第2話 出航
遂に、アリエスを発つ日がやって来た。
街の修復作業も8割以上が終わり、普通に生活する分には何ら問題ない。
それによって王国軍、ギルドともに通常業務に戻ることが出来、守りも万全になっている。
2週間以上も滞在したので多少の愛着は沸いているが、ここで止まる訳には行かない。
そうして熱砂の大陸に渡るべく、アリエス最大の船着き場から船に乗ろうとしているのだが――
「女王様、本当に頂いてよろしいのですか……?」
「勿論です、ソフィア姫。 是非とも使って下さい」
「ですが、この船はアリエスの技術の結晶です。 そのような大事な物を……」
「良いのです。 貴女たちは魔王を討つパーティであり、我が国の英雄。 そのような方々にこそ、使って欲しいですから」
「……かしこまりました。 そうまで仰って頂けるなら、有難く使わせて頂きます」
見送りに来てくれた女王様に対して、深々と頭を下げる姫様。
彼女の言う通り、僕たちは船を譲り受けたのだが、それがとんでもない代物だった。
サイズが大きく設備が充実しているのもあるが、そんなことはオマケに過ぎない。
最大の特徴は船を操作する魔道具で、目的地を設定するだけで自動運航が可能。
しかも、天候や海が荒れたときはそれに合わせた航行になるので、本当に何もしなくても良いくらいだ。
勿論、手動での操作も受け付けており、その場合は誰でも簡単に扱える設計。
更には魔家と同じく小型化出来るので、持ち運べると言うスーパーアイテム。
魔道具としての名前は、魔船。
船乗りの仕事がなくなるのではないかと心配になるほどだが、ここまでの船を造るには莫大な費用が必要らしいので、そう言うことにはならない。
まさに国宝級の物を授かって恐縮している姫様に、女王様は優しく微笑み、次いでこちらを向いた。
彼女が何を訴えているのかわからないが、取り敢えず目礼しておく。
すると女王様は苦笑した後に、後ろを振り返った。
そこにはカティナさんとユーティさんを筆頭に、数多くの国民の姿がある。
僕たちに声援を送る者、感謝を伝える者、涙ぐんでいる者。
その中にはルナに宝物の石を渡した少女の姿もあり、元気良く手を振っている。
どう反応すれば良いかわからないのか、ルナは困った様子だったが、ほんの微かに手を動かしたのを僕は見逃さない。
国民たちを愛おしそうに眺めた女王様は、再びこちらを向いて言葉を連ねた。
「わたしがこの光景を見られるのも、皆さんのお陰です。 改めて、有難うございました。 特に『救国の修道女』、貴女には感謝しても仕切れません」
「じ、女王様、お礼なら何度も言って頂いたので、もう大丈夫です!」
「何度言っても足りないほどなのですよ。 貴女の名は、いつまでもアリエスで語り継がれることでしょう」
「そ、それは光栄ですけど……恥ずかしいと言いますか……せめて本名にして欲しいと言いますか……」
両手を胸の前で、わたわた振っているサーシャ姉さん。
あの呼び方が相当恥ずかしいようだ。
一方でカティナさんも、アリアに別れの言葉を述べている。
「『剣の妖精』、本当に有難うございました。 アリエスを救ってくれたこともそうですが、我が軍の者たちに指導までして下さって……」
「い、いえ、気にしないで下さい。 わたしは皆さんと一緒に訓練しただけで、指導なんて大層なことは……」
「何を言うのです! 『剣の妖精』と訓練出来ることが、どれほどの刺激になったか! そうだな、お前たち!?」
『はいッ!!!』
「そ、それなら……良かったです……」
すっかり王国軍のアイドルになったアリアは、あまりの迫力に縮こまった。
サーシャ姉さんもそうだが、通常時のアリアは途轍もなく恥ずかしがり屋だからな。
そんなことを思っていると、複雑そうなユーティさんがルナに声を掛ける。
「えっと、ルナちゃんも有難うね。 ギルドの皆も、本当に感謝してるのよ?」
「報酬はもらったから、もうお礼は必要ないわ」
「えぇ……それはもう、本当に遠慮なく使ってくれたわね。 お陰で暫く、わたしのご飯は簡易食糧よ」
「わたしに文句を言うのは、お門違いよ。 嫌なら今後は自分たちだけで守れるように、もっと強くなることね」
「わかってるわよ。 あ、そう言えば、慈善事業団体から巨額の寄付があったって聞いたんだけど、心当たりない? 外見の特徴が、ルナちゃんそっくりだったんだけど」
「……他人の空似でしょう」
「ふふ、そう言うことにしておきましょうか」
ぶっきらぼうに言い捨てたルナを、苦笑して見つめるユーティさん。
僕は初耳だったが、たぶんルナ本人だろう。
彼女の外見はかなり特徴的だからな。
どんな心境の変化があったのか知らないが、良い傾向だと思う。
このあと僕も、女王様たちと挨拶を交わしたのだが――
「シオン殿になら『剣の妖精』を任せられる。 2人で元気な子どもを作ってくれ」
などと言われ、反応に困った。
アリアは頭から湯気が出そうなほど赤面し、他の少女たちは冷たい眼差しを向けて来ていた。
これは僕が悪いのか……?
尚、カティナさんはユーティさんに頭を叩かれ、女王様はクスクス笑っていた。
とにもかくにも、別れを告げた僕たちは魔船に乗り込み、ようやくして出航する。
「じゃあ、動かすわよ!」
ろくに挨拶することもなく、ずっと魔道具を弄っていたリルムが大声を張り上げた。
よほど早く行きたかったんだな。
相変わらずな彼女に苦笑していると、魔船がゆっくりと進み出した。
その途端、見送りに来てくれた国民たちの声が大きくなり、僕たちの行く末を祝福してくれている。
それに対して姫様は優雅に、アリアとサーシャ姉さんは控えめに手を振っていたが、ルナは無視でリルムの眼中には入っていない。
ちなみに僕は、軽く手を挙げるに留めた。
こうしてアリエスをあとにした僕たちは、川を南下して海に出て、熱砂の大陸を目指す。
だがその前に、清豊の大陸でもう一波乱あるとは思っていなかった。




