の兆候があることに。

 そこを突けば先回り出来ると考えたレイヌは、歓喜の笑みを浮かべそうになったのを堪え、表面上はこれまで通り攻め続けた。

 そうして、仕留められると確信したタイミングを掴み――


「死ねッ! 小娘ぇ!」


 無数の鞭を棘状にして突き出す。

 数多の鞭に貫かれたルナを見て、今度こそレイヌは会心の笑みを漏らし――


「残念でした」


 背後から頭に、銃口を押し当てられた。

 驚愕に目を見開いたレイヌの前で、鞭に貫かれたルナが影となって溶ける。

 そのときになってレイヌは事態を理解し――頭が吹き飛んだ。

 間違いなく絶命して塵となったのを見届けたルナは、その場に倒れ込む。

 なんとか勝利を掴んだが、彼女とてギリギリだった。

 以前ならこのまま死んでも良いと思っていたかもしれないが、今のルナは違う。

 力が入らない体を無理やり動かして、回復薬を口に含んだ。

 時間が経ち過ぎて右腕に対する効果は薄いが、それでもかなり状態は良くなっている。

 ただし、血を流し過ぎた。

 朦朧とする意識で辺りの様子を探ると、シオンとソフィアはまだ戦っているらしい。

 先ほどの戦闘で勝利出来たのは、以前シオンに指摘されたことが大きく関わっている。

 【隠れん坊しましょう】の発動兆候が弱点だと言われたルナは、それを逆手に取ったのだ。

 レイヌに敢えて兆候を悟らせて、必殺だと思わせる隙を作る。

 そこに【戯れましょう】を応用した自身のダミーを送り込んだ訳だが、彼女にとっても賭けに近かった。

 それでもルナは生き残り、改めて未来への道を歩き始める。

 その為にも――


「シオン……痴女姫……少し休ませてもらうわね」


 ひとときの休息を。

 ほぼ全裸のままで瞳を閉じたルナは、安らかに寝息を立て始めた。

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