第14話 水着デート リルム編
アリアと別れた僕は続いての待ち合わせ場所に急いだが、そこに人影はなかった。
まさか、何か問題が起きたのか?
咄嗟に周囲を見渡した僕は、警戒のレベルを引き上げる。
ところが――
「おじちゃん! もう一声!」
「か、勘弁してくれ!」
良く知る元気な声を聞いて、苦笑交じりに溜息をつく。
呆れた思いを抱きながら視線を移すと、リルムが屋台の主人と交渉していた。
いや、最早あれは交渉と言うよりは、恐喝に近い気がする。
周りには何故か観衆が集まっており、面白おかしく騒ぎ立てていた。
暇人が多いな。
もしかしたら、フェスティバルの出し物と勘違いしているのかもしれない。
流石にないか。
などと、極めて下らないことを考えているうちに、決着が付いたようだ。
「負けたよ……」
「やった! 有難う!」
がっくりと項垂れる店主と喜色満面なリルム。
正反対な両者を取り囲んでいたギャラリーは沸き立ち、リルムは得意げにピースしている。
店主には悪いが、僕としてもリルムが笑顔になる方が嬉しい。
そんなことを思っていると、こちらの視線に気付いたリルムが手を振りながら走り寄って来た。
「シオン! 来てたんだ!」
「ついさっきな。 ところで、何を買ったんだ?」
「ん? あー、ちょっと珍しい鉱石を見付けてね。 魔道具の材料に出来るかもしれないから、ある程度ストックしておこうかと思ったの」
「水着フェスティバルの屋台で、鉱石が売っていたのか……」
リルム以外に需要はあるんだろうか?
内心でしきりに首を捻っていると、リルムが何か言いたそうな目で見つめて来た。
今日で3人目ともなると、気持ちを察するのは容易い。
「凄く可愛いぞ。 タイプとしてはオーソドックスだろうが、リルムが着ると特別に見える」
「そ、そう? まぁ、モデルが良いから当然よね!」
腕を組んで自信満々に言ってのけるリルム。
顔は赤く染まっているが。
彼女が身に付けているのは、いわゆる三角ビキニ。
色はオレンジで、リルムのイメージ通りだ。
その性格と相まって、この場だけ明るくなった気がする。
密かに気分が高揚するのを感じていると、リルムがニコニコ笑って口を開いた。
「そうだ! シオン、付いて来て!」
「どこに行くんだ?」
「良いから、早く! 始まっちゃう!」
グイグイと腕を引っ張るリルムに連れて行かれた先では、何かのイベントが行われようとしていた。
どうやらこれに参加したいようだが、いったいどう言った内容なんだろう。
疑問に思いつつ歩みを進め、ロープで仕切られた会場の中に入った。
それとほぼ同時に入口が閉められ、参加を打ち切られる。
未だに全容を把握出来ていないが、取り敢えず間に合ったらしい。
すると、参加料を支払う代わりに係員らしき女性から渡されたのは、小さなカードのような物。
真ん中に穴が空いており、様々な数字がランダムに並んでいる。
良く見ると、数字の周りには切り取り線が入っていた。
これは何だ……?
理解が及ばず僕が困っていると、リルムが楽しそうに説明してくれた。
「シオン、ビンゴは初めて?」
「ビンゴ? イベントの名前か?」
「うんうん。 簡単に言えば、今から司会者が数字を読み上げるから、その番号がカードにあったら穴を空けて行くの。 それで、縦、横、斜めのどれかが揃ったら、ビンゴ!って叫ぶのよ」
「ふむ……大体わかったが、それは面白いのか?」
「あはは。 まぁ、やること自体はそんなにかもね。 でも、ビンゴの良いところはここからよ」
「と言うと?」
「全部のビンゴがそうって訳じゃないけど、今回のは景品が出るの。 それで、最初に揃った人は魔道具がもらえるらしいの!」
「なるほど。 ちなみに、どう言う魔道具だ?」
「知らない!」
「……流石だな」
念の為に断っておくと、褒めていない。
しかしリルムが気にした様子はなく、ワクワクした様子で開始のときを待っていた。
そんな彼女を見ていると、細かいことを気にするのが馬鹿らしくなる。
苦笑を漏らした僕は彼女に倣って、何も考えずにビンゴを楽しもうと考えた。
『会場にお集まりの皆さん、こんばんは! ただいまから、ビンゴ大会を開催致します!』
ステージ上に立った男性司会者が魔道具で、参加者に呼び掛ける。
その途端に盛り上がりを見せたが、随分とテンションの高い者が多いな。
もっとも、フェスティバルの楽しみ方としては、そちらが正しいかもしれない。
僕には真似出来そうにないが。
ちなみに、最も大声を上げていたのはリルムだった。
その後、彼女から聞いたのと似たような説明を受け、いよいよビンゴが始まる。
『さー、記念すべき最初の番号は……39! 参加してくれてサンキューってことですね!』
会場にちょっとした笑い声が響いた。
大して面白くなかったが、こう言った場だからこそ成り立ったのだろう。
適当に分析をしつつカードを見つめ……あった。
真ん中の右下のマスに穴が空き、ビンゴに1歩近付く。
リルムの様子を窺うと、ニッコリ笑い掛けて来た。
どうやら彼女もマスが空いたらしい。
それからはトークも交えつつ、テンポ良く番号が読み上げられて行ったのだが――
『3!』
「良し!」
『26!』
「む~」
『55!』
「やった!」
『8!』
「う~」
『94!』
「わーい!」
リルムが当たったかどうかは、確認するまでもなかった。
こうまで素直に感情を表に出せるのは、1種の才能じゃないかと思う。
他の参加者も微笑ましそうにしており、僕も和やかな気分になっていた。
それはそうと、このビンゴと言うゲームは思ったより面白いかもしれない。
運任せで技術が介入出来る余地がないのはどうかと思うが、読み上げられた数字があるのか、あったとしてそれはビンゴに近付くのか、他の参加者の進行はどうなのか……など、気になることが意外と多かった。
回が増えれば増えるほど、その度合いは強くなり、段々と周囲から焦りの感情が伝わって来ている。
なるほど、イベントとして選ばれるだけのことはあるらしい。
他人事のようにそんなことを考えていると、隣から大声が聞こえた。
「リーチ!」
ビンゴが始まって最初のリーチは、リルムだ。
会場がどよめき、司会者のボルテージが上がる。
『おーっと! 早くもリーチが出ました! さぁ、このまま彼女のビンゴを許してしまうのか!? では、次の番号を発表します! 番号は……60!』
「ダブルリーチ!」
『な、なんと!? あの可愛い子がまたしてもリーチです! これは皆さん、ピンチですよ!』
リルムが立て続けにリーチ状態になり、俄然有利となる。
中々の強運だな。
他の参加者は大いに焦っているようで、必死な形相で次の番号を待っている。
いや、必死になったところで運次第だろうに。
僕としてはこのままリルムがビンゴになるのが望ましいが、そう簡単には行かない。
その後も彼女はマス自体は空けて行くものの、中々ビンゴには繋がらず、とうとうトリプルリーチまで来てしまう。
歯痒い思いをしているリルムの一方で、周囲の参加者たちも続々とリーチに達し始めた。
ところが、そう言った者たちも最後の1マスが空かず、悔しい思いをしている。
もしかしたら、こう言った展開がビンゴの醍醐味なんだろうか。
などと考えつつ、機械的にマスを空けていた僕は――リルムとカードを交換した。
驚愕した彼女は目を見開いていたが、無言でカードを視線で示す。
そこでハッとした様子のリルムは、慌ててカードを確認し――
「ビ、ビンゴ!」
大声で宣言した。
辺りから視線が集中したが、彼女は気にしない。
ただし、心は乱れているようだが。
『おぉ! 遂にビンゴが出ました! 確認しますので、ステージにお越し下さい!』
司会者に呼ばれたリルムは困惑した様子でこちらを向いたが、僕は黙って首を縦に振った。
それを受けた彼女は苦笑を浮かべ、ステージに上がる。
司会者によって不正がないか確認された彼女は、間違いなくビンゴ達成者となった。
『おめでとうございま~~~す! ビンゴ第1号は、こちらの美少女です!』
「イエーイ!」
嬉しそうにVサインを作った彼女に、会場中から拍手が送られる。
そうしてようやく景品の授与が行われたのだが、思っていたよりも良い物だった。
『1等の景品はこちら! 最高級の魔写機です! 機能自体は、お馴染みの写真や動画の撮影ですが、その画質が非常に綺麗と評判です! これさえあれば、皆さんの素敵なパートナーとも、たくさんの思い出を作れちゃいますよ!』
レンズが付いた、小さな箱のような魔道具。
あちらこちらから、驚きの声が聞こえる。
僕には詳しい価値がわからなかったが、説明を聞く限り相当高い技術を駆使していそうだ。
映像を記録する魔道具なら選別審査大会で見たが、画質自体はさほど高くなかった気がする。
そして、自分ではわからなくても、それがどれだけの物かを知るのは簡単。
「え! 最高級の魔写機!? 凄い! いつか作りたいと思ってたけど、中々材料が集まらなかったのよね! 水魔法を応用してるって言うのは知ってるんだけど、詳しく調べてみなくっちゃ!」
テンションの上昇が止まることを知らないリルムの様子を見て、僕も気持ちが明るくなっている。
司会者が若干引くほどの勢いだったが、魔写機を受け取ったリルムに拍手が送られた。
心底嬉しそうなリルムを出迎えた僕は、淡々と言葉を紡ぐ。
「良かったな、目的が達成出来て」
「うん! でも……良かったの? 本当にビンゴだったのは、シオンなのに……」
「気にするな。 最初からそのつもりだったし、カードを交換してはいけないと言うルールはなかった」
「そうだけど……」
「リルムに喜んで欲しくてやったことだ。 キミがそんな暗い顔をしていると、意味がない。 だから、素直に受け取ってくれ」
「……うん、ありがと!」
「どういたしまして」
跳び付いて来たリルムを抱き止めつつ、頭をゆっくりと撫でる。
ちなみに、リルムと交換したカードは最後の方でようやくビンゴとなり、景品としてりんご飴をもらった。
僕としては、ある意味この方が良かったかもしれない。
りんご飴を舐めながら満足した気分になっていると、背後からリルムの声が聞こえる。
「シオン、こっち向いて!」
何ともなしに振り向いた瞬間――カシャと。
魔写機で僕を撮ったリルムが、悪戯が成功した子どものような顔で言い放つ。
「あはは! ビックリした?」
「まぁ、そうだな」
「むぅ、もっとリアクションしてくれても良いのに」
「そう言われても困る。 それで、ちゃんと撮れているのか?」
「えっと、ちょっと待ってね。 あ! 写ってる写ってる! 凄く綺麗!」
そう言ってリルムが差し出した紙には、確かに僕の姿が写っていた。
かなり鮮明で、高性能に感じる。
胸中で僕は感心していたが、ふとリルムを見ると、何やら複雑そうな顔をしていた。
疑問に思ったぼくは、単刀直入に尋ねてみる。
「何か気になることがあるのか?」
「……シオン、これどう思う?」
「どう……普通だと思うが。 特に乱れることもなく、ありのままが写っている」
「そう、ありのままなのよ。 それなのに……こんなに可愛いのよね」
難しい顔で考え込んでいるリルムに対して、脱力する思いだ。
りんご飴を舐めながら振り返っている僕は、贔屓目なしに見て、可愛いとは思う。
だが、それがどうしたと言う気持ちが本音。
しかし、尚も険しい面持ちを作っていたリルムは、訳のわからないことを言い出した。
「ねぇ、もうちょっと可愛いのやめられない?」
「どうしろと言うんだ」
「うーん、髪型を変えてみるとか?」
「エレンに褒められた髪を、切るつもりはない。 整えるくらいはするが」
「むー。 じゃあ、もっと鍛えてマッチョになるとか」
「鍛えるのは構わないが、僕の外見には反映されないようだぞ」
「う~、仕方ないわね。 我慢してあげるわよ」
何故か僕がわがままみたいな言い方をされたが、納得は出来ない。
それでも、こんなことで口論して時間を無駄にしたくないと思い直し、先ほどから考えていたことを伝えた。
「折角だから、記念に一緒に撮らないか?」
「あ、良いわね! じゃあ……ちょっと、そこのあんた!」
僕の提案を聞いたリルムはいきなり通行人を呼び止め、魔写機を押し付けた。
すまない、通行人。
少し憮然としながらも魔写機を構えた通行人に向かって、僕たちは並んで立っていたが、リルムが不服そうに口を尖らせる。
「ねぇ、これじゃ面白くないじゃない」
「じゃあ、どうすれば良いんだ?」
「そうね……もっと顔を近付けて! 頬っぺたがくっ付くくらい! それから、顔の横でピース!」
「わかった」
要望を聞いた僕はリルムに顔を寄せ、言われたとおり頬っぺたをくっ付けて、2本の指を立てた。
彼女の感触が顔に伝わり、何ともこそばゆい。
そうして撮影を終えた僕たちが出来を確認したところ、中々良い感じだと思う。
これに関してはリルムも同意見だったようだが、彼女はまだ通行人を解放しなかった。
「記念なんだから、お互いに持ってないと駄目じゃない! だから、もう1枚よ!」
釈然としない様子の通行人だったが、最後まで付き合ってくれた。
良い人で助かる。
そうして僕は、1枚目と全く同じ体勢を取ったのだが、撮られる直前になって――
「ちゅ」
リルムが僕の頬にキスした。
通行人は驚いていたがバッチリ撮影はしており、その場面が紙に保存される。
楽しそうに笑ったリルムは通行人から魔写機と紙を受け取り、僕の元に帰って来た。
上機嫌で何よりだが、少しばかり微妙な気分。
そんな僕に構うことなく、リルムは満面の笑みで紙を手渡して来る。
「はい! シオンはこっちを持っててね」
「せめて逆にしないか?」
「あたしが持ってたらお姫様たちに見せびらかすけど、それでも良いの?」
「僕が保管しよう」
「でしょ? 一応、気を遣ってあげてるんだから」
そう言って苦笑を浮かべたリルムをジッと見つめた僕は――唇を重ねた。
すぐに離したので気付いた者はいなさそうだが、当の本人は固まっている。
少し面白いと思いながら、平然と言ってのけた。
「お返しだ」
「……頬っぺたと唇じゃ、レベルが違うでしょ」
「記録には残していないから、気を遣う必要はない」
「それって、今後はガンガン迫って良いってこと?」
「節度を守ってくれるなら、受け入れるつもりだ」
「何があったか知らないけど……そう言うことなら、こっちも遠慮しないから」
「あぁ。 だが、今日はここまでだ。 そろそろ時間だからな」
「もう、良いところだったのに。 まぁ、良いわ。 じゃあね、シオン。 ……大好きよ」
そう言ってリルムは最後に、触れ合う程度のキスをして来た。
苦笑した僕は軽く手を振りながら、その場をあとにする。
自分で自分の首を絞めている自覚はあるが、これで良いんだと思うことにした。




