第24話 ルナの戦い
ソフィアたちが魔族と激闘を繰り広げていた頃、ルナも決して遊んでいた訳ではない。
むしろ、ある意味では誰よりも奮闘していたと言える。
それほどまでにサンド・ワームの数は多く、彼女であっても押し止めるのは楽じゃなかった。
砂漠を縦横無尽に疾駆し、額に汗しながら引き金を引き続けるルナ。
2つの銃から絶え間なく弾丸が放たれ、サンド・ワームを駆逐して行く。
神力を元に作られる弾丸は、撃てば撃つほど彼女を消耗させた。
それでもルナが手を抜くことはなく、むしろ勢いは増すばかり。
そんな自分に苦笑したルナは、不本意そうに声を落とした。
「まったく……痴女レッドの言葉を気にするなんて、どうかしているわね」
嘆かわしい様子ではあるが、その一方でどこか嬉しそうなのは気のせいだろうか。
ルナが気にしている痴女レッド――ではなくリルムの言葉とは、「変わった」と言うこと。
認めたくはないが、ルナ自身も多少の自覚はある。
そしてそれを嫌だと思っていないことも、否定出来ない。
奴隷として使用され続け、その後は殺し屋として暗い人生を歩んで来た彼女が、ようやく明るい場所に出つつある。
まだ慣れないせいで戸惑いも多いが、正直なところ胸が高鳴る思いだ。
そう考えたルナは力を振り絞ってサンド・ワームを仕留め、跳躍を交えた立体的な動きでフランムへの接近を許さない。
しかし、いくら彼女でも数の暴力には抗えない。
どれほど実力差があろうと、手数には限界がある。
自分は無傷で切り抜けられる自信があるが、いつまでも攻め込まれるのを止めるのは不可能。
シオンたちに助けを求めればなんとかなるかもしれないとは言え、向こうは向こうで大変なはず。
このときのルナは、街で助けた少女と少年を思い出していた。
彼女たちに危害が及ぶのを防ぐべく、自分に出来ることはないかと思考を巡らせ――
「行くぞ、テメェら! 稼ぎ時だッ!」
「おっしゃあ!」
「わたしに任せて!」
「抜け駆けさせるかよ!」
「大量ね!」
フランムの外壁から、次々と聖痕者が跳び下りて来た。
何事かと思ったルナが唖然としていると、1人の男性が歩み寄って口を開く。
「おう、嬢ちゃん。 『輝光』の仲間だな?」
「……仲間とは言いたくないわね。 一緒に行動はしているけれど」
「ガハハ! こいつはまた、捻くれた嬢ちゃんだぜ!」
豪快に笑った男性を睨み付けるルナ。
しかし彼が答えた様子はなく、ニカッと笑って続けた。
「俺はラギ=シェーフ。 一応、フランムのギルド長だ」
「ギルド長?」
「おうよ。 まぁ、つってもほとんど権限なんかねぇけどな」
腹立たしそうに言い捨てたラギ。
身長は190セルチ以上で、筋骨隆々。
年齢は20代半ばから、30歳手前と言ったところか。
真っ黒な肌とスキンヘッドが特徴で、右目に眼帯を付けている。
ルナと並ぶと大人と子どものようだが、存在感は彼女も負けていない。
ラギが野蛮な雰囲気を持ちつつ知性を持ち合わせていると感じたルナは、ひとまずの疑問を投げ掛けることにした。
「てっきりフランムは、見捨てられたのだと思っていたわ」
「別に、俺たちはフランムの為に戦うんじゃねぇよ。 ただ、こんだけの獲物を目の前にして、黙ってられねぇだけだ」
「なるほどね。 確かにサンド・ワームの魔石でも、これだけいればかなりの額にはなるでしょう」
「そう言うこった。 つーことで、俺も行くぜ。 あいつらにばっか、良い思いはさせられねぇからな」
そう言って何度か拳同士を打ち付けたラギは、鼻息荒く戦場に向かう。
その大きな後ろ姿を見つめたルナは、蠱惑的な笑みを浮かべて言い放った。
「残念だけれど、1番稼ぐのはわたしよ」
「ほう、言うじゃねぇか。 じゃあ、競争でもするか?」
「悪いわね、貴方では相手にならないわ。 頑張って2番手を目指しなさい」
ラギに流し目を送ったルナは、2つの銃を消して長銃を生成した。
だが、この選択は本来おかしい。
何故なら長銃は射程に優れているものの、連射力では劣っているからだ。
ところがルナは両手で長銃を構え、サンド・ワームの群れに向かって――
「【派手に行きましょう】」
散弾。
前方広範囲の空間が、ごっそりと抉られた。
『殺影』の持つ殲滅スキルで、このような場面では非常に強力。
あまりの威力に周りのギルドメンバーは度肝を抜かれていたが、ラギは愉快そうに声を上げる。
「ビビッてんじゃねぇぞ、テメェら! この嬢ちゃんに、全部持って行かれて良いのか!?」
「冗談じゃねぇ!」
「こっちは生活が掛かってるんだからね!?」
「うおお! やってやる!」
ラギに一喝されたギルドメンバーが、一気呵成にサンド・ワームを攻め立てる。
多少ダメージを受けてもお構いなしで、獰猛な笑みを浮かべて暴れ回っていた。
そのことにルナは呆れたが、助かったことも間違いない。
自分1人では食い止められなかったところを、ラギたちの加勢によって可能性が出て来た。
悔しいので意地でも礼は言わないが。
その後もルナは【派手に行きましょう】を中心に戦い、ラギたちとともに掃討を続ける。
徐々にペースを掴み始めた彼女は、手を止めないまま口を開いた。
「フランムのギルドは、王国軍よりは見どころがあるかもしれないわね」
「おいおい、あんな奴らと一緒にするんじゃねぇよ」
ルナの言葉が心外だったのか、不満を拳に乗せてサンド・ワームを撃砕するラギ。
今更だが、見た目通り彼は『格闘士』らしい。
そんなラギにこっそりと苦笑しつつ、ルナは鋭い声音で尋ねる。
「王国軍とは違うと言うけれど、今のフランムをどう思っているの?」
「……気に入らねぇに決まってんだろ」
「それなのに放置しているのね?」
「簡単に言ってくれるぜ。 お前ら、ボアレロがどんだけ強いか知らねぇだろ?」
「だとしても、何もしなければ何も変わらないわ。 少しはマシなことは認めるけれど、王国軍や奴隷商の横暴を許している時点で、本質的には大差ないわね」
「……ちッ。 耳が痛ぇな」
不機嫌そうにしながらも、ルナの指摘を受け入れるラギ。
本心ではルナも彼らが悪い訳ではないとわかっているが、敢えて厳しいことを言った。
それからは緊迫した空気が充満し、黙々とサンド・ワームを倒し続けていたが――
「おい、嬢ちゃん」
「何かしら?」
「この戦いが終わったあと、話がある」
「……ボアレロとの話が途中だから、そちらが優先ね」
「じゃあ、そのあとでも構わねぇ」
「シオンたちにも聞かないといけないから、約束は出来ないわ。 でも、なるべく聞かせてもらおうかしら」
「おし。 場所はそうだな……街の北東にある、酒場にするか。 樽の看板が目印だ。 日付が変わるまでは待ってるぜ」
「わかったわ。 取り敢えず、今は戦闘に集中しましょう」
「おうよ! 稼ぎまくってやるぜ!」
いきなり全開になったラギに対して、粛々と長銃の引き金を引き続けるルナ。
【派手に行きましょう】の殲滅力は圧倒的で、一撃ごとに数え切れないサンド・ワームが消し飛んだ。
それと同時にルナは思考を巡らせ、ギルド長が何の用かと考える。
しかし答えが出ることはなく、この件に関しては後回しだと結論を下した。
ただ1つ言えることは、フランムにはまだ何かがある。
その何かが自分たちにとって良いことであるよう、ルナは誰にともなく願った。