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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第2章

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第25話 受け入れると言うこと

 宿で夕食を食べて就寝準備まで終わらせ、僕は部屋のベッドで横になっていた。

 まだ寝るには早過ぎるが、少し頭を整理したい。

 アリエスで起きていることに魔族が関わっているのは、ほぼ間違いないと思う。

 その方法に関しては明日になってみないと確定しないが、ある程度の予想は付いていた。

 だが、本格的に解決するには、女王への謁見が必須。

 考えが外れている可能性も捨て切れないが、僕はそうならないと思っている。

 そして夕食の席で姫様から、約束を取り付けることに成功したと聞かされた。

 しかも、明日の午前中。

 あまりにも早い動きに驚いたが、嬉しい誤算。

 そうして僕たちの明日の予定は、女王への謁見で決まった。

 その後に関しては、出たとこ勝負。

 どう言う流れになるかは、実際に話してみないとわからないな。

 そこまで思考を巡らせた僕は、この件に見切りを付けた。

 代わりに思い浮かべたのは……少女たちの顔。

 エレンに()()()のことを学んだ僕は、キスをすることに大した抵抗はない。

 何なら、()()()ですら状況次第で可能。

 ところが、それらがどう言う意味を持つかまでは、わかっていなかった。

 敢えてなのかどうかは知らないが、エレンからは()()のみを与えられたからだ。

 今となっては彼女の真意を確かめる術はないとは言え、今後はより慎重になるべきだろう。

 すると、人知れず決意していた僕の耳に、ドアをノックする音が届いた。

 今まさに悩んでいたことの筆頭と言えるが、約束を破る訳には行かない。

 気を引き締め直した僕は、静かに深呼吸してからドアを開いた。


「あ……こんばんは、シオンさん」


 迷いの森でも着ていた、白いネグリジェ姿の姫様。

 淑やかな微笑を湛え、体の前で手をモジモジさせている。

 途轍もなく魅力的で、思わず見惚れそうになった。

 しかし、鋼の精神で耐えた僕は、平坦な声で中に招き入れる。


「こんばんは。 どうぞ、入って下さい」

「はい、お邪魔します」


 この部屋には最低限の調度品が揃っている為、今回は姫様に椅子を勧め、僕はベッドに腰掛けた。

 姫様は少しだけ残念そうだったが、機嫌は良い。

 ニコニコと笑っている姿は、見ているだけでこちらまで微笑ましくなる。

 ただ、問題はここからだ。

 ゆっくり話をしたいとのことだったが、具体的には何の話だろう。

 ところが――


「今日の夕飯、どうでしたか?」

「そうですね……悪くはなかったですが、やはりアリアの料理には劣ります」

「ふふ、そうですね。 アリアは本当に上手ですから。 わたしもいつか、シオンさんに美味しいと言ってもらえる料理を作りたいです」

「姫様なら、すぐに上達すると思いますよ」

「有難うございます、頑張りますね。 そうだ、アリエスの街はどうでしたか? わたしたちは、あまり見ていないのです」

「本来の姿じゃないんでしょうけど、それでも綺麗だと思いました。 事態を解決したら、改めて見て回りたいですね」

「そのときは、わたしも一緒に行きたいです。 特殊階位を探すのが目的とは言え、このようなことを放置は出来ませんしね」

「使命のみを優先するなら無視するべきかもしれませんが、僕も賛成です」

「それは、正しいことだと思うからですか?」

「いえ、僕がそうしたいからです」

「ふふ、そうですか。 シオンさんは優しいですね」

「そうでしょうか?」

「そうですよ」

「姫様たちこそ、初めて会った人のお見舞いに行くなんて優しいですね」

「ナミルさんですか? そうですね、わたしたちはサーシャさんのついでみたいなものでしたけれど、仲良くなれたとは思います」

「そうですか。 もう平気そうでしたか?」

「ベッドに横になっていたら、大丈夫みたいでした。 ただ、まだ安静にしていないと駄目ですね」

「元気に見えても、体調不良者ですからね。 ちなみに、ルナはどうしていましたか?」

「お察しの通り、離れたところにいましたよ。 ですが文句は言わず、1人で紅茶を飲んでいました」

「ルナらしいですね」

「ふふ、まったくです」


 終始楽しそうに、何でもない会話を続ける姫様。

 彼女の気持ちがわからず内心で首を捻っていると、苦笑を浮かべた姫様がゆっくりと言葉を紡いだ。


「わたしが普通の話をしていることが、意外ですか?」

「本音を言うと……はい」

「そうですよね。 わたしはいつも、シオンさんに迷惑を掛けてばかりですから」

「迷惑じゃないです。 単に、姫様が満足出来る対応が出来ないことが、心苦しいだけで」

「それって、仮にわたしが満足出来るなら、シオンさん自身の気持ちは関係ないってことですか?」

「それは……」

「ごめんなさい、また困らせてしまいましたね。 気にしないで下さい」


 そう言って姫様は、微笑を浮かべて窓の外を眺める。

 既に夜が訪れているが、月明かりが綺麗だ。

 迷いの森でのことを思い出したが、今の姫様からは危険な香りはしない。

 だが、何かしらを胸に宿しているように感じる。

 その正体を僕が探ろうとしていると、視線をこちらに向けた姫様が優しく微笑みながら口を開いた。


「わたし今、凄く幸せです」

「姫様……?」

「シオンさんと2人でいられるだけで、こんなにも幸せなのです。 有難うございます」

「そんな……とんでもないです」

「勿論、本当はもっと深い仲になりたいですけれど……わたしは運命を信じているので、焦りはしません。 嫉妬はしますけれどね」


 悪戯っぽく笑う姫様。

 それを見た僕は言葉に詰まり、何も言い返せなかった。

 そのことに苦笑を深めた姫様は立ち上がり、少し離れてベッドに座る。

 姫様の意図がわからない僕は内心で微かに緊張しつつ、彼女に目を向けた。

 すると、クスリと笑った姫様が手を伸ばし、僕の手に重ねる。


「これくらいなら、良いですよね?」

「……はい」


 断言は出来ないが、恐らく姫様はもっと僕と触れ合いたいのだろう。

 しかし、僕に迷惑が掛かることを嫌って、自制していると思われた。

 彼女の心遣いを嬉しく思う反面、非常に申し訳ない。

 僕に出来ることは何かないのか?

 繋がっている手と反対の手を握り締めて懊悩していると、姫様は僕から目を離して声を落とす。


「わたし、本当は怖いのです」

「怖い?」

「はい。 『輝光』になったのは8年前ですけれど、わたしは生まれたときから……いえ、生まれる前から魔王を討つ使命を背負っていました」

「……魔王が今年復活するとわかっていたのなら、命を宿したときからそうなるんでしょうね」

「そう言うことです。 幼い頃から『輝光』に相応しい人間になるべく、勉学や訓練に励んで来ました。 大変でしたけれど、嫌だと思ったことはありません」

「その成果は、充分以上に出ていると思います。 姫様は本当に素晴らしい人物ですから」

「ふふ、有難うございます。 ですが、常に不安と隣合わせでした」

「魔王と戦うのを恐れるのは、何もおかしなことじゃありません。 むしろ、当然の感情かと」

「違いますよ」

「違う?」

「わたしは、魔王と戦って命を落とすのが怖い訳ではありません。 ただ、わたしが敗北することで、人類を危険に曝すことが恐ろしいのです」

「……なるほど」

「ですが今はもう、その恐れもほとんどありません。 だからこそ、これほど心穏やかにいられるのかもしれませんね」

「改めて覚悟が固まった……と言うことですか?」

「それも合っていますけれど、本質的には違いますね」

「と言うと?」


 姫様が何を言いたいのかわからない僕は、彼女の美しい横顔を眺めながら問い掛けた。

 すると、正面を向いていた姫様が振り向き、満面の笑みで言い放つ。


「シオンさんがいるからですよ」

「僕が?」

「はい。 ヴァルに負けたことは、今でも悔しいです。 ですが、それと同時に確信したのです。 シオンさんがいれば、誰が相手でも怖くないと」

「……魔王が僕より強い可能性はありますよ?」

「ありませんよ」

「どうしてそう思うんですか?」

「わたしが、そう信じているからです。 シオンさんは、わたしの期待を絶対に裏切りません」

「……参りましたね」

「ふふ、すみません。 いつもはシオンさんに頼り切るのは良くないとか言っているのに、勝手ですよね。 それでも、そう思わせて欲しいです。 そうすれば、わたしは命を懸けて戦えます」


 口では謝っている姫様だが、非常に楽しそうにしている。

 確かに勝手な言い草だが、それ自体は構わない。

 しかし――


「駄目ですよ」

「え?」

「たとえ僕が魔王を倒せるとしても、姫様が死ぬことは許容出来ません。 絶対に生きて下さい」

「シオンさん……」

「そのことを約束してもらえるなら、姫様が背負った使命を僕も一緒に背負います。 何があろうと、最後までともに戦いましょう」


 重ねていた手を握り直し、指を絡ませる。

 僕の真剣な言葉と眼差しを受けた姫様は目を丸くしていたが、顔を背けて床に視線を落とした。

 そのまま暫くが経ち、ようやくして顔を上げた姫様は――


「酷いです。 わたしがこんなにも我慢しているのに、そんなことを言うなんて……」


 泣いていた。

 ポロポロと涙を溢し、嗚咽を我慢している。

 部屋に来てから今まで、ずっと余裕を保っていた彼女が、やっと本当の感情を見せた。

 そのことを察した僕は黙って手を放し、姫様の隣に座って抱き寄せる。

 これが正しいことだとは思わない。

 むしろ、少女たちとの距離感を慎重に測ると決めたなら、やめておくべきだ。

 だが僕は、どうしても無視出来なかった。

 抱き締められた姫様は体を震わせ、涙声で心情を吐露し始める。


「ルナさんとキスしていたとき、わたしがどれだけ傷付いたか知っていますか? 他の女の子と仲良くしているのを見る度に、胸が締め付けられているのを知っていますか? 運命を信じていても……辛いのは辛いのですよ」

「……すみません」

「本当に悪いと思っているなら……わたしにもして下さい。 そうすれば、また我慢出来ると思います」


 涙を流しながら訴え掛けて来た姫様は、尚も美しい。

 そう感じながら僕は、どうするべきか迷った。

 何が正解かわからず、思考がグルグル回る。

 いっそのこと、全てを投げ出して部屋を出ようかとすら考えたが、流石に人としてどうかと思った。

 そうして、様々な感情が綯い交ぜになった僕は、決断を下す。

 深く息を吐き出し、思い切って告げた。


「いくつか、言っておくことがあります」

「……何ですか?」

「僕は今後も、他の少女たちとキスをすることがあるかもしれません。 仲良くするのを、やめるつもりもありません」

「……そうですか」

「その代わり……と言えるかわかりませんが、姫様を遠ざけることもしません。 無理に我慢させるのも終わりです」

「それって……」

「ただし、直接的な行為は禁止です。 そこだけは譲りません。 それでも良ければ、姫様を受け入れます」

「……わたしが望むから、妥協してくれているのですね」

「いいえ」

「え……?」

「僕がそうしたいからです。 僕は姫様の笑顔が好きです。 泣いている姿は、なるべく見たくありません。 その為に出来ることがあるなら、可能な限りしたいと思いました」

「シオンさん……」

「自分でも不誠実だと思います。 ですが、これが僕の限界です」


 必死に言葉を絞り出した僕を、姫様はジッと見つめる。

 アリアにも言ったが、罵られても仕方がない。

 客観的に見て、僕の振る舞いは女性の敵のようなものだ。

 平手打ちの一発くらいは覚悟していたが、姫様は泣き笑いのような表情で声を発した。


「困りましたね。 わたしはやはり、シオンさんが好きです」

「姫様……」

「今は、それで良いです。 ですが、いずれわたしだけを見てもらえるように頑張ります」

「……期待はしないで下さい」

「わかっています。 それでも諦めませんから」

「……わかりました」

「では……よろしくお願いします」


 そう言って姫様は瞳を閉じ、唇を差し出して来た。

 対する僕は小さく息を飲み、意を決して口付けする。

 瞬間、姫様の体がビクリと震えたが、敢えて気にせず続行した。

 ただただ唇を合わせるだけの、シンプルなキス。

 しかし、彼女にとっては特別なことなのだろう。

 静かな時間が過ぎ去り、どちらからともなく身を離した。

 そのまま視線を交換していたが、やがて姫様が花のような笑みを咲かせる。


「有難うございます」

「いえ……こちらこそ」


 この返答は、間抜けだと思った。


「最高の思い出になりました。 もう、思い残すことはありません」

「大袈裟ですよ」

「そうですね。 魔王を倒したら、続きをしましょう」

「……考えておきます」

「ふふ、楽しみです」


 頬を紅潮させつつ、そんな爆弾発言を残す姫様。

 彼女を慕う国民たちが聞けば、卒倒するかもしれない。

 だが、姫様が幸せそうにしているのを見て、僕は苦笑をこぼした。


「さぁ、そろそろ戻って下さい。 明日は大事な約束が控えていますから」

「名残惜しいですけれど……わかりました。 女王様に失礼があってはいけませんからね」

「はい。 では、お休みなさい」

「お休みなさい。 あ……」

「え?」


 唐突に姫様が、窓の外を指差した。

 それを追って視線を巡らせ――チュッと。

 頬にキスされた僕は、呆然と姫様に目を戻す。

 すると彼女は、子どものようにはしゃいだ笑顔で、楽しそうに言い放った。


「これくらいの悪戯は、許されますよね?」

「……時と場所と場合を選んでもらえるなら」

「わかっています。 それでは、改めてお休みなさい」

「……はい、お休みなさい」


 顔を真っ赤にして部屋を去った姫様を見送り、僕はベッドに横になった。

 何と言うか……疲れたな。

 とは言え、心地の良い疲れだ。

 これからも、いろいろと悩んだり迷うことはあるだろう。

 だとしても、今日の出来事を何らかの成長に繋げてみせる。

 そう胸に刻んだ僕は明日に備え、早めに眠りに入った。

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