第33話 通行禁止
ボアレロの命令を受けた王国軍は、大慌てで王宮に引き返そうとした。
戦闘中であってもお構いなしに、全速力でだ。
しかし反乱軍がそれを許さず、かなりの数を引き止めている。
それすらも王国軍は振り切ろうとしたが、それは下策。
背を見せるようなら容赦なく撃破し、結果的には自滅していた。
とは言え、数の差は今でも相当な開きがある。
いかに反乱軍が奮闘しようが、全ての王国軍を止めることなど不可能。
数多くの兵士たちが王宮に集い、我先にと中に入ろうとした。
ところがそこで、あることに気付く。
王宮に入る唯一の門の前に立つ、小さな人影。
あまりにも短いスカートのメイド服に身を包み、大剣を地面に突き立てていた。
その顔には極めて冷たい表情が浮かんでおり、外見に反して威圧感が半端ではない。
最早言うまでもないだろうが、アリアだ。
彼女の気迫に押された王国軍が尻込みしていたところに、膨大な量の【火球】が降り注ぐ。
死にはしないが暫く動けないほどのダメージを受けて、兵士たちが続々と地面に倒れ伏した。
焦った王国軍が視線を向けた先には、門の上に立つ赤髪の美少女。
威風堂々と腕を組んで佇み、笑みを浮かべて声高々に宣言する。
「良く聞きなさい! ここは今、通行禁止よ! どうしても通りたいって言うなら、あたしたちを倒すことね! まぁ、あんたたちみたいな雑魚には無理でしょうけど!」
自信満々なリルム。
そんな彼女の言葉を受けて、アリアは大剣を地面から引き抜いた。
無言ではありながら、その姿からは「来るなら来い」と言う意思を感じる。
2人はやる気に満ちており、それ自体は決して悪いことではないが――
「いや、リルムちゃん。 向かって来られるより、止まってくれた方が良くない? 煽ってどうするのよ」
「う……。 だ、だって、あたしたちだけ何もしないの嫌じゃない!」
「だから、王国軍を中に入れないのが役目なの。 さっきの先制攻撃だって、本当なら自重して欲しかったわ。 向こうは怯んでたんだから」
「そ、そんなこと、今更言っても仕方ないでしょ!? 良いから、修道女も準備して!」
「もう、わかったわよ」
呆れ果てたサーシャに苦言を呈されて、リルムは顔を真っ赤にしている。
ちなみにこのとき、人知れずアリアも恥ずかしがっていた。
見方によってはふざけている少女たちを前に、王国軍は奮い立つ。
先頭の兵士たちが叫びながら突貫し、アリアを轢き潰す勢いで迫った。
まさにサーシャが懸念した通りだが、彼女たちに焦りはない。
「はぁッ……!」
全力で振るった大剣の腹で、大勢の兵士を殴り飛ばすアリア。
やはり死んではいないが、ピクリとも動かず失神した。
それを見た王国軍はまたしても足を止め、そこにリルムが【火球】を放つ。
絨毯爆撃が如く勢いで、広範囲の敵を戦闘不能に追い込んだ。
その時点で兵士たちの心は折れかけていたが、ボアレロの命令に背くのは死を意味する。
恐怖心に支配された王国軍は、半狂乱に陥りながらも特攻を繰り返した。
中には泣いている者もおり、アリアたちは若干のやるせなさを感じつつ、自分たちの仕事を果たす。
アリアが大剣を繰り出す度に兵士たちが吹き飛び、リルムによって動けなくなる者もあとを絶たない。
そうして暫くは同じ光景が続いたが、ここに来て王国軍はあることに気付いた。
「待てよ……。 あいつらって、あそこから動けないんだよな?」
「あ!? それがどうした!」
「だったら、無理に突っ込まなくても遠距離攻撃に徹すれば良いじゃねぇか! 『弓術士』と『攻魔士』、一般兵の弓でも投石でも何でも使ってよ!」
「そうか! そうすれば、いずれは倒せるはず! あの赤髪の【火球】にだけ気を付ければ、行けるぞ!」
「いや、倒せなくてもどかせられたら、俺たちの勝ちだ! そうと決まれば陣形を組むぞ!」
遅まきながら、重要な事実に気付いた王国軍。
確かにアリアとリルムは、あの場から動けない。
それゆえに彼らの作戦は的外れではなく、2人も一瞬だけ硬い面持ちになった。
勝機が見えたからか息を吹き返した王国軍は、素早く陣形を作って攻撃を始める。
数え切れない矢と魔法がアリアたちに襲い掛かり、彼女たちの体に細かな傷を負わせた。
自由に動けたとしても、無傷ではいられないほどの攻撃だ。
移動を制限されている今、ダメージを免れないのは必然。
それでも致命傷を避けていることが、信じられないほど。
しかし現実問題として、彼女たちは徐々に傷付いている。
このまま行けば塵が積もって、そのうち力尽きるかもしれない。
王国軍もそう考え、より一層激しく攻勢を掛けた。
だが、忘れてはいけない。
彼女たちには、もう1人強力な仲間がいることを。
「修道女!」
「【慈愛の祈り】」
リルムが合図を出した瞬間、サーシャから淡い光が漏れ出して3人を包み込む。
その途端にリルムとアリアが完全回復し、王国軍の努力を無に帰した。
思わず手を止めた兵士たちは呆然としており、それを見たリルムは勝気な笑みを浮かべて言い放つ。
「残念だったわね! あんたたちがいくら攻撃したって、あたしたちには通用しないのよ! わかったら諦めることね!」
リルムの言葉を受けて、王国軍は明らかに狼狽えている。
ところが、これは半分ブラフ。
確かにサーシャがいる限り傷を治すことは出来るが、彼女の神力にも限りはあるからだ。
そして何より、いかに傷を癒せるとは言え、ダメージを受ければ痛みはある。
つまり、リルムとアリアは苦痛を受け続けるのだ。
それを避けるには、ここで退いてもらうのが最善だが――
「くそッ! とにかく続けるしかないだろ! ボアレロ様に歯向かったら死ぬんだぞ!?」
「ちくしょう! なんでこんなことになったんだ!」
「頼むからどいてくれぇぇぇぇぇッ!!!」
ボアレロへの恐怖が勝った。
冷静に状況を判断した訳ではなく、ただただ生きたいと言う願望だけを胸に、戦い続ける王国軍。
そのことにリルムは笑みを浮かべながら内心で舌打ちし、アリアは無表情のまま覚悟を固める。
2人を矢面に立たせたサーシャは申し訳なく思いながら、愚直に【慈愛の祈り】を発動させ続けた。
アリアがひたすら攻撃を弾き続ける一方で、リルムは【火球】で応戦しているが、流石に人数が違い過ぎる。
だからと言って諦めることのないリルムは歯を食い縛り、傷付きながら魔法を放ち続け――
「リルム様、ここを任せても良いですか?」
同じく体中に小さな傷を作りながら、アリアが平坦な声で問を投げた。
彼女の言葉を聞いたリルムは真意を探り、すぐさま却下する。
「駄目よ。 メイドちゃん、1人で行くつもりでしょ? いくら何でも危険過ぎるわ」
「危険は承知の上です。 現状、わたしに出来ることはありません。 それなら前に出て、敵軍を掻き回す方が効果的かと」
「アリアちゃんがそこに立ってるだけでも、足止めになってると思うわ。 だから、そんな無理をしなくても……」
「いいえ、サーシャ様。 このままなら、いつか突破されてしまう可能性があります。 正常な人間なら退く場面でも、ボアレロに支配された彼らにそれは期待出来ませんから」
「だからってメイドちゃんを見殺しにするなんて、あたしは許せないわ。 心配しなくても、根負けしないわよ。 修道女の神力が尽きても、回復薬があるし」
「わたしだって、最後まで戦うわ。 神力だって、最後の最後まで絞り出してやるんだから」
「リルム様……サーシャ様……」
アリアは2人の気持ちを嬉しく思いつつ、やはり自分が打って出るしかないと考えていた。
確かに途中で力尽きる可能性が高いが、それまでに王国軍に大打撃を与えることが出来れば、リルムとサーシャは守れるかもしれない。
それゆえに彼女は、仲間たちの制止を振り切って駆け出そうとして――
「ぐあッ!?」
「ぎゃッ!?」
「な、何だ!? 何が起こって……がッ!?」
門の前に溢れ返っている王国軍の左右から、絶叫が聞こえた。
人数が多過ぎて、アリアの位置からは何が起きているのかわからない。
困惑したアリアが頭上を振り仰ぐと、苦笑を浮かべたリルムとホッとした様子のサーシャが口を開く。
「まったく、遅れてやって来たヒーローを気取ってんじゃないわよ」
「まぁまぁ、リルムちゃん。 助かったんだし、素直に感謝しましょうよ」
おおよその事態を悟ったアリアが意識を前方に向けると、徐々に騒ぎが大きくなり、聞き覚えのある声が響いて来た。
「オラァッ! 次にぶっ飛ばされてぇのはどいつだ!?」
向かって右方向から、怒涛の勢いで攻め入って来るラギ。
「ミランダ、マーレ、下がってろよ!」
「は~い」
「ガレン様、ご武運を」
左方向からは、【攻撃増幅】と【防御増幅】を掛けられた、【鬼人】ことガレン。
彼らの挟み撃ちにあった王国軍は攻撃どころではなくなり、完全に飲み込まれつつある。
事情はわからないが状況を把握したアリアは数瞬瞑目し、改めてリルムとサーシャに告げた。
「リルム様、サーシャ様、この機を逃す訳には行きません。 わたしはやはり前に出ます」
「そうね。 あのオジサンたちもいれば、大丈夫でしょ。 ここは絶対あたしたちが死守するから、メイドちゃんも思い切りやっちゃいなさい!」
「でも、絶対無理はしないでね? 危なくなったら、すぐに帰って来るのよ?」
「お任せ下さい、リルム様。 サーシャ様も、有難うございます。 ……参ります」
2人に笑みを見せてから冷酷な表情に戻ったアリアは、大剣を構えて疾駆した。
こうして、彼女たちの逆襲が始まる。




