第23話 リルムの戦い
その一帯には、激しい戦闘音が鳴り響いていた。
数多の【火球】が衝突し合い、絶え間なく炎が散っている。
1人は言わずもがな、右手を前に突き出したリルム。
そしてもう1人は、杖を構えたクロト。
2人はその場に留まったまま、無言でひたすら魔法を行使していた。
互いに微塵も譲らない拮抗状態だが、リルムは違和感を抱いている。
その正体を探るべく、彼女は魔法に切り替えてみた。
水の精霊が少ない熱砂の大陸では発動に苦労する、水属性。
その中でも初級魔法である、【水砲】。
あまり戦闘の選択肢には入らないだろうが、それゆえにリルムは選択した。
右手から火の玉ではなく、水の砲撃がなされる。
唐突な変化に、クロトは付いて来れないかに思われたが――
「……! へぇ……」
相殺。
一瞬も遅れずに発動された彼の【水砲】が、リルムの魔法を押し止めた。
おおよその事態を把握したリルムは、更に確実性を増す為に実験を続ける。
【水砲】から【風刃】の多重展開に切り替えたところ、やはりクロトは全く同じように対抗して来た。
それならばと戦意を高めたリルムは、自身の得意魔法を詠唱し――
『火の精霊に告ぐ――』
リルムとクロトの声が重なる。
流石に驚いたリルムだが、口を止めることなく終の文言で結んだ。
『【紅蓮焔剣】』
同時に発動した魔法によって、2人の周囲に5本の炎剣が浮遊する。
予想していなかった訳ではないが、目の前の現実にリルムは鼻を鳴らし、不愉快そうに言い放った。
「あんた、あたしの真似ばかりしてるわね?」
「真似ではない、コピーだ」
「同じことじゃない。 そんな猿真似で、あたしに勝てるとでも思ってんの?」
「貴様がどう考えるかは自由だ。 僕は僕の戦いを貫くまでのこと」
「ふぅん、上等じゃない。 良いわ、だったらどこまで付いて来れるか試してあげる!」
力強く宣言したリルムは、5本の炎剣から炎の刃を飛ばす。
対するクロトも同じ動きを行い、両者の間で炎が撒き散らされた。
それを確認するまでもなく神力から魔力を生み出したリルムは、最速でチャージして――
『【爆裂炎】』
発動。
速度重視だった為にそこまで広範囲ではないが、単体相手なら充分。
そして、クロトがそれに合わせて来るのもわかっていた。
自分を中心に爆発の予兆が生まれる前から回避行動に出ていたリルムは、問題なく攻撃範囲から逃れる。
一方のクロトは若干のダメージを受けており、濃緑色のローブが煤けていた。
それを見たリルムはニヤリと笑い、自身の有利を確信する。
確かにクロトのコピーは厄介だが、あくまでも主導権はリルムが握っていた。
彼女は次にクロトが何の魔法を使って来るか知っているのに対して、彼は魔法を反射に近い速度でコピー出来ても、対処自体は自力で行わなければならない。
つまり、自分がギリギリで回避出来る魔法を使えば、クロトは捌き切れないはず。
リルムにとってもそれは危ない橋だが、渡ることを迷いはしなかった。
「どんどん行くわよ! 【螺旋矢】!」
リルムが多重展開した螺旋の矢に、クロトが全く同じ軌道で返した。
思った通り、こう言うタイプの魔法は迎撃されてしまう。
これも織り込み済みだったリルムは落胆することもなく、【地槍】を繰り出した。
互いの足元から土の槍が突き上がったが、来ることがわかっていたリルムは難なく躱し、僅かに反応が遅れたクロトは傷を負っている。
このまま通用する魔法だけで戦えば、勝ちは揺るがない。
そう思いそうになったリルムだが、何かが引っ掛かった。
本当に、そんな簡単な話だろうか?
もしそうなら、どうしてクロトは平然としている?
やせ我慢の可能性もあるが、リルムは直感的にそうではないと察していた。
そうして彼女が頭を回転させてると、おもむろにクロトが口を開く。
「貴様はどうして、僕と戦っている?」
「は? どうしてって……成り行きでしょ?」
「違うな。 ノイムとスールは知らんが、僕は貴様を狙った」
「……あたしが1番弱いと思ったの? だとしたら、舐められたものね」
「そうではない。 単純に、僕の能力が貴様にしか有効ではないからだ。 何せ、僕がコピー出来るのは魔法だけだからな。 更に、自分より強い相手の魔法もコピー出来ない」
「それって、あたしはあんたより弱いって言いたいの?」
「そうだ……と言いたいところだが、忌々しいことに貴様と僕はほぼ互角。 いや、アレンジの性能を考えれば、貴様の方が上だとすら言える。 だが、魔法の力自体が互角なら、辛うじてコピー可能だ」
「ヴァルと言いあんたと言い、魔族は口が軽いわね。 そんな大事な情報をペラペラ喋るなんて」
「勝ち筋が見えたからな。 もう1つ言っておくと、1度コピーした魔法は能動的に発動可能だ。 この意味がわかるか?」
「今度はそっちから攻めて来るってこと? でも、コピーをやめるなら、あたしに分があるんじゃないかしら?」
「そう思うなら、試してみるか?」
「……良いわ、受けてあげる」
自信満々なクロトの物言いに、リルムは不気味なものを感じた。
しかし、努めてそれを表には出さずに魔力を溜め――
「【螺旋風】」
クロトの魔法が襲い掛かる。
それ自体はわかっていたことなので、意外感はない。
なんとか躱したリルムだが、微かな違和感を抱いていた。
その思いを振り切って【紅蓮焔剣】を繰り出すと、クロトの【紅蓮焔剣】が完璧にガードする。
これに関しては確認作業に近く、【紅蓮焔剣】同士の斬り合いでは勝負が付かない。
そう判断したリルムは【火球】で牽制しつつ、お返しの【螺旋風】を撃つべく準備をした。
対するクロトから【爆裂炎】の気配を察知した彼女は、一旦魔法をキャンセルして攻撃範囲から――逃れ切れない。
「【爆裂炎】」
「……!? く……!」
予想よりも速く発動されたことで、僅かに爆発に巻き込まれたリルム。
間一髪で蒸発は免れたが、愛用している服が焼き焦げてしまった。
そのことに苛立ちを覚えながら、それどころではないと思い直す。
今の攻防で、先ほどの違和感の正体がはっきりした。
要するに――
「理解したか? コピーして全く同じタイミングと言うことは、厳密に言えば僕の方が詠唱が速いと言うこと。 それを能動的に発動し始めた今、速さで僕には勝てない。 そして貴様の手札は、ほぼコピーさせてもらった。 仮に別の魔法を使ったところで、すぐにコピーしてやる。 最早、勝ち目はないぞ」
「ふん……。 随分と口数が多いじゃない。 本当は、焦ってるんじゃないの?」
「焦る? 僕が? 残念だが、そのような事実はない。 むしろ、貴様こそ打つ手がなくて焦っているのではないか?」
「……まだ手はあるわよ」
「そうか、ならばそれもコピーするまで。 さぁ、終わりにするぞ」
「こっちのセリフよ……!」
強気に宣言したリルムとクロトが、同時に同じ魔法の力を溜めた。
だが、やはりリルムが速度で勝てる道理はない。
「スパイラル……」
「【螺旋風】」
リルムの詠唱が完成する前に放たれた螺旋の矢が、彼女の脇腹を浅く傷付けた。
痛みに顔を顰めた彼女は次なる一手を打とうとしつつ、クロトの魔法がそれを許さない。
次々と繰り出される数多の魔法を前に、リルムは防戦一方。
マントの魔道具による防御も駆使しているが、とても間に合わない。
自分と戦うのがこれほど大変なのかと痛感したリルムは、思わず苦笑を浮かべた。
とは言え、笑っている場合ではない。
完全に回避に専念すれば、際どいところで致命傷を避けられる。
ただし、それは死路。
いずれは力尽きて、殺される未来しか待っていない。
そう考えたリルムは、最後の手段を使う決意をした。
だが、実行に移すにはまだ勇気が足りない。
どうすれば良いか悩んだ彼女の脳裏に浮かんだのは、純白の美少女――に見える美少年。
ハッとしたリルムはクスリと笑い、死闘の最中にもかかわらず声を発する。
「あんた、好きな人はいるの?」
「……何の話だ?」
「だから、好きな人よ。 いるの? いないの?」
「……いたら何だと言うんだ?」
「へぇ~。 あんたみたいな奴でも、誰かを好きになるのね。 ちょっと意外かも」
「うるさい。 僕の気を散らせたいと考えているなら、無駄だ。 確実に貴様を追い詰めて――」
「そうじゃないわよ。 これは、あたしの覚悟を決める為の作業」
「覚悟だと……?」
「うん。 今からあたしは、あんたを殺すわ。 でも、それは容易なことじゃない。 だから、覚悟が必要なの」
「笑わせるな。 この状況で僕を殺す? 出来るものならやってみろ」
「言われなくても、そのつもりよ。 あたしは、シオンが大好きだからね。 シオンに振り向いてもらうまでは、死ねないの」
「イレギュラーか……。 どちらにせよ貴様はここまでだが、やめておいた方が良いぞ。 奴は、化物以外の何者でもない。 貴様らの手に負える存在ではないんだ」
「うん? あんた、シオンの何かを知ってるの?」
「……口が滑ったな。 もう良い、終わりにしてやる」
「気になるけど……終わらせるのはこっちの方よ!」
勝気な笑みを浮かべたリルムは周囲を走り回りながら、腰にぶら下げた魔導書を手に取って広げた。
それを見たクロトは怪訝そうに眉を顰め――
「光の精霊に告ぐ――」
「何だと……!?」
あらんばかりに目を見開いた。
本来クロトの能力は、発動中ならオートで相手の魔法をコピーする。
それにもかかわらず、今回はその能力が働かなかった。
もっとも、その理由は単純明快。
何故なら、彼に光の精霊は知覚出来ないから。
状況を把握したクロトは、自身の全てを懸けてリルムを攻撃する。
「天に満ちよ聖なる輝き――」
膨大な【火球】のいくつかが、リルムの肌を焦がした。
「神判の時はすぐそこに――」
【地槍】の多重展開によって、柔肌が傷付く。
「我は勝利を欲さず――」
【螺旋風】の連射が、リルムを掠めて血を流させた。
「願うは邪悪の破滅のみ――」
【爆裂炎】でリルムを消し飛ばす。
息を途切れさせながらも発動を阻止出来たと思ったクロトは、会心の笑みを浮かべ――
「【聖天破魔陣】ッ!」
ボロボロになりながらも魔法を完成させたリルムが、万感の思いを込めて力ある言葉を紡いだ。
その途端に、巨大な白い魔法陣が砂漠に描かれる。
詳細はわからないが危険を感じたクロトは逃走を試みて――光の雨が降り注いだ。
1発1発が尋常ではない威力を誇っており、地面に落ちる度に砂漠にクレーターが出来るほど。
馬鹿げた威力に曝されたクロトの身体は削られ、命が尽きかけていたが――
「デュエ様の為に……生きてみせるッ!」
四肢を吹き飛ばされながらも、空間を渡ることに成功する。
やがて【聖天破魔陣】が収まったあとには、立ち尽くしたリルムだけが残された。
ほぼ全裸の彼女はそのまま黙っていたが、やがて砂漠に倒れ込む。
【聖天破魔陣】はその威力に見合って消費する魔力も膨大で、リルムであっても残りの神力を絞り出す必要があった。
疲れ果てた彼女は砂に顔を埋めながら、ポツリと声をこぼす。
「シオン……ちょっとは褒めてくれるかな……。 逃がしちゃったけど……」
子どもっぽい願望だと思ったリルムは苦笑したが、それが彼女に勇気を与えたのも間違いない。
遠くに戦闘の気配を感じながら、手元に目を向けるリルム。
彼女が持つ魔導書、その正式名称は光精の書。
効果は所有者に、光の精霊を知覚させる。
ただそれだけ。
しかしリルムは、その効果を用いて切り札を完成させた。
それこそが【聖天破魔陣】。
光の精霊の力を借りて広範囲を殲滅する、彼女だけの上級――いや、固有魔法。
前述の通り消費魔力が尋常ではない為、普段は封印している。
補足するなら、身体にも相当な負荷が掛かるのが欠点だ。
指1本動かすのも辛いと思ったリルムは、ジリジリとした熱を感じつつ呟きを漏らす。
「もうちょっと実用的にしたいわね……。 範囲が広過ぎて、こう言うときじゃないと使えないし……。 光の精霊との意思疎通を、もう少ししっかり出来たら良いんだけど……」
砂漠にほぼ全裸で倒れてぶつぶつ言っている美少女。
控えめに言っても怪しい。
だが、リルムがそれを気にすることはなく、服を着たのは暫く経ってからだった。




