第26話 レジスタンス
王宮に戻った僕たちを出迎えたボアレロ国王は――
「ご苦労だったな。 いや、助かったぜ。 まさか、1人も死人が出ないとは思ってなかったからな」
ニヤニヤ笑いながら、真っ先にそんなことを口にした。
称えるように拍手もしているが、素直に受け取れない。
内心でそんなことを思っていると、ルナが冷たい声を発した。
「労いの言葉は結構よ。 それより、ここの王国軍は本当に使えないわね。 誰もフランムを守ろうとしなかったわ。 わたしたちがいなかったら、どうするつもりだったの?」
国王に対する態度じゃないが、心情的には僕も同じ。
実際、僕たちがいなかったら、フランムは滅んでいたかもしれない。
ところが――
「だが、そうはならなかった。 お前らなら、必ずこうするとわかってたからな」
どこまでも不敵なボアレロ国王。
強気な態度を崩さず、自信満々に言ってのけた。
現実問題として、彼の言う通りになったので強くは否定しかねる。
しかし、リルムは納得出来ないらしい。
「だから、それは結果論だって言ってんでしょーが。 あたしたちがいなかったら、どうしたんだって聞いてんのよ」
「しつけぇな。 そんときはゴミどもを脅して無理やり戦わせるか、とっとと逃げれば済む話だろ?」
「逃げるって……国と民を置いてですか?」
「決まってるじゃねぇか、『輝光』。 なぁ、グレビー、俺たちだけなら逃げられるだろ?」
「そうですね。 資産の多くは放棄しなくてはならないでしょうが、逃げるだけなら容易かと」
「だってよ。 要するに、最悪この国が潰れようが、俺は別に構わねぇってことだ。 金ならまた集められるしな」
「……良くわかりました。 わたしは貴方を、国王だとは認めません」
「はん。 他国の姫ごときが、寝言をほざくんじゃねぇよ。 お前が認めようが認めまいが、俺がフランムの国王なのは動かねぇんだからな」
嘲るように笑うボアレロ国王と、柳眉を逆立てて睨み付ける姫様。
気持ちは理解出来るが、今は怒りを抑えてもらわなくてはならない。
そう考えた僕は、率先して話題を振ることにした。
「ところで国王様、先ほど仰っていた条件と言うのは何でしょうか?」
「あん? あー、そういやそんなことも言ってたな。 すっかり忘れてたぜ。 レイヌ、あれを出せ」
「はぁい」
ボアレロ国王に指示されたレイヌさんは、1枚の紙を取り出した。
それを受け取ったボアレロ国王は内容を確認し、丸めて階下の僕たちに放り投げる。
何のつもりかと思ったが、最初に反応したアリアが拾い上げ、少し躊躇いがちに開いた。
そこには――
「地図……?」
「これは、フランムの西の辺りかしら……?」
訝しそうなアリアとサーシャ姉さん。
姫様たちも不思議そうにしており、僕も真意はわからない。
ただし、地図には印が付けられているので、そこに何かがあるんだろう。
即座にそこまで考えた僕は、視線でボアレロ国王に先を促した。
すると彼はニヤリと笑ってから、芝居掛かった仕草で落胆したように語る。
「困ったことに、そこにレジスタンスの拠点があるんだよ」
「レジスタンス……?」
「そうだ、エロメイド。 あいつら、俺の善政に不満があるみたいでな。 事あるごとに歯向かって来るんだ。 何度もゴミどもを派遣してるんだが、返り討ちに遭ってる。 参ったぜ」
「善政だなんて、冗談にしても笑えないわね。 むしろ、そのレジスタンスとやらの方がまともではないかしら」
「手厳しいな、ゴスロリ女。 まぁ、確かに我ながら善政はねぇか。 とにかく、そいつらにいろいろと邪魔されてるんだよ。 放っておいても大した被害はねぇが、いい加減うざったくてな」
「も、もしかして、じ、条件って……」
「そう、レジスタンスの壊滅だ、修道女。 奴らをぶっ潰してくれたら、奴隷の待遇改善とオアシスの町の侵攻取り止めって要求を、飲んでやっても良いぜ?」
条件を突き付けたボアレロ国王は、こちらを試すような笑みを見せる。
しかし……微妙なところ。
単純な構図だけで言えばレジスタンスを応援したいが、その者たちがどう言うつもりで反発しているかは不明。
極端な話、ボアレロ国王を退かせた上で、更なる悪政を敷く可能性すらある。
それなら望み通りレジスタンスを壊滅させれば良いが、もし本気でフランムの未来を考えての反乱だとすれば……。
僕と同じく、ルナやリルムたちもすぐには答えが出せない様子だったが、そんな中で――
「わかりました、お引き受けします」
曇りなき眼で、姫様が即決した。
そのことに他の少女たちは驚き、リルムが慌てて言い募る。
「本気なの、お姫様? あんただって、今のフランムが良くないのはわかってんでしょ? レジスタンスは、それを変えようとしてるかもしれないのよ?」
「勿論、わかっています。 ですが、今わたしたちが為すべきことは、奴隷の方々とオアシスの町を救うことです。 それを忘れてはいけません。 レジスタンスには申し訳ありませんが、犠牲になって頂きましょう」
「……随分と非情になれるのね。 痴女姫は、もっとお人好しだと思っていたわ」
「これでもグレイセスの姫ですから。 ときには厳しい決断を下すときもありますよ、ルナさん」
「ソフィア様……」
「ソフィア姫……」
何を言われてもぶれない姫様を、心配そうに見つめるアリアとサーシャ姉さん。
彼女たちの心配ももっともだが、ここは流した方が良さそうだ。
「わかりました、姫様。 引き受けましょう」
「シオン!?」
「リルム、このパーティは『輝光』のパーティだぞ? 姫様が決めたのなら、従うべきだろう」
「そうかもしれないけど……」
少し強めに言うと、リルムは渋々ながら大人しくなった。
ルナも何か言いたそうだったが、視線で制してからボアレロ国王に告げる。
「では、準備が出来次第出発します。 それでよろしいですね?」
「あぁ、頼んだぜ。 奴隷とオアシスの町の為に、関係ない奴らを殺して来てくれよ」
「殺すとは限りません。 条件はレジスタンスの壊滅ですから」
「こいつは、やっちまったな。 はっきり殺せって言うべきだったぜ。 まぁ良いか、頑張れよ」
「はい、失礼します」
額に手を当てて、嘆く……素振りを見せるボアレロ国王。
どこまで本気か知らないが、今は気にしなくて良いだろう。
断りを入れた僕に続いて、姫様たちも国王の間をあとにした。
王宮を出ても無言で歩き、リルムは明らかに不満を募らせている。
それを見た僕は苦笑を漏らし、姫様に向かって口を開いた。
「姫様、そろそろ良いんじゃないですか?」
「そうですね」
僕の言葉に頷いた姫様も、苦笑を浮かべている。
そんな僕たちを他の少女たちは不思議そうに見ていたが、姫様は世間話をしているように装って、パーティメンバーにしか聞こえない声で話し始めた。
「レジスタンスと接触します」
「接触? 壊滅させるんじゃないの?」
「そんな短絡的な行動は取りませんよ、リルムさん。 まずは情報を集めて、場合によっては……」
「向こうに付くつもりですか……?」
「その通りよ、アリア。 あくまでも、選択肢の1つだけれどね」
「なるほどね。 道理で聞き訳が良過ぎると思ったわ。 でも、痴女姫にしては悪くないのではないかしら」
「褒められていると取っておきます、ルナさん。 確か、ギルド長は北東の酒場で待っているのでしたね? もしかしたら、彼から話を聞けるかもしれません」
「だと良いけど……。 て言うか、シオンくんは知ってたの?」
「いや、漠然と考えていただけだ、サーシャ姉さん。 姫様なら、こう考えるんじゃないかってな」
「ふふ、流石はシオンさんですね。 わたしたちは、やはり心が通じ合っているのです」
何やら嬉しそうな姫様。
状況をわかっているんだろうか……?
急に心配になった僕に、少女たちからジト目が向けられる。
いや、絶対僕は悪くないと思うんだが。
胸中で納得出来ない思いを抱きつつ、いらぬ口論を嫌って建設的な話を取り出す。
「今のところ、尾行されている気配はありません。 姫様、早くギルド長のところに行きましょう」
「そうですね、急ぎましょう」
ニコニコ笑う姫様と、ムスッとしたリルムたちを引き連れて、前を歩く僕。
オンオフが出来るなら構わないが、不安だ……。
そう考えながら足を速め、フランムの街が夕焼けに染まりつつあった。
シオンたちが去った国王の間で、ボアレロはレイヌが注いだ酒を飲んでいた。
グレビーは直立不動で立ち、あたかも彫像に見える。
暫くはボアレロが酒を飲む音だけが聞こえていたが、唐突に声が響いた。
「あいつら、どうすると思う?」
「十中八九、裏切るでしょうね」
「でしょうねぇ」
主の問に、間髪入れずに答える側近たち。
それを受けたボアレロは愉快そうに笑い、酒をあおってからグラスを床に叩き付ける。
高価なグラスが粉々になって、広間に散らばった。
それを見ることもなく、ボアレロは邪悪に笑って言い放つ。
「グレビー、レイヌ、用意してろよ。 たぶん、遠くないうちにやり合うぜ」
「はい、いつでも」
「あたしもぉ、大丈夫でぇす」
「イレギュラーは任せろ。 どんだけ強かろうが、俺には勝てないって思い知らせてやるよ」
「かしこまりました」
「ボアレロ様ぁ、頑張って下さぁい」
側近たちの返事に満足したボアレロは、レイヌに新しいグラスを用意させて酒盛りを再開する。
その瞳には、薄暗い炎が灯っているように見えた。




