第32話 憤怒の炎
リルムと別れたあと仮眠を取った僕は、姫様たちと合流して宿を出た。
すっかり夜は更けているが、喧騒は遠くから聞こえて来る。
たぶん、今も賭場が開かれているか、酒盛りでもしているのだろう。
これから起こることを思えば呑気だと思わざるを得ないが、何も知らなければそんなものかもしれない。
どちらにせよ僕たちにとっては追い風で、少しでも成功率を上げる材料。
変装は解いているが見付からないように移動して、遂に目的地に到着した。
そこにはヴェルフとナルサスさんの姿もあり、2人からは欠片ほどの緊張と熱い闘志を感じさせる。
それを確認した僕は、慎重に口を開いた。
「準備は出来ているようだな、ヴェルフ」
「当然だ。 シオンたちこそ、大丈夫だろうな?」
「それこそ当然よ。 いつでも行けるわ」
ヴェルフの問にリルムは、ニヤリとした笑みで強気に返した。
どうやら完全に調子を取り戻したようで、人知れず安堵していると、ナルサスさんが声を発する。
「宮殿の様子はいつも通りだ。 街はともかく、ここだけは守りが堅い」
僕たちがいる路地裏からは宮殿の入口が見えるのだが、そこに立つ門番からは強い警戒心が漂って来た。
何かあればボアレロに処罰されるだろうから、そうなるのも致し方ない。
それは宮殿内も例外じゃないはず。
だからこそまずは、この守りを崩す必要がある。
正面突破でもなんとかなるかもしれないが、ボアレロたちと戦う前に余計な消耗は避けたい。
改めて状況を把握した僕は、背後の姫様たちに声を掛けた。
「手筈通り頼む。 姫様とルナは、僕たちと一緒に来て下さい。 リルム、アリア、サーシャ姉さん、頼んだぞ」
「任せて下さい、シオンさん」
「うふふ、久しぶりにゾクゾクするわね」
「ゴスロリあんた、状況わかってんでしょーね?」
「リルム様、ルナ様はあれが通常ですから……」
「わたしに出来ることは限られてるけど、精一杯やってみせるわ」
彼女たちの答えに僕とヴェルフは顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。
だが、すぐに表情を引き締めてそのときを待った。
そうして、いよいよ、フランムの未来を懸けた戦いが幕を開ける。
「行くぜ、テメェら! フランムを取り戻すぞッ!」
『おぉぉぉぉぉッ!!!!!』
街の方でラギさんが号令を出し、それに応えた反乱軍が雄叫びを上げる。
その数、およそ3,000。
日中に集結していたレジスタンスがフランムに潜伏し、ギルドメンバーと合流した結果だ。
レジスタンスだけでは戦力が足りなかったが、フランムのギルドが協力することで最低限のラインに到達している。
それでも王国軍の3分の1程度だが、質と士気の高さは圧倒的に上回っていた。
事実として、想像もしていなかったらしい王国軍は慌てふためき、ろくに連携も取れずにパニック状態。
酒を飲んでいる者も大勢いたので、まともに戦える戦力はもっと少ないかもしれない。
そんなことにお構いなく反乱軍は王国軍を攻め立てているが、基本的には殺さない方針。
彼らのことは気に入らないが、ある意味でボアレロに脅された被害者でもあるからだ。
とは言え、それも状況次第。
優先するべきは勝利なので、場合によっては命を奪うのもやむなし。
事前にしっかり準備していた反乱軍は次々にエリアを制圧しては、次の戦いに向かっている。
その頃になってようやく王国軍も戦う準備を整えていたが、勢いの差は歴然。
数では大きく上回っているにもかかわらず、反乱軍を止めるには至っていない。
まず、第1段階はクリアと言ったところか。
立ち上がりは上々で、このまま行けば――
「くそッ! 何がどうなってる!?」
「知らねぇよ! とにかく、鎮圧しに行くしかねぇだろッ!」
冷静さを欠いた門番たちが街に向かい、王宮内からも次々と兵士たちが出て来た。
こちらとしては助かるが、浅はかだな。
様子を窺っていた僕たちの視線の先で兵士たちが走り去り、それを見送ってからヴェルフが宣言する。
「行くぞ、フランムを取り戻すんだ」
「あぁ、ヴェルフ。 ここからが正念場だ」
ヴェルフの言葉に、ナルサスさんが力強く頷く。
僕も戦闘態勢に入り、リルムとアリア、サーシャ姉さんに呼び掛けた。
「行って来る。 リルムたちも、気を付けてくれ」
「こっちの心配はいらないわよ。 シオン、暴れて来ちゃいなさい」
「リルム様の言う通りです。 わたしも全力を尽くします」
「わたしはサポートに徹することになるだろうけど……リルムちゃんとアリアちゃんの、力になってみせるから」
3人の言葉を受けた僕は微笑を浮かべ、次いで真剣な眼差しを姫様とルナに向ける。
彼女たちも気合いの入った表情をしており、問題がないと判断した僕はヴェルフを見つめた。
はっきりと頷いた彼は最初の1歩を踏み出し、5人が凄まじい速さで疾駆する。
無人の門を通り過ぎ、苦も無く王宮内に侵入。
国王の間への道は覚えており、最短距離を走り抜けた。
中には、まだ残っている兵士が散見出来たが――
「【眠りましょう】」
ルナのスキルの前では無力。
何も出来ずに床に倒れ伏し、深い眠りに入った。
結局、僕たちは誰にも止められずに国王の間に辿り着き――炎が襲い掛かる。
それもただの炎じゃなく、極限まで力を凝縮した収束砲。
対するヴェルフとナルサスさんは避けようとしていたが、その必要はない。
「予想通りですね」
攻撃が来ると読んでいた姫様が最前線に立ち、大盾を構える。
収束砲はかなりの威力を秘めていたが、『輝光』の防御力を超えることは出来ない。
完璧にシャットアウトした姫様は悠然とした足取りで国王の間に入り、僕たちもあとに続いた。
そこにいたのは言うまでもなく、王座に腰掛けたボアレロと、両隣に立つグレビー、レイヌ。
ボアレロは見下すような笑みを浮かべており、グレビーは澄まし顔でレイヌは妖艶な微笑。
しばしの間、沈黙が辺りを包んでいたが、口火を切ったのはボアレロ。
「やっぱり裏切ったか」
「最初から、完全な仲間になったつもりはない」
即座に言い返す僕。
「わたしは、レジスタンスに正義があると判断しました」
凛々しい面持ちで断言する姫様。
「正義かどうかは知らないけれど、貴方たちよりレジスタンスがマシなのは確かね」
嘲笑うルナ。
僕たちの言葉を聞いてもボアレロは余裕の笑みを浮かべており、悪びれることもなく言い捨てた。
「そうかよ。 俺たちもお前らとの約束なんざ、守る気はなかったがな。 なぁ、グレビー?」
「はい、ボアレロ様。 愚民たちから搾取するのは、当然の権利です」
「わたしはぁ、ゴミどもが惨めに生きてるのを見るのが楽しかったのよねぇ」
「レイヌの言う通りだな。 だからこそ、ギリギリの線を攻めたんだ」
開き直ったように、聞くに堪えない暴言を吐くボアレロ陣営。
僕や姫様たちも腹が立ったが、それ以上に強く反応したのがヴェルフ。
力強く1歩前に出て、怒りの形相で言い放つ。
「ボアレロ、貴様はここで終わりだ。 これまで民に与えて来た苦痛、その身でとくと味わえ」
「はん、吠えるなよ。 『輝光』どもに頼るしかなかった雑魚が」
「確かにこの作戦は、シオンたちがいなければ成り立たなかった。 反乱を起こしたところで、お前を倒せなければ意味はないからな。 だが、フランムを取り戻せるなら、その程度の非難は甘んじて受け入れる」
「馬鹿が。 どっちにしろお前らは、俺には……ん?」
「いかがされましたか、ボアレロ様?」
唐突にボアレロが言葉を止め、ヴェルフをジッと見つめる。
そのことに僕たちだけではなく、側近のグレビーも不思議そうにしていたが、ボアレロは無言を保ち――邪悪に笑った。
「くくく……そう言うことかよ。 レジスタンスなんて馬鹿な真似をしてたのが誰かと思えば、ゴミの息子だったか」
「何ですって……?」
「その様子だと知らなかったようだな、『輝光』。 そいつは先代国王の息子、ヴェルフ=フランムだ。 いや、ゴミの息子に相応しいゴミっぷりだな」
ケラケラと愉快そうに笑うボアレロ。
ヴェルフが先代の息子……。
チラリと視線を向けると、硬い顔付きになりながら、否定することはなかった。
どうやら、出任せではないようだな。
もっとも、多少意外に思ったとは言え、大したことじゃない。
「ヴェルフが先代の息子だろうが何だろうが、関係ない。 僕はお前を倒し、フランムを取り戻す」
「は。 泣かせる友情じゃねぇか。 それにしても、本当にあのゴミと良く似てんな。 両腕と両脚を燃やされてんのに、最後までそうやって睨んで来てたぜ。 まぁ、結局何も出来ずに、呆気なく死んじまったけどな」
「貴様、さっきから黙って聞いていれば……父上を愚弄するなッ!」
「落ち着け、ヴェルフ。 ここで挑発に乗れば、奴らの思うつぼだ」
「ナルサス……わかっている」
どこまでも人を馬鹿にした態度のボアレロ。
グレビーやレイヌはあまり口を挟まないが、本質は似たようなものだろう。
ナルサスさんがフォローしてくれたとは言え、ヴェルフの我慢もいつまでもつかわからない。
そしてこの時点で僕は、ある疑念が最高レベルに達していた。
間違っている可能性もあるが、それならそれで構わない。
内心で決意を固めた僕は、リルムから授けられた魔道具を取り出す。
初めてボアレロの顔に警戒が滲み、グレビーとレイヌも備えていた。
とは言え、これに関しては防ぐことは不可能。
姫様やルナ、ヴェルフにナルサスさん。
仲間たちも驚いている中で、水晶を床に叩き付け――発光。
眩い光が国王の間を埋め尽くす。
そうして、それが収まったあとには――
「……なんだ、気付かれてたのかよ」
「そのようですね」
「あぁん、あの髪色結構気に入ってたのにぃ」
銀髪に真紅の瞳になった、ボアレロとグレビー、レイヌ。
そう、奴らは魔族。
上手く人間に擬態していたようだが、リルムの魔道具によって正体を看破された。
姫様たちは驚きに目を見開いていたが、比較的冷静さを残していたルナが問い掛ける。
「シオン、ボアレロたちが魔族だとしたら、どうして神力を感じるの? 魔族に神力が宿るなんて、あり得ないわ」
「僕にも具体的なことはわからない。 ただ……奴らの神力には、違和感がある。 何かしらの秘密があるはずだ」
そう言って僕が鋭い視線を向けると、ボアレロは相変わらずのにやけ面でのたまった。
「まぁ、もう隠す必要もねぇか。 良いぜ、教えてやるよ。 ……オェッ!」
突如としてボアレロが嘔吐き、食道を通って吐き出されたのは――心臓。
何やら魔石で改造が施されており、ある意味で魔道具の1種と言えるかもしれない。
そしてその心臓からは、確かに神力が感じられる。
なるほど、これを使って聖痕者のふりをしていたのか。
ずっと気になっていた気持ち悪さの正体がはっきりしたが、問題は――
「なぁ、グレビー。 この心臓って誰のだったか覚えてるか?」
「申し訳ありません、あまりにも取るに足らない相手だったので、名前を失念してしまいました。 ただ、自分のことを国王だとか何だと、ほざいていた記憶はありますね」
「な……!?」
わざとらしいやり取りを聞いて、ヴェルフが絶句する。
そんな彼を見てボアレロは笑みを深めたが、精神的な攻撃はまだ続いた。
「そう言えば、そんな奴もいたな。 ちなみに、お前らのは誰だった?」
「わたしは、その取るに足らない者の息子ですね」
「わたしはぁ、王妃とか何とか言ってた気がしますぅ」
そう言ったグレビーとレイヌも心臓を吐き出し、ヴェルフに見せ付けた。
あまりにも残酷な現実に呆然自失としたヴェルフを、ボアレロはこれ以上ないほど楽しそうに見ていたかと思えば、グレビーとレイヌに目で合図を送り――同時に握り潰した。
肉親を殺されただけじゃなく、その亡骸までも弄ばれたヴェルフは――
「貴様ァァァァァッ!!!」
「ヴェルフ!」
叫喚を上げて突撃。
ナルサスさんが必死に止めようとしたが、無駄に終わる。
対するボアレロはニヤリと笑って右手を突き付け、炎を放とうとした。
このままでは確実に、ヴェルフはなす術なく燃やされる。
だからと言って何を言ったところで、話を聞く状態じゃない。
瞬時にそう判断した僕は、強硬手段を取ることにした。
「少し頭を冷やせ」
「がッ……!」
横からヴェルフの顔面を殴り、壁まで吹き飛ばす。
たぶん痛かったと思うが、それによってボアレロの攻撃範囲からは逃れた。
壁に激突したヴェルフは憤怒の表情で起き上がり、またしても走り出そうとしたので、その前に声を滑り込ませる。
「お前が無駄死にして、先代たちが喜ぶとでも思うのか? それに、お前が死んだら誰がフランムを守る? 今のお前に出来るのは、生きてこの戦いに勝ち、フランムを立て直すことだ」
「わかっている! わかってはいるんだ……!」
あくまでも淡々と述べる僕の言葉を聞いて、ヴェルフは必死に感情をコントロールしようとしていた。
歯を食い縛り過ぎたのか、口の端からは血が流れている。
際どいところだが、なんとか気を持ち直したらしい。
もっとも――
「安心しろ、ヴェルフ。 頭に来ているのは、お前だけじゃない」
激怒しているのは、僕も同じ。
そしてそれは、姫様とルナも。
全身から可視化するほどの神力を放ち、国王の間を揺るがす。
僕たちの強烈なプレッシャーを受けて、それまでヘラヘラしていたボアレロから笑みが消えた。
グレビーとレイヌからも緊張した気配が漂い、空気がピンと張り詰める。
ナルサスさんも静かに戦意を昂らせ、戦闘態勢に入った。
そうして戦いの幕が上がるかに思われたが、その直前でボアレロが魔道具に声を発する。
「おい、ゴミども。 今すぐ王宮に戻って来い。 紛れ込んだネズミを始末した奴には、一生遊んで暮らせる金をくれてやる。 逆に出来なかったら……わかってんな?」
恐らくフランム中の王国軍への通達。
このままでは、押し寄せて来た兵士たちと戦うことになる。
最低でも消耗させられ、悪ければ隙を突かれてボアレロたちにやられるかもしれない。
いや、奴らなら王国軍もろとも、僕たちを殺そうとする可能性もあるな。
その思考は当たっていたようで、ボアレロたちは朗々と語った。
「さぁ、どうする? 王国軍を皆殺しにして、俺たちとやるか? それとも逃げるか? その場合は俺がゴミどもを掃除するから、どっちにしろ王国軍は全滅かもな」
「あんな連中でも、束で掛かれば多少の役には立つでしょう」
「ゆっくり観戦してぇ、そのあと殺してあげるわぁ」
悪逆非道な魔族たちの言い様に、ヴェルフは拳を固く握りしめる。
それでも暴走することはなく、怒りを力に変えようと苦心していた。
ナルサスさんも厳しい表情になりつつ、しっかりと事態を受け止めているように見える。
僕と姫様、ルナに至っては、むしろ平然としていた。
そのことが意外だったのか、訝しそうなボアレロ。
何でも自分の思い通りになると思うな。
「王国軍が駆け付けるとのことだったが、いつになったら来るんだ?」
「何?」
「命令を下してから、それなりに経つぞ。 一向に現れる気配がないな」
「……グレビー、どうなってる?」
「これは……入口で足止めされているようですね。 集まっては来ていますが、入れないようです」
「あらぁ、残念だわぁ」
「ち……面倒臭ぇな」
グレビーの報告を聞いて、ボアレロが億劫そうに王座から立ち上がる。
それを見た僕は、ようやく本番が始まると察した。
姫様とルナも警戒のレベルを引き上げ、ヴェルフとナルサスさんも準備万端。
そんな僕たちを見下ろしたボアレロは、口の端を吊り上げて言い捨てる。
「しょうがねぇから、きっちり殺してやるよ。 グレビー、レイヌ、遠慮するんじゃねぇぞ」
「かしこまりました、ボアレロ様」
「久しぶりにぃ、暴れますかぁ」
ボアレロの両手に黒い炎が纏わり付き、グレビーは柄の両端から剣身が伸びている両刃とでも呼ぶべき武器、レイヌは鞭を握った。
相手も戦闘態勢に入ったのを悟った僕たちは、アイコンタクトを取り――
「絶対に許さんぞ、ボアレロ!」
「熱くなり過ぎるな、ヴェルフ」
「ルナさん、ナルサスさん、行きましょう」
「命令しないで、痴女姫」
「わたしの全てを懸けます」
打ち合わせ通りに動いた。
こうして、国王の間での決戦が遂に始まる。




