第4話 依存
魔船で過ごす2日目の夜。
今も熱砂の大陸に向けて航行中のはずだが、全くそれを感じさせないほど平穏だ。
そして、この時間にもなると全員寝静まっており、物音1つしない。
なら、どうして僕が起きているかと言うと、今日は少しばかり事情が違う。
ベッドの上で身を起こし、ドアを見つめた。
前にもこんなシチュエーションがあったが、今回の相手は別人。
こちらから声を掛けようか迷いながら待っていると、遂にドアがノックされた。
「シオンくん、起きてる……?」
聞こえて来たのは、不安そうなサーシャ姉さんの声。
それを受けた僕は、間髪入れずに返事した。
「あぁ、起きている」
「入っても良い……?」
「構わない」
「じゃあ、お邪魔します……」
かなり遠慮がちに、サーシャ姉さんが部屋に入って来た。
水色のワンピースタイプの寝間着を着ており、いつもとは雰囲気が違う。
この表現が合っているか疑問だが……色っぽい。
そんな感想を抱きつつ、入口でモジモジしていたサーシャ姉さんに声を掛けた。
「適当に座ってくれ」
「あ……うん」
そう言ってサーシャ姉さんは動き出したが、座ったのは備え付けの椅子ではなくベッド。
それも、肌が触れ合うほどの至近距離。
彼女が何を考えているのかはわからないが、安心するような良い匂いがする。
そのまましばし沈黙が続くと、意を決したかのようにサーシャ姉さんが口を開いた。
「ねぇ、シオンくん。 膝枕しても良い?」
「して欲しいんじゃなくて、したいのか?」
「うん、したいの」
「……わかった」
良くわからないが、特に断る理由はない。
体を傾けた僕は、頭をサーシャ姉さんの脚に載せる。
心地良い感触がして、何とも言い難い気分になった。
するとサーシャ姉さんは、無言でゆっくりと僕の頭を撫で始める。
何度も何度も手を往復させて、何を思っているかは推し量れない。
それでもされるがままになっていると、ようやくしてサーシャ姉さんが声を落とした。
「今日は楽しかった?」
「そうだな。 大変だとも思ったが、楽しかった」
「ふふ、そうよね。 皆、元気いっぱいだったから。 大人しい子もいたけど、しっかり自己主張してたしね」
「ルナに引っ付いていた子が、そんな感じだったな」
「うんうん。 正直ちょっと心配してたんだけど、ルナちゃんもちゃんと相手してくれて安心したわ」
「相手していたか……?」
「してたわよ。 何も言わずに一緒にいることも大事なの。 リルムちゃんも、自分なりに出来ることをしようとしてくれてたし」
「あの年代の子どもには、高度過ぎる話だったかもしれないが」
「ふふ、まぁね。 でも、意外とああ言うことから興味を持つこともあるから、あながち間違いでもないのよ」
「そう言うものか」
「そう言うものよ。 ソフィア姫とアリアちゃんにも、感謝しないとね。 アリアちゃんには、ちょっと悪いことしちゃったかもだけど」
「アリアなら気にしていないと思うが、確かに大変そうだった」
「あ、それを知ってるってことは、シオンくんも見てたのね?」
「……何のことかわからないな」
「隠さなくて良いじゃない。 男の子なんだから普通よ。 ソフィア姫やリルムちゃんだって、シオンくんになら見られたって怒らないわよ。 と言うか、あんな短いスカートを履いてる方に問題があると思うわ」
「それには激しく同意する」
いや、本当に。
などと考えていた僕の頭上で、サーシャ姉さんがクスクス笑うのが聞こえる。
ここまでは単なる雑談みたいなものだったが、次に彼女が放った言葉には驚きを禁じ得なかった。
「やっぱりシオンくんも、女の子の体とかに興味はあるの?」
「……ないと言えば嘘になるな」
「それを聞いてホッとしたわ。 シオンくんっていつも冷静で感情をあまり表に出さないから、どうなのかなって思ってたの」
「サーシャ姉さんからどう見えているか知らないが、僕にだって人並の性欲はある」
「じゃあ……今の状況ってどうなのかしら?」
「どうと言われてもな……」
「夜中に女性が部屋に来たのよ? そう言うことがあっても、おかしくないと思わない?」
「確かにそうかもしれないが、旅の途中でするのは良くないと思う。 それに、万が一……」
「妊娠の心配ならしなくて良いわよ。 避妊具は持ってるから」
「……本気なのか?」
「冗談でこんなこと言えると思う?」
その言葉を聞いた僕はベッドに座り直し、サーシャ姉さんと向かい合う。
彼女の顔はこれ以上ないほど赤くなっており、相当緊張しているようにも見えた。
恐らくだが、初めてなんだろう。
ガチガチになっているサーシャ姉さんの両肩に手を置いた僕は、顔を近付け――優しくキスをした。
彼女はビクリと体を震わせたが、構わず口付けを続ける。
それと同時に右手で、サーシャ姉さんの豊満過ぎる胸を揉んだ。
見た目にも大きかったが、実際に触ると途轍もない。
そのまま彼女の体をゆっくり押し倒し、覆い被さる。
サーシャ姉さんは呼吸を荒げ、目をトロンとさせていた。
僕の興奮も盛大に煽られ、思わず息を飲む。
そうして遂に、寝間着を捲り上げようとして――
「……違うな」
「え……?」
小さく呟いた僕の声に、瞠目するサーシャ姉さん。
しかし意に返すことなく体を起こすと、彼女も困惑したように体勢を整えた。
戸惑っているサーシャ姉さんをよそに大きく息を吐いた僕は、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「こんなことをしなくても、僕はサーシャ姉さんから離れたりしない」
「……ッ! シオンくん……」
「想像でしかないが……子どもたちと触れ合ったことで、リベルタ村のことを思い出したんだろう? そして、現状唯一の拠り所である僕を失うのが怖くなった。 だから肉体関係を持って自分に留めようとした……そんなところか?」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はない。 ただ、こんなことは間違っている」
「そうよね……ごめんなさい……」
謝らなくて良いと言ったにもかかわらず、サーシャ姉さんは謝罪を繰り返した。
よほど後悔しているらしい。
溜息をついた僕は彼女を抱き寄せ、落ち着かせるように頭を撫でる。
こちらから顔は見えないが、サーシャ姉さんが声を押し殺して泣いているのが伝わって来た。
そのまま無言の時間が続き、遠くから波の音が微かに届いている。
強張っていたサーシャ姉さんの体が、ようやくして弛緩して来たのを察して、僕は噛んで含めるように言葉を連ねた。
「サーシャ姉さんが不安になるのは、仕方ないと思う。 だが、先ほども言ったように僕が離れることはない」
「うん……」
「それと、今のサーシャ姉さんには僕以外にも、仲間が……友だちがいるだろう? 彼女たちも、決してキミを見捨てたりしない」
「ルナちゃんはどうかしら……?」
「まぁ、ルナは……何とも言い難いな。 それでも最近の彼女を見ていると、希望はあると思う」
「そうかもしれないわね……」
「とにかく、もうこんな無茶はしないで欲しい。 その代わり、不安になったときは言ってくれ。 出来る限りのことはしよう」
「……わかった」
そう言ったサーシャ姉さんは完全に力を抜いて、胸元にしな垂れ掛かって来た。
それをしっかりと受け止めた僕は、あやすように尚も頭を撫で続ける。
すると、ゆっくりと身を離したサーシャ姉さんが、柔らかな笑みを浮かべて声を発した。
「じゃあ、今日は一緒に寝てくれる?」
「……わかった」
「ふふ、有難う」
ニコニコと笑ったサーシャ姉さんがベッドに横になり、僕も僅かに逡巡してから向かい合うように寝転んだ。
寝ると言いながらサーシャ姉さんはこちらをジッと見ており、なんとなく落ち着かない。
それでも視線を逸らさずにいると、彼女は頬を赤らめながら告げた。
「さっきのキス、わたしの初めてなのよ」
「……そうなのか」
「あ、この歳までファーストキスを済ませてなかったこと、馬鹿にしてない?」
「する訳ないだろう」
「ふふ、冗談よ。 過程はちょっとあれだけど……後悔してないから。 むしろ、凄く嬉しいかも」
「そう言ってもらえると、僕としては助かる」
「これは冗談じゃないからね? それに、シオンくんとそう言うことをするのは……全然嫌じゃないの。 だから、いつかそっちの初めてももらって欲しいな」
「サーシャ姉さん……凄いことを言っているぞ?」
「わかってるわよ。 でも、本気だから。 ソフィア姫たちにだって、負けるつもりはないわ」
「……サーシャ姉さんは、僕が好きなのか?」
「あのね、ここまで言わせておいて、今更それを聞くの?」
「……すまない」
「良いわよ、シオンくんらしいし。 ……好きよ、大好き。 依存してると言っても良いくらい」
「依存は良くないんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、今は許してくれない? シオンくんがいないと、わたし駄目なの。 いつか、ちゃんと自立するから」
「……わかった、それまでは僕が支える」
「有難う、やっぱりシオンくんは優しいわね。 よしよし」
幸せそうに僕の頭を撫でるサーシャ姉さん。
正直に言うと、依存されるのは本当に困る。
僕がいなくなったときに、どうなるかわからないからな。
だが、今の彼女に僕が必要だと言うのなら、受け入れざるを得ない。
願わくば、僕がいる間に立ち直って欲しいものだ。
胸中で複雑な思いを抱いていると、ようやくして撫でるのを止めたサーシャ姉さんが、僕の手を握りながら言葉を連ねる。
「さぁ、寝ましょうか」
「そうだな」
「あ、胸を揉みたくなったら遠慮しないでね?」
「サーシャ姉さん……」
「もう、冗談なんだから、そんな顔しないで? お休み」
「……お休み」
まったく、困ったものだ。
僕の周りには、色仕掛けをしてくる少女が多過ぎる。
厄介なのは、全員が非常に魅力的だと言うこと。
自制したり断る度に、精神力をごっそり削られている気がした。
こちらにも原因はあると言う点も、面倒なところだ。
とは言え、安らかな寝息を立てるサーシャ姉さんを見ていると、僕が我慢すれば済む話にも感じる。
今後を考えて憂鬱になりつつ、こっそりと溜息をついてから、大人しく意識を手放した。




