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白雷の聖痕者  作者: YY
第1章
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第7話 罠と逆鱗

 次の試合以降も僕は順調に勝ち上がり、とうとう決勝戦にまで辿り着いた。

 正直なところ、リルム以外の参加者は相手にならなかったな。

 そして決勝戦の相手は、予想はしていたが、『獣王の爪』。

 誰1人欠けることなく、他の参加者を圧倒しての決勝進出だ。

 これまでの試合を見た限り、個々のレベルは当然として、連携の質も相当高かった。

 パーティ構成も、『剣技士』、『格闘士』、『攻魔士』、『治癒士』、『付与士』と、オーソドックスながら隙がない。

 それでも、普通に戦えば負ける要素はなさそうだ。

 ただ、1つだけ気になることがある。

 それは――


「なーんか、嫌な感じ」

「気付いたか?」

「当然でしょ? まぁ、何を話してるかまでは、わかんないけど……」


 不満を露にしているリルムの視線の先には、ミゲル審査官と『獣王の爪』の姿があった。

 これまでも参加者が審査官に質問をするケースはあったので、それ自体は問題ない。

 しかし、彼らの雰囲気は明らかに異様。

 こちらの様子をしきりに窺って、小声で話している。

 とは言え、今の僕に出来ることなどないので、不測の事態に備えるしかない。

 決意を胸に秘めて、静かに宣言した。


「何を企んでいようと、捻じ伏せてみせる」

「お、さっすがシオンちゃん。 カッコ良い~」

「……キミまでその呼び方をするのか、『紅蓮の魔女』」

「もう、冗談なんだから怒らないでよ。 あたしだって、その異名で呼ばれるの好きじゃないんだから。 でも、凄い人気よね」


 そう言ってリルムが周囲をグルリと見渡すと、多くの参加者が僕たちを囲っていた。

 個人的にはウンザリだが、彼女はそうでもないらしい。


「あ~、喉乾いたな~」

「リルムちゃん! ジュースあげる!」

「ありがと~」

「お菓子もあるよ!」

「もらっとく~」


 などと言う風に、リルムは参加者たちを使っている。

 その神経の図太さに呆れる傍らで、僕も他人事ではなかった。


「シオンちゃんもジュースどう!?」

「結構だ」

「決勝戦も頑張ってね!」

「あぁ」

「肩揉んであげようか!?」

「必要ない」


 基本的には動じることの少ない僕だが、段々と煩わしくなって来た。

 試合を繰り返す度に声援が大きくなり、今では会場にいるほとんどの者が僕を応援している。

 倒した相手すらそうなのだから、最早どうしようもない。

 応援してくれること自体は有難いものの、どうしてリルムしか僕を男だと認めてくれないんだ。

 滾らせた闘志が萎えそうになるのを必死に耐えていると、ガラスに映った姫様が言葉を紡いだ。


『皆さん、ここまでお疲れ様でした。 いよいよ次が最後の試合になります。 どちらが勝つかわかりませんが、両者とも力を尽くして下さい』


 姫様が話し出した瞬間、流石に雑音が止んだ。

 胸中でホッとした僕が視線を感じて目を移すと、『獣王の爪』がいやらしい笑みを向けて来ている。

 こちらとの実力差がわからないはずはないんだが、自分たちの勝利を疑っていないらしい。

 やはり何かある。

 そう断言しながらも、詳細まではわからなかった。

 結局のところ、ぶつかってみるしかない。

 僕が自分に言い聞かせていると、姫様が力強く声を発した。


『それでは、決勝戦を始めます。 シオン=ホワイトさん、『獣王の爪』さん、ステージへどうぞ』


 どうやら、決勝戦の合図は姫様が自ら出すようだ。

 その場で跳躍してステージに上がろうとしたが、直前にリルムに呼び止められた。


「シオン」

「どうした?」

「わかってると思うけど、気を付けなさい」


 リルムの顔には極めて厳しい表情が浮かんでおり、かなり警戒していることが窺える。

 そのことを察した僕は小さく笑みをこぼし、彼女の頭を撫でた。

 リルムは驚いたようだが、敢えてふざけたように言ってのける。


「心配するな。 キミに勝った僕が、負けるはずないだろう? じゃあ、行って来る」

「あ……」


 何か言いかけたリルムを待たず、僕は跳躍してステージに上がった。

 たったそれだけのことで歓声が沸いたが、この程度は今更だろう。

 対する『獣王の爪』も、自信満々な様子でステージに姿を現し、ミゲル審査官と意味ありげなアイコンタクトを取っている。

 あまりにも露骨だが、言及したところで無駄だ。

 とにかく、何が起きても対応出来るように、最大限集中しなければならない。

 1つ深呼吸した僕は両手に直剣を生成し、【身体強化】を発動させた。

 『獣王の爪』も戦闘態勢を取っていたが、相変わらず不自然なほど自信に満ち溢れている。

 その自信が驕りだと言うことを、思い知らせてやる必要があるな。

 普段は抑えている神力を、威圧するかのように放出する。

 凄まじいプレッシャーを受けて、騒いでいたギャラリーが口を閉ざした。

 『獣王の爪』とミゲル審査官も気圧されたようで、にやけ面が引きつっている。

 リルムは平然としつつ、注意深く『獣王の爪』とミゲル審査官を探っていた。

 そしてリルム以外にもう1人、姫様も平常心を保っている。


『それでは、始めましょう。 決勝戦……開始です!』


 合図と同時に駆け出した。

 怯んでいた『獣王の爪』は僅かに反応が遅れたが、即座に立ち直って迎撃態勢に移る。

 最初に立ち塞がったのは、『剣技士』の男性。

 剣は平均的な物だが、盾がかなり大きめだ。

 これまでの試合でもそうだったように、切り込み隊長と言うよりは、壁としての側面が強い。

 ほとんどの参加者が彼を突破することも出来ず、敗れ去っていた。

 もっとも、僕を止めるには力不足。

 左の直剣を引き絞り、疾走の勢いも乗せて突き出す。

 ガードも間に合わない速度で繰り出された一撃は、狙い違わず『剣技士』の胸を貫――


「……!」


 かなかった。

 剣先がギリギリのところで止まり、いくら力を入れても刺さらない。

 大体のことはわかったが、もう少し試した方が良いな。

 刹那の間に思考を切り替え、ひとまずバックステップを踏んで仕切り直す。

 そこに、『格闘士』の大男と『付与士』の少年が、連携を取って襲い掛かって来た。


「行くよ! 【腕力強化(アーム・エンハンス)】!」

「オラァッ!」


 『付与士』の補助魔法、【腕力強化】。

 単純に腕力を上昇させるだけの、初級魔法。

 ただし、強化の度合いは『付与士』の力量次第で、『格闘士』に使った際は相乗効果を生む。

 事実、一流の枠組みに入る彼らの一撃は、並の人間なら木端微塵になる威力。

 しかも今は、防御のことを一切考えず、攻撃に全力を注いでいる。

 そのせいで大振りになっているので避けるのは簡単だが、問題はこのあとだ。

 殴り掛かって来た拳を躱し、『格闘士』の胴に向かって直剣を振り抜く。

 ところが――


「はっはー! 効かねぇよッ!」


 予想通り、僕の斬撃が届くことはなかった。

 ほぼ決まりだが、あと1回くらいは試したい。

 そう考えた瞬間、前衛によって稼いだ時間で詠唱を終えた『攻魔士』の少女が、魔法を解き放った。


「静かなる風の刃よ――流れるが如く敵を裂け――【風刃(エア・サーキュ)(レーション)】!」


 近くの空気が多数の刃と化し、僕を斬り刻もうと乱れ舞う。

 風属性の中級魔法、【風刃流】。

 【爆裂炎】と同じ中級魔法だが、コンセプトはまるで違う。

 豪快に広範囲を吹き飛ばすのが【爆裂炎】なら、【風刃流】は隠密性が持ち味。

 無音かつ不可視の刃は防ぐのが難しく、威力も申し分なかった。

 だが、あくまでも神力で作られた刃では、僕の目から逃れることは出来ない。


「嘘でしょ!?」

「化物かよ……!」


 『攻魔士』と『剣技士』が、戦慄した声を漏らす。

 彼らの視界には、風の刃を双剣で叩き落とす僕が映っているはずだ。

 並の聖痕者では反応すら出来ない剣速は、恐ろしく見えたかもしれない。

 そんなことにお構いなく、【風刃流】を凌ぎ切った僕はお返しとばかりに、『攻魔士』に接近して剣閃の嵐を起こす。


「ひぃ……!?」


 今までとは別次元の速度で振るわれる、2本の直剣。

 尋常ではない恐怖を感じたようで、『攻魔士』は情けない声を漏らしたが、またしても効果はない。

 今度こそ決定的だな。

 確信を抱いた僕は距離を取り、『獣王の爪』を1人ずつ観察する。

 全員が僕を人外のものかのように見ているが、それはどうでも良い。

 気にするべきは、『治癒士』の女性が持つ水晶だ。


「それか」

「……!? く……! 皆、怯まないで! わたしたちには、これがあるんだから!」


 僕に睨まれた『治癒士』は身を竦ませながら、必死に自分たちを鼓舞した。

 その声に勇気付けられたのか、他のメンバーも戦意を取り戻している。

 まるで僕が悪役のようだが、卑怯な真似をしているのはあちら側。

 そして、そのことを知ったのは僕だけではない。


「ちょっと! なんで王国軍の責任者でもないあいつらが、あの魔道具を持ってんのよ! て言うか、どっちにしろこんなの反則でしょ!?」

「うるさいぞ、リルム=ベネット。 決勝戦の邪魔をするな」

「とぼけんじゃないわよ、ミゲル! あんたの仕業なのは、わかってんだからね!?」

「とんだ濡れ衣だな。 それとも、確かな証拠でもあるのか?」

「……ッ! シオン! こいつらが使ってるのは、物理攻撃を無効化する魔道具よ! あたしが作ったから間違いないわ! 範囲は訓練施設限定だけど、この状況なら関係ない! あんたがいくら強くても、『剣技士』に勝ち目はないわ!」

「いい加減にしろ。 これ以上、審査の妨害をするようなら、拘束して地下牢に幽閉するぞ。 それが嫌なら黙っているんだな」

「やれるもんなら、やってみなさい! とにかく、こんな試合は無効よ!」


 ミゲル審査官の忠告も聞かず、大声を張り上げるリルム。

 お陰で確信が、より一層強いものとなった。

 だが、このままでは本当に、彼女は取り押さえられてしまうかもしれない。

 そう考えた僕は『獣王の爪』を厳しく睨みながら、言い聞かせるように言葉を紡いだ。


「リルム、キミの気持ちは嬉しいが、今更やめることは出来ない」

「なんでよ!?」

「明確な証拠がない以上、どこまで行っても僕たちの主張は憶測に過ぎないからだ。 何らかの手段でたまたま手に入れたと言われたら、それを否定する材料もない。 そして、この選別審査大会において、魔道具の使用は禁止されていない。 そうですよね、ミゲル審査官?」

「ふん、その通りだ。 『獣王の爪』は、何も不正はしていないぞ」

「いけしゃあしゃあと……!」

「落ち着け、リルム。 心配しなくても僕は負けない。 だから、大人しく観ていてくれ」

「シオン……でも……」

「信じろ」

「……わかった」


 説得の甲斐あって、リルムは気を持ち直した。

 不安そうにはしているが、もう騒ぎ立てることはないだろう。

 そのことを確認した僕は、改めて『獣王の爪』と向き合った。

 彼らも今の間に立ち直ったようで、全員が勝気な笑みを浮かべている。

 確かにあの魔道具があれば、強気の姿勢を崩さないのも無理はないが……世の中、何事にも例外はあるものだ。

 小さく息を吐き出した僕は、真っ直ぐに直剣を水晶に向ける。

 意図がわからない『獣王の爪』は眉を顰めていたが、知ったことではない。

 僕は怒っていた。

 実力で負けるならともかく、このような手段を取られて黙っていられるほど優しくないからな。

 何より、リルムが作った魔道具を、このような悪事に利用されたことが許せない。

 そうして、これまでの鬱憤を晴らすべく神力を高め――水晶が砕け散った。

 信じられない様子の『獣王の爪』とミゲル審査官、そしてリルム。

 あらんばかりに瞠目して固まっているが、その全てを無視する。

 敢えてゆっくりと足を踏み出した僕は――


「覚悟は出来ているな?」


 死刑宣告を突き付けた。

 返事はなかったが、気にすることはない。

 5人の間を一瞬で駆け抜けた僕は全員を斬り刻み、ブローチが同時に赤く光る。

 魔道具の許容量をオーバーしたのか、揃って激痛に苛まれているようだが……命があるだけ感謝しろ。

 あまりにも凄惨な光景を目の当たりにして、ギャラリーたちは怯えている。

 ミゲル審査官を一瞥すると、魂が抜けたように唖然としており、僅かながら溜飲が下がった。

 他方、リルムも時を止めたかのように固まって、呼吸をしているかも疑わしい。

 とにかく、このまま事態が動かないのは困る。

 どうしたものかと思っていたが、その心配はいらなかった。


『勝者、シオン=ホワイトさんです。 おめでとうございます』


 マイペースに告げた姫様が、満面の笑みで拍手している。

 対する僕が軽く会釈すると、ギャラリーたちも我を取り戻したようで、次第に拍手と歓声が大きくなった。


「おめでとう、シオンちゃん! 流石は俺たちのアイドルだぜ!」

「キャーッ! 可愛い! 格好良い!」

「あの『獣王の爪』を一蹴だからね。 優勝者として、これほど相応しい聖痕者はいないよ」

「何クールぶってんのよ! シオンちゃん、おめでとう~!」


 凄まじい賛辞を耳にして、戸惑ってしまった。

 思えば、人を斬ってこれほど喜ばれたことは、今までなかった気がする。

 どう反応すれば良いかわからず、取り敢えず会釈した途端に、ますます歓声が沸いた。

 困り果てた僕が反射的に姫様を見ると、彼女は苦笑を浮かべて「パン、パン」と手を叩いた。


『皆さん、静粛に。 今から最終結果を審議します。 後日発表もしますが、気になる方はこの場でお待ち下さい』


 姫様の声を聞いて、騒ぎに騒いでいたギャラリーたちが大人しくなった。

 有難うございます、姫様。

 安堵した僕はこの場で待とうとしたが、姫様の言葉には続きがあった。


『ミゲル審査官』

「……ッ! は、はい!」

『話があるので、こちらに来て下さい』

「か……かしこまりました……」

『それと、シオン=ホワイトさん』

「はい」

『貴方にも聞きたいことがあるのですが、こちらに来てくれますか?』

「わかりました」

『有難うございます、案内の者を遣わせますね』

「いえ、神力を辿れば1人で大丈夫だと思います」

『なるほど……。 では、お待ちしています』


 そう言うと姫様の姿が掻き消え、巨大ガラスが元に戻る。

 それにしても、いきなり呼び出しか。

 心当たりがあり過ぎて、どれが本命か良くわからない。

 まぁ、聞かれたことに答えるしかないだろう。

 もっとも、全てを正直に話すつもりはない。

 胸中で方針を定めた僕が足を踏み出すと、背後から声を掛けられた。


「シオン!」


 言うまでもないかもしれないが、リルムだ。

 肩越しに振り向いた僕に彼女は、何を言うべきか迷っているらしい。

 きっとリルムは、僕が何をしたのかわかっている。

 だからこそ、混乱しているとも言えるが。

 何にせよ、頭を整理する時間が必要だろう。


「済まない、姫様に呼ばれているから、話ならあとにしてくれ。 可能な限り、質問は受け付ける」

「……うん」


 なんとか一言だけ返したリルムを置いて、僕は足を再稼働させた。

 冷たいようだが、今はこれで良い。

 ひとまず彼女のことを忘れて、姫様だと思われる強大な神力を目指した。

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