第4話 ミニスカ『攻魔士』
選別審査大会、当日。
太陽が姿を見せ始めたばかりの、薄暗い時間帯。
僕はグレイセス内にいくつかある、広場の1つに来ていた。
暫く基本的な剣術や体術を繰り返してから、静かに呼吸を整えて直剣を構える。
一筋の汗が頬を伝い、地面に染みを作った。
想像するのは、自分と同等以上の相手。
武器は同じく片手の直剣。
目を鋭く研ぎ澄ませ、全神経を集中させる。
そして――
「ふッ……!」
踏み込むと同時に、真一文字の剣閃。
全力で繰り出した僕の一撃を、地面に伏せるように避ける空想上の相手。
間髪入れずに足元を薙いで来たので、小さく跳躍して回避。
そのまま空中で体を捻り、右脚で後ろ蹴りを放つ。
両腕を交差させてガードした相手は、衝撃で後方に下がりつつ即座に反撃に出た。
踏み込みの勢いを乗せて刺突を放ち、最短距離を走った剣先が僕の胸を貫くべく迫る。
際どいタイミングだったが、なんとか受け流し、すれ違うように相手の背後を取った。
そして、がら空きの背中に直剣を振り下ろそうとして――
「……!」
受け流された相手が前に傾いた体勢に逆らわず、地面に両手を着いて逆立ちする要領で、脚を振り乱す。
虚を衝かれた僕は反射的にガードしたが、必殺のタイミングを逃してしまった。
逆に危機を脱した相手は距離を取り、静かにこちらを見据えている。
実在しない相手との戦闘にもかかわらず、途轍もない緊張感があった。
やはり簡単には勝たせてくれないが、これくらいでなければ訓練にならない。
そう考えた僕は脚に力を溜め、全力で前に出る――直前、パシッと。
背後から飛来した丸い物体を、振り向きもせずに掴み取った。
思わず苦笑を浮かべて直剣を消すと、苦言を呈すべく襲撃者(?)に振り返る。
「訓練の邪魔はしたら駄目だと言っただろう、ニーナ?」
「だってシオンお姉ちゃん、ずっと無視してるんだもん」
「訓練中だったのだから、仕方ない。 それに、物を軽々しく投げたら駄目だ」
「はーい、ごめんなさーい」
明らかに反省していない。
小さく溜息がこぼれたが、あることに気付いた。
「この果物、随分と冷えているな?」
「あ、わかってくれた? シオンお姉ちゃんの為に、この魔道具で冷やしてたの」
「そこまでしてくれなくて良かったんだが……有難く頂こう」
「うんうん、そうして。 わたしも朝ご飯にするから」
ニコニコ笑ったニーナはベンチに座ると、青い箱から自分の果物を取り出し、美味しそうに食べ始めた。
幸せそうに頬を綻ばせており、毒気を抜かれた僕も口を付ける。
良く冷えた果物から溢れる果汁が、火照った体に染み渡って行くのを感じた。
そうして、暫く無言で食事を続けていると、唐突にニーナが言葉を紡いだ。
「いよいよだね」
「そうだな」
「シオンお姉ちゃんなら、きっと大丈夫だよ」
「あぁ、誰にも負けるつもりはない」
「うん、頑張ってね」
「有難う」
その言葉を最後に、またしても沈黙が落ちる。
違和感を覚えてニーナを見ると、どことなく落ち込んでいるようだった。
先ほど言い過ぎたのかと思ったが、どうもそうではない。
どうするべきか迷いながら、結局は端的に聞くことにした。
「ニーナ、何かあったのか?」
「え? どうして?」
「なんとなく、元気がないように見えてな」
「そ、そんなことないよー」
「嘘をつかなくて良い。 まだ短い付き合いだが、それくらいはわかる」
「うぅ……」
「言いたくなければ言わなくても良いが、僕で良ければ話くらい聞くぞ?」
暫くニーナは、僕の顔を見ては目を逸らすと言う行為を繰り返していたが、とうとう観念したらしい。
大きく深呼吸してから、こちらをチラリと見やり、ポツリポツリと語り出した。
「選別審査大会が終わったら……結果がどうでも、シオンお姉ちゃんはいなくなっちゃうんだよね……?」
「……そうなるな」
姫様の旅に同行するなら、当然グレイセスを出て行く。
仮に同行しない場合でも、やはり旅に出るだろう。
ニーナが何を考えていたか察したが、気休めは言わなかった。
僕の返事を聞いたニーナは俯いて、唇を噛み締めている。
瞳には涙が滲んでいた。
僕を困らせないように、必死に我慢していたのだろう。
そんな健気な少女を見放せるほど、僕は非情になり切れない。
「大丈夫だ」
「シオンお姉ちゃん……?」
ニーナの隣に腰掛けて、頭をゆっくりと撫でる。
瞳を潤ませたニーナは不安そうにしていたが、僕は敢えて何でもないように言い切った。
「どこに旅立つにしろ、また必ず戻って来る。 だから、悲しむ必要なんてない」
「本当……?」
「本当だ。 だから、それまでウェルムさんの言うことを聞いて、良い子にしているんだぞ?」
「うん! わたし絶対良い子にしてるから、シオンお姉ちゃんも約束守ってね!」
「勿論だ」
ようやくいつもの調子を取り戻したニーナが、腕にしがみ付いて来た。
母親を失った悲しみを乗り越えたこの子も、まだまだ誰かに甘えたい年頃なことに変わりはない。
僕にその役割を果たせるのか疑問だが、ニーナが満足しているならそれで充分。
無言なのは先ほどと同じだが、今は非常に穏やかな空気が流れている。
太陽が昇り切るまで好きにさせていた僕は、頃合いを見計らって告げた。
「そろそろ帰ろう」
「うん!」
素直に頷いたニーナと手を繋ぎ、家に向かう。
通りには既に屋台が出ており、賑わい始めていた。
良い匂いを漂わせている肉の串焼きや、冷たい果汁ドリンクなどの飲食店を始めとして、アクセサリーや服飾店、本屋など。
更には魔道具を扱っている店もあり、その種類は雑多の限りを尽くしていた。
この2週間ほど、当初僕は宿を借りるつもりだったが、ニーナとウェルムさんの強い要望もあって、2人の家に居候している。
その代わりに店の手伝いなどをしていたのだが、僕の噂を聞き付けた男どもが押し寄せて、軽くパニックになった。
最終的には、ニーナに怒鳴られて追い返され事なきを得たとは言え、呆れてものも言えなかったな。
街に出る度に声を掛けられたりもするので、きちんと男だと説明して来たにもかかわらず、誰にも信じてもらえない。
何故だ。
まぁ、最も近しいニーナとウェルムさんが少女扱いしているのだから、ある意味当然かもしれないが……。
実際――
「お! シオンちゃん、この髪飾りなんかどうだい? 絶対似合うよ!」
「結構です」
「くー! 相変わらず、つれねぇなぁ。 ま、そこが良いんだけどよ!」
「……失礼します」
などと言うやり取りは、日常茶飯事だ。
げんなりしている僕と対照的に、楽しそうなアクセサリー屋の店主。
不本意ながら慣れて来たものの、やはり面倒なことに違いはない。
小さく嘆息した僕を見たニーナは苦笑していたが、ある物を見付けて目を輝かせた。
「あ! シオンお姉ちゃん、あのぬいぐるみ可愛いよ!」
店先に並べられたウサギのぬいぐるみに向かって、駆け出すニーナ。
止めようと思ったが、僅かに遅かった。
「きゃ!」
「あぁん?」
ぬいぐるみしか見えていなかったニーナが、筋骨隆々の大男にぶつかった。
尻餅を突いた彼女を大男は、不機嫌そうに見下ろしている。
神力を感じるので、聖痕者であることは間違いない。
恐らくだが、実力も相当高いな。
僕がそんな分析をしている間にも、事態は動こうとしていた。
「何だぁ、クソガキ! この俺様に何か用でもあんのか!?」
「え、えっと……ごめんなさい……」
「ごめんじゃねぇんだよ! 選別審査大会の前に怪我でもしたら、どうしてくれんだ!?」
「そ、それは……」
「チッ! テメェじゃ話にならねぇ、親はどこだ? こうなったら、慰謝料もらわねぇとな!」
「そんな!? ちょっとぶつかっただけじゃない!」
「うるせぇぞ! 文句あんのか!?」
「ひ……!」
自分より遥かに小さな少女を怒鳴る大人の男性。
控えめに言っても醜い。
今回は注意を怠ったニーナにも責任はある為、少し様子を見たが……ここまでだな。
大男は尚も、ニーナに言葉の暴力を浴びせようとしていたが、その前に遮った。
「すまないが、そこまでにしてくれないか?」
「あぁん? 誰だテメェは?」
「その子の保護者代わりのようなものだ。 僕からも注意はしておくから、今日のところは許してやって欲しい」
「はぁ!? ふざけてんのか! 許して欲しかったら、出すもん出せや! まぁ、テメェが1晩付き合ってくれるってんなら、考えてやっても良いけどなぁ?」
こちらをジロジロ見て、下卑た笑みを浮かべる大男。
どうやら僕を女性と勘違いして、性的な行為を要求しているらしい。
思い違いを正そうかと思ったが面倒だし、どちらにせよ僕の返答は決まっている。
「悪いが、謝罪以上のことをするつもりはない」
「舐めやがって……! 俺様が誰かわかって口を利いてんのか!? あぁ!?」
「いや、全く知らないな」
「この野郎ッ……! もう良い、ぶっ飛ばしてやるッ!」
【身体強化】を発動させて、拳を振り上げる大男。
街中で神力を使うこと自体は禁止されていないとは言え、暴力行為は厳罰の対象になるはずだが、頭に血が上っているらしい。
階位は『格闘士』のようで、中々見事な【身体強化】だ。
ちなみに、『格闘士』は特別な武器などを持たない代わりに、他の階位より【身体強化】の恩恵を大きく受ける。
それゆえ他の階位が、単純な力比べで『格闘士』に勝つのは通常不可能。
そう、通常なら。
「な……!?」
「これで満足か?」
突き出された大男の右拳を、左手で軽々と受け止める。
念の為に断っておくと、彼は決して弱くない。
その証拠に僕の足元が陥没しており、凄まじい威力だったことが窺えた。
しかし、そんなことは何の慰めにもならないようで、大男は口をパクパクとさせている。
ニーナを含めた周囲の人たちも驚いており、まるで時間が止まったかのようだ。
もう少し付き合ってやっても良いんだが、これ以上は話がこじれるだけな気がする。
そう判断した僕は、ニーナを連れて大男の脇を通り過ぎた。
追って来るかもしれないと思ったが、よほどショックだったようで、その様子はない。
取り敢えず場が収まったことを確認した僕は、小さく息をついてからニーナに声を掛けた。
「怪我はないか?」
「え……? あ、大丈夫……」
「急に走ったりしたら、今回のようなことが起きかねない。 特に今のグレイセスは、人が多いからな。 今後は注意してくれ」
「うん、ごめんなさい……」
「反省しているなら、それで良い。 さぁ、帰ろう」
「うん……!」
やっと笑顔になったニーナを見て、安堵した。
だが、今度はこちらをチラチラ見ており、何か言いたそうにしている。
気付かないふりをしようかとも思ったが、選別審査大会に集中する為にも、余計な気掛かりは解消しておくべきだろう。
「何か気になるのか?」
「え? えぇと……シオンお姉ちゃんって、本当に強かったんだって思って」
「なんだ、疑っていたのか?」
「そ、そうじゃないけど、どれくらい強いかはわかってなかったから……。 でも、『獣王の爪』の一員に勝っちゃうんだから、凄いなって思ったの」
「『獣王の爪』?」
「知らないの? グレイセスのギルド所属のパーティで、この辺では最強だって言われてるんだよ」
「そうなのか」
「でも、お金にうるさくて、報酬が少ない依頼は受けないことでも有名なんだよね。 態度も大きくて乱暴だし、わたしはあんまり好きじゃないかなー」
「なるほど」
「ただ、強いのは間違いないから、今回の選別審査大会でも本命だって言われてるよ。 わたしはシオンお姉ちゃんを応援してるけどね!」
「有難う、期待に応えられるように頑張る」
「えへへ~」
ニーナの頭を撫でながら、今の情報を吟味する。
各大陸には多くの聖痕者がいるが、大半は王国軍かギルドに所属するらしい。
傾向で言えば、正義感が強く規律を重んじる者は王国軍、自由を愛しマイペースに生きたい者はギルドを選びがちだ。
当然だが大陸にもよるし、様々な事情があるので一概には言えないが。
そして『獣王の爪』は、グレイセスのギルド所属の強力なパーティ。
そこまでは良い。
僕が引っ掛かったのは、『獣王の爪』が報酬を重視していると言う点だ。
選別審査大会の告知では、報酬に関しては何も触れていなかった。
無論、旅に同行することで知名度が上がったり、姫様を始めとした王国の中心人物の後ろ盾が得られるなど、様々な利点があるのは想像に難くない。
とは言え、直接的な報酬が明言されていない以上、それを重視する者が命を懸けるかと聞かれれば、首を傾げざるを得ないだろう。
それにもかかわらず参加すると言うことは、僕の知らないところで報酬に関する情報が出ているか、彼らが急に正義に目覚めたか、あるいは別の思惑があるのか。
確かなことはわからないが、このとき僕は、選別審査大会がすんなりとは終わらない予感を抱いた。
もっとも、誰が何を企んでいようと、それを上回って見せる。
そう決意を新たにした僕は、再び歩き出そうとして――首を横に倒した。
直後、死角から飛来した小さな火の玉が、顔の傍を通過して石畳に着弾する。
大した威力ではなかったものの、当たっていれば火傷は免れなかった。
突然のことに驚いたニーナは、あらんばかりに目を見開いているが、今は構っていられない。
すぐさま振り向いた僕は、相手の姿を視界に収める。
通りに面した家の屋根に佇んだ、1人の少女。
身長は僕より少し低いだろうか。
真紅の髪をワンサイドアップにしており、ルビーのような赤い瞳が目を惹く。
白のブラウスに黒のリボンタイ、黒と赤のチェックのミニスカート、更に黒いマント。
腰には分厚い白い本をぶら下げている。
胸元は姫様ほどじゃないが、充分に大きいサイズ。
いきなり攻撃を仕掛けておきながら、腕を組んで勝気な笑みを浮かべ、非常にふてぶてしい。
ミニスカートで高いところにいるので、薄いオレンジのショーツが丸見えだが、気にしている素振りは見られなかった。
文句の付けようもない美少女ではあるものの、関係ないな。
攻撃して来るのなら敵だ。
そう考えた僕は右手に直剣を生成したが、行動に出る前に少女が口を開く。
「待って、待って。 今ここで、あんたとやり合う気はないの」
「問答無用で魔法を放っておいて、どの口が言う?」
「いや、そうだけど……。 でも、ほら、無事だったじゃない?」
「それは結果論だ。 もう良いか? こちらも時間がないから、手早く済ませたい」
「だから待ってってば。 乱闘騒ぎなんか起こしたら、あんたも困るんじゃない? 選別審査大会に出るんでしょ? 取り調べとかに時間が掛かったら、間に合わないかもよ?」
「僕は被害者なんだから、話せばわかってもらえるだろう。 こちらには証人もいるんだからな」
そう言ってニーナをチラリと見ると、ハッと我に返った彼女はブンブンと大きく首を縦に振った。
ところが少女は、自信満々な様子でニヤリと笑って続ける。
「それはどうかしら? あんたがどうしてもやるってんなら、あたしはあんたに襲われたって証言するわ。 その場合、どっちが嘘をついてるか調べることになるわよね? 最終的に、あたしが黒だってなるとしても、やっぱり時間は掛かるんじゃない?」
「……用件は何だ?」
「話が早くて助かるわ。 取り敢えずそっちに行くわね」
上機嫌に微笑んだ少女は、軽やかに屋根から跳び下りた。
『攻魔士』にもかかわらず、身のこなしも悪くない。
神力の出力を抑えているようだが、洗練されていることが伝わって来る。
感心せざるを得ないとは言え、僕にとっては嬉しくないことだ。
厳しく睨み付けても少女はどこ吹く風で、鼻歌まで歌っている。
それでいて隙はほとんどなく、紛れもない強者だと察せられた。
ニーナにそのようなことはわからないだろうが、直感的に何かを悟ったのか、僕の足に抱き着いている。
安心させるようにニーナの頭を撫でながら、僕は少女に直剣を突き付けて言い放った。
「そこで止まれ。 話なら、この距離でも出来る」
「はいはい。 あーあ、随分と嫌われちゃったわね」
「別に嫌っていない、警戒しているだけだ」
「えーと、似たようなものじゃないの? まぁ、仕方ないか。 それより、あんたに聞きたいことがあるの」
「聞きたいことだと?」
「うん。 ねぇねぇ、さっきのあれ、どうやったの?」
そう言った少女の瞳は、キラキラと輝いているように見えた。
まるで、新しいオモチャを与えられた、子どものようだな。
思わず呆れそうになったが、ひとまずとぼけてみよう。
「あれと言うのが、何を指しているかわからない」
「決まってんでしょ? あの筋肉ダルマのパンチを、どうやって受け止めたのかって聞いてんのよ。 あんた『剣技士』でしょ? 盾を使うならともかく、素手なんて普通あり得ないじゃない」
筋肉ダルマか、言い得て妙だな。
どうでも良いが。
僕が『剣技士』だと言うことを何故知っていたのかと思いつつ、毎日早朝訓練は欠かしていないので、どこかで見られていても不思議はないと考え直した。
それはともかく、どう説明しよう。
答える義務はないとは言え、放っておいたら延々と付き纏われそうだ。
だからと言って、適当にはぐらかしても無駄だろう。
それほどの熱意を、少女から感じた。
しばし黙考した僕は、仕方なくある程度の事実を伝えることに決める。
真実ではなく、事実を。
「仮に、あの『格闘士』の力を100、僕を70とする」
「え? 急に何よ」
「黙って聞け。 この場合、正面からぶつかり合えば僕は30のダメージを受ける。 ここまではわかるな?」
「馬鹿にしないでよ。 そんなの、子どもでもわかるじゃない」
「その通り。 だが、この計算が成り立つには前提が存在する」
「前提?」
「あぁ。 それは、2人が力を全て使い切れていること。 どれだけの力があろうと、それを使いこなせなければ意味はない。 ここまで言えば、もう答えはわかったんじゃないか?」
「……要するに、あんたと筋肉ダルマの間には、階位の差をひっくり返すほど、【身体強化】の技量……つまり神力の扱いに開きがあるって言いたいの?」
「そう言うことだ」
「正直、信じられないけど……確かに理屈は合ってんのよね。 でも、本当に『格闘士』の階位特性を覆せる……? 理屈では可能だとしても、実現するには相当な実力差がないと無理ね。 雑魚ならともかく、あの筋肉ダルマもまぁまぁだったし……」
僕の返答を聞いた少女は、おとがいに手を当てて、1人でぶつぶつ考え出した。
最早こちらのことなど見えていないのかもしれないが、確認しておきたいことがある。
「こちらからも、質問して良いか?」
「ん? 何よ?」
「今のことを聞くだけなら、わざわざ攻撃する必要はなかったはずだ。 それなのに、どうして魔法を使った?」
「うーん、簡単に言えば試したかったから……かしら。 あんたが、どれくらい強いか」
「試すだと? そんなことをして、何の意味がある?」
「そりゃ、選別審査大会のライバルになるかもしれないからよ。 ……て言うのは建前で、ただの興味本位ね。 あたし、気になったことは確かめないと気が済まないから」
「……それで、満足したのか?」
「ぜーんぜん。 だってあんた、ほとんど何も見せてないじゃない。 さっきの説明だって、まだ半信半疑だし」
「そう言われても、僕にはこれ以上何も言えない」
「どうだか。 あんたが何を隠してるかはわからないけど、全部素直に話したとは思えないのよね」
意外と鋭い。
いや、意外と言うのは失礼か。
漠然と感じる強さに相応しい、優れた洞察力だと言える。
僕が内心で称賛していると、少女が小さく肩をすくめて言葉を紡いだ。
「でも、もう良いわ。 ここで問い詰めたところで、教えてくれそうにないし。 あとは実力で、あんたの秘密を暴いてあげる」
「僕とキミが戦うことになるとは限らないぞ?」
「まぁね。 けど、充分可能性はあるんじゃない? そのときは、今度こそやり合いましょ」
「随分と勝手な言い草だが……良いだろう、受けて立つ」
「そうこなくっちゃ」
そう言って手を差し出した少女は、楽しそうに笑みをこぼした。
彼女が握手を求めていると理解するのに、微かなタイムラグを生んでしまった。
かなり自分勝手な一面はあるが、どうにも憎くは思えない。
我ながら甘いと思いつつ、少女の手を握る。
すると少女は笑みを深め、しばししてから手を放し、背を向けながら口を開いた。
「じゃあ、またあとでね」
「あぁ」
「あ、そうだ、まだ名乗ってなかったわね。 あたしは、リルム=ベネット。 あんたは?」
「シオン=ホワイトだ」
「シオン=ホワイト……ね。 覚えておくわ」
その言葉を残して、リルムはひらひらと手を振りながら歩み去った。
結局、最後まで彼女のペースだったものの、悪い気はしていない。
当然だが、選別審査大会で競うことになれば、勝たせてもらう。
リルムの後ろ姿を見送りながら、僕は静かに闘志を滾らせるのだった。