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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第3章

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第6話 奴隷

 熱砂の大陸に到着した僕たちは、衝撃を受けた。

 同じ港町でありながら、カスールやセレナとはまるで違う。

 サーシャ姉さんの言っていたように貧富の差が激しいらしく、見た目に大きな違いがあった。

 カスールやセレナの船乗りたちは活気に満ちていたが、ここサレリアの労働者は全員が疲れ果てている。

 着ている服もボロボロで、その姿はまさに奴隷。

 鎖に繋がれて身なりの良い者に監視されている辺り、ほぼ間違いない。

 その中には子どもの姿もあり、容赦なく怒声を浴びせられながら働いていた。

 事前に聞いていたよりも、格段に悪い扱いに思える。

 これがこの大陸の現実、常識。

 力のある者は力のない者を従え、酷使することが出来る。

 だが、だとしても――


「駄目よ、シオンくん」


 いつの間にか足を踏み出していた僕を、サーシャ姉さんが強い口調で止める。

 思わぬ迫力に驚きながら視線で真意を問うと、辛そうに声を返して来た。


「シオンくんの気持ちは、わかるつもりよ。 わたしだって、こんな光景は見てられない。 でも……ここで誰か1人を助けたら、全員を助けないといけなくなる。 そんなの無理だし、今は良くてもずっと守ることは出来ないわ。 だから、中途半端な優しさはむしろ良くないの」


 その言葉は、あたかも自分に言い聞かせているようだった。

 視線を移すと、姫様とアリアも揃って我慢しているように見える。

 リルムは関心がないのかと思いきや、どことなく不愉快そうにはしていた。

 唯一、ルナだけは感情の抜け落ちた表情をしており、何を考えているのか不明。

 まったくもって納得は出来ないが、自分のわがままを通す訳には行かないと思った僕は、深呼吸して落ち着きを取り戻し――


「この愚図ッ! サッサと働け!」

「ご、ごめんなさい……」

「ちッ! ちょっと痛い目を見ないと、わからんようだな」

「ひ……!」


 煌びやかな装飾品を身に纏った恰幅の良い男が、奴隷らしき少年に鞭を振り下ろす。

 それを見た瞬間、自分の中で何かが切れる音がした。

 2人の間に割って入り、鞭を直剣で斬り飛ばす。

 男は愕然としていたが、知ったことじゃない。

 即座に反対の直剣を突き出し――顔の横を通過。

 頬を浅く斬り裂き、今更になってそれを悟った男は――


「ぎゃぁぁぁぁぁッ!?」


 大袈裟に絶叫を上げた。

 そんなに痛い訳ないだろう。

 少なくとも、お前がこの少年に与えた苦痛には、遠く及ばないはず。

 腰を抜かして尚も叫んでいる男を睥睨していると、通りから大勢の足音が聞こえた。


「貴様、どう言うつもりだ!?」

「いったい何を考えている!?」

「こんなことをして、ただで済むと思っているのか!?」


 同時に聞くな。

 姿を現したのは、無駄に豪華な鎧を身に纏った兵士の集団。

 たぶん、フランムの王国軍。

 1人1人の強さはそれなりだが、このような状況を看過している時点で、グレイセスやアリエスの王国軍に劣る。

 殺気を込めた眼差しで彼らを見つめると、あからさまに怯えていた。

 流石に殺す気はないが、無力化するべく踏み込もうとして――兵士たちが次々に倒れ伏す。

 それを成し遂げたのは――


「……」


 口を閉ざしたまま、銃を乱射したルナ。

 相変わらず胸の内が窺い知れない反面、激情を堪えているのを感じる。

 てっきり殺したのかと思ったが、非殺傷用の弾丸を使ったらしい。

 全員意識を失っているものの、呼吸はしていた。

 ルナが参戦するとは思っていなかった僕は意外に思いながら、ひとまずは棚上げして少年に近寄る。

 少年は心底怯えていたので、片膝を突いて視線を合わせ、出来るだけ柔らかな声を心掛けた。


「大丈夫か?」

「う、うん……。 でも……」

「あとのことは心配するな、なんとかしてみせる」

「本当……?」

「あぁ、約束する」

「あ、有難う……!」


 少年の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 それを見た僕は苦笑を浮かべつつ頭を撫で、暫くしてから姫様たちの元に帰った。

 彼女たちの表情は様々だったが、厳しい面持ちの姫様に向かって、僕は恥も外聞もなく頭を下げる。


「お願いします、姫様。 力を貸して下さい」

「……シオンさん、自分が何をしたかわかっていますか?」

「はい……。 下手をすればグレイセスとフランムの間に、亀裂が出来かねないことをしました」

「わかっていながら、手を出したのですね?」

「罰なら、あとでいくらでも受けます。 ですから、どうか彼らを助けて下さい」


 顔を上げて姫様を正面から見据え、懸命に気持ちを伝えた。

 追加の兵士たちが駆け付けつつあり、騒ぎを聞いた町中の人々も集まっている。

 それでも姫様から視線を逸らさずにいると、深く息を吐き出した彼女が行動に出た。

 『輝光』の装備を生成し、長槍を天に掲げる。

 大声を上げそうだった兵士たちは固まり、周囲の人々は騒然としていた。

 彼らを見渡した姫様は、数瞬瞑目してから声高々に宣言する。


「わたしは聖王国グレイセスの姫であり『輝光』でもある、ソフィア=グレイセスです。 この町の奴隷たちは、わたしが全て買い取ります。 文句がある者は名乗り出て下さい」

「ル、『輝光』!?」

「ソフィア=グレイセスって……『グレイセスの至宝』か!?」

「ど、奴隷を全て買い取るって、そんな馬鹿な話が……」

「何か問題がありますか? 貴方たちは、人身売買を行っているのでしょう? 対価を支払うので、譲って下さい」


 姫様の言葉を聞いて、町中にどよめきが広がる。

 しかし誰も異を唱えることは出来ず、結局彼女の言う通りになった。

 順番にゴード――世界通貨の名前――が詰められた革袋を渡し、次々と奴隷を解放して行く。

 中には不満いっぱいな奴隷商などもいたが、多めに代金を払うことで黙らせていた。

 先ほどのいざこざに関しても、兵士たちに金品を渡すことでなかったことにしている。

 暫く暮らせるだけのゴードも受け取った奴隷たちは、涙ながらに礼を言っており、姫様は笑顔で応えていた。

 こうしてこの町には平和が訪れたのだが、それは一時のことに過ぎない。

 そのことがわかっている姫様は、珍しく冷たい眼差しで僕を見て問を投げて来た。


「これで満足ですか?」

「……はい、有難うございます」

「その割には、元気がありませんね?」

「姫様に多大な負担を強いてしまいましたから……。 それに、これで全てが解決した訳じゃないです」

「そのようなことは、最初からわかっていたはずです。 その上で、シオンさんはわたしにお願いしたのですよね?」

「……すみません」


 本当に、我ながら浅はかな行動だ……。

 感情をコントロール出来なかったことを、深く反省する。

 だが、後悔はしていない。

 あそこで少年を見捨てた方が、後悔していただろう。

 それゆえに、姫様からどのような罰が下されようと、全て受け入れるつもりだったが――


「良いんじゃない? あとのことは、なんとかなるわよ。 お金の問題なら、あたしが払ってあげても良いし」

「わ、わたしに何が出来るかわかりませんけど……い、一緒に考えましょう」

「ホントにもう、こうなったからには覚悟するしかないじゃない」


 あっけらかんとしたリルム。

 気合を入れているアリア。

 苦笑気味のサーシャ姉さん。

 3人とも態度は違うが、どことなく嬉しそうに感じた。

 そして――


「王国軍に手を出したのは、わたしよ。 シオンが責められるなら、わたしも責められるべきだわ」


 険しい顔付きのルナ。

 どうにも様子がおかしいが、何か思うことがあるらしい。

 僕たちの顔を順に見つめていた姫様は、もう1度大きく息を吐き出して声を発する。


「本当に、仕方のない人たちですね……。 少し予定を変更しましょう」

「予定を変更ですか?」

「そうですよ、シオンさん。 今回のことでサレリアの人たちは、ひとまず救われたかもしれません。 ですが本当に解放される為には、熱砂の大陸の制度そのものをなんとかするべきでしょう」

「もしかして、あんた……」

「たぶん考えている通りです、リルムさん。 フランムの国王と話をして、奴隷の扱いを改善してもらいましょう」

「そ、そんな簡単に行くでしょうか……?」

「アリア、どの選択をしようと簡単には行かないの。 それなら、根本を正すしかないわ」

「そうですね……。 わたしたちはともかく、ソフィア姫なら話くらいは聞いてもらえるかもしれませんし、試してみる価値はあるかと」

「会って頂けるかすら疑問ですけれどね。 場合によっては、サーシャさんの『救国の修道女』の名もお借りします」

「え!? あ、いえ、わかりました……」

「よろしくお願いします。 と言うことで良いですか、シオンさん?」

「姫様……有難うございます。 僕に出来ることがあれば、何でも言って下さい」


 まさに感無量と言った気分だ。

 実際、フランムの国王がどのような人物かわからないので、どうなるかは未知数。

 だとしても、姫様が力を貸してくれることが心強い。

 もっとも――


「では、取り敢えずキスして下さい」


 見返りは求められるようだが。

 反射的に苦言を呈そうとしたところを、ギリギリで耐える。

 花のような笑みを咲かせる姫様と向かい合い、両手で頬を挟んで少し上を向かせた。

 ウットリと瞳を閉じた姫様に反比例するかのように、視線の温度を下げる他の少女たち。

 そして、興味津々と言った様子でこちらの様子を窺っている町の人々。

 全ての視線を意識からシャットアウトした僕は、少し躊躇ってから姫様にキスした。

 視線の矢が痛かったものの、努めて無視して唇を重ね続ける。

 しばしして顔を離そうとしたが、その前に姫様が僕の背中に腕を回して抱き締めて来た。

 延長することになった僕は、いよいよもって針のむしろ状態。

 ただし、姫様とキスすることや彼女の体の感触、匂いを感じられること自体は、至福のひととき。

 二律背反な思いを抱えつつ時間が経過し、どこで終わらせるか悩んでいると――


「あぁ、もう! 終わり終わり!」

「な、長過ぎます……!」

「痴女姫……覚えていなさいよ……?」

「シオンくんも、実は楽しんでたわよね?」


 リルムたちに引き剥がされた。

 僕としては助かったと言う思いと、名残惜しい思いが混在している。

 姫様は姫様でふくれっ面を作っていたが、これ以上を要求することはなく、何事もなかったかのように言い放った。


「町でアイテムなどの補充をしたら、出発しましょう。 行きますよ」


 上機嫌に歩き出した姫様を、リルムたちは恨めしそうに見やっていた。

 僕も微妙な気分だったが、ひとまず言われた通りにする。

 その後、多くの注目を浴びながら買い出しを終えた僕たちは、熱砂の大陸を進み始めた。

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