第34話 持ち味
国王の間での戦いは、熾烈を極めていた。
「はぁッ!」
「シッ……!」
ソフィアが突き出した長槍を、両刃の片方で跳ね上げたグレビー。
その勢いのまま彼は体を回転させ、反対の刃で斬り掛かる。
対するソフィアは大盾で危なげなく防御したものの、その顔には険しい表情が浮かんでいた。
実力では確実にソフィアが上だが、両刃と言う慣れない武器を相手にして、かなり苦戦している。
それでも徐々に順応しつつあり、このまま行けば勝利は間違いない。
そう考えたソフィアは、再びグレビーに迫ろうとして――
「そぉれぇ!」
横合いからレイヌの鞭が襲い掛かった。
反射的に跳び退ったソフィアは難を逃れたが、攻撃のタイミングを逸してしまう。
そのことを不満に思った彼女は、厳しい口調で言い放った。
「ルナさん、しっかり抑えてもらわないと困ります。 こちらに集中出来ないではないですか」
「うるさい痴女ね。 自分の視野の狭さを、わたしのせいにしないで頂戴。 このメスが逃げ回るのだから、仕方ないでしょう?」
「どちらにせよ、抑えられていないのは事実ではないですか」
「痴女姫こそ、その程度の相手に時間が掛かり過ぎではないかしら?」
互いの敵をそっちのけで、睨み合うソフィアとルナ。
そんな2人に対してグレビーとレイヌは、思惑通りに進んでいることにほくそ笑む。
1対1で挑めば勝てないだろうが、ソフィアたちの連携は決して上質とは言えない。
そこに活路を見出したグレビーたちは上手く立ち回り、彼女たちを仲違いさせようと企んだ。
その成果は出ており、明らかに2人はフラストレーションを溜めている。
もう1人この場にはナルサスがいるのだが、入り込む余地がないのか、まともに参戦して来ない。
とは言え、相手は『輝光』と『殺影』。
格上なことに違いはなく、油断する訳には行かない。
短くアイコンタクトを取ったグレビーとレイヌは、慎重かつ大胆に攻める決意をした。
その手始めとして、両刃を振り回しながらグレビーが嘲るように声を発する。
「いやはや、これが特殊階位ですか。 聞いていた話と違いますね」
「そうねぇ。 もっと強いかと思ってたんだけどぉ、拍子抜けよぉ」
「調子に乗らないで下さい。 すぐに今の言葉を後悔させてあげましょう」
「安い挑発よ、痴女姫。 一々反応していたら、キリがないわ」
「そのようなことはわかっています。 とにかくルナさんは、レイヌを止めて下さい」
「命令しないで。 わたしは、自分の戦いたいように戦うから」
明らかに剣呑な空気を漂わせる、ソフィアとルナ。
それを見たグレビーとレイヌは、笑みを深めていたが――
「いい加減にして下さい、ソフィア姫。 ルナも、やる気がないなら帰れ」
それまで黙っていたナルサスが、怒りに満ちた表情で言い放った。
ソフィアたちは驚いたように目を見開いていたが、彼は構わず言葉を連ねる。
「これは、フランムの未来を懸けた戦いなんです。 どれだけ強かろうと、ふざける奴はいりません。 こんなことなら、わたし1人の方がマシです」
「ナルサスさん……」
「ソフィア姫、貴女は何の為にここに来たのですか? 仲間割れをする為ですか? そんな者を、わたしは決して認めません」
「……何も出来ないくせに、口だけは一丁前ね」
「わたしの実力が不足していることは認めよう。 だが、それとこれとは話が別だ。 ルナ、この程度がキミの全力なのか?」
臆することなく自身の思いを口にしたナルサスを前に、ソフィアとルナは口を引き結んだ。
そして一瞬だけ視線を交換し、改めてグレビーたちと向き直る。
その様を彼らは黙って見ていた訳だが、そこには確かな意味があった。
「長々と下らない話を有難うございます。 お陰で、こちらも準備が出来ました」
「準備ですって?」
「そうですよ、『輝光』。 わたしの能力は少々厄介でして、発動までに時間が掛かるのです」
「あんたたちがのんびり話してくれたお陰でぇ、助かったわぁ」
相変わらず両刃を振り回しているグレビーと、ケラケラ笑うレイヌ。
そんな2人を注意深く観察したソフィアとルナは、気付いた。
ただ武器を振り続けていただけに思えたグレビーの周りに、強烈な刃の結界が展開されていることに。
恐らくこれこそが、彼の能力。
具体的な攻撃力は不明だが、危険な香りがする。
警戒を強くしたソフィアたちに向かって、グレビーは構えを取り――
「では、行きますか」
「頑張れぇ」
気の抜けたレイヌの応援を背に、グレビーが接近する。
何の工夫もない、ただの突進。
瞬時に大盾を前に出したソフィアだが、直感に従って右に跳んだ。
その横を走り抜けたグレビーは、金銀財宝の山に突っ込み――粉微塵。
刃の結界に触れた物が、例外なく斬り刻まれた。
もし大盾でガードしていたら、正面の攻撃は防げても、他の方向からの斬撃を受けていたはず。
その姿を想像したソフィアは背筋に寒いものを感じつつ、攻め気は失っていない。
脚に力を溜めて駆け出そうとし――もう1人の魔族に阻止された。
「させないわよぉ!」
ルナの攻撃を華麗に避けながら、ソフィアに鞭を放つレイヌ。
バックステップを踏むことで避けながら、出鼻を挫かれたソフィアに、またしてもグレビーが肉薄する。
長槍のリーチを活かして、刃の結界の外で戦おうとするソフィアと、懐に入ろうとするグレビー。
刃の結界に取り込んだ時点で勝利が決定するグレビーが優勢で、ソフィアは後手に回っていた。
それでも彼女には、遠距離攻撃の手段がある。
後方に大きく跳び退ったソフィアは長槍を握り、全力で投擲しようとして――
「それは駄目ぇ」
レイヌの鞭が長槍を絡め取る。
投げ放つ直前に止められたソフィアは、強引に鞭を振り解き――両刃が眼前に迫った。
ブーメランのように回転した両刃を、床に伏せることで間一髪で躱す。
彼女の美しい髪が数本舞ったが、構っていられない。
前方からグレビーが、後方からレイヌが、ソフィアにトドメを刺すべく襲い掛かり――
「いい加減、わたしを無視するのはやめてくれないかしら」
弾丸の雨が降り注ぐ。
グレビーは足を止めて刃の結界で受け止め、レイヌは後方宙返りでその場を離脱した。
大局には影響がないものの、決定打を与えられなかったグレビーとレイヌは、不愉快そうにルナを睨む。
一方のルナは平然とした態度で、冷たい声を落とした。
「痴女姫、何を馬鹿正直にやり合っているの? もっと頭を使いなさい」
「……レイヌに逃げられ続けている人が、言ってくれますね」
「自分の強みも忘れている馬鹿がいたら、文句の1つも言いたくなるわよ」
「わたしの強み……」
「これでわからないようなら、貴女はその程度ってことね。 やっぱり、シオンには相応しくないわ」
「……ッ! 聞き捨てなりませんね。 良いでしょう、今から文句の付けようもない戦いを見せてあげます」
「無理しなくて良いわよ。 期待していないから」
言い捨てたルナは銃を握り直し、ソフィアは長槍を構えた。
2人の様子にグレビーたちは警戒の度合いを引き上げながら、方針は変えていない。
レイヌがルナを引き付けつつソフィアを妨害し、グレビーが始末する。
それが終われば2人でルナを仕留め、ナルサスは最後。
もう1度気を引き締めたグレビーたちは、すぐさま行動を始めた。
最短距離を駆け抜けたグレビーが刃の結界でソフィアを飲み込もうとし、ルナを牽制しながらレイヌがサポートする態勢。
同じパターンながらソフィアに打開する手段はなく、また繰り返すかに思われたが、彼女は自身の言葉を嘘にしなかった。
「【護り防ぐ光】」
ソフィアを中心に展開される、絶対防御障壁。
確かにこれなら、グレビーの刃の結界でも突破不可能。
しかし、彼らは焦っていなかった。
【護り防ぐ光】の消費神力が多いのは、既に知っている。
刃の結界は発動までに時間が掛かるものの、1度発動すれば維持にそれほど困らない。
だからこそグレビーは構わずソフィアに近付き、刃の結界で【護り防ぐ光】を攻撃した。
耳障りな音が多数鳴る中、毅然とした顔付きのソフィア。
だが、この障壁が解けたときが、彼女の最期。
そう考えたグレビーは、嗜虐的な笑みを浮かべ――
「【派手に行きましょう】」
凄まじい衝撃を受けた。
驚愕に振り向いた先では、ルナが長銃を構えている。
レイヌも辛うじて逃げ切ったが、余裕は欠片もない。
ただ1人、ソフィアだけが泰然自若としていた。
ここに来て彼女たちの狙いを察したグレビーたちだが、時既に遅し。
「【派手に行きましょう】、【派手に行きましょう】、【派手に行きましょう】、【派手に行きましょう】、【派手に行きましょう】」
連続で繰り出される、広範囲殲滅スキル。
レイヌは自分が生き残ることに必死で、グレビーの刃の結界をもってしても、耐えるのが厳しくなって来た。
一方でソフィアの障壁が揺らぐことはなく、このままでは先に自分が限界になると思ったグレビーは、【派手に行きましょう】の発動に合わせてその場を離脱しようとして――
「残念でした」
悪魔のような笑みを浮かべたルナ。
【派手に行きましょう】のフェイクに引っ掛かったグレビーはソフィアと距離を取りながら、それが何を意味するのかわかっていなかったが、その答えはすぐに与えられる。
「【突き穿つ光】!」
ルナのフェイクを読んでいたソフィアは寸前で【護り防ぐ光】を解除し、神力を溜めていた。
そうして放たれたスキルは刃の結界ごとグレビーを貫き、断末魔の声を上げさせることもなく滅する。
ソフィアの防御力を信じて、巻き込む形でスキルを発動させ続けたルナ。
ルナがどこかで罠を仕掛けると確信し、それを見極めたソフィア。
彼女たちの仲は決して良くないが、それぞれの持ち味を活かした結果だと言える。
一瞬だけ視線を交わした2人は、プイっと顔を背けたが、憎く思っていないのは明らか。
そして、戦いはまだ終わっていない。
「残るは貴女だけですよ、レイヌ」
「大人しく降参するなら、楽に殺してあげるわよ」
「この状況なら、わたしにも出来ることはある。 3対1で勝てると思うな」
神力の消費は少なくないものの、無傷の特殊階位2人に加えて、一流の『剣技士』。
先ほどまでの余裕もどこへやら、レイヌは苦虫を嚙み潰したようを顔で口を開いた。
「確かに、これはもう無理かもねぇ……。 でも、逃げたところでボアレロ様に殺されるしぃ、1人でも多く道連れにするしかないわぁ」
「それを許すと思いますか? ナルサスさんは、念の為にわたしの後ろへ」
「いいえ、ソフィア姫。 わたしも戦います。 心配しなくても、無茶はしません」
「……わかりました」
そう言って長槍を引き絞ったソフィアはレイヌに突撃し、ルナは2つ銃で援護の準備。
そしてナルサスは――ソフィアに斬り掛かった。




