第15話 水着デート サーシャ編
どうしよう。
4人目との待ち合わせ場所に着いた僕が真っ先に思ったのは、それだった。
既に相手の姿は見えている。
ところが、声を掛けるのが躊躇われた。
何故なら――
「おじさん! もう1杯! 同じの!」
「ね、姉ちゃん、飲み過ぎじゃ……」
「何よ!? わたしは酔ってないわよ! 良いから持って来て!」
「わ、わかったよ」
飲食が出来るスペースで、サーシャ姉さんが大量の果実酒をあおっているからだ。
本人は酔っていないと言っているものの、顔は赤く目をトロンとさせ、見ただけで酔っているのがわかる。
いや、キスしたときも似た状態にはなるが、それとは決定的に違った。
とにかく、放置は出来ないが関わりたくもない。
そう思いつつ重い足を動かした僕は、恐る恐るサーシャ姉さんに声を掛けた。
「サーシャ姉さん、大丈夫か?」
「うん? シオンくんじゃない! 待ってたのよ! ほら、座って座って! おじさん、これと同じのをお願い!」
「待て、僕は未成年だ」
「良いじゃない! ここは光浄の大陸でも清豊の大陸でもないんだし、熱砂の大陸の中でも特殊な町なんだから!」
「……酔っているのに冷静だな」
「酔ってないわよ!」
「わかったから、せめて声量を落としてくれ。 他の人たちの迷惑になる」
「あ! 酷い! シオンくん、わたしのことが嫌いになったの!? お姉ちゃん泣いちゃう! うえ~ん!」
誰か助けてくれ。
両手を目元に当てて泣き真似をするサーシャ姉さんを、僕は完全に持て余している。
果実酒を運んでくれた店員もそそくさと退散し、絡まれないようにしていた。
僕も、いっそ逃げ出したくなったが、それは出来ない。
小さく息を吐いて彼女の頭を撫でながら、殊更に優しい声音を意識して語り掛ける。
「僕がサーシャ姉さんを嫌いになる訳がないだろう?」
「ぐす……本当……?」
「勿論だ」
「じゃあ、好き?」
「……好きだ」
今の僕がこの言葉を口にするのは、少し勇気が必要だった。
その効果は抜群で、サーシャ姉さんが一気に嬉しそうになったが――
「えへへ~、両想いね! 式はいつにする? 子どもは何人欲しい? シオンくんの為なら、わたし頑張っちゃう!」
「ちょっと待て。 話が飛躍し過ぎだ」
「え? だってシオンくん、わたしが好きなのよね? で、わたしもシオンくんが大好き。 なら結婚しかなくない?」
「しかないと言うことはないと思うが……」
「じゃあシオンくんは、わたしとどうなりたいの?」
いきなり、中々核心的なことを聞かれた。
僕はサーシャ姉さんと……いや、僕を慕ってくれている少女たちと、どうなりたいんだろう。
彼女たちに幸せになって欲しいのは、確固たる事実。
その為に僕が必要だと皆が言うのなら、ガレンが言ったように全員を愛すと言う道もあるのかもしれない。
だが、それで彼女たちが納得するのかと聞かれれば、それはまた別の話。
更に、僕の根本的な問題はどうしても付き纏う。
思わず頭を撫でる手を止めて懊悩していると、クスリと笑ったサーシャ姉さんが僕の手を取って、優しく口を開いた。
「ごめんね? ちょっと意地悪しちゃった」
「サーシャ姉さん、本当に酔っていなかったのか……?」
「うーん、ちょっとフワフワしてるけど、泥酔はしてないわよ。 シオンくんをからかってみたかったの」
「演技派だな……」
「ふふ、シオンくんを騙せたんだったら、わたし才能あるのかも」
上機嫌に笑って、果実酒を口に含むサーシャ姉さん。
確かに全く酔っていない訳じゃないが、意識ははっきりしていそうだ。
そのことに安心と、ほんの微かな悔しさを抱きつつ、僕もヤケクソ気味に果実酒に口を付ける。
初めて摂取したアルコールは衝撃的だったが、幸いと言うべきか、僕に大抵の毒は効かないのでなんとかなる……と思いたい。
それは置いておくとして、意識がしっかりしているならもう心配はいらないだろう。
そう結論を下した僕は、ずっと気になっていたことに着手した。
「それにしても、随分と思い切った選択をしたな」
「え? 何のこと?」
「その水着だ。 僕はてっきり、もっと大人しいタイプを選ぶと思っていた」
「う……。 いや、わたしだって本当はそのつもりだったんだけど……なかったのよ」
「なかった?」
「うん……。 他のはどれも、胸が窮屈で……」
「そう言うことか……」
サーシャ姉さんの説明を受けて、僕は改めて彼女の水着姿を観察する。
どう表現するのが正しいのかわからないが、セクシーなハイレグモノキニビキニと言ったところか。
色は黒で、普段のサーシャ姉さんとのギャップが激しい。
特に胸元の破壊力が途轍もなく、どうしても視線を奪われてしまう。
しかし、下品かと言えばそんなことはなく、非常に似合っていた。
それゆえに僕は満足気に頷いてから、その思いを伝える。
「心配するな。 とても似合っているし、凶悪なまでに魅力的だ」
「ほ、本当?」
「あぁ。 たぶん、酔っ払いの演技をしていなかったら、今頃大量の男性が押し寄せていただろう」
「そ、それは怖いわね……」
「今は僕がいるから大丈夫だ。 万が一、そう言う者がいても追い払う」
「……ふふ、それなら安心ね」
言葉通り安心した様子のサーシャ姉さんは、再び果実酒を飲んだ。
酔っ払う心配はなさそうだが、素朴な疑問は残っている。
「それにしても、随分と飲んでいるな。 何かあったのか?」
「えっと、この格好でいるのが恥ずかしくて、酔っ払ったら少しはマシになるかなって」
「気持ちは理解出来なくもないが……それは少し危険だ。 酔って正常な判断が出来ないときに、良からぬ人に迫られたらどうする」
「そうね……考えが甘かったかも、ごめんなさい」
「わかってくれて嬉しい。 今度からは、気を付けてくれ」
そう言って僕も、果実酒を手に取る。
アルコールはともかく、味そのものは美味しい。
飲み過ぎは良くないとしても、嗜む程度なら構わないだろう。
この町に限っては、だが。
そんな僕に苦笑したサーシャ姉さんは、グラスの縁を親指で拭いながら、少し言い難そうに口を開いた。
「ねぇ、さっきの続き、聞いても良い?」
「続き?」
「うん。 シオンくんが、わたしとどうなりたいかって話」
「それは……」
「最初に言っておくけど、わたしはシオンくんの1番になりたいって訳じゃないの。 そりゃ、そうなったら嬉しいけど。 ただ、そうじゃなくても……傍にはいさせて欲しいなって」
以前、魔船で依存していると言われたことがあるが、今の発言はそれを象徴しているように思えた。
自分を選ばなくても良いから、傍には置いて欲しい。
そこまで想ってくれていることが嬉しくないと言えば嘘になるが、やはり許容は出来ない。
「サーシャ姉さんは、それで満足なのか?」
「……ううん。 でも、離れるよりはずっと良い」
「余計に辛くなりそうだが」
「そうかもね。 でも、やっぱりわたしは、シオンくんと一緒にいたいから」
「……もう少し待ってくれ」
「え?」
「今はまだ、僕に覚悟が足りない。 でもいつか、サーシャ姉さんも幸せになれるようにしたいと思う」
「……わたしもってことは、ソフィア姫たちもってことよね?」
「そうだな」
「シオンくんは、ハーレムでも作ろうとしているの?」
「ハーレム?」
「あ、知らないのね。 まぁ、簡単に言えば、1人の男性が大勢の女性を侍らせる感じかしら」
「なるほど……。 その説明で言うなら、目指しているのは遠くないかもしれない」
「シオンくんのエッチ」
「そうなるのか……」
「ふふ、良いじゃない。 男の子なんて、皆エッチよ。 それに、わたしをそこに加えてもらえるなら、応援しちゃう」
「本当に良いのか……?」
「わたしだけを見て欲しいのが本心だけど、そんなわがままを言うつもりはないわ。 わたしは、ソフィア姫たちだって好きだし」
「……有難う、貴重な意見だと受け取っておく」
「良い子ね。 よしよし」
楽しそうに僕を抱き寄せて、顔を胸に埋めつつ頭を撫でるサーシャ姉さん。
彼女の豊満な胸元の果実が、僕の思考能力を著しく低下させる。
呼吸をする度に良い匂いがして、更に脳の活動を阻害して来た。
周囲から羨ましそうな視線が飛んで来たが、今は気にする余裕がない。
それから暫くして解放された僕は、高鳴る鼓動をなんとか抑えつつ口を開いた。
「いきなりだったな」
「ふふ、使える武器は使わないとね」
「確かに、効果的なことは否定出来ない……」
「シオンくんは、大きな胸が好きなの?」
「好きか嫌いかで言うなら……好きだ」
「エッチ」
「……すまない」
「冗談よ。 むしろ、嬉しいかも。 わたしにそう言う感情を持ってくれたんだって」
「大抵の男性はそうだと思うが」
「他の人はどうでも良いの。 シオンくんが、わたしに欲情してくれたことが嬉しいのよ」
「……自制心がいつまでもつかわからないから、そろそろ僕は行く」
「あら、残念ね。 じゃあ、最後にちょっと手を貸して?」
「手を?」
訝しく思いつつ差し出した僕の右手を、サーシャ姉さんは笑顔で取って――
「またあとでね?」
ウインクしながら胸を揉ませた。
寝間着の上からとはまるで違う、凄まじい感触。
エレンに怒られるかもしれないが、学んでいたときには味わったことのない刺激。
内心で狼狽えながら、努めて平静を装った僕は優しくサーシャ姉さんの手を解いて、溜息を落としながら苦言を呈した。
「こんな人混みで何を考えているんだ?」
「ごめんね? わたし、やっぱり酔ってるみたい」
「言い訳にしか聞こえないが……もう良い」
「怒っちゃった……?」
「いや、戸惑っただけだ。 正直に言えば……幸福を感じた」
「そう言ってもらえて良かったわ。 わたしも、ちょっと興奮しちゃった」
「……発言には気を付けてくれ。 じゃあ、またな」
「ふふ、またね」
楽しそうに手を振るサーシャ姉さん。
顔を赤らめているのは羞恥か興奮か酒のせいか……良くわからないな。
精神的に疲れた僕は盛大に嘆息しながら、最後の待ち合わせに向かう。
尚、僕が去ったあとにサーシャ姉さんは、大量の果実酒を追加したらしい。




