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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第3章

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第1話 少女たちとのちょっと(?)エッチな日常

 アリエスに滞在して、今日で2週間。

 ここまで長期間になったのは、街の修復作業を王国軍とギルドが協力して行っている間、敵の襲撃を警戒していたからだ。

 それと同時に休息も取っており、良いリフレッシュになっていた。

 当初は宿を使っていた僕らだが、あの戦いにおける功績を認められて、宮殿の豪華な部屋を使わせてもらっている。

 正直なところ大して興味はなかったものの、結果としていろいろと助かっていた。

 その理由の1つが、今まさに行われている。


「はぁ……はぁ……」


 少し呼吸を乱しながらも、安定して神力を溜めているサーシャ姉さん。

 ここは彼女の部屋で、誰にも邪魔されずに訓練出来る点で、非常に有難い。

 今はもう付きっ切りじゃないが、こうして訓練をともにすることもある。

 レリウスの毒を浄化したときは規模の大きさもあって、スキルの発動にかなり苦労していたが、この2週間でだいぶ進歩した。

 通常戦闘を想定した使用レベルなら、ひとまず形になったと言えるだろう。

 もっとも、実戦で試してみないことには何とも言い難いが。

 そうして無言の時間が過ぎ去り、大きく息を吐き出したサーシャ姉さんが、苦笑を浮かべて声を発する。


「ふぅ……まだまだね。 やっぱりシオンくんもソフィア姫たちも、凄いわ」

「僕たちと比べるのは間違っている。 サーシャ姉さんが訓練を始めたのは、つい最近だ。 そのことを思えば、驚異的な上達速度だと思う」

「ふふ、有難う。 でも、大事なのは今なのよね。 いくら成長が早くても、将来性があっても、今このときに戦えないと意味はないと思うの」

「言っていることはわかる。 だが、だからと言って無理をしたところで逆効果だ。 焦らず今のペースで訓練して行けば、いずれ強力な使い手になる。 それまでは、仲間に頼れば良い。 その為のパーティだと、僕は思う」

「……そうかもしれないわね。 わかったわ、シオンくん。 今は皆に頼ることも多いと思うけど、いつか絶対わたしが皆を助けるから」

「あぁ、期待している。 頼むぞ、『救国の修道女(ザ・セイヴァー)』」

「も、もう! その呼び方はやめてよ!」

「良いじゃないか。 アリエスを救ったのは事実だろう?」

「そ、それはシオンくんがいたからで……。 と、とにかく、今後は禁止!」

「わかったから、落ち着いてくれ」


 顔を真っ赤にしているサーシャ姉さんに、僕は苦笑を浮かべた。

 『救国の修道女』は、女王様からサーシャ姉さんに贈られた、称号のようなもの。

 前述のように本人は恥ずかしがっているが、国民たちには浸透しており、アリエスでサーシャ姉さんを知らない者はいないほどだ。

 ただし、具体的にどうやって毒を浄化したかは、明かされていない。

 彼女が特殊階位、『救導』だと知られないようにする配慮。

 ちなみに知っているのは、僕たちと女王様、カティナさん、ユーティさんのみ。

 その一方でセイヴァーと言う言葉を使っている辺り、女王様も意外と悪戯好きなのかもしれない。

 サーシャ姉さんを宥めた僕は席を立ち、一旦の別れを告げる。


「じゃあ、今日はここまでだな。 個人訓練を続けるのは構わないが、絶対に無理だけはしないように」

「えぇ、わかってるわ。 シオンくん、今日も有難うね」

「気にするな。 サーシャ姉さんと一緒にいるのは、僕にとっても嬉しいことだ」

「え……」

「どうした?」

「な、何でもないわ。 ま、またね」


 どことなく挙動不審になったサーシャ姉さんは訝しく思いながら、僕は部屋をあとにした。

 まだお昼には早いので、時間は充分にある。

 このあとどこに行くかは決めているのだが、なんとなくその前に寄り道してみた。

 僕が立ち寄ったのは、借りている部屋の1つ。

 一見すると何らおかしなところはないものの、漂って来る空気は近寄り難い。

 盛大に嘆息した僕はドアをノックして、中に声を投げた。


「リルム、僕だ。 入って良いか?」

「……ん? シオン? 今ちょっと手が放せないから、勝手に入って」

「わかった」


 しばしタイムラグはあったが、返事があったことに安堵する。

 だからこそ、気が抜けていたのかもしれない。

 部屋に入った僕は、目を見開くことになった。


「おはよー。 適当にくつろいでてくれる?」

「お早う、リルム。 ……それはともかく、一応借りている身分なんだから、もう少し綺麗に使った方が良いんじゃないか?」

「え? 別に良くない? 散らかってるだけで、汚してはないし」

「それはそうかもしれないが……」


 部屋の惨状を見た僕は、思わず苦言を呈した。

 様々な書物や魔道具が散乱しており、足の踏み場もない。

 それだけ熱心に研究していたのだろうが、限度と言うものがある。

 しかし、本当に僕が問題にしているのは、そのことじゃなかった。


「ところで、その格好はどうした?」

「あー。 服を洗濯するのが面倒で、いつの間にか着るのがなくなっちゃったの。 あ、お風呂には入ってるから汚くないわよ?」

「だからって、下着姿で過ごすはどうなんだ?」


 そう、リルムは服を着ていなかった。

 可愛らしいリボンが付いた、薄いオレンジの下着しか身に付けておらず、ベッドの上で魔箱を調べている。

 終始こちらを見ることもなく、完全に没頭していた。

 無防備にもほどがあるが、本人は至って平然としている。


「外を出歩く訳じゃないし、気にしない気にしない」

「僕に見られるのは良いのか?」

「良いわよ。 何なら、この下も見る?」


 そこで初めて顔を上げたリルムが、ニヤリと笑った。

 明らかにからかっており、本気じゃない。

 あわよくば、僕が慌てるところを見たいのかもしれないが――


「あぁ、見せてくれ」

「……え?」

「どうした? 早く見せてくれ。 それとも、僕が脱がそうか?」

「え、ちょ、待って、心の準備が……」


 散らかった部屋を横切って、ベッドの上のリルムに迫る。

 思わぬ展開に混乱した彼女は後退ったが、壁に遮られて逃げ場はない。

 そんな彼女に僕は、覆い被さるように顔を寄せた。

 頬を紅潮させたリルムが、何かを覚悟したかのようにギュッと目を瞑り――


「痛ッ!?」


 デコピンしてやった。

 額を押さえて涙目のリルムにジト目を向けた僕は、魔箱から適当な服を取り出して押し付ける。

 彼女はポカンとしていたが、無視して言いたいことを言い放った。


「もっと自分を大事にしろ。 仮にキミと()()()()()()をするとしても、こんな形で良いのか?」

「……ごめん」

「わかれば良いんだ。 取り敢えず洗濯して来い。 その服を貸すから、終わるまでは着ておけ」

「うん……」

「それから、ちゃんとご飯を食べろ。 研究に熱中し過ぎて、ろくに食べてないだろう?」

「わかった……」

「良い子だ」


 僕の服に顔を埋めたリルムの頭を、ゆっくりと撫でる。

 すっかりしおらしくなっていたが、落ち込んでいる訳ではなさそうだ。

 そのことにホッとした僕は、ベッドから下りて出口に向かう。


「じゃあ、またな」

「あ……」

「何だ?」

「えっと……あたしの下着姿を見て、ちょっとは興奮してくれた……?」

「当たり前だ。 どれだけ僕が自制しているか、知らないだろう?」

「そうなんだ……」


 羞恥に悶えながら、何やら嬉しそうなリルム。

 対する僕は溜息をつきながら、釘を刺しておいた。


「こう言う悪戯は、これっきりにしてくれ。 戦闘より疲れるからな」

「悪戯じゃなかったら良いのね?」

「懲りないな……。 とにかく、もう少し手加減して欲しい」

「はいはい、考えておくわ」

「疑わしいな……。 失礼する」

「ん、またね」


 満面の笑みに見送られた僕は、非常に複雑な気分だった。

 リルムを疎ましく思う訳じゃないが、困るものは困る。

 ドアの前でもう1度溜息をついた僕は、意識を切り替えて足を踏み出した。

 宮殿の廊下はゴミ1つなく、清潔に保たれている。

 より一層リルムの部屋を申し訳なくなったが、取り敢えず棚上げして目的地を目指した。

 向かった先は、宮殿裏にある王国軍の訓練施設。

 選別審査大会の会場よりは狭いとは言え、それでも充分な面積を誇る。

 入口には2人の兵士が立っていたが、僕の顔を見て敬礼して来た。

 かしこまった態度は好きじゃない反面、簡単に入れてもらえるのは助かる。

 軽く目礼した僕が中に入ると、急激に熱気が高まった。

 大勢の聖痕者が訓練に励んでおり、活気に満ちている。

 一角ではギルドメンバーとの合同演習も行われ、連携の高さを物語っていた。

 そんなことを思いつつ歩いていると、僕に気付いた者たちから様々な視線が飛んで来たが、気付いていないふりをしておく。

 すると、進行方向で大きな歓声が沸いた。

 何事か――と思うこともなく、目当ての人物を視界に捉える。


「やぁッ……!」

「せいッ!」


 相変わらず巨大過ぎる剣を振り回しているアリアと、短めの剣を鋭く繰り出すカティナさん。

 タイプは全く違いながら、両者ともに強力な『剣技士』なことは共通している。

 優勢なのはアリアだが、大きな隔たりはない。

 ただし明確な差があるのも事実で、カティナさんは防戦一方。

 スピードではカティナさんが僅かに上回りつつ、破壊力で圧倒的に劣っていることが、この結果に繋がっていた。

 今日もミニスカートなアリアは、ほとんど常に下着を晒している。

 白とピンクのボーダー。

 しかし本人だけじゃなく、カティナさんも観戦者たちも訓練に夢中。

 下着に目が行った僕がいかがわしいのか、あんな格好で戦っているアリアが悪いのか、はたまたそのどちらもか。

 極めてどうでも良い議論を自身の中で行っていると、決着のときが訪れた。


「はぁッ……!」

「くッ!」


 アリアが振り下ろした大剣を受け止め切れず、カティナさんの剣が宙を舞って背後に突き刺さる。

 武器を失ったカティナさんは無念そうに溜息をついたが、清々しい笑顔で礼を述べた。


「有難うございました、『剣の妖精』。 とても良い訓練になりました」

「い、いえ、こちらこそ有難うございます。 ただ……その呼び方、やっぱりやめてもらえませんか……?」

「わかりました、『剣の妖精』」

「あの、ですから……」

「どうしたんですか、『剣の妖精』?」

「うぅ……」


 訓練中とは別人のように、小さくなって俯いたアリア。

 対するカティナさんは不思議そうにしており、本当に何が悪いのかわかっていなさそうだ。

 僕の周りにもたまにいるが、どうして言葉が通じないんだろう……。

 何にせよこのままでは収拾が付かないと思い、声を掛けることにした。


「アリア、カティナさん、お疲れ様です」

「シ、シオン様、お疲れ様です」

「良く来た、シオン殿。 今日も『剣の妖精』に負けてしまった。 いや、本当に強い」

「アリアとあれだけ戦えるカティナさんも、充分強いですよ」

「シオン殿にそう言ってもらえるなら、わたしも捨てたものではないな。 『剣の妖精』、またお願い出来ますか?」

「それは良いんですけど、呼び方を……」

「有難うございます、『剣の妖精』!」

「あぅ……」


 カティナさんの勢いに押されて、アリアは言葉を飲み込んでしまった。

 ひとたび戦闘になれば冷酷無比な彼女も、こう言う場面では気弱な少女。

 助けに入ろうかと思ったが、なんとなく面白いので放置。

 許せ、アリア。

 そのときになって、周囲の兵士たちがざわついていることに気付いた――が――


「軍団長も美人だけどよ、やっぱりアリアちゃんとシオンちゃんも良いよなぁ」

「だよね。 同じ女として、嫉妬しちゃうもん」

「あんなに強いのに綺麗だったり可愛かったり……女神ヘリアは不公平ね……」

「ちなみに、お前ら誰がタイプなんだよ?」

「テメェ、究極の選択を突き付けて来るんじゃねぇ! でも、まぁ、敢えて選ぶなら軍団長かな……。 見た目も勿論だけど、厳しいのに実は部下想いなんだよな」

「お前の気持ちは、良くわかる。 でも、俺はアリアちゃんだな。 あの守ってやりたくなる可愛さ、反則だろ」

「バーカ。 アリアちゃんは、お前の100倍強いっての。 ちなみに、俺はシオンちゃんな。 可愛くてクールな顔と声……たまんないぜ」


 何と言うか、聞くんじゃなかった。

 この際、訓練中に浮かれた話をしていることには目を瞑ろう。

 だが、僕を完全に少女扱いしていることには、断固として異議を申し立てたい。

 すると、そんな僕の気持ちを察した訳じゃないだろうが、カティナさんが怒声を張り上げた。


「馬鹿者ども! 観戦は終わりだ! 無駄話をせず、訓練に集中しないか! それと、シオン殿は男だ! あの魔族を単独で撃破したんだぞ!? むしろ、男の中の男と言って良いくらいだ! わかったら散れッ!」

『は、はい!』


 カティナさんに一喝された兵士たちは、大慌てで訓練に戻って行った。

 僕を男だと認めてくれている彼女に感謝したが、そこまで言っても――


「どう見ても、男の中の男って感じじゃないよな……」

『うんうん』


 などと話しているのを聞いて、心が折れそうになる。

 しかし、外見に関しては今更だと考え直した僕は、無理やりに立ち直って2人に告げた。


「じゃあ、僕はそろそろ行きますね」

「え? シオン様、もう行っちゃうんですか……?」

「すまない、アリア。 今日は少し様子を見に来ただけなんだ」

「折角だから、出来れば手合わせ願いたかったが……いや、今のわたしでは力不足だな」

「そんなことはありませんよ、カティナさん。 機会があれば、是非お願いします」

「そう言ってもらえると助かる。 では、またな」

「えぇ、失礼します。 アリアも、またあとでな」

「はい、お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん?」

「は……! な、何でもありません、カティナさん! さ、さぁ、もう一戦しましょう!」

「は、はい、わかりました……?」


 口を滑らせたアリアが、誤魔化すように促す。

 カティナさんはしきりに首を捻っていたが、アリアと訓練出来ること自体は嬉しそうだ。

 そんな2人に苦笑を漏らした僕は踵を返し、宮殿を出て今度は街に足を向ける。

 特に買いたい物がある訳じゃないが、用事のついでに店を見て回ることにした。

 初めて訪れたときとは全く違い、グレイセスに負けないほど活気がある。

 広場の近くを通り掛かると、子どもたちが楽しそうに駆け回っており、思わず微笑ましい気分になった。

 これが僕たちの成し遂げた結果だと思うと、頑張って良かったと思う。

 事前情報で聞いていた澄んだ空気も取り戻し、見た目だけじゃなく真の意味で綺麗な国だと感じた。

 そうして僕が散歩を楽しんでいると、前方に2人の見知った顔を視界に捉える。

 だが、1人が上機嫌なのに対して、もう1人の背後に見えるのは悲壮なオーラ。

 その理由を知っている僕は溜息をついて、仕方なく歩み寄った。


「お早う、ルナ。 ユーティさんも、お早うございます」

「あら、シオン。 お早う」

「シオンくん……。 お早う……」


 ニコニコと笑っているルナに対して、ユーティさんはがっくりと肩を落としている。

 あまりにも気の毒に思った僕は、取り敢えず尋ねてみた。


「ルナ、今日は何を買ったんだ?」

「ちょっとした服とアクセサリー、あとはワインくらいよ。 あぁでも、このあと宝石を見に行こうと思っているの」

「……聞くまでもないと思うが、代金は……」

「ギルド長が快く払ってくれたわ」

「……そうか」


 チラリとユーティさんを見ると滂沱の涙を流しており、どう見ても快くはない。

 もっとも、ルナからすれば当然の権利。

 見返りをもらうと言う約束で、アリエスを守ったらしいからな。

 だからと言って、この2週間ほぼ毎日買い物しているのはどうなんだろう。

 内心で嘆息した僕は、ある意味ちょうど良いと思い、提案することにした。


「このあと買いに行く宝石は、僕が支払う」

「本当ッ!?」

「はい、ユーティさん。 構わないな、ルナ?」

「良いけれど……どうして?」

「契約の報酬はなくなったが、別の形で礼はしたかったからな。 プレゼントさせて欲しい」

「……うふふ。 そう言うことなら、断る理由はないわね。 ギルド長、今日はもう帰って良いわよ。 と言うか、邪魔だから帰りなさい」

「相変わらず酷い扱いね、ルナちゃん……」

「何か言ったかしら?」

「い、いいえ!? じ、じゃあ、あとは2人で楽しんで! シオンくん、有難う! またね!」


 脱兎の如く逃げ出すユーティさん。

 本当に容赦なく搾取されているんだな……。

 憐れに思いつつ、彼女のことは一旦忘れてルナに声を掛けた。


「店の場所は知らないから、案内してくれるか?」

「えぇ、わかったわ」

「良し、行こう」


 そう言って僕は、右手を差し出す。

 はぐれないように手を繋ごうと思ったのだが、ルナは何事かを考えていたかと思えば、いきなり腕を絡ませて来た。

 意外と大きな胸が押し付けられてドキリとしていると、蠱惑的な笑みを浮かべたルナが言い放つ。


「折角のデートなのだから、この方が良いわ」

「デート? 買い物じゃないのか?」

「もう、買い物じゃ味気ないでしょう? こう言うときは、デートって言うことにしておくのよ」

「良くわからないが、ルナがその方が良いならそうしよう」

「ちょっと不満だけど……許してあげる。 さぁ、行きましょう」


 楽し気な笑みを浮かべたルナに腕を引かれて、大通りを歩く。

 あちらこちらから視線が降り注いだが、気にせず足を動かし続けた。

 この時点では僕も、特に問題なかったのだが――


「あ、見て! アリエスを守ってくれた子よ!」

「ほんとだ! やっぱり可愛い!」

「何だっけ、格好良い呼び方あったよね?」

「うんうん! 確か、『月夜の(ニュイ・ガル)守護者(ディエーヌ)』……」


 その刹那、銃を生成したルナが発砲した。

 こちらを見てはしゃいでいた女性陣の間の壁に着弾し、小さな穴を空ける。

 一瞬にして通りが静まり返り、邪悪な笑みを浮かべたルナが、底冷えする声で告げた。


「もう1度、その呼称を使ってみなさい。 頭の風通しを良くしてあげる」

『ゴメンナサイ』


 今の声、いったいどこから出したんだ。

 そう思うほどカチコチになった女性陣に同情しつつ、取り敢えず殺気立っているルナを宥めに掛かる。


「銃を仕舞え、ルナ。 彼女たちに悪気はない」

「知ったことではないわ。 悪気があろうとなかろうと、わたしの気分を害したのは間違いないのだから」

「わかったから、落ち着け。 大体、何がそんなに嫌なんだ? 良い呼び名だと思うが」


 『月夜の守護者』。

 ルナの異名で、これも女王様から与えられた。

 アリエスの人々を守り抜いた功績を称えたものだが、本人は有難迷惑に感じているらしい。

 僕としてはルナが多くの人を守った証なので、是非とも受け入れて欲しいところだ。

 しかし彼女は、こちらを鋭く睨んで冷たい声を発する。


「シオンまで、そんなことを言うの? 殺し屋のわたしが守護者だなんて、嫌味にしか思えないわ。 相手が女王じゃなかったら、殺しているところよ」

「殺し屋じゃない。 元、殺し屋だ。 あのときのキミはアリエスの国民にとって、まさに守護者に見えただろう」

「……報酬をもらう約束をしたからよ。 無償で守った訳ではないわ」

「それは後付けの理由だろう? 守る為に理由が必要だっただけで、キミは本気で報酬が欲しかった訳じゃない。 違うか?」

「仮にそうだとしても、わたしは数え切れない命を奪って来たのよ? ちょっと守ったくらいで、許されるはずがないじゃない……」


 寂しそうな顔で俯くルナ。

 なるほど、あの異名を嫌がるのには、そう言う理由もあったのか。

 理解出来ないとは言わないが、少しばかり考え過ぎだな。

 組まれている腕とは反対の手でルナの頭を撫でた僕は、ゆっくりと言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「ルナ、キミの罪は消えない。 今後どうしたところで、一生な」

「……えぇ」

「だが、それと同時に、功績もなかったことにはならない。 キミが過去にどんな過ちを犯していようと、守られた人にとっては英雄だ」

「シオン……」

「過去のことと、これからのことを一緒にするな。 罪を背負った上で、未来のことを考えろ」

「……生意気ね。 一応、わたしの方が年上なのだけれど?」

「敬語を使って欲しいですか、ルナさん?」

「やめて、気味が悪いわ」

「そこまで言うか。 とにかく、あの異名を名乗れとは言わないが、有難く受け取っておけ」

「本当は捨てたいけれど……仕方ないから、もらってあげる」

「それが良い。 じゃあ、そろそろ……」


 行こう、と言い掛けたところで、僕はある視線に気付いた。

 大通りの隅から、こちらを窺っている少女。

 恐らく、ニーナより更に幼い。

 こちらを……いや、ルナをジッと見つめながら、オドオドしている。

 ルナは怪訝そうにしていたが、なんとなく事情を察した僕は腕を解いて、少女の元に歩み寄った。

 驚いた顔をしている少女に構わず、しゃがみ込んで口を開く。


「こんにちは」

「こ、こんにちは……」

「おのお姉さんに、何か用があるのか?」

「そ、そうなんだけど……」

「どうした?」

「怒られないかなって……」

「大丈夫だ。 キミのような子どもを怒るほど、彼女は器の小さな人間じゃない。 そうだな、ルナ?」

「……えぇ、まぁね」


 暗に怒るなと言った僕の意図を汲んで、ルナは憮然としながら頷いた。

 それを見た少女はホッとした様子で進み出て、ルナと相対する。

 2人の間に奇妙な沈黙が落ち、何とも言い難い空間が広がっていた。

 正直なところ僕は面白がっていたが、表面上は平然としていると――


「こ、これ、あげる」

「……この石は何かしら?」

「か、川の近くで拾ったの。 凄く綺麗で、わたしの宝物」

「その宝物を、どうしてわたしに?」

「ア、アリエスを守ってくれたから。 そのお礼」

「……お礼ならギルド長からもらっているから、これ以上は結構よ」

「そ、そっか……」


 しょんぼりと落ち込んだ少女。

 悲し気な姿に流石のルナも居心地悪そうにしており、僕に無言で助けを求めて来たが、ここは敢えて手を貸さない。

 恨めしそうな目を向けられたが黙っていると、盛大に嘆息したルナが少女の手から石を取り上げる。

 ビックリした様子で顔を振り上げた少女に、ルナは淡々と告げた。


「くれると言うなら、もらっておくわ」

「あ、有難う!」

「宝物を他人に譲っておいてお礼を言うなんて、変な子ね」

「だ、だって、どうしてもお姉ちゃんにはお礼がしたかったから……」

「……有難う」

「え?」

「な、何でもないわ。 ほら、用が済んだなら行きなさい」

「うん! お姉ちゃん、本当に有難う! またね!」


 喜色満面な少女を追い返したルナだが、その顔は赤く染まっていた。

 手に持った石を無言で眺めており、何を考えているのかはわからない。

 ただ、確かなことがある。


「良かったな、ルナ。 それはキミの勲章だ」

「……こんな石に価値なんてないわよ」

「本当にそう思うのか?」

「まぁ……悪い気はしなかったけれど」

「意地を張らなくても、素直に嬉しいと言えば良いだろう?」

「うるさいわね。 なんか気分ではなくなったから、今日は帰るわ」

「宝石は良いのか?」

「……えぇ。 その代わり、貸しにさせてもらうから」

「わかった、またな」


 そう言ってルナは、石を片手に歩み去る。

 普段通りを装っているつもりだろうが、気を良くしているのは明らか。

 そんな彼女に苦笑をこぼした僕は、最後の目的を果たそうとしたが、その前にまたしても寄り道した。

 少し遠回りになりつつ、辿り着いたのは――


「お早うございます、姫様」

「……! シオンさん……?」


 時計台の頂上。

 そこに佇んだ姫様は僕の接近に気付くこともなく、遠くを眺めていた。

 思わぬ事態だったようで焦っていたが、すぐに笑みを浮かべて口を開く。


「お早うございます。 ところで、シオンさんはどうしてここに?」

「姫様の様子を、少し見に来ただけです」

「……そうでしたか。 わたしは変わりありませんよ」

「そのようですね」


 それっきり、僕たちの間に静寂が流れた。

 姫様は視線を外して再び遠くを見つめ、僕は後ろに控えたまま口を閉ざす。

 それからしばしのときが経つと、こちらを向くこともなく姫様が声を発した。


「あの永流石も、魔道具らしいですよ。 と言っても太古から存在する物で、仕組みとかは全くわかっていないそうですが」

「そうなんですか。 リルムが聞いたら、跳び付きそうですね」

「ふふ、もう知っていますよ。 調べたいって駄々をこねていたようですが、却下されたみたいです」

「まぁ、万が一にも何かあったら、アリエスどころか清豊の大陸が揺らぎかねませんから」

「その通りです。 ですからリルムさんも、流石に引き下がったのでしょう」

「本当は調べたくて仕方ないでしょうが、彼女は意外と常識的な一面を持っています」

「意外とだなんて言ったら、怒られますよ?」

「そうですね。 すみません、このことは内緒にして下さい」

「ふふ……さぁ、どうしましょう」


 楽しそうに笑う姫様。

 しかし、尚も視線は外に向いており、どんな顔をしているかはわからない。

 彼女の目を追って僕も永流石を見やると、今日も澄んだ水が溢れ出ていた。

 レリウスの毒には抗えなかったようだが、そう言った障害がなければ大陸全土に上質の水を届けられる。

 まさに、魔法の道具だな。

 そうして僕が胸中で感心していると、姫様が体勢を変えないまま言葉を紡ぐ。


「永流石なら、知っているのでしょうか……」

「何をですか?」

「……過去の『輝光』と魔蝕教の間に、何があったかです」

「……やはり、ナミルのことを気にしていたんですね」

「本当は話すつもりはなかったのですが、シオンさんは誤魔化せないと思いまして」


 振り向いた姫様は、泣き笑いのような表情を浮かべていた。

 それを見た僕は居住まいを正し、真剣な表情で耳を傾ける。

 すると姫様は小さく息を吐き、確認するかのようにゆっくりと語り始めた。


「わたしが変わりないと言うのは、変わらず落ち込んでいると言う意味ですね?」

「はい」

「なるべく心配を掛けたくありませんでしたが……そんなにわかり易かったですか?」

「少なくとも、僕には筒抜けでした」

「そうですか……」


 そこで言葉を切った姫様は、アリエスの街に目を移す。

 いや、正確には、ナミルが眠る共同墓地に。

 彼女が何を思っているかわからないが、ここは辛抱強く待つしかない。

 暫くは沈黙が続く覚悟をしていたが、それほど経たずに姫様は話を再開させた。


「ナミルさんが教えてくれたのです。 魔蝕教が憎んでいるのは『輝光』であって、わたしではないと。 それはつまり、過去の『輝光』と何かあったと言うことですよね?」

「断言は出来ませんが、そう考えるのが自然かと」

「そうですよね……。 シオンさんは、どう思いますか?」

「どう、と言うと?」

「ですから……わたしたちは、本当にこのまま旅を続けて良いのでしょうか? 魔蝕教と話し合って、問題があるなら解決した方が良いのでは……」


 胸に手を当てて、辛そうに俯く姫様。

 きっと、この2週間ずっと悩んでいたのだろう。

 それでも答えを出せず僕に聞いたのだろうが、残念ながらはっきりとしたことは言えない。

 現時点では情報が少な過ぎるからな。

 それゆえに僕は、行動に出ることにした。


「姫様、手を出してくれますか?」

「手を……?」

「はい」

「こう、ですか……?」


 少し戸惑った様子で差し出して来た姫様の左手を見て、僕は一瞬考えてから薬指に――


「へ……?」


 指輪を付けた。

 素っ頓狂な声を上げた姫様は完全にフリーズしていたが、構わず言いたいことを告げる。


「先ほど買って来ました。 大して高価な物じゃないですけど、その指輪にはアイオライトと言う宝石が付いていて……」

「ち、ちょっと待って下さいッ!?」

「何でしょう?」

「シ、シオンさん、これ、指輪、どうして……」

「落ち着いて下さい。 ちゃんと聞きますから」

「は……はい……」


 辛うじて立ち直った姫様は何度も大きく深呼吸してから、たどたどしく口を開いた。

 ちなみに、その顔は真っ赤になっており、視線は盛大に泳いでいる。


「あの……シオンさん、これはいったい……?」

「もう1度言いますけど、先ほど買って来ました」

「そ、それは聞きました。 ですから……ど、どうしてこれをわたしに……?」

「姫様が悩んでいることを知っていたからです」

「え……?」

「アイオライトには、道を示すと言う意味もあるそうです。 今の姫様にはちょうど良いかと思いまして」

「……つまり、わたしを元気付ける為のプレゼント……と言うことですか?」

「そう取って頂いて構いません」


 僕の説明を聞いた姫様は、複雑そうな顔になった。

 どうかしたんだろうか?

 内心で小首を傾げていると、姫様は急にクスクスと笑い出した。

 ますます疑問を強くして様子を窺っていた僕に、姫様は目尻に溜まった涙を拭いながら、華やかな笑みで言い放つ。


「有難うございます。 一生、大事にしますね」

「そこまで大袈裟な物じゃないと思いますけど」

「そのようなことはありません、わたしにとっては最高の宝物です」

「そう言ってもらえると、僕も嬉しいです。 取り敢えず、魔蝕教に関してはそこまで気にしなくて良いと思います。 過去の『輝光』と何があったとしても、姫様は姫様の成すべきことに集中しましょう。 その過程で襲って来るようなら、それは敵でしかありません。 下手に躊躇するのは危険です」

「そうですね……。 わかりました、気にならないと言えば嘘になりますけれど、わたしはわたしの道を突き進みます。 この指輪に誓って」

「そうして下さい。 僕も微力ながら、お手伝いさせてもらいます」

「微力なんてとんでもないです。 これからも、よろしくお願いしますね」

「はい、姫様」


 まだ魔蝕教に思うことはありそうだが、今の姫様は安心して見ていられる。

 密かにホッとした僕は、この場を辞そうとしたが――


「そう言えばシオンさん、左手の薬指に指輪を付ける意味を知っていますか?」

「意味、ですか? いえ、知らないです」

「ふふ……そうですよね。 実は左手の薬指には、愛を深めるなどの意味もあるそうです。 そのことから指輪を付けるのは、愛を誓うような行為なのですよ」

「……すみません」

「謝らなくて良いです。 たとえ勘違いだとしても、わたしは幸せでした。 それに、いつか本当にそうなりますから」

「僕としては、単純に1番邪魔にならないと思ったからなんですが……」

「シオンさんらしいですね。 でしたら……」


 そう言って姫様は、魔箱から細く短い鎖を取り出す。

 何をするのかと見守っていると、指輪を外して鎖を通し、ネックレスのようにして付け直した。

 なるほど、確かにその方が邪魔にならないかもしれない。

 合点が行った思いの僕だが、姫様には別の狙いもあったようだ。


「これで左手の薬指は空いたので、いつでも()()を待っていますね」

「……約束は出来ません」

「わかっていますよ。 ……あ」


 唐突に明後日の方を指差した姫様。

 反射的にそちらを向いてしまったが、彼女の狙いはわかっていた。

 即座に顔を元に戻した僕は、頬にキスしようとしていた姫様を押し止める。

 悪戯が失敗に終わった姫様は不満そうだったが――


「ん……!?」


 こちらからキスをした。

 さほど激しくはないものの、しっかりと唇を重ねる。

 ゲイツさんが聞けば、拳骨の1発じゃ済まないかもしれない。

 一瞬背中に寒いものを感じつつ、時計の秒針が1回転するほどの時間が経過してから顔を離した。

 混乱と幸福が同居したような姫様に対して、僕は自身の思いを淡々と述べる。


「立ち直ったご褒美です。 逆に怒られるかもしれませんが」

「……有難うございます、嬉し過ぎて泣きそうです」

「泣かないで下さい。 さぁ、そろそろお昼の時間です。 宮殿に戻りましょう」

「はい、シオンさん……。 あ……」


 今度の姫様は、本当に何かに気付いた様子だ。

 それを察した僕が黙って先を促すと――


「指輪とキスのお礼です」


 はにかんだ笑みを浮かべながら――スカートをたくし上げた。

 薄いピンクの上品な下着。

 身もふたもないことを言うと、彼女の下着など見飽きるほど見ている。

 しかし、こうまで堂々と見せ付けられたのは初めてなので、思わず凝視してしまった。

 だが、なんとか気を持ち直した僕は溜息をついて、優しく姫様の手を下ろさせる。

 そして、噛んで含めるかのように言い聞かせた。


「良いですか、姫様。 もう2度と、こんなことはしないで下さい」

「お気に召しませんでしたか……?」

「いえ、そう言うことじゃなくて……とにかくやめて下さい。 心臓に悪過ぎます」

「と言うことは、少しは意識してくれたのですね?」

「それはそうでしょう」

「では、また別の方法を考えます」

「勘弁して下さい……」

「ふふ、シオンさんがどんな反応をしてくれるか、今から楽しみです」


 言葉通り楽しそうに姫様は身を翻し、階段を下り始めた。

 その際にまたしても下着が見えたが、ほぼ間違いなくわざとだろう。

 今更だが、姫様にしろリルムにしろアリアにしろ、ガードが緩過ぎだ。

 ルナが彼女たちを痴女だと呼ぶのを、最近は否定し難くなっている。

 盛大に嘆息した僕は姫様に続いて時計台を下り、宮殿へと足を進めた。

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