第13話 水着デート アリア編
待ち合わせ場所は町で1番大きな木の下だったので、混雑していても遠くからすぐにわかった。
ルナと別れて1人になったことで、大勢から声を掛けられたが、バッサリと切り捨てている。
こう言うときは本当に、自分の容姿が嫌になるな……。
とは言え、そんなことを今更嘆いても無意味。
意識を切り替えて足を動かし続けると、徐々に近付いて来た。
今も断続的に花火は打ち上がっており、炸裂した瞬間に相手の顔が一瞬見えたが……様子がおかしい。
下を向いて涙ぐみ、かなり消耗している。
何があったのかと疑問に思った僕が速度を上げると、その理由が判明した。
「良いじゃん! お友だちが来るまでで良いからさ!」
「俺たち金持ってるし、全部奢ってやるぜ!?」
「穴場も知ってるし、そこでゆっくりしようよ!」
明らかに下心がありそうな男性3人に囲まれたアリアは、限界に達しそうだ。
まったく……あの程度、適当にあしらえば良いだろうに。
まぁ、それが出来ないのがアリアなんだが。
すると、痺れを切らした男性の1人がアリアに手を伸ばしたので、止めに入ろうとしたが――
「やめておけ。 折角の祭り気分が台無しになるだろう」
1人の男性が割って入った。
身長は180セルチ台半ば以上あり、かなり逞しい肉体。
年齢は僕より少し上で、20歳前後。
うねりながら逆立った赤い髪は、まるで炎のようだ。
今は抑えているようだが洗練された神力を秘めており、実際はかなりの強者に思える。
敵なら厄介だが、少なくとも今はアリアを助けてくれていた。
彼女に迫っていた男性は面食らいつつ、プライドからか怒りの形相を浮かべている。
一方のアリアも戸惑っていたところに、更なる人物が参戦した。
「ここにいたのか、ヴェルフ。 勝手にいなくなるな」
赤髪の男性……ヴェルフさんの元に歩み寄ったのは、同じく長身の男性。
身長180セルチ前後で、線は細いが引き締まっている。
恐らくだが20代半ば程度。
僕より若干短い金の長髪を、首の後ろで同じように1つ括りにしていた。
こちらも神力を抑えているが、強力な使い手だと思って間違いない。
彼らが何者か僕が気になっていると、ヴェルフさんは少し申し訳なさそうに声を発した。
「悪い、ナルサス。 この子が面倒事に巻き込まれていたから、ちょっと見てられなくてな」
「だからと言ってお前が出て行ったら、わたしが面倒事に巻き込まれるんだが」
「だから悪いと言ってるんだ」
「まったく……。 大体、その少女なら手を貸さなくても、自力で何とでも出来るだろう」
そう言って金髪の男性ことナルサスさんがアリアを見ると、彼女は恥ずかしそうに縮こまってしまった。
ふむ、アリアの実力を看破する目も持っているのか……ますます興味深いな。
最早当初の感情がどこかへ行ってしまった僕だが、それでもやるべきことは忘れていない。
遅ればせながら近付いて行くと、こちらに気付いたアリアが涙目で笑顔になったので、苦笑を浮かべて手を挙げておく。
その場の全員が僕に注目し、それを確認してから口を開いた。
「すみません、彼女は僕の大事な人なんです。 連れて行っても良いですか?」
「おお、そうなのか。 良かったなお嬢さん、友だちが来てくれたようだぞ」
「友だち……」
「どうかしたのか?」
「い、いえ、何でもありません。 助けてくれて、有難うございました」
一瞬悲しそうな顔をしたアリアを不思議そうに見ながら、ヴェルフさんは僕に引き渡そうとした。
ところが、この期に及んで諦め切れないようで、最初に絡んでいた3人が喚き立てる。
「おい! 勝手に話を進めんじゃねぇ!」
「その子は俺たちが先に目を付けたんだぞ!?」
「ぶっ飛ばすぞこらぁッ!」
自分たちの獲物を横取りされた気分なのかもしれないが、それを言うなら約束をしていたのは僕の方が先だ。
どちらにせよ、こんな低俗な奴らにアリアを任せることは出来ない。
そう考えた僕が威圧を込めて睨み付けると、ヴェルフさんとナルサスさんも付き合ってくれた。
「聞こえていなかったのか? この少女は彼女の大事な人らしい。 お前たちが入り込む余地はないだろう」
「ナルサスの言う通りだ。 それでも納得出来ないなら相手になってやっても良いが……骨の1本や2本は覚悟してもらうぞ?」
静かに、それでいて鋭い声を発するナルサスさんと、手の指の関節をコキコキ鳴らしながら獰猛な笑みを浮かべるヴェルフさん。
ナルサスさんが僕を彼女と表現したことには、苦言を呈さないでおく。
流石に彼らとまともにやり合う気はないようで、男性たちは腰が引けていた。
そこに、トドメの一言を放つ。
「時間が勿体ない、失せろ」
「ひ!?」
「す、すみませんでしたぁ!』
「ごゆっくりぃ!」
思い切り殺気をぶつけてやると、悲鳴を上げて退散して行った。
小物感が半端じゃないな……。
呆れながら後ろ姿を見送った僕は、改めてアリアに向き直ったが、今度は別の意味で様子が変だ。
体の前で手を合わせてモジモジしており、僕の顔をしきりに窺っている。
どうしたんだろうか。
不思議に思って小首を傾げていると、意を決したかのようにアリアが口を開く。
「あ、あの……わたしって、お兄ちゃんにとって大事な人なんですか……? それとも……ただの友だちですか……?」
「単なる友だちと言う枠には収まらないな。 アリアに何かあったら、僕は平常心を保てる自信がない」
「そ、そうなんですね……えへへ……」
だらしなく頬を弛緩させるアリア。
何が嬉しいのかわからない……と、今までならそこで思考を打ち切っていたが、今回はもう少し深く考えてみる。
結果としてわかったのは、大事な人と言う言葉が彼女にとって良かったと言うこと。
もっとも、僕からすれば今更も良いところ。
しかし、もしかしたらその気持ちを、きちんと伝えていなかったのかもしれない。
そう考えた僕は、今後はなるべく口に出すようにしようと思った。
それはともかく、今は別に言うことがある。
満足そうにこちらを眺めていたヴェルフさんと、静かに見守っていたナルサスさんに頭を下げた。
「有難うございます、お2人のお陰でアリアを守ることが出来ました」
「気にしなくて良いぞ。 俺たちが勝手にやったことだし、キミ1人でも充分だっただろう。 なぁ、ナルサス?」
「だからわたしは、最初から必要ないと言ったんだ。 とは言え、無事で何よりだ。 では、邪魔にならないようにわたしたちは行こう」
「そうだな。 お嬢さん、さっきはすまなかった。 その子が男だと思っていなかったんだ」
「い、いえ、お気になさらず。 お兄……シオン様は、本当に可愛らしいですから」
「あぁ、こんなに可愛い男は見たことがない」
「で、でも、凄く格好良くて優しいんです!」
「これは参った。 思い切り惚気られてしまったな」
「あ……す、すみません……」
「謝る必要はない。 お嬢さんの想いが伝わって来て、清々しい気分だ。 キミ……シオンと言ったか。 彼女を泣かせるんじゃないぞ?」
「……気を付けます」
「そうしてくれ。 行くぞ、ナルサス」
「本当に、困った奴だ……。 失礼する」
言いたいことを言い終えたようで、ヴェルフさんは大股で去って行った。
ナルサスさんは頭痛を堪えているようだったが、気持ちはわからなくもない。
とは言え2人の間には、漠然とした絆のようなものを感じる。
それがどう言った類のものかわからないが、なんとなく羨ましい。
ヴェルフさんからアリアを泣かせるなと言われたものの、正直なところ自信はなかった。
それでもまずは、伝えるべきことを伝えよう。
「アリア、その水着とても良く似合っている」
「え……ほ、本当ですか……?」
「あぁ。 可憐なキミにピッタリで、本物の妖精のようだ」
「は、恥ずかしいですけど……有難うございます……」
両頬に手を当てて、アリアは顔を赤らめている。
彼女が着ているのは、可愛らしい白のフリルワンピース水着。
露出度はさほど高くないが、先にも言ったようにアリアの雰囲気に合っていた。
あの男性たちが声を掛けたくなる気持ちも、充分に理解出来る。
許しはしないが。
内心でそんなことを思っていた僕は、尚も照れているアリアの手を取って声を発する。
「時間がないから、行こう。 どこか行きたいところはあるか?」
「え、えぇと……出来れば、いくつかの屋台で食べ物を買いたいんですけど……」
「お腹が減っているのか?」
「そ、そう言う訳じゃないです。 このあと、コンテストがありますし……。 ただ、どんな味か知りたいなと思いまして。 今後の料理の参考に出来るかもしれませんから」
実にアリアらしい理由。
密かに苦笑した僕は、希望を叶えることにした。
「わかった。 じゃあ、いくつか買ってみよう」
「は、はい! お兄ちゃん!」
そう言ってアリアは破顔すると、僕と手を繋いで歩き始めた。
屋台の種類が多過ぎてどれを買うか悩んだが、彼女は既に目星を付けていたらしい。
淀みない動作で僕を先導し、購入してはその場で試食を繰り返す。
その顔には極めて真剣な表情が浮かんでおり、本気で研究しているんだと伝わって来た。
折角のフェスティバルなんだから、もっと気楽に遊べば良いのにな。
だが、それでこそアリア。
良くも悪くも真面目な彼女は、どんな些細なことでも自分の成長に繋げようとしがちだ。
だからこそ危なっかしい一面を持つので、こちらが気を付ける必要がある。
「アリア、美味しいか?」
「そうですね。 少し味が濃い気がしますけど、全体的には美味しいと思います」
「そうか。 あーん」
「へ……?」
「研究も良いが、少しは楽しまないとな。 ほら、あーん」
「あ、あーん……」
恥ずかしそうに開けたアリアの口に、丸い料理――たこ焼きと言うらしい――を放り込んだ。
幸せそうにモグモグしている彼女を見ていると、こちらも心が温かくなる。
暫くして咀嚼したのを確認した僕は、アリアの頭をゆっくり撫でて言い聞かせた。
「いつでも気を張らず、抜くときは抜いたら良い。 これは戦闘にも言えるが、常に全力じゃなくて、強弱を付けることは大事だ」
「は、はい……すみません……」
「怒っているんじゃないぞ? むしろ、感心している。 ただ、たまには肩の力を抜いて欲しいと思っただけだ」
「じ、じゃあ……お兄ちゃんと2人きりのときは、甘えても良いですか……?」
「構わない」
「あ、有難うございます!」
感激したように笑みを咲かせるアリア。
本当に嬉しそうで、その姿を見れただけで僕は満足だ。
しかし、これで終わる訳には行かない。
「それで、他に何かしたいことはないのか?」
「そ、そうですね……じゃあ、あれを食べてみたいです」
そう言ってアリアが指差したのは、氷を細かく削って甘い汁を掛けた物。
確かに光浄の大陸でも清豊の大陸でも見たことがないので、気になる。
まだ研究を続けるのかと思ったが、今回は純粋に食べたいらしい。
それを察した僕は、2人分を購入しようとしたが――
「あ……ひ、1つで良いです」
「そうなのか?」
「は、はい。 もう結構食べましたし……」
「残すとしても、僕が食べるぞ?」
「い、良いんです! なので、1つでお願いします!」
「……わかった」
いまいち良くわからなかったが、アリアがあそこまで言い切るなら反対する必要はない。
言われた通り1つだけ買った僕はアリアに手渡したが、何故か彼女は食べようとしなかった。
疑問に思った僕が促そうとすると、彼女は無言で手を引いて人気の少ない路地裏に入る。
この展開に覚えのある僕は、ある程度事情を把握。
すると、恥ずかしそうなアリアがスプーンに氷をすくって、僕の口元に運んで来た。
「あ、あーん……」
「あーん」
予想通りの展開に、即座に応える僕。
うん、冷たくて甘くて美味しい。
そんな感想を抱きつつアリアからスプーンを奪った僕は、お返しとばかりに差し出した。
「あーん」
「あ、あーん」
まだアリアは照れているが、少し慣れて来た気がする。
顔を紅潮させながらも笑顔になった彼女は、幸福絶頂と言った様子で言い放った。
「間接キスですね……」
「もう何度も、実際のキスをしただろう」
「そ、そうですけど、それとはまた違うと言いますか……とにかく嬉しいんです」
「そう言うものなのか?」
「はい。 だって……恋人っぽいじゃないですか?」
「そうか……。 だがアリアは、僕と兄妹になりたいんじゃないのか?」
「た、確かにお兄ちゃんはお兄ちゃんですけど……義理なら結婚も出来るんですよ……?」
顔を真っ赤にして上目遣いで見つめられて、反射的に心臓が跳ねた。
結婚か……。
正直なところ考えられないが、恋愛の延長線上にはそれがあるんだろう。
僕が黙っていることで不安になったのか、アリアの顔が曇ってしまった。
それを見た僕は氷を1口食べて――
「んぅ……!?」
口付けた。
甘い味がしたのは、きっと氷だけのせいじゃない。
氷が溶け切っても暫く続けていたが、ようやくしてどちらからともなく身を離す。
アリアは心ここにあらずと言った様子でボンヤリしていたが、構わず彼女の頭を胸元に抱き寄せた。
「今度2人きりになったら、しようって約束していたからな」
「……覚えていてくれたんですね」
「当たり前だろう。 アリアは忘れていたのか?」
「いいえ。 いつ言い出そうか、ずっと悩んでいました……。 だから、お兄ちゃんの方からしてくれて、本当に嬉しいです」
「それは良かった。 今のうちに、次の約束もしておこうか。 アリアが良ければ、だが」
「良いんですか……?」
「勿論だ」
「有難うございます……。 次こそは、わたしの方からしてみせますね」
「無理はしなくて良いぞ?」
「む、無理じゃありません」
何やらやる気になっているが、今からそれではもたないだろう。
そう考えた僕はアリアの顔に口を寄せ、頬に軽く唇を触れさせた。
突然のことにアリアは驚いていたが、構わず告げる。
「最初はこれくらいでも良い」
「は、はい……」
「そろそろ時間だな。 僕は行くが、また絡まれそうになったらすぐに逃げるんだぞ?」
「だ、大丈夫です。 今のわたしは無敵ですから」
力こぶを作るようなポーズを取っているが、アリアがしたところで可愛いだけだ。
思わず苦笑した僕は最後に頭を撫でて、その場をあとにした。




