第8話 追及のち変貌
石造りの、さして広くもない部屋。
窓はなく、出入り口は1箇所だけ。
調度品は最低限で、かなり簡素な雰囲気だ。
強いて言うなら、壁に取り付けられた大きめのガラス……魔道具が目を引く。
だが、テーブルに着いた人物は、それらに関係なく凄まじい存在感を放っていた。
「お2人とも、ご足労頂き有難うございます」
「いえ、お気になさらず」
美しく輝いているようにすら感じる、姫様。
その顔には可憐な微笑を浮かべているが、目は全く笑っていない。
彼女が見つめているのは僕ではなく、返事も出来ずに直立不動で立って、冷や汗を流しているミゲル審査官。
これからのことを思えば若干気の毒ではあるが、身から出た錆と言うやつだ。
他人事なのでボンヤリとそう考えていると、返事がないことには何も言わず、姫様が話を進めた。
「ミゲル審査官、どうして呼ばれたかわかっていますね?」
「い、いえ、わたしには何のことか……」
「そうですか。 アリア、あれを出して」
「は、はい!」
ミゲル審査官の返答に落胆することもなく、姫様は背後に控えていた、この場にいる最後の1人に指示を出した。
身長はかなり低く、140セルチ台半ばほどしかない。
薄紫色の髪を三つ編みにしており、銀色の瞳は不安そうに揺らいでいる。
幼い顔立ちだが美少女と言って差し支えなく、胸元は身長の割に育っていた。
着ているのはメイド服だが……やけにフリルが多く、丈が短い。
ちなみに僕も昔、エレンに着させられたことがある。
それはどうでも良いとして、アリアと呼ばれた少女が取り出したのは、1枚の鏡。
何が起きるのかと見守っていた僕の目の前で、鏡から光が照射され、ガラスの魔道具に浴びせ掛けた。
すると――
『おいミゲル、本当に大丈夫なのか?』
『心配するな、この魔道具の力は間違いない。 軍の訓練で何度も使っているからな』
『それなら、僕たちにも勝機はあるかも……? シオン=ホワイトはヤバいくらい強いけど、あくまでも『剣技士』だからね』
『そうでなくては困る。 折角、厄介なリルム=ベネットを排除してくれたんだ、このチャンスを逃す手はない』
『けどさ、あれだけ強かったら、優勝しなくてもソフィアは同行を許すんじゃない?』
『そこは任せろ。 優勝さえさせなければ、あとはわたしの権限で何とでもしてやる』
『それで、わたしたちが同行することになったら……』
『あぁ、隙を見て殺せ』
『約束の金は用意出来てんだろうな?』
『当然だ。 ソフィアを殺しさえすれば、言い値を支払おう』
あのとき、ミゲル審査官と『獣王の爪』が密談していた様子が、はっきりと映し出された。
なるほど、『獣王の爪』が選別審査大会に参加したのは、取引をしていたからか。
これで1つ疑問が明らかになったが、新たな謎が出て来たな。
何故、王国軍でも上の階級であろうミゲル審査官が、姫様の暗殺を企てたのだろう。
まぁ、これに関しては僕が聞かなくても、姫様が説明してくれるはずだ。
何ともなしにミゲル審査官を盗み見ると、顔面蒼白とさせて身を震わせている。
思わず哀れになりそうなほどだが、同情はしない。
それは姫様も同じらしく、冷徹に問い質した。
「何か弁明はありますか?」
「こ、これは、その……」
「ミゲル審査官……いえ、ミゲル、貴方は魔蝕教ですね?」
「な!? ど、どうして……」
「あまり、わたしを侮らないで下さい。 それくらいのことは、以前からわかっていました。 ただ、貴方は用心深かったですから、証拠を掴むことは出来ませんでした。 しかし、今日は相当焦っていたようですね。 これほど簡単に尻尾を出すとは。 魔道具を通じてわたしに聞かれないようにはしていたようですが、こちらが能動的に監視している可能性を考えなかったのは、愚かとしか言いようがないです」
「ぐ……!」
魔蝕教か……。
確か、「世界は魔王に支配されるべき」と考えている集団だった気がする。
そのルーツや規模は不明だが、世界各地に教徒が潜伏しているらしい。
これまでは目立った活動をせずに力を蓄え、魔王復活に合わせて動き始めたと言ったところか。
確かに『輝光』である姫様が死ねば、人類にとっては大打撃。
そう言う意味では狙いは悪くなかったが、相手が悪かったな。
この話の結末が見えた気がして、ほとんど興味を失っていると、姫様が駄目押しの一言を放つ。
「それで? まだ答えを聞いていませんが、何か弁明はありますか?」
「う……うぉぉぉぉぉッ!!!」
「きゃあ!」
拳を振り上げたミゲル審査官……ではなくミゲルが、アリアの持つ鏡に叩き付けた。
その拍子にアリアは転んでしまったが、怪我はなさそうだ。
鏡が破壊されたことで映像が途切れ、それを見たミゲルは狂笑を浮かべて口を開く。
「くくく……これで証拠はなくなった! お前たちが何を言ったところで、わたしの人脈があれば生き残れる! 残念だったな!」
目を血走らせて喚くミゲルに対してアリアは委縮していたが、僕と姫様は溜息をついていた。
あの鏡が、どれだけ高価な魔道具かは知らないが、僕が姫様なら――
「あれはコピーです」
「……は?」
「ですから、あれはコピーです。 オリジナルは別の場所に保管しています」
「そ、そんな……」
「更に言うなら、今この部屋の様子も記録されています」
「な、何だと……!?」
「今までの言動を含めれば、貴方が助かる道はないと思いますが?」
「く……くそぉぉぉぉぉッ!!!」
雄叫びを上げたミゲルが、今度は姫様に殴り掛かった。
せめて道連れにしようと思ったらしく、その執念だけは称賛に値するが……正しいことではない。
即座に判断した僕は左手に直剣を生成し、ミゲルの右腕を斬り飛ばす。
「ギャァァァァァッ!!!?」
「うるさい」
「ギッ……!?」
あまりの激痛にのたうち回っていたところを、喉を踏み付けて黙らせた。
泡を吹いて失神したミゲルを睥睨した僕は、自分の髪を1本だけ抜いて傷口をきつく縛る。
これで、すぐに出血死することはないだろう。
彼が死んだところで僕は痛くも痒くもないが、姫様たちはまだ用があるかもしれないからな。
一連の出来事を黙って見ていた姫様に目を向けると、ニコリと笑って魔道具らしき宝石を取り出し、何事かを告げる。
すると、すぐに外から2人の審査官が部屋に入って来て、ミゲルを担いで出て行った。
審査官たちは全く取り乱していなかったので、事前に取り決めていたらしい。
こうして部屋に残されたのは、無表情の僕と笑顔の姫様、オドオドしたアリア。
暫くそのまま時間が過ぎ去ったが、ニコニコ顔の姫様が口火を切る。
「助けて下さって、有難うございました」
「いえ。 姫様なら、自分で対処出来たでしょうし」
「あら、気付いていたのですか?」
「神力が活性化していましたから」
「流石ですね、素晴らしい観察眼です」
「恐れ入ります」
これ以上ないほど、楽しそうな姫様。
今のところ当たり障りのない会話で、本心は見えて来ない。
だが、そろそろだろう。
「ところで貴方を呼んだ理由ですが、お聞きしたいことがあります」
「何でしょうか?」
来たか。
僕が密かに身構えていると――
「貴方は……誰ですか?」
姫様の鋭い声が、部屋に響き渡る。
先ほどまでの笑顔も鳴りを潜め、嘘偽りを許さない迫力があった。
怯えたアリアは肩を震わせたが、僕の心には小波1つ起こせない。
「質問が漠然とし過ぎています。 もう少し、具体的にお願いします」
「……選別審査大会の最中、貴方のことを徹底的に調べました。 グレイセス内は当然として、王国外の村や町にも問い合わせました。 アリア、結果はどうだったかしら?」
「は、はい! せ、正式な出生届だけではなく、各地の孤児院なども調べましたが……シオン=ホワイトと言う人物が存在した形跡は、見付かりませんでした」
「聞いての通りです。 この事実を踏まえた上で、改めて問います。 貴方は誰ですか?」
この短い間に、そこまで調べたのか。
ブラフの可能性もあるが、この様子だと恐らくそうではない。
ならば、適当に誤魔化すのは下策だ。
ここで信用を失うと、これまでの苦労が水の泡になる。
ただし、真実を話すこともしないが。
「僕は記憶喪失の子どもでした」
これは出任せ。
「記憶喪失……?」
「はい、本名も実の両親が誰かも知りません。 10年ほど前に山道で倒れていたところを、エレン……育ての親に助けられ、それ以降は彼女とともに生きて来ました。 シオン=ホワイトと言う名前も、エレンからもらったものです。 親と言っても、当時の彼女は20歳前の若い女性でしたが」
これも嘘の割合が大きい。
「……その方と連絡は取れますか?」
「不可能です」
「不可能? どうしてですか?」
「3か月ほど前に、事故で死んだからです」
本当は事故ではなく殺害。
「……! そうですか……」
「僕たちは人里から離れた場所で暮らしていたので、最低限の常識や教養などはエレンから学びました。 付け加えるなら彼女自身も似たような境遇で、誰かに育てられたそうです」
「……その誰かと言うのは、誰ですか?」
「1度聞いたことがありますが、言葉を濁されました。 それ以降は聞かないようにしていた為、わかりません」
この辺りは、ほとんどが作り話。
とは言え、姫様たちには確かめようがない。
それゆえに難しい顔で考え込んでいたが、長々と黙ることはなかった。
「一応、辻褄は合っていますね。 アリア、どう思う?」
「え、えぇと……だ、断言は出来ませんけど、信用して良いように感じました」
「そうね、わたしも同意見よ。 わかりました、取り敢えず貴方の生い立ちに関しては信じます」
「有難うございます」
なんとか切り抜けられたらしい。
それにしても、生い立ちに関しては……か。
と言うことは、姫様にはまだ聞きたいことがあるんだろう。
おおよそ見当は付いているが。
「続いての質問ですが、良いですか?」
「断る権利があるんですか?」
「ありませんね」
「でしたら、聞かないで下さい」
「そんな、邪険にしないで下さい。 可愛い顔が台無しですよ?」
「そうですか」
「もう……。 とにかく、聞かせてもらいますね」
「どうぞ」
話すのは面倒と言うのが本音とは言え、仕方ないな。
僕に冷たくされた姫様は悲しそうにしているが、どうせ演技だろう。
それにしては真に迫っているが。
どちらにせよ気を取り直したようで、居住まいを正して問を投げて来た。
「聞きたいのは、貴方の聖痕者としての力についてです」
やはり、そこは外せないか。
だが、まだ質問の範囲が広い。
ここは余計なことを言わず、沈黙を選択しよう。
僕が口を閉ざしていると姫様は小さく嘆息して、言葉を付け足した。
「本来の『剣技士』ではあり得ない双剣……これは、聖痕にイレギュラーが起きたからだと言っていましたね?」
「そうですね。 あくまでも、推測の域を出ませんが」
「貴方自身も、本当のところはわからないと?」
「はい。 最初からそうだったので、何が原因かは不明です」
「なるほど……。 では、次です。 決勝戦で魔道具を破壊した手段について、説明して下さい。 あれには物理攻撃が効かないので、『剣技士』にはどうしようもなかったはずなのです」
たぶん、これが本命だろう。
僕が逆の立場でも、絶対に押さえておきたいポイントだ。
アリアですら真剣な面持ちで、こちらの答えを待っている。
一瞬とぼけようかと思ったが、ここは素直に教えた方が良さそうだな。
「魔法で破壊しました」
「魔法ですって……? 貴方は『剣技士』でしょう? まさかそれも、イレギュラーだとでも言うつもりですか?」
「そうとも言えますが、少し違います」
「どう言うことですか?」
「こう言うことです」
そう言って僕は、両手のレザーグローブを外した。
姫様とアリアは訝しそうにしていたが、構わず両手の甲を見せ付ける。
そこには――
「2つの、聖痕……?」
呆然と声を落とすアリア。
チラリと視線を向けると、大慌てで口元を隠していた。
しかし、彼女の反応も無理はない。
僕の右手には『剣技士』の聖痕、左手には『攻魔士』の聖痕が刻まれている。
1人の人間に2つの聖痕など、双剣を扱うことよりも、よほどの一大事。
そのことは姫様も承知しているようで、今までで最も固い顔付きになっている。
それでも彼女は現実から目を背けず、建設的な行動に出た。
「アリア、調べて頂戴」
「は、はい!」
姫様に呼び掛けられたアリアは我を取り戻し、モノクル型の魔道具で検査を始めた。
その様子を姫様は見守り、僕は静かに受け入れる。
受付のときよりも念入りに調べられたが、結果はわかっていた。
「し、信じられませんが……間違いなく、両方とも本物です……」
「……そう、有難う」
アリアに礼を述べた姫様は、おとがいに手を当てて俯いた。
さて、どう出て来る。
ひとまずレザーグローブを装着し直した僕は、姫様からの言葉を待った。
すると、時計の秒針が1回転する頃になって、姫様が重々しく口を開く。
「シオンさん……と呼んで良いですか?」
「構いません」
「有難うございます。 ではシオンさん、2つの聖痕を持っていることに関しては、説明出来ますか?」
「すみません、双剣と同じくわかりません。 1つ言えるのは、最初から2つともありました」
これは嘘ではないが、本当ではない。
「そうですか……。 わたしたちの他に、このことを知っている者はいますか?」
「いませんが、あとで話すつもりの人ならいます」
「それは誰ですか?」
「リルム=ベネットです」
「彼女ですか……。 なるべく秘密にして欲しいのですが、他に話すつもりの人はいますか?」
「いえ、僕としても無暗に教えたくありませんから。 リルムにも口止めするつもりです。 彼女なら、黙っていてくれるでしょう」
「……随分と親しそうですね」
「姫様?」
「何でもありません。 アリア、ここで見たことは他言無用よ。 こんなことが世間に知られたら、混乱を招いてしまうわ」
「か、かしこまりました!」
姫様に釘を刺されたアリアは、壊れたオモチャのように何度も首を縦に振った。
何と言うか、この子は見ていて飽きないな。
僕が少々失礼なことを考えていると姫様は大きく息を吐き出して、椅子の背もたれに体を預けた。
その顔からは色濃い疲労が見て取れるが、どこか嬉しそうでもある。
「シオンさんは、わたしが思っていたよりもずっと、とんでもない人のようですね」
「それは褒められているんでしょうか?」
「さぁ、どうでしょうね。 ……それでは、次の質問です」
楽しそうに笑っていたかと思えば、急に表情を引き締めて背筋を伸ばす姫様。
まだあるのか?
僕が想定していた質問は、ほぼ出尽くした。
だが、姫様から飛び出したのは――
「シオンさんはどうして、わたしの旅に同行しようと思ったのですか?」
当然と言えば、当然の疑問。
どれだけ実力があろうが、どれだけ出自が確かだろうが、志をともに出来なければ本当の仲間にはなり得ない。
そんな当たり前の事実に今更気付いた僕は、無性に恥ずかしくなった。
こう言うところは、人間関係の経験が少ない弊害だな……。
内心で反省した僕は数瞬瞑目し、今度こそ真なる胸の内を明かした。
「正しいことだと思ったからです」
「正しいこと、ですか?」
「はい。 エレンが言っていたんです。 僕の力を、正しいことに使って欲しいと」
「……そうなのですか」
「ですが、僕には何をすれば良いかわかりませんでした。 そんなときに姫様の話を聞いて、魔王を倒すのは正しいことだと思ったんです。 だから、同行しようと決めました」
「……」
僕の本心を聞いた姫様は、沈痛な面持ちで黙り込んでしまった。
何かまずいことを言ってしまっただろうか?
仮にそうだとしても、なかったことには出来ない。
あとは姫様が判断することだ。
彼女がどのような決断を下すか、僅かに緊張しながら待っていると――
「わかりました、貴方を受け入れます。 ともに行きましょう、シオンさん」
華やかな笑みを咲かせて立ち上がり、机を回り込んで手を差し伸べて来た。
至近距離で見た姫様はあまりに美しく、まさに『グレイセスの至宝』。
僕は思わず息を飲んだが、すぐに返事をする。
「はい、よろしくお願いします、姫様」
レザーグローブを外して握り返した姫様の手は小さく、繊細で、柔らかかった。
強力な聖痕者にはとても思えないほどだが、それに反して感じる神力は凄まじい。
改めて姫様の力を、文字通り肌で感じていた僕の一方、彼女もこちらの手の感触を確かめていたが、どうにも様子が変だ。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
頬が紅潮し、目をトロンとさせ、息が荒くなっている。
遂には両手で僕の手を包み込み、徐々に顔を近付けて来た。
このままだとキスしてしまうが、止まる気配はない。
そうして、とうとう僕と姫様の唇が触れ合う――
「コホン」
寸前、アリアが咳払いした。
それを聞いた姫様はハッと意識を取り戻し、大慌てで後ろを向いてしまう。
その豊満な胸に手を当てて、何度も深呼吸を繰り返していた。
訳がわからない僕は説明を求めるようにアリアを見たが、彼女は明後日の方を向いてダラダラと汗を流している。
何か隠しているな……?
仲間になった傍から不信感が生まれたが、秘密を抱えているのは僕も同じ。
そう言う意味ではお互い様なので、ひとまず様子を見よう。
すると、辛うじて復帰を遂げた姫様が、何事もなかったかのように振り返った。
顔は赤いままだったが。
「失礼しました」
「いえ、お気になさらず」
「ところで、最後に確認しておきたいことがあります」
「何でしょうか?」
それまでの様子もどこへやら、神妙な面持ちの姫様。
いったい何を聞かれるのかと、僕は様々なパターンをシミュレートしていたが――
「シオンさんは、本当に男性なのですか?」
その全てが外れた。
想像の斜め上を行く問い掛けだったが、即答出来る。
「本当です」
「本当の本当ですか?」
「本当の本当です」
「本当の本当の本当ですか?」
「本当の本当の本当です」
「本当の本当の本当のほんと……」
「流石にしつこいですよ」
「ご、ごめんなさい。 そうですか、本当なんですね……ふふふ……」
姫様の怪しい声が、石の部屋に響く。
はっきり言おう、怖い。
助けを求めるようにアリアを見ても、深く溜息をついているだけだ。
どうやら僕は、考えていたよりも厄介なことに首を突っ込んだらしい。
今後のことに思いを馳せて、旅立つ前から疲労感に襲われつつ、聞いておきたいことがある。
「姫様、僕からも質問をして良いですか?」
「え? あ、はい、何でも聞いて下さい。 シ、シオンさんになら、スリーサイズとかでも……」
何やらモゴモゴ言っているが、取り敢えずスルーした。
「ミゲルが怪しいことは、以前からわかっていたんですよね? それなのに審判に任命したのは、何故ですか?」
「それは……」
「炙り出す為ですよね? つまり、この選別審査大会の裏の目的は、彼を捕らえることにあった。 違いますか?」
「……そうです」
「そして、その思惑に巻き込まれた僕は、決勝戦で苦戦を強いられたと」
「怒りましたか……?」
「いいえ。 ただ、確認したかっただけです」
「そう言ってもらえると助かります。 ですが、シオンさんに余計な負担を掛けたのは確かなので、わたしに出来ることがあれば遠慮なく言って下さい」
恥ずかしそうにモジモジしながら、姫様がそんなことを言い出した。
どうにも、先ほどまでと印象が変わりつつある。
しかし、頼みたいことがあったので都合が良い。
そう考えて要求を告げると、姫様は一転して渋い顔になったが、嫌だとは言わなかった。
こうして選別審査大会は幕を閉じ、僕は旅に同行することになった。