第25話 サーシャの戦い
双剣の両方で【閃雷】を撃って、【固】で2本の雷剣と化す。
かなりの広範囲をカバーしており、サーシャ姉さんを守りながらサンド・ワームを殲滅し続けた。
全く危なげなく、敵が近寄れる隙など与えない。
時折【固】を更新する手間があるが、それはそれで良い訓練になっている。
ただ2本同時使用は、やはり消費神力が多いな。
今回は大丈夫そうだが、本当の長期戦では慎重に使った方が良い。
そのことを確認出来ただけでも、今回の戦闘には意味がある。
僕が殲滅と訓練と実験を同時にこなしていると、サーシャ姉さんから呆然とした声が聞こえた。
「シオンくんって、本当に強いわよね……」
「いきなりどうした?」
「ううん、なんか改めてそう思っちゃって。 あ、サボってないからね?」
「そうか。 じゃあ、そろそろ頼む」
「任せて。 ……【清魔の祈り】」
銀の巨大ロザリオを抱えたサーシャ姉さんを中心に、途轍もない範囲が浄化される。
そこだけ空間が切り取られたかのように、サンド・ワームが姿を消したが――
「う……」
数秒ですぐに別の個体が押し寄せて来た。
その光景を目にしたサーシャ姉さんは、呻き声を漏らしている。
恐らく、頭では大丈夫だとわかっていても、本能的に恐れを抱いているんだろう。
それでも彼女が屈することはなかったが……少し勘違いしているかもしれない。
そう考えた僕は雷剣を振るいながら、おもむろに問い掛けた。
「怖いか、サーシャ姉さん」
「だ、大丈夫よ。 こ、これくらい、何ともないわ」
「そうか。 僕は怖い」
「……え?」
「意外か?」
「だ、だって……。 シオンくんはずっと余裕っぽいし……」
「そうだな。 普通に考えれば、僕が負けることはない。 だが、何があるかわからないのが戦いだ。 そして僕が倒れたら、サーシャ姉さんや姫様たちに大きな衝撃を与えてしまう。 それが何より怖い」
「……考えたくもないわね」
「だとしても、戦わなければならないときはある。 そして、恐れを抱かない者が強いんじゃない。 恐れを抱いた上で戦える者こそが、真の強者だと僕は思う。 だからサーシャ姉さんには、真の強者を目指して欲しい」
「真の強者……」
伝えたいことを伝え終わった僕は、戦い続けながらサーシャ姉さんの様子を窺う。
すると彼女は数舜瞑目し、決然と言い放った。
「真の強者って言うのは良くわからないけど、怯えて守られるだけなのは嫌ね。 だから恐れから目を背けず、受け入れて戦うわ」
「それで良い。 じゃあ、援護を期待する」
「えぇ。 シオンくんも、しっかりわたしを守ってね!」
「心得た」
敢えて悪戯っぽくのたまったサーシャ姉さんは、再び神力を溜め始める。
恐怖心を受け入れたからか、今までよりもスムーズに見えた。
そのことに満足した僕も雷剣を繰り出し続け、サーシャ姉さんが2度目のスキルを発動。
相変わらずの範囲と威力で、またしても見渡す限りのサンド・ワームを葬る。
すぐに後続が湧いて出たものの、彼女は固い面持ちながら淀みなくスキルの準備に入った。
それからも同じ展開が続いたが、どんどんサーシャ姉さんの精度は上がっている。
彼女の最大の弱点は経験の乏しさなので、こう言う機会はむしろ有難い。
身も蓋もないことを言えば、サンド・ワームを撃退するだけなら、僕だけでもなんとかなった。
しかし、サーシャ姉さんの力を借りることで彼女の成長を促し、また1つステージを上げることに成功している。
今回はそれで充分かと思ったが、僕はもう少し先に進ませることにした。
「【清魔の祈り】に関しては、ほぼ完璧だな」
「そ、そう?」
「完璧は言い過ぎかもしれないが、現時点では文句の付けようがないと思う」
「シオンくんが言うなら、そうなんでしょうね」
「そこで相談なんだが、次のステップに進む気はあるか?」
「え? 次のステップ?」
「そうだ。 そろそろサーシャ姉さんにも、近接戦闘を体験してもらおうかと思ったんだ」
「へ!? さ、流石にそれはちょっと……」
「僕がサポートするから、大丈夫だ。 サーシャ姉さんなら出来る」
「シオンくん……。 わかった。 怖いけど、シオンくんを信じてみる」
「有難う。 行くぞ」
「う、うん!」
雷剣での掃討を続けながら、3体を残して敢えてサーシャ姉さんに向かわせる。
それを見たサーシャ姉さんはロザリオを握り締めて、固唾を飲んでいた。
緊張し過ぎだが、こればかりは仕方ない。
舞い踊るように雷剣を振り回しつつ見守っていると、遂にサンド・ワームたちがサーシャ姉さんに跳び掛かり――
「え、えい!」
ロザリオの一振りで塵となった。
あまりに呆気なかったことに、最も驚いているのはサーシャ姉さん自身。
未だに信じられないようで、目をパチクリさせながら自分の手を見つめている。
中々面白い場面ではあるが、まだ始まったばかりだ。
「次が来るぞ」
「……! え、えぇ!」
気を取り直したサーシャ姉さんはまだ硬い動作で構え――サンド・ワームを撃破。
2回目ともなるとなんとなく状況を把握出来たようで、まだ戸惑いながらも次々にサンド・ワームを始末して行く。
そんな彼女にこっそりと微笑を浮かべた僕は、呼応するかのように雷剣で薙ぎ払った。
サーシャ姉さんの近接戦闘能力は低い。
これは、紛れもない事実。
ただしそれは、パーティ内で比較しての話。
普通の物差しで測れば、既に強力な使い手に成長していた。
そのことを知ってもらう為に今回のことを試したんだが……想像以上。
戦いを繰り返す度に動きが洗練され、キレが出て来た。
彼女の潜在能力の高さを垣間見ていたが、経験不足なのも確か。
「あ!」
前方から襲い掛かって来る敵にだけ意識が向いていたサーシャ姉さんの背後から、1体が迫った。
気付いたときには手遅れで、このままではダメージを受けるが……約束は守る。
【固】を解いて通常の直剣に戻し、即座に斬り捨てた。
それを見たサーシャ姉さんはホッとして礼を言おうとしたが、まだ早い。
「礼を言うのは、全てが終わってからにしてくれ。 敵は残っている」
「……! そうね、わかったわ」
「良し。 行くぞ、サーシャ姉さん」
「えぇ、任せて!」
自分でも戦えることに興奮した様子で、次々と敵を撲殺するサーシャ姉さん。
頼もしくはあるんだが、少し注意していないとな。
苦笑を浮かべた僕は、再発動した【固】をフル活用していたが――
「な、何?」
いきなり、全てのサンド・ワームが引き返し始めた。
これで終わりかと思ったらしく、サーシャ姉さんは安堵の息をついていたが、そうじゃない。
次の瞬間には地響きが起こり、砂漠が爆発したかのように砂が噴き上がると、驚いていた彼女の眼前にそれは現れた。
「グギィィィッ!!!」
見上げるほど巨大なサンド・ワーム。
変異個体……特殊個体……そんなところか。
何ともなしに分析していた僕の一方で、サーシャ姉さんはどうするべきか迷っている。
今の自分に倒せるのか、わからないらしい。
答えを言うなら倒せなくはないが、無傷とは行かないだろう。
ルナなら自分で戦わせそうだが……やはり僕は甘いのかもしれない。
今にもサーシャ姉さんに攻撃しようとしていた、巨大サンド・ワームを冷めた目で見つめ――
「【降雷】」
瞬殺。
天から落ちた白い雷が、跡形もなく消し飛ばした。
あまりの事態にサーシャ姉さんは瞠目し、こちらを見ている。
正直に言うと笑いそうになったが、叱られそうなので平然と口を開いた。
「あのレベルの相手は、また今度で良い」
僕の言葉を聞いたサーシャ姉さんは、しばしポカンとしていたが――
「ぷ……ふ、ふふ……あははは!」
大爆笑。
お腹を押さえて笑い出した。
今度は僕が驚き、困惑した目をサーシャ姉さんに向ける。
すると彼女はひとしきり笑って満足したのか、目尻に溜まった涙を拭いながら声を発した。
「ふぅ、笑った笑った。 もう、シオンくんが一緒にいるのに怖がった、わたしが馬鹿みたいじゃない」
「そんなことを言われてもな。 それに、いつでも僕が傍にいれるとは限らないから、その感覚で問題ない」
「それはそうだけど、今はわたしだけのナイトだから」
「ナイト?」
「うん、わたしを守ってくれるナイト。 女の子の憧れよね」
「……さっき、守られるだけは嫌だと言っていなかったか?」
「それは、ほら、別腹なのよ。 わかるでしょ?」
わからない。
それが本音だが、わざわざ機嫌を損ねるようなことは言わないでおこう。
「何はともあれ、敵は退いたようだな。 魔族の反応も消えたし、姫様たちも無事だ」
「あ、やっぱりソフィア姫たちのことも気に掛けてたの?」
「当たり前だろう。 かなり危ないところもあったが、なんとか全員乗り切れた。 正直に言うと手を出しそうだったが、結果的には任せて正解だったと思う。 これで彼女たちは、更に強くなったに違いない」
「ふぅん。 ねぇ、わたしは?」
「成長の度合いで言えば、サーシャ姉さんが1番だな。 自分でも手応えがあるんじゃないか?」
「まぁ、そうね。 【清魔の祈り】にもだいぶ慣れたし、こんなに近接戦闘で通用するとは思っていなかったわ。 でも、やっぱりまだまだね……」
「前にも言ったが、焦る必要はない。 確実に強くなっているんだから、無理はするな」
「わかってるわよ。 さぁ、取り敢えず皆と合流しましょうか。 ボアレロ国王の話を聞かないと駄目だしね」
「あぁ、そうだな」
そう言って踵を返そうとした、その瞬間――チュッと。
サーシャ姉さんが頬にキスをした。
どう言うつもりかと視線を向けると、舌をペロリと出した彼女はウインクしながら言い放つ。
「守ってくれたお礼よ。 ソフィア姫たちには内緒ね?」
「……有難う」
「ふふ、どういたしまして」
心底嬉しそうなサーシャ姉さん。
悪戯癖には困ったものだが、憎くは思えない。
苦笑を浮かべた僕は彼女と連れたって歩き、姫様たちと合流する。
こうしてフランムを襲った魔族とモンスターたちを、撃退することに成功した。




