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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第3章

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第17話 水着コンテスト

 ときは来た。

 来て欲しくなかったが。

 いや、本当に。

 なんとか気のせいに出来ないだろうか。

 出来ないだろうな。

 逃げるのは……却下。

 あとが怖過ぎる。

 脳内で無駄な会議を繰り広げていた僕の眼前で、少女たちが熱い火花を散らしていた。


「皆さん、良く逃げずに来ましたね」

「お姫様こそ、てっきり路地裏で蹲ってるんじゃないかと思ったわよ」

「そう言うリルムちゃんだって、実は怖いんじゃない?」

「サーシャさん、正直なところわたしは怖いです……。 でも、負けたくないですから」

「今からでも逃げて良いのよ、破廉恥メイド? どうせ勝つのはわたしなのだし」


 今夜だけでもいろいろとあったが、遂にフェスティバルの終わりに差し掛かった。

 それと同時にやって来る、メインイベントと言う名の拷問のような時間。

 つまりは、水着コンテスト。

 姫様とともに会場に向かった僕の足取りは、過去に類を見ないほど重かった。

 それでも引き返さなかった自分を、珍しく褒めてあげたい。

 会場のボルテージは異常なほど高く、ほとんどが男性。

 しかし女性の姿も散見出来て、トータルで7対3か8対2くらいの割合。

 姫様たちとともに出場者用の待機場所に案内された僕は、またしても現実逃避気味にそんなことを思っていた。

 しかし次の瞬間には、強制的に現実復帰させられる。


「ようシオン、フェスティバルは楽しんでるか?」

「……先ほどまではな」

「そんなこと言うなよ。 メインイベントはこれからだぜ?」

「事情を知っておいて、良くそんなことが言えるな?」

「くく、実際面白ぇからな。 いやぁ、どうなるか楽しみだぜ」

「性格が悪いぞ」

「ははは! この大陸でやって行くには、それくらいの方が良いんだよ」

「……それに関しては否定しない」


 背後からやって来たガレンにからかわれて、憮然とする。

 そんな僕にニヤリとした笑みを見せた彼は、姫様たちの元に歩み寄って告げた。


「お前らの出番はラストだ。 それまでに準備していろよ?」

「じ、準備って、な、何の準備ですか……?」

「おいおい、今からそんな調子で大丈夫かよ、『救国の修道女』? アピールタイムの準備に決まってるじゃねぇか」

「ア、アピールタイム……? そんな話、聞いてませんが……」

「そうだったか、『剣の妖精』? 悪い悪い、忘れてたかもな」

「絶対わざとでしょ……。 で? 何しろってんのよ?」

「それは自由だ、『紅蓮の魔女』。 制限時間5分以内なら、何をしても構わねぇぜ。 勿論、会場を破壊したり危険なことは禁止だがな」

「自由と言われましても、逆に困りますね……」

「だったら棄権すれば、痴女姫? わたしは何とでも出来るわよ」

「そうは行きません。 ここまで来て退きたくありませんから」


 姫様の宣言は、他の少女たちにも伝播したようだ。

 アリアやサーシャ姉さんは特に苦手分野だと思うが、諦める様子はない。

 僕としては、ここで全員諦めてくれた方が好都合だったが。

 チャンスが逸したことを悟った僕が溜息をついていると、聞きたくもない声が聞こえて来た。


『さぁ、皆さん! 今月も、このときがやって来ました! これより、水着コンテストを始めます!』

『うぉぉぉぉぉッ!!!』


 司会者の女性の言葉を聞いて、会場に野太い声援が飛ぶ。

 その熱気はここまで届くほどで、収まるまでかなりの時間を要した。

 だが、司会者も慣れているのか取り乱すことなく、タイミングを見計らって笑顔で進行する。


『お馴染みの方も多いでしょうが、一応説明します! 今回の参加者は20名で、順番にステージ上でアピールして頂きます! アピールタイムは1人につき5分です! その後、投票タイムに移ります! そうして、最も票を集めた人が……今月のオアシスの女神となるのです!』

『うぉぉぉぉぉッ!!!』


 またしても暑苦しい声。

 説明内容的には特に驚くことも盛り上がることもなさそうだったが、これも様式美なのだろうか。

 駄目だ……現実から逃げたい気持ちが強過ぎて、どうでも良いことばかり考えてしまう。

 真剣に話を聞いている姫様たちを横目に、深呼吸して落ち着こうとする僕。

 良し、完全には吹っ切れていないが、なんとか立ち直れた……かもしれない。

 内心で自分を勇気付けていた僕をよそに、ノリノリで進行を続ける司会者。


『さーて! もう、皆さんも待ち切れないでしょう!? わたしもです! と言うことで、行ってみましょう! エントリーナンバー1は、この方でーす!』


 流れていた音楽が変わり、1人の女性がステージに現れる。

 ガレンに聞いたところ、コンテストの参加者は自薦他薦問わず募集して、運営チームで審議されて決まるらしい。

 毎回かなりの応募があるようなので、このステージに立てること自体が名誉なんだとか。

 なるほど、確かにかなりの美人だ。

 ただ残念ながら、姫様たちを見慣れている僕の心には響かない。

 それ以降に登場する女性たちも、全員美人、あるいは美少女ながら、その他大勢に見えてしまった。

 景色を眺めるが如くコンテストを見ている僕に対して、会場はヒートアップしている。

 歓声や口笛、指笛が絶え間なく聞こえ、楽しそうな雰囲気が充満していた。

 そこに混じれないのは僅かばかり寂しいが、それどころじゃないのが正直なところ。

 視線を移すと姫様たちが何やら考え込んでおり、とても話し掛けられる雰囲気じゃない。

 サーシャ姉さんの姿が見えないのが気になったが、恐らく何か策でもあるんだろう。

 知らないが。

 ボンヤリとそんなことを思っていると、ある意味本当のコンテストが始まる。


『皆さん! コンテストも残り5人となりました! お祭りの最後って、もの悲しいですよね……。 ですがッ! 安心して下さい! 水着コンテストは、最後まで皆さんを楽しませると約束します!』

『うぉぉぉぉぉッ!!!』

『では、行ってみましょう! エントリーナンバー16は、この方でーす!』


 心なしか、これまでよりも興奮した様子の司会者。

 呼びこまれた少女は淑やかな挙措でステージ真ん中に歩み出て、満面の笑みで口を開いた。


『こんばんは、ソフィア=グレイセスです』

『うぉぉぉぉぉッ……って、えぇぇぇぇぇッ!!!?』


 少女の正体が姫様だと知って、会場の雰囲気が一変した。

 どうやら彼女の……と言うよりは、彼女たちの出場はサプライズだったらしい。

 それまでも充分以上に大盛況だったが、今はほとんどパニック状態だ。

 ガレンに目を向けるとニヤニヤ笑っており、完全なる確信犯。

 呆れた気分の僕だが、催しとしては大成功かもしれない。

 流石の司会者も必死になって観客たちを宥め、ようやくして再スタートとなった。


『ソ、ソフィア姫! 貴女のような身分の方が、本日はどうして参加されたのですか!?』

『身分は関係ありませんよ。 わたしはただ、この姿を見て頂きたい方がいただけです』

『な、なんと!? 皆さん、聞きましたか!? ソフィア姫には、想い人がいるそうです! ちなみに、それはいったいどなたなんでしょう!?』

『シオン=ホワイトさんです』

『ですよね、教えてくれる訳……へ?』

『ですから、シオン=ホワイトさんです』


 姫様の告白を聞いて、会場が騒然とする。

 パーティ内では周知の事実だが、知らない人からすれば大スキャンダルだろうからな……。

 そのことに今更ながら思い至った僕が嘆息していると、にこやかに笑った姫様と目が合った。

 狙って騒ぎを起こしたらしく、策士と言うか何と言うか……。

 ちなみに、他の少女たちが物騒な雰囲気を撒き散らしているが、努めて意識の外に締め出す。

 いよいよもって収拾が付かなくなりそうだったところを、司会者がプロ根性で(?)凌ぎ切った。


『は、はい! お話の続きも気になりますが、時間がないのでアピールタイムに入りましょう! ソフィア姫、何をして下さるのでしょうか!?』

『そうですね……では、歌を歌おうと思います』

『おぉ! 皆さん、これは貴重ですよ! あのソフィア姫が歌ってくれるそうです! それでは……どうぞ!』


 瞬間、音楽が止まって、騒ぎに騒いでいた会場が静まり返った。

 誰しもが、姫様の歌を聴きたいらしい、

 それは僕も例外ではなかった。

 リルムたちも興味があるらしく、今だけはステージに注目している。

 そうして、1つ深呼吸した姫様が口を開き――美声が響いた。

 僕に歌のことなどわからないが、それでも心が揺さぶられるのを感じる。

 姫様から目を背けることが出来ず、その歌声に酔いしれた。

 アピール時間は5分とのことだったが、あっと言う間の出来事。

 歌い終わった姫様は少し恥ずかしがりながら笑みを湛えており、遅れて会場に万雷の拍手が轟く。

 僕も惜しみなく拍手を送っており、司会者が涙ながらに進行を再開した。


『す、素晴らしい歌声でした! 皆さん、改めてソフィア姫に拍手を!』

『有難うございました』


 最後に一層華やかな笑みを見せた姫様は、丁寧に一礼してから反対側の舞台袖に消えた。

 彼女が今、何を思っているかはわからないが、アピールとしては上々だと言える。

 これは次の参加者に、プレッシャーを与えるかもしれない。

 もっとも、そんなことで尻込みする彼女じゃなかった。


『それでは次です! エントリーナンバー17は……』

『リルム=ベネットよ!』


 呼ばれる前に出て行ったリルムが、両手を腰に当てて堂々と言い放った。

 姫様のあとにもかかわらず全く気後れしておらず、むしろ勝気な笑みを浮かべている。

 彼女らしい姿に思わず苦笑を浮かべた僕に対して、司会者は微妙に困惑しつつインタビューを始めた。


『えぇと、事前情報によるとリルムさんは、魔道具にかなり詳しいようですね!』

『まーね! 前に聞いたんだけど、流通してる魔道具の半分くらいはあたしが作ったのよ!』

『それは凄い! 確か『紅蓮の魔女』と呼ばれているようですが、会場の皆さんも聞いたことがあるのではないでしょうか!?』


 司会者の問い掛けを受けて、あちらこちらから驚きの声が上がる。

 やはり、リルムの異名はこの大陸にも届いているらしい。

 本人はあまり喜んでなさそうだが。

 そのことを察したのか、司会者が慌てて話を切り上げた。


『で、では、アピールタイムに入りましょう! リルムさん、何をして下さるのでしょうか!?』

『ふふん! 仕方ないから、あたしのとっておきの話を聞かせてあげるわ!』

『おっと、これは楽しみです! それでは、よろしくお願いします!』


 司会者や観客たちは期待しているようだったが、僕は正直嫌な予感がしていた。

 そして、その予感は正しい。


『つまり魔道具を作るにはたくさんの鉱石が必要なんだけど、何でも良いって訳じゃないの。 それぞれの魔道具には応用している魔法があって、その属性の精霊が多く含まれてないと駄目だったりするし、多ければ良いって話でもないのよね。 つまり、魔道具ごとにどんな物が必要かはバラバラだから、きちんと計算して用意しないといけないわ。 それでも、既存の魔道具を作る分には、大して苦労しないと思う。 最初から答えがあるんだしね。 でも、全く新しい物を作るってなったら、そうは行かないわ。 何度も試行錯誤を繰り返して、適正な組み合わせを――』


 延々と魔道具について語り続けるリルムを、観客たちは唖然と見つめていた。

 しかしリルムが気にした素振りはなく、尚も熱弁を振るう。

 はっきり言って水着コンテストのアピールとしては下策だと思ったが、意外と悪くない反応が生まれ始めた。

 どう言うことかと言うと、話自体に興味はなくてもリルムが心底楽しそうにしているのが魅力的で、観客たちは満足している。

 5分経っても語り続けていたリルムは、強制的に退場させられて不満そうだったが、大きな拍手が起こっていた。

 何がどう転ぶかわからない点では面白いと感じた僕は、次なる少女に注目する。


『さぁ、残り3人です! エントリーナンバー18は、この方でーす! ……おや?』


 司会者に呼び掛けられてもステージ上に出て来る者はおらず、会場にちょっとした騒めきが広がる。

 司会者も若干困った様子だったが、ようやくして姿を現したのは――


『ア、アリア=クラークです……よろしくお願いします……』


 魔道具の力をもってしても、辛うじて聞き取れる程度の声量しか出せなかったアリア。

 終始モジモジしており、顔は真っ赤になっている。

 まぁ、アリアの性格を考えたら致し方ない。

 普段あれだけ下着を晒しておいて……と思うのは野暮なんだろうな。

 しかし司会者は、苦笑を浮かべながらも優しく彼女に話を振った。


『アリアさん、相当緊張しているようですが、大丈夫ですか?』

『だ、大丈夫……ではありませんが、頑張ります』

『なんて健気なんでしょう! 皆さん、是非応援してあげて下さい!』

「アリアちゃん、頑張ってー!」

「可愛いよぉぉぉ!」

「こっち向いて~!」


 庇護欲を掻き立てられるアリアに、会場中からエールが送られる。

 なるほど、こう言うパターンもあるのか。

 何故か感心してしまった僕に対して、司会者は満足そうにアリアに問い掛ける。


『いやー、大人気ですね! それでは、アピールタイムです! アリアさん、何をして下さるんでしょうか!?』

『えっと……その……ち、ちょっとした特技を……』

『おぉ! これは期待ですね! では、よろしくお願いしまーす!』


 そう言って司会者が少し距離を取ったのを確認したアリアは、深呼吸してから魔箱に手を入れる。

 いったい、何をする気なんだ?

 僕が興味深く眺めていると、取り出したのは巨大な氷の柱。

 いつの間に用意したのか知らないが、何に利用するかはなんとなく察しが付く。

 観客たちもワクワクした様子で、そんな彼らに背を向けたアリアは――


『はぁッ……!』


 大剣を生成して、超速で振り乱した。

 思わぬ事態に会場が静まり返り、暫くしてアリアの動きが止まる。

 装備を虚空に消した彼女は、殊更に恥ずかしがりながら告げた。


『こ、こんな感じです……』


 視線を落とした彼女の背後に立った氷は様変わりしており、それはどう見ても……僕。

 見事な技量だと言わざるを得ないが、別のモチーフはなかったんだろうか。

 胸中で呆れているとアリアと視線が合ったので、苦笑しながら拍手しておく。

 すると彼女はホッとしたように息をつき、嬉しそうに笑った。

 ちなみに、その笑顔を見た観客たちの心を射止めていたのだが、アリアが気付くことはない。

 そうして氷像を仕舞った彼女は足早に舞台袖に消え、気を取り直した司会者が声を上げる。


『い、いやぁ、凄かったですね! 続いて行きましょう! エントリーナンバー19は、この方でーす!』

『ルナよ』

『ひゃ!? い、いったいどこから?』

『そんなことより、サッサと進めなさい』

『あ、はい……』


 いきなり現れて命令された司会者は、1つ咳払いしてテンションを取り戻した。


『コホン……と言うことで、ルナさん! 意気込みなどがあれば……』

『ないわ』

『えぇと……な、何か言っておきたいこととか……』

『ないわ』

『そ、そうですか……』


 取り付く島もないルナの態度に、司会者の心は折れかけている。

 それでも辛うじて立ち直ったのか、無理やり元気を出して言い放った。


『言葉は不要と言うことですね! さぁ、アピールタイムのスタートです!』


 司会者の言葉を聞いたルナは、様々なポーズを取り始めた。

 自然な立ち姿から可愛らしいもの、そしてセクシーなもの。

 かなり攻めたポーズもあり、会場中の男性を悩殺している――が――


「どこを向いているんだ……」


 彼女が見ているのは僕のみ。

 会場のことなど一切気に掛けず、舞台袖にいる僕に向かってひたすらアピールし続けていた。

 水着コンテストのアピール手段としては正攻法な気もするが、対象が決定的に間違っている。

 ただし、彼女が魅力的なのは疑いようもなく、僕の目は釘付けになっていた。

 そのことを悟られたのか、ルナは妖艶な笑みを湛えて更にポーズを続け、遂には水着を脱ごうとして――司会者がストップを掛ける。


『は、はい! そこまででーす!』

『もう、良いところだったのに』

『そ、その続きは、お2人でご自由にお願いします!』

『ふふ、それもそうね』


 司会者の言葉を、ルナはあっさりと受け入れた。

 いや、余計なことを言わないで欲しい。

 冗談だと思ってくれていることを祈りつつ、ようやく終わりのときが近付く。


『それでは! 遂に最後の出場者となりました! エントリーナンバー20は、この方でーす!』


 このとき僕は、少しばかり心配していた。

 と言うのも、未だにサーシャ姉さんが帰って来ていないからだ。

 ところが、そんな僕の心配は一瞬で別のものに変わる。

 ギリギリのタイミングで舞台袖に戻って来たサーシャ姉さんに、軽く声を掛けようとしたが、出来なかった。

 何故なら――


『シオンくん一筋! シオンくん大好き! シオンくんのお姉ちゃんこと、サーシャ=リベルタで~す! あはははは!』


 完全に泥酔しているからだ。

 先ほどとは明らかに違う、正真正銘の酔っ払い。

 どうやら彼女は、素面ではコンテストに臨めないと判断して、酒の力を借りたようだ。

 それを完全に間違いだとは言い切れないとは言え、やはり不安は拭い去れない。

 実際、前口上が意味不明。

 あまりのことに司会者も困惑していたが、辛うじて気を持ち直して仕事を続けている。


『い、いきなりの告白ですね、サーシャさん!』

『うん! シオンくん大好き!』

『えぇと、今日の意気込みなどは……』

『そうね! シオンくん大好き!』

『あの……アピールタイムでは、何を……』

『シオンくん大好き!』


 駄目だこれは。

 全く会話が成立していない。

 どうしようもなくなった司会者は、無言で時間を計り始めた。

 一応、5分間は好きにさせるらしい。

 真面目だな。

 もっとも、サーシャ姉さんは奇声を上げるだけで、アピールとしての力は微塵もない――かに思われたが――


『あはははは!』

「うお……」

「スゲェ……」

「デカ過ぎんだろ……」


 そうでもなかった。

 ピョンピョン飛び跳ねたりしている彼女の巨大な双丘が、激しく揺れ動く。

 それを見た男性陣は情欲を抱くより先に感動しているようで、女性陣は自分のものと比べて絶望に暮れていた。

 司会者も例外ではなく、ガックリと肩を落としている。

 気の毒ではあるが、これに関しては相手が悪い。

 その後も「シオンくん大好き!」を連呼していたサーシャ姉さんは、数人の係員によって舞台袖に運ばれて行く。

 いろいろと大変だったが、なんとか全員無事に終えることが出来て安心した。

 もっとも、僕にとってはここからが大一番。

 あの5人の中から1人を選ぶことによって、どんな展開が待ち受けているかわからないから――ではない。


『これにて全ての出場者が出揃いました……が! ここでスペシャルな参加者をご紹介します! どうぞー!』


 司会者に呼ばれたスペシャルな参加者……僕は、一瞬だけ躊躇ってからステージ上に立った。

 そう、僕が取った苦肉の策とは、自分も参加者になることで投票権を放棄すること。

 ガレンに確認したところ、男性の参加も禁止されている訳じゃなかったからな。

 むしろ彼は、大歓迎と言った様子だったが……はっきり言って一刻も早く終わらせたい。

 それゆえに僕は、用意していた言葉を素早く発する。


『シオン=ホワイトです』

『はい! 簡潔な自己紹介、有難うございます! 皆さん、どうですか!? 凄く可愛いですよね~! ですが! シオンさんがスペシャルな理由は、それだけじゃないんです! なんとこの方……男性なんですッ!』

『えぇぇぇぇぇッ!!!?』

『期待通りの反応、有難うございます! とは言え、わたしも正直信じられないんですよね……。 シオンさん、本当に男性なんですか!?』

『はい』

『これまた簡潔に有難うございます! でも、その水着って女性用ですよね? ゆったりとしたパンツタイプなので、男性が履いてもそこまで違和感ないかもしれませんけど……』

『少し事情がありまして。 それより、そろそろアピールタイムに入って良いですか?』

『おぉ! やる気満々ですね!』


 そんな訳ないだろう。


『それでは行ってみましょう! アピールタイム、スタートです!』


 時間を計り始めた司会者だが、僕は微動だにしない。

 そのことに困惑した空気が充満しているのを感じながら、やはり動くつもりはなかった。

 何もしなくても5分が経てば終わることは、これまでの参加者を見ていればわかる。

 なら、わざわざ自分から晒し者になる必要はない。

 それでなくとも、この場に立っていること自体が、僕にとっては屈辱の極み。

 途中で逃げ出さないだけ、感謝して欲しいものだ。

 会場の空気が良くないものになりつつあるが、僕には関係ない。

 そうして、残り30秒を切ろうとした、そのとき――


「やれ、テメェら!」


 ガレンの声が聞こえ、警戒のレベルを最大限まで引き上げる。

 すると、僕の頭上で何かが割れる音が聞こえ、大量の水が降って来た。

 対象脅威――極低――回避――不要。

 刹那の間に答えを出した僕は、甘んじてそれを受け入れる。

 予想通りただ濡れただけで、ダメージなど欠片もない。

 ガレンの狙いはわからなかったが、特に問題は――


『うぉぉぉぉぉッ!』


 会場が爆発したかのように盛り上がったのを見て、怪訝に思った僕は自分の状態を確認し――両腕で自分の体を抱き締めた。

 その行為が恥ずかしがっているように見えたのか、更に熱気が高まっている。

 やられたな……。

 水自体に攻撃力はなかったが、濡れたことでTシャツが透けてしまっている。

 本来なら何の問題でもないが、今回に限っては効果的な嫌がらせ。

 どうやら、僕を男性だと知りつつ視覚的には少女の半裸に見えている観客たちは、興奮の度合いを引き上げているらしい。

 付け加えるなら、体を抱き締めると言う大袈裟な反応をしたことが、余計なスパイスになっている。

 これに関しては僕にも事情はあるんだが……どちらにせよ、ガレンの策を後押ししたことに腹が立った。

 それから暫くしてやっと解放された僕は、最速で舞台袖に帰って替えのTシャツに着替える。

 そのときになって一息ついていると、ガレンがニヤニヤしながら歩み寄って来た。


「くく、良い働きだったぜ、シオン。 サービスまでしてくれたしな」

「そんなつもりはない」

「まぁ、良いじゃねぇか。 実害はなかったんだし、ただ立ってるだけで済むなんて甘いと思わねぇか?」

「……確かに今思えば、お前にしてはあっさりしていた。 僕の注意が足りなかったな」

「そう言うこった。 ま、何にせよお前は目的を達成出来たし、俺も美味しい思いが出来た。 それで今回は手打ちにしねぇか?」

「そうだな……。 どの道、今となっては詮無いことだ。 今回のことはこれで終わりにしよう」

「話が早くて助かるぜ。 そうだ、このあとちょっと時間あるか?」

「予定は全て終わったから、あると言えばあるが……何をするつもりだ?」

「そんなに警戒するなって。 ただ、お前とは1度ゆっくり話してみたかっただけだ。 付き合ってくれるなら、ちょっとくらいなら情報を分けてやるぜ?」

「……良いだろう」

「良し、そうと決まれば行くか。 お姫さんたちに捕まったら厄介だしな」

「行こう、今すぐ」

「くく、お前も大変だな」


 そう言って歩き始めたガレンに付いて行く。

 まだ投票タイムなので姫様たちは動けないはずだが、万が一があるからな。

 ところが待機場所を出る直前になって、2人の男性が入って来た。

 しかも、見覚えがある。

 内心で微かに驚きつつ事の成り行きを窺っていると、楽し気に笑ったガレンが口を開いた。


「こいつは、役立たずがお揃いで。 何の用だ?」

「まだ言ってるのか。 最初から、間に合わないと伝えてあっただろう?」

「そこを何とかするのが親友だろうが、ヴェルフ」

「相変わらずだな、ガレン。 こんなときだけ親友と言うのか」

「ナルサス、困ったときに助け合うのが親友じゃねぇか? 俺だって、お前らにはいろいろしてやってんだろ?」

「それに関しては感謝している。 だから、間に合わなかった詫びとして、フェスティバルで金を落としてるんだ」

「はは! それはただ遊んでるだけだろ、ヴェルフ。 まぁ、良いや。 今回は、ここにいるシオンたちのお陰で乗り切れたしな」

「ガレン……一応、それは秘密だったんだが」

「あぁ、そう言えばそうだったな。 悪い悪い」


 口では謝罪しているが、まるで反省の色は見えない。

 追及を諦めた僕は最大に嘆息し、ヴェルフさんたちに会釈した。

 今の会話からわかるのは、ヴェルフさんとナルサスさんが王国軍の侵攻を防ぐ為に呼ばれたが、間に合わなかったこと。

 つまりは、それだけの実力者なんだろう。

 ガレンは親友と言っていたが、具体的な立場や関係性は不明。

 改めてヴェルフさんたちの強さを認識した僕に対して、彼らも腑に落ちた様子だ。


「なるほどな。 どうやって侵攻を退けたのか聞きに来たんだが、納得した」

「そうだな、ヴェルフ。 この子やあの少女、更に同等の聖痕者が複数いたとなれば、充分に勝てるだろう」

「そう言うこった。 てことで、お前らにやる報酬はなしだからな?」

「わかっている。 俺たちとて、戦ってもないのにもらう訳には行かんさ。 それに、全くの無駄足でもなかったしな」

「ほう? そいつはどう言う意味だ、ヴェルフ?」

「今は言えんな。 とにかく、確認したいことは終わった。 俺たちは引き続き、フェスティバルを楽しませてもらおう。 行くぞ、ナルサス」


 一方的に告げたヴェルフさんは、ナルサスさんを引き連れて歩み去った――かと思いきや――


「あぁ、そうだ。 俺たちはシオンに投票したぞ。 優勝出来たら良いな」


 快活な笑みを湛えてのたまったヴェルフさんに、僕は憮然とした表情を返した。

 不思議そうにしている辺り、悪気はないんだろうが……。

 ナルサスさんに目を移すと、無表情ながらどことなく申し訳なさそうにしている。

 いろいろと面倒になった僕は、手早くこの話題を終わらせることにした。


「……有難うございます」

「気にするな。 では、またな」


 今度こそ立ち去るヴェルフさんたち。

 悪い人たちではなさそうだが……何だかな。

 複雑な顔をしていたであろう僕の横で、ガレンが笑いを堪えていたが、気付かないふりをした。

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