第12話 水着デート ルナ編
太陽が寝静まり、夜がやって来た。
しかし熱気は収まることを知らず、これからが本番と言わんばかりだ。
そして実際、それは間違っていない。
『本日はお集まり頂き、誠に有難うございます! 大変お待たせ致しました! ただいまより水着フェスティバル……開幕ですッ!』
魔道具によって町中に響き渡った声を受けて、参加者たちが沸き立つ。
それと同時に花火が打ち上がり、夜空を華やかに彩った。
厳密に言えば屋台などは準備出来たところから営業していたが、正式なスタートは今からだ。
楽し気な音楽が流れ、柄にもなく胸が躍る。
想像を軽く超える人の数に圧倒されそうになりながら、僕は待ち合わせ場所で人を待っていた。
念の為に怪しい人物がいないか【転円神域】で探ってみたが、今のところそう言った気配はない。
ガレンが言っていたチェックとやらは、一応信用して良さそうだ。
わかり易いように町の入口にいるんだが、失敗だったかもしれないな……。
近くにいる人々から例外なく視線を向けられて、なんとも落ち着かない。
普段から視線に慣れているとは言え、今の格好がそう感じさせているんだろう。
黒いパンツタイプの水着に、白のTシャツ。
それだけなら普通に感じるかもしれないが……この水着は本来女性用。
最初は勿論断ったが、こちらの要望を飲ませる代わりに押し切られた……。
流石に上は断固拒否して、Tシャツで許してもらっている。
最低限のボーダーは死守したものの、周囲の反応を見る限りやはりおかしいのだろうか……。
そうして僕が頭を悩ませていると、前方から待ち人が歩み寄って来た。
「お待たせ、シオン」
「気にしなくて良い、ルナ。 たった5分の遅刻だ」
「もう、そこは「僕も今来たところだ」って言いなさいよ」
「そうは言うが、僕は10分前には来ていたぞ」
「だから、そう言うことではなくて……はぁ、もう良いわ、時間が勿体ないしね。 それより、何か言うことはないのかしら?」
そう言ってルナは、僕に向かって軽くポーズを取った。
紫の大人っぽいワンショルダービキニ。
辺りの人々の目を釘付けにする色香を放っており、上から下までじっくりと眺めた僕は、1つ頷いて告げる。
「ルナの可愛らしい見た目と艶やかな雰囲気に、良く合っている。 凄く魅力的だ」
「ふふ、有難う。 気に入ってもらえたなら嬉しいわ。 シオンは何と言うか……いけない感じがするわね」
「いけない感じ?」
「えぇ、禁忌を冒している気分よ」
「……やはり変なのか?」
「いいえ、良く似合っていると思うわ。 ただ男性である貴方が、そんなに可愛らしいことが問題なの」
「僕には良くわからないな……」
「大丈夫よ。 わたしは、どんな貴方でも愛しているから」
「……有難う」
ルナの突然の告白に、僅かながらタイムラグを生じさせつつ、素直に礼を述べる。
そのことが意外だったらしく、ルナは目を丸くしていた。
僕としてはガレンに言われたように、拒否する方向じゃなく受け入れてみようとしたんだが……思ったよりも恥ずかしい。
こそばゆい気分になったので誤魔化すように視線を逸らし、ルナの手を取る。
すると彼女は抵抗することなく付いて来たが、すぐに腕を絡ませて来た。
水着だから当然だが、胸の感触を直接味わって脳が蕩けそうになる。
しかし、なんとか立ち直って顔を向けると、ルナが蠱惑的な笑みで言葉を連ねた。
「うふふ、ドキドキする?」
「あぁ、凄くな」
「それなら良かったわ。 さぁ、どこに行こうかしら。 忌々しいけれど、時間は限られているから大事にしないといけないわ」
微妙に不貞腐れているルナに、苦笑をこぼした僕。
今回フェスティバルに参加するに当たって、僕は全員で行動すると思っていたんだが、姫様たちが2人きりを希望した。
その結果、くじ引きで順番を決めて、時間が来たら交代することになっている。
それゆえの発言なんだろうが、生憎とプランらしいプランはない。
もっとも、大雑把なことくらいは決めていた。
「取り敢えず屋台を見て回らないか? 面白そうなものがあればやってみよう」
「そうね、行きましょうか」
大通りの方に歩き始めると非常に目立っていたが、努めて気にしないようにした。
尋常じゃない人混みも、体捌きに優れている僕たちにとっては大した障害じゃない。
体を密着させたまま、スルスルと混雑を縫うように進んでいると、やがて多数の屋台が見えて来る。
ルナの様子を窺うと上機嫌にしており、僕も楽しくなって来た。
屋台の種類は多種多様で、目移りしてしまう。
どうするか僕が悩んでいた一方、ルナも考え中――かと思いきや、ある方向をジッと見ていた。
彼女の視線を追うと、その先にあったのは的当ての屋台。
小さなボールを3回投げて、棚から景品を落とせたらもらえるシステムらしい。
ルナにしては子どもっぽいチョイスだと思ったが、良く観察すると彼女の意識は屋台そのものに向いている訳じゃなかった。
気持ちを悟った僕は再び苦笑を漏らし、提案してみる。
「行ってみよう」
「え……?」
「気になるんだろう?」
「……別に」
「じゃあ、僕が気になるから一緒に行ってくれないか?」
「……それなら仕方ないわね」
口では不承不承と言った感じだが、先に足を踏み出したのはルナ。
素直じゃない彼女に苦笑を深めながら、遅れずに歩いて行った。
屋台に着くと、幼い少女が一所懸命にボールを投げていたが、まったく届く気配はない。
方向もバラバラで、どれを狙っているのかわからないほどだ。
屋台の店主も少し困った様子で、止めるべきか悩んでいるらしい。
状況を把握した僕は身を屈めて、少女に問い掛けた。
「どれが欲しいんだ?」
「え?」
「何か狙っているんだろう?」
「あのぬいぐるみだけど……」
そう言って少女が指差したのは、魚の形をしたぬいぐるみ。
当たれば彼女でも落とせそうだが、距離的な問題で難しい。
瞬時に結論を下した僕は店主にゴードを払って、ボールを受け取った。
少女は戸惑っていたが、気にせずボールを投げ――
「お、おめでとうございまーす!」
1球でぬいぐるみを手に入れる。
残りのボールを返した僕は、景品を少女に手渡した。
唖然とした少女は、しばし立ち竦んでいたが――
「う……うわぁ~ん!」
泣かれた。
訳がわからない僕が、無表情で狼狽えると言う奇妙な状態に陥っていると、嘆息したルナが少女からぬいぐるみを取り上げる。
どうするのか眺めていると彼女は店主と何事かを話し、ぬいぐるみを置き直してもらった。
ただし、先ほどよりも近い位置に。
そこに来てようやく理解が及んだ僕を横目に、ルナが少女に言い放つ。
「最後まで自分でやりなさい」
「ぐす……うん……。 でも、もうお金が……」
「……3回よ」
「え?」
「3回分だけ、わたしが出してあげる。 だから、それまでに落としなさい」
「わ、わかった!」
ルナからゴードを受け取った少女は涙を拭い、気合いの入った表情でボールを構えた。
ところが、世の中そう簡単には行かない。
9球のうち7球を投げても落とせず、少女の顔に絶望の色が混ざる。
方向はかなり合って来ているが、どうしても距離感が掴めないようだ。
そんな少女に僕は何も出来ず、無策のまま8球目を投げようとして――
「待ちなさい」
「え……?」
「適当に投げたって、当たらないことがわからないの? もっとゆっくり、しっかり狙いなさい」
「そ、そんなこと言われても……」
「仕方ないわね……」
やれやれとばかりに肩をすくめたルナが、少女の背後にしゃがみ込む。
何が何だかわからない少女と、興味深く見守る僕。
しかしルナは意に返すことなく、淡々と告げた。
「投げ方は今までと同じで良いわ。 問題はボールを放すタイミングよ」
「タイミング……」
「えぇ。 わたしが合図を出すから、それに合わせて投げなさい」
「わ、わかった!」
再び闘志を取り戻した少女が、真剣な表情で景品と向かい合う。
僕が気配を消している一方で、屋台の店主は固唾を飲んでいた。
貴方が緊張してどうする。
内心で呆れながら様子を窺っていると、遂に少女が投球モーションに入り――
「今よ」
ボールが宙を走った。
緩やかな弧を描いて景品に向かい――
「あ……」
少女の口から落胆した声がこぼれる。
ボールは景品を掠めて揺らしたが、落ちることはなかった。
ラスト1球に追い込まれた少女が涙目になっているのをよそに、ルナは平然と言い放つ。
「悪くなかったわ」
「で、でも、あと1球だし……」
「それがどうしたの? 最初に落とそうが最後に落とそうが、もらえる物は同じよ」
「そうだけど……」
「さっきは初めてだったから、少し反応が遅れだだけ。 次こそ大丈夫よ」
「本当……?」
「信じなさい」
「う、うん!」
ルナが子どもを元気付けると言うレアシーンに、僕は別の意味で胸が熱くなった。
店主は店主で、何故か涙を流している。
いつの間にか周囲には人が集まっているが、集中している少女の目には映っていない。
そうして、運命の一投が行われ――
「今よ」
少女渾身の1球が放たれる。
先ほどとほぼ同じながら、僅かに違う軌道をボールが通り――
「お、おめでとうございま~~~す!!!」
店主が大泣きしながら叫んだ。
だから、どうして貴方が……まぁ良い。
なにはともあれ最後の最後で景品をゲットした少女は、呆然としている。
どうやら、まだ現実を理解出来ていないようだ。
対するギャラリーは拍手喝采で、徐々に意識を復帰させた少女の瞳に涙が浮かんで来たが、泣き出す前にルナがぬいぐるみを押し付けた。
「うるさいから、泣くならあとにして頂戴」
「ぐす……な、泣かないもん」
「そう。 とにかく、それは貴女の物よ。 満足したなら行きなさい」
「……有難う。 お姉ちゃんがいなかったら、取れなかったと思う……」
「わたしは少し助言をしただけよ。 自分で取ったのだから、堂々としてなさい」
「う、うん! 有難う、お姉ちゃん!」
やっと満面の笑みを見せた少女は、目尻に涙を溜めながら走り去った。
ルナは無表情で見送っていたが、どこか優し気な眼差しに見えたのは気のせいじゃないと思う。
そんな彼女に歩み寄った僕は、手を取って指を絡ませ、反対の手で頭を撫でた。
「良くやった、偉いぞ」
「……子ども扱いしないで」
「そうじゃない。 ただ、ルナが彼女の為に頑張ってくれたのが、嬉しかったんだ」
「泣かれるのが鬱陶しかっただけよ。 助言をしたのは、わたしのゴードが無駄になるのが嫌だったの」
「意地っ張りだな。 それにしても、勉強になった。 与えてばかりじゃ駄目なんだな」
「そうよ。 シオンの優しさは好きだけれど、自分の力で達成させることも大事なの。 それは、あの痴女たちにも言えることね」
「甘やかしているつもりはないが……気を付ける」
「そうしなさい。 まぁ、わたしにだけは甘々で良いのだけれど」
そう言って妖艶な笑みを浮かべたルナに僕は苦笑し、手を引いて歩き出す。
いきなりのことに彼女は戸惑っていたが、無視して建物の陰に身を潜め――
「ご褒美だ」
唇を重ねた。
いつもはルナから求められることが多いが、今回は僕から攻める。
腰と背中に腕を回し、抱き寄せながら口内を蹂躙した。
心の準備が出来ていなかったのか、ルナは全身を強張らせていたものの、段々と力が抜けて来ている。
遂には僕に、全てを委ねるような形になった。
隠れはしたが完全に人通りがない訳じゃなく、時折近くを通り掛かった人が足早に去って行く気配がしたが、気にせず熱いキスを続ける。
そうして5分が経過する頃になって顔を離すと、ルナは荒く息を乱しながら涙目で訴え掛けて来た。
「ひ……卑怯よ……不意打ちなんて……」
「嫌だったか?」
「……そんな訳ないじゃない。 でも、驚いたわ。 どう言う風の吹き回し?」
「少し心境の変化があってな。 まぁ、良い変化かどうかは、まだ何とも言い難いが」
「良くわからないけれど……有難う、素敵な思い出になったわ」
「そう言ってもらえると、僕も嬉しい。 だが、そろそろ時間だ」
「え……もうそんな時間なの……?」
「約束は守らないとな。 心配しなくても、また機会はあるだろう」
「言ったわね? その言葉、忘れないから」
「わかった。 じゃあ、僕は行く。 ルナも、引き続き楽しんでくれ」
「シオンがいないなら、コンテストまでは適当にするわよ。 もしくは、痴女たちとのデートを邪魔してやろうかしら」
「それはやめて欲しい。 彼女たちが悲しむ顔を、見たくはないからな」
「もう……妬けちゃうわね。 我慢してあげるから、早く行きなさい」
「有難う、ルナ。 またあとでな」
頬を膨らませたルナに苦笑を見せ、次なる待ち合わせ場所に向かう。
今夜の僕は、大忙しになりそうだ。




