第30話 家族
拠点に帰った僕たちは、広い部屋に通された。
壁や天井に至るまで様々な書類が埋め尽くしていることから、たぶん作戦会議室のような場所だと思われる。
部屋の真ん中には大きめのテーブルが設置されており、ヴェルフによって人数分の椅子が置かれた。
リーダーが率先してすることには思えないが、彼は何事も自分で動くタイプなのかもしれない。
そのせいでナルサスさんが苦労することもありそうだが。
とにもかくにも準備が整ったと判断したのか、ニヤリと笑ったヴェルフが口を開く。
「では、作戦の内容を話そう。 質問はあとで受け付けるから、まずは最後まで聞いてくれ」
そう前置きしたヴェルフから、作戦の詳細が明かされた。
正直な感想としては、特に搦め手のないオーソドックスな手段。
ただし、それゆえに必要なピースは多く、実行に移すのが困難だったのだろう。
話を聞きながら概要を整理していると、ようやくしてヴェルフが締め括った。
「以上だ。 何か質問はあるか?」
「質問って言うか……すっごく単純ね。 でも、わかり易くて良いかも」
「そうだろう、リルム=ベネット。 細々とした作戦を立てるより、こう言う真っ向勝負の方が俺の性に合っている」
「貴方の性に合っているかどうかはともかく、シンプルな方が意思疎通が楽なのは間違いないわ。 複雑な作戦になればなるほど、綿密な打ち合わせが必要になるしね」
「わたしとしては、もう少し参謀らしい案を出したかったがな。 リーダーであるヴェルフの意思を尊重した。 それにキミたちと協力するなら、ルナの言う通りシンプルな方が良い」
「そうですね、ナルサスさん。 要となるメンバーは決まっているのですか?」
「理想を言うならここにいる全員ですが……少数に絞った方が良いと思います、ソフィア姫」
「そうですね、最初で躓いたら台無しですし……。 わたしも、少数精鋭が好ましいと思います」
ナルサスさんの返事を聞き、同意して頷く姫様。
ここまでは良かった。
特に問題なく会議が進み、具体的なことを詰められている。
ところが意外にも、アリアによって場は混沌とし始めた。
「ではソフィア様、その場合はどう分かれましょう? わ、わたしは出来れば……シオン様と一緒の方が……」
「アリアちゃん……今は真面目な話し合いの最中なのよ? 個人的な感情は抜きにしなきゃ。 ……まぁ、わたしもシオンくんと一緒が良いけど」
「修道女、あんたも抜け駆けしてんじゃないわよ! そう言うことなら、あたしは絶対シオンと一緒だから!」
「痴女レッドは黙っていなさい。 シオンはどうなの? 誰と一緒にいたいの?」
「ルナさん、さり気なくシオンさんに擦り寄らないで下さい。 勿論、わたしは一緒ですよね、シオンさん?」
少女たちから熱い眼差しを向けられて、僕は呆れ果てた。
いくら彼女たちの想いに――なるべく――報いると決めたとは言え、時と場所と場合を考えて欲しい。
全力で嘆息した僕をヴェルフは面白がるように、ナルサスさんは気の毒そうに見ている。
まるで他人事のようだが、それで済むと思うな。
「僕はあくまでも実行者の1人に過ぎません。 詳しい作戦や分配を決めるのは、彼らの役目です」
「お、おい、シオン!?」
「そう来るか……」
いきなり水を向けられたヴェルフとナルサスさんから、焦った空気を感じる。
だが、言ったことはあながち間違いじゃない。
実際問題として、僕をどう扱うかは彼らに任せようと思っていた。
そのことがわかっているのか、ヴェルフたちは文句を言えず、姫様たちの視線は彼らに移っている。
あまりの迫力に彼らはたじたじになっていたが、意を決したかのようにナルサスさんが言葉を連ねた。
「要のメンバーだが……ヴェルフとわたし、シオン、それから……ソフィア姫とルナに任せたいと思う」
「はい、わかりました」
「うふふ、良い判断ね」
「なんでよ! 納得出来ない!」
「わたしも、説明して欲しいです……!」
「そ、そうです。 ち、ちゃんと、理由を聞かせて下さい」
ナルサスさんの発表を姫様とルナは即座に受け入れ、リルムたちは当然の如く反対した。
サーシャ姉さんは相変わらずだが。
しかし、それを予見していたナルサスさんは勢いに押されつつ、冷静に粘り強く説得を続ける。
そんな彼にヴェルフは、無言でエールを送っているようだった。
一方の僕はメンバー分配のバランスを客観的に見て、問題ないと考えている。
だからこそ口を挟まず沈黙を保っていたのだが、ようやくしてリルムたちも矛を収めた。
「む~! しょうがないから、今回は従ってやるわよ!」
「わたしも、別のところで頑張ります……。 残念ですが……」
「まぁ、わたしはまだまだ戦力としては微妙だし、仕方ないか……」
ひとまずの承諾を得たナルサスさんは、心底安堵した様子だ。
ヴェルフは快活に笑っており、姫様とルナは上機嫌。
お世辞にも纏まっているとは言い難いものの、戦える状態にはなったと思って良い。
その後は順調に細かい部分を確認し、最後に結構日時を決めることになったのだが――
「明日の深夜だ」
想像以上に早かった。
姫様たちも同じ感想のようだが、ナルサスさんは動揺していない。
きっと、準備が出来ればすぐに仕掛ける手はずだったのだろう。
そのことを察しながら、念の為に聞いておくことにした。
「随分と急だが、間に合うのか?」
「間に合わせる。 とは言え、その為にはキミたちにも動いてもらう必要があるが」
「それは構いませんが、具体的には何をすれば良いのですか?」
「ソフィア姫たちには、ラギに伝言を頼みたい。 あとで手紙を渡すから、それを渡すだけで大丈夫だ」
「まぁ、それは必須よね。 でも、遠話石で伝えれば済むんじゃないの?」
「わたしたちとラギは遠話石で繋がっていないんだ、リルム。 こちらの魔力を登録していることがバレたら、彼の身が危険だからな」
「確かにナルサスさんたちの仲間ってわかったら、すぐにでも処刑されるでしょうね……。 そうでなくても、フランムのギルドって立場が危ういらしいし」
「そうですね、サーシャ様……。 では、ヴェルフ様の手紙が用意出来たら、フランムに戻りましょう。 強行軍にはなりますが、そうすれば明るくなる前には着くはずです」
「すまないな、アリア。 シオンたちにも、無理をさせてしまう」
「気にするな、ヴェルフ。 それより、手紙はどれくらいで書ける?」
「それほど掛からないと思うぞ。 30分もあれば充分だろ」
「わかった。 では、それまでは適当に休ませてもらおう」
「それが良いな。 ナルサス、休憩室に案内してやってくれ」
「了解した。 ソフィア姫、こちらです。 皆も付いて来てくれ」
そう言って出口に向かったナルサスさんに続いて、僕たちも部屋をあとにしようとしたが――
「そうだ、悪いがシオンだけ少し残ってくれるか? 時間は取らせない」
ヴェルフに声を掛けられて立ち止まる。
どうするか考えたが、それは一瞬で、すぐに口を開いた。
「姫様たちは先に行って下さい。 すぐに向かいます」
「……わかりました。 皆さん、行きましょう」
こちらのことが気になるようだったが、ひとまず言うことを聞いてくれた。
作戦会議室に僕とヴェルフだけが残され、沈黙が落ちる。
話があるのは向こうなので黙っていると、ようやくして静寂が破られた。
「シオンには家族がいるか?」
唐突な問い掛け。
何故彼がそんなことを聞いたのかわからないが、答えは決まっていた。
「育ての親、あるいは姉はいた。 もう死んだが」
「……そうか、悪いことを聞いたな」
「気にしなくて良い。 だが、急にどうしたんだ?」
「いや、何と言うか……お前を見ていると、弟を思い出してな。 見た目は全然違うし、性格ももっとヤンチャだったが」
「ふむ……。 聞かない方が良いかもしれないが……」
「ボアレロに殺された。 両親と一緒にな」
「……すまない」
「俺から振った話だ、シオンが気に病むことなんかないぞ? それに、明日にはこの気持ちに決着が付く」
「お前の本当の目的は復讐なのか?」
「いいや、違う。 フランムを取り戻したいのは間違いない。 ただ、その過程で家族の仇を討てるなら……そう思っていることも事実だ」
「なるほどな……」
「こんな俺を、リーダー失格だと思うか?」
「そんなことはない。 むしろ、フランムを取り戻すと言う正義感だけで戦っているより、よほど人間らしいと感じた」
「そう言ってもらえると助かる。 さて、そろそろ準備しないとな」
そう言ってヴェルフはテーブルに着き、ラギさんへの手紙を書き始めた。
もう僕は出て行って構わないのかもしれない。
しかし……なんとなく、今の彼を1人にしたくなかった。
端の椅子に腰掛けて、無言で待ち続ける。
ヴェルフがこちらを見ることはなかったが、手を動かしながら微笑を浮かべているように見えた。




