第7話 罠と逆鱗
次の試合以降も僕は順調に勝ち上がり、とうとう決勝戦にまで辿り着いた。
正直なところ、リルム以外の参加者は相手にならなかったな。
そして決勝戦の相手は、予想はしていたが、『獣王の爪』。
誰1人欠けることなく、他の参加者を圧倒しての決勝進出だ。
これまでの試合を見た限り、個々のレベルは当然として、連携の質も相当高かった。
パーティ構成も、『剣技士』、『格闘士』、『攻魔士』、『治癒士』、『付与士』と、オーソドックスながら隙がない。
それでも、普通に戦えば負ける要素はなさそうだ。
ただ、1つだけ気になることがある。
それは――
「なーんか、嫌な感じ」
「気付いたか?」
「当然でしょ? まぁ、何を話してるかまでは、わかんないけど……」
不満を露にしているリルムの視線の先には、ミゲル審査官と『獣王の爪』の姿があった。
これまでも参加者が審査官に質問をするケースはあったので、それ自体は問題ない。
しかし、彼らの雰囲気は明らかに異様。
こちらの様子をしきりに窺って、小声で話している。
とは言え、今の僕に出来ることなどないので、不測の事態に備えるしかない。
決意を胸に秘めて、静かに宣言した。
「何を企んでいようと、捻じ伏せてみせる」
「お、さっすがシオンちゃん。 カッコ良い~」
「……キミまでその呼び方をするのか、『紅蓮の魔女』」
「もう、冗談なんだから怒らないでよ。 あたしだって、その異名で呼ばれるの好きじゃないんだから。 でも、凄い人気よね」
そう言ってリルムが周囲をグルリと見渡すと、多くの参加者が僕たちを囲っていた。
個人的にはウンザリだが、彼女はそうでもないらしい。
「あ~、喉乾いたな~」
「リルムちゃん! ジュースあげる!」
「ありがと~」
「お菓子もあるよ!」
「もらっとく~」
などと言う風に、リルムは参加者たちを使っている。
その神経の図太さに呆れる傍らで、僕も他人事ではなかった。
「シオンちゃんもジュースどう!?」
「結構だ」
「決勝戦も頑張ってね!」
「あぁ」
「肩揉んであげようか!?」
「必要ない」
基本的には動じることの少ない僕だが、段々と煩わしくなって来た。
試合を繰り返す度に声援が大きくなり、今では会場にいるほとんどの者が僕を応援している。
倒した相手すらそうなのだから、最早どうしようもない。
応援してくれること自体は有難いものの、どうしてリルムしか僕を男だと認めてくれないんだ。
滾らせた闘志が萎えそうになるのを必死に耐えていると、ガラスに映った姫様が言葉を紡いだ。
『皆さん、ここまでお疲れ様でした。 いよいよ次が最後の試合になります。 どちらが勝つかわかりませんが、両者とも力を尽くして下さい』
姫様が話し出した瞬間、流石に雑音が止んだ。
胸中でホッとした僕が視線を感じて目を移すと、『獣王の爪』がいやらしい笑みを向けて来ている。
こちらとの実力差がわからないはずはないんだが、自分たちの勝利を疑っていないらしい。
やはり何かある。
そう断言しながらも、詳細まではわからなかった。
結局のところ、ぶつかってみるしかない。
僕が自分に言い聞かせていると、姫様が力強く声を発した。
『それでは、決勝戦を始めます。 シオン=ホワイトさん、『獣王の爪』さん、ステージへどうぞ』
どうやら、決勝戦の合図は姫様が自ら出すようだ。
その場で跳躍してステージに上がろうとしたが、直前にリルムに呼び止められた。
「シオン」
「どうした?」
「わかってると思うけど、気を付けなさい」
リルムの顔には極めて厳しい表情が浮かんでおり、かなり警戒していることが窺える。
そのことを察した僕は小さく笑みをこぼし、彼女の頭を撫でた。
リルムは驚いたようだが、敢えてふざけたように言ってのける。
「心配するな。 キミに勝った僕が、負けるはずないだろう? じゃあ、行って来る」
「あ……」
何か言いかけたリルムを待たず、僕は跳躍してステージに上がった。
たったそれだけのことで歓声が沸いたが、この程度は今更だろう。
対する『獣王の爪』も、自信満々な様子でステージに姿を現し、ミゲル審査官と意味ありげなアイコンタクトを取っている。
あまりにも露骨だが、言及したところで無駄だ。
とにかく、何が起きても対応出来るように、最大限集中しなければならない。
1つ深呼吸した僕は両手に直剣を生成し、【身体強化】を発動させた。
『獣王の爪』も戦闘態勢を取っていたが、相変わらず不自然なほど自信に満ち溢れている。
その自信が驕りだと言うことを、思い知らせてやる必要があるな。
普段は抑えている神力を、威圧するかのように放出する。
凄まじいプレッシャーを受けて、騒いでいたギャラリーが口を閉ざした。
『獣王の爪』とミゲル審査官も気圧されたようで、にやけ面が引きつっている。
リルムは平然としつつ、注意深く『獣王の爪』とミゲル審査官を探っていた。
そしてリルム以外にもう1人、姫様も平常心を保っている。
『それでは、始めましょう。 決勝戦……開始です!』
合図と同時に駆け出した。
怯んでいた『獣王の爪』は僅かに反応が遅れたが、即座に立ち直って迎撃態勢に移る。
最初に立ち塞がったのは、『剣技士』の男性。
剣は平均的な物だが、盾がかなり大きめだ。
これまでの試合でもそうだったように、切り込み隊長と言うよりは、壁としての側面が強い。
ほとんどの参加者が彼を突破することも出来ず、敗れ去っていた。
もっとも、僕を止めるには力不足。
左の直剣を引き絞り、疾走の勢いも乗せて突き出す。
ガードも間に合わない速度で繰り出された一撃は、狙い違わず『剣技士』の胸を貫――
「……!」
かなかった。
剣先がギリギリのところで止まり、いくら力を入れても刺さらない。
大体のことはわかったが、もう少し試した方が良いな。
刹那の間に思考を切り替え、ひとまずバックステップを踏んで仕切り直す。
そこに、『格闘士』の大男と『付与士』の少年が、連携を取って襲い掛かって来た。
「行くよ! 【腕力強化】!」
「オラァッ!」
『付与士』の補助魔法、【腕力強化】。
単純に腕力を上昇させるだけの、初級魔法。
ただし、強化の度合いは『付与士』の力量次第で、『格闘士』に使った際は相乗効果を生む。
事実、一流の枠組みに入る彼らの一撃は、並の人間なら木端微塵になる威力。
しかも今は、防御のことを一切考えず、攻撃に全力を注いでいる。
そのせいで大振りになっているので避けるのは簡単だが、問題はこのあとだ。
殴り掛かって来た拳を躱し、『格闘士』の胴に向かって直剣を振り抜く。
ところが――
「はっはー! 効かねぇよッ!」
予想通り、僕の斬撃が届くことはなかった。
ほぼ決まりだが、あと1回くらいは試したい。
そう考えた瞬間、前衛によって稼いだ時間で詠唱を終えた『攻魔士』の少女が、魔法を解き放った。
「静かなる風の刃よ――流れるが如く敵を裂け――【風刃流】!」
近くの空気が多数の刃と化し、僕を斬り刻もうと乱れ舞う。
風属性の中級魔法、【風刃流】。
【爆裂炎】と同じ中級魔法だが、コンセプトはまるで違う。
豪快に広範囲を吹き飛ばすのが【爆裂炎】なら、【風刃流】は隠密性が持ち味。
無音かつ不可視の刃は防ぐのが難しく、威力も申し分なかった。
だが、あくまでも神力で作られた刃では、僕の目から逃れることは出来ない。
「嘘でしょ!?」
「化物かよ……!」
『攻魔士』と『剣技士』が、戦慄した声を漏らす。
彼らの視界には、風の刃を双剣で叩き落とす僕が映っているはずだ。
並の聖痕者では反応すら出来ない剣速は、恐ろしく見えたかもしれない。
そんなことにお構いなく、【風刃流】を凌ぎ切った僕はお返しとばかりに、『攻魔士』に接近して剣閃の嵐を起こす。
「ひぃ……!?」
今までとは別次元の速度で振るわれる、2本の直剣。
尋常ではない恐怖を感じたようで、『攻魔士』は情けない声を漏らしたが、またしても効果はない。
今度こそ決定的だな。
確信を抱いた僕は距離を取り、『獣王の爪』を1人ずつ観察する。
全員が僕を人外のものかのように見ているが、それはどうでも良い。
気にするべきは、『治癒士』の女性が持つ水晶だ。
「それか」
「……!? く……! 皆、怯まないで! わたしたちには、これがあるんだから!」
僕に睨まれた『治癒士』は身を竦ませながら、必死に自分たちを鼓舞した。
その声に勇気付けられたのか、他のメンバーも戦意を取り戻している。
まるで僕が悪役のようだが、卑怯な真似をしているのはあちら側。
そして、そのことを知ったのは僕だけではない。
「ちょっと! なんで王国軍の責任者でもないあいつらが、あの魔道具を持ってんのよ! て言うか、どっちにしろこんなの反則でしょ!?」
「うるさいぞ、リルム=ベネット。 決勝戦の邪魔をするな」
「とぼけんじゃないわよ、ミゲル! あんたの仕業なのは、わかってんだからね!?」
「とんだ濡れ衣だな。 それとも、確かな証拠でもあるのか?」
「……ッ! シオン! こいつらが使ってるのは、物理攻撃を無効化する魔道具よ! あたしが作ったから間違いないわ! 範囲は訓練施設限定だけど、この状況なら関係ない! あんたがいくら強くても、『剣技士』に勝ち目はないわ!」
「いい加減にしろ。 これ以上、審査の妨害をするようなら、拘束して地下牢に幽閉するぞ。 それが嫌なら黙っているんだな」
「やれるもんなら、やってみなさい! とにかく、こんな試合は無効よ!」
ミゲル審査官の忠告も聞かず、大声を張り上げるリルム。
お陰で確信が、より一層強いものとなった。
だが、このままでは本当に、彼女は取り押さえられてしまうかもしれない。
そう考えた僕は『獣王の爪』を厳しく睨みながら、言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「リルム、キミの気持ちは嬉しいが、今更やめることは出来ない」
「なんでよ!?」
「明確な証拠がない以上、どこまで行っても僕たちの主張は憶測に過ぎないからだ。 何らかの手段でたまたま手に入れたと言われたら、それを否定する材料もない。 そして、この選別審査大会において、魔道具の使用は禁止されていない。 そうですよね、ミゲル審査官?」
「ふん、その通りだ。 『獣王の爪』は、何も不正はしていないぞ」
「いけしゃあしゃあと……!」
「落ち着け、リルム。 心配しなくても僕は負けない。 だから、大人しく観ていてくれ」
「シオン……でも……」
「信じろ」
「……わかった」
説得の甲斐あって、リルムは気を持ち直した。
不安そうにはしているが、もう騒ぎ立てることはないだろう。
そのことを確認した僕は、改めて『獣王の爪』と向き合った。
彼らも今の間に立ち直ったようで、全員が勝気な笑みを浮かべている。
確かにあの魔道具があれば、強気の姿勢を崩さないのも無理はないが……世の中、何事にも例外はあるものだ。
小さく息を吐き出した僕は、真っ直ぐに直剣を水晶に向ける。
意図がわからない『獣王の爪』は眉を顰めていたが、知ったことではない。
僕は怒っていた。
実力で負けるならともかく、このような手段を取られて黙っていられるほど優しくないからな。
何より、リルムが作った魔道具を、このような悪事に利用されたことが許せない。
そうして、これまでの鬱憤を晴らすべく神力を高め――水晶が砕け散った。
信じられない様子の『獣王の爪』とミゲル審査官、そしてリルム。
あらんばかりに瞠目して固まっているが、その全てを無視する。
敢えてゆっくりと足を踏み出した僕は――
「覚悟は出来ているな?」
死刑宣告を突き付けた。
返事はなかったが、気にすることはない。
5人の間を一瞬で駆け抜けた僕は全員を斬り刻み、ブローチが同時に赤く光る。
魔道具の許容量をオーバーしたのか、揃って激痛に苛まれているようだが……命があるだけ感謝しろ。
あまりにも凄惨な光景を目の当たりにして、ギャラリーたちは怯えている。
ミゲル審査官を一瞥すると、魂が抜けたように唖然としており、僅かながら溜飲が下がった。
他方、リルムも時を止めたかのように固まって、呼吸をしているかも疑わしい。
とにかく、このまま事態が動かないのは困る。
どうしたものかと思っていたが、その心配はいらなかった。
『勝者、シオン=ホワイトさんです。 おめでとうございます』
マイペースに告げた姫様が、満面の笑みで拍手している。
対する僕が軽く会釈すると、ギャラリーたちも我を取り戻したようで、次第に拍手と歓声が大きくなった。
「おめでとう、シオンちゃん! 流石は俺たちのアイドルだぜ!」
「キャーッ! 可愛い! 格好良い!」
「あの『獣王の爪』を一蹴だからね。 優勝者として、これほど相応しい聖痕者はいないよ」
「何クールぶってんのよ! シオンちゃん、おめでとう~!」
凄まじい賛辞を耳にして、戸惑ってしまった。
思えば、人を斬ってこれほど喜ばれたことは、今までなかった気がする。
どう反応すれば良いかわからず、取り敢えず会釈した途端に、ますます歓声が沸いた。
困り果てた僕が反射的に姫様を見ると、彼女は苦笑を浮かべて「パン、パン」と手を叩いた。
『皆さん、静粛に。 今から最終結果を審議します。 後日発表もしますが、気になる方はこの場でお待ち下さい』
姫様の声を聞いて、騒ぎに騒いでいたギャラリーたちが大人しくなった。
有難うございます、姫様。
安堵した僕はこの場で待とうとしたが、姫様の言葉には続きがあった。
『ミゲル審査官』
「……ッ! は、はい!」
『話があるので、こちらに来て下さい』
「か……かしこまりました……」
『それと、シオン=ホワイトさん』
「はい」
『貴方にも聞きたいことがあるのですが、こちらに来てくれますか?』
「わかりました」
『有難うございます、案内の者を遣わせますね』
「いえ、神力を辿れば1人で大丈夫だと思います」
『なるほど……。 では、お待ちしています』
そう言うと姫様の姿が掻き消え、巨大ガラスが元に戻る。
それにしても、いきなり呼び出しか。
心当たりがあり過ぎて、どれが本命か良くわからない。
まぁ、聞かれたことに答えるしかないだろう。
もっとも、全てを正直に話すつもりはない。
胸中で方針を定めた僕が足を踏み出すと、背後から声を掛けられた。
「シオン!」
言うまでもないかもしれないが、リルムだ。
肩越しに振り向いた僕に彼女は、何を言うべきか迷っているらしい。
きっとリルムは、僕が何をしたのかわかっている。
だからこそ、混乱しているとも言えるが。
何にせよ、頭を整理する時間が必要だろう。
「済まない、姫様に呼ばれているから、話ならあとにしてくれ。 可能な限り、質問は受け付ける」
「……うん」
なんとか一言だけ返したリルムを置いて、僕は足を再稼働させた。
冷たいようだが、今はこれで良い。
ひとまず彼女のことを忘れて、姫様だと思われる強大な神力を目指した。