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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第2章

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第19話 キス好きアリアとの約束

 その男には、悲願がある。

 何世代にも渡る、唯一の悲願が。

 執務机に着いた男は、魔蝕教の証でもあるフーデッドローブを身に纏い、延々と古びた書物を読み耽っている。

 そこから感情は窺い知れず、何を思っているかわからない。

 1つだけ確かなのは、何らかの強い意志を持っていること。

 年齢は60歳を越えていそうだが、老いによる衰えは感じられなかった。

 すると、書物を捲る音だけが聞こえていた書斎に、突如として声が聞こえる。


『ローレンさん』

「……へリウスか。 何の用だ?」

『いえいえ、報告しておこうと思ったまでですよ。 ミナーレ渓谷での襲撃は、失敗に終わりました。 シオン=ホワイトくんとアリア=クラークさんは消息不明ですが、生存していると考えている方がよろしいかと』

「そうか……。 同胞たちはどうした?」

『1人だけ生き残ったようですが、あとは全滅ですね。 いやはや、『輝光』たちの居場所を教えた身としては、申し訳ない限りです』

「形だけの謝罪はいらん。 それよりも、また奴らの所在を突き止めたら教えろ」

『敵わないと知りつつ、また挑むのですか?』

「当然だ。 我らは最後まで戦い続ける。 たとえ、わたし1人になろうともな」

『見上げた執念ですね。 わかりました、わたしに出来ることがあれば、今後もお手伝いしましょう』

「ふん、利用するの間違いだろう?」

『これは手厳しい。 ですが、魔蝕教に頑張ってもらわなければ困るのは確かです。 その為に力を貸すのは、決して出任せではありませんよ』

「物は言いようだな。 まぁ、良い。 我らも貴様たちを利用させてもらう」

『ご自由に。 それでは、失礼します』


 それっきり、ローレンと言う男はまた1人になった。

 中断していた書物を読む作業を再開し、暗記するほどになった文字の羅列を眺め続ける。

 相変わらず無感情に見えるが、瞳の奥には怪しい光が宿っていた。

 この書物の内容が世界に公表されれば、魔蝕教に対する風当たりも変わるかもしれない。

 しかし、ローレンにそのつもりはなかった。

 愚かな人間どもに、真実を教えてやる必要はないと考えている。

 同胞たちが理解してくれていれば、それで充分だ。

 こうしてローレンは暗い感情を、今日も胸に秘め続ける。











 目が覚めて視界に飛び込んで来たのは、アリアの可愛らしい顔。

 瞳を閉じており、ゆっくりと近付いて来ている。

 何を意図しているのかわかったが、今回は止めに入った。


「お早う、アリア」

「へ……? きゃ! す、すみません……!」


 素早い動きで後ろに下がったアリアは、壁を背にして座り込んだ。

 その際にスカートの中が露になり、下着が丸見えになった。

 今日は薄紫か。

 そんなことを思いつつ起き上がった僕は、改めて声を掛ける。


「随分と早く起きたんだな。 ちゃんと寝られたか?」

「だ、大丈夫です。 わ、わたしもさっき起きたばかりなので」

「それなら良いんだが。 じゃあ、出発前に軽く何か食べておくか。 アリアの料理に比べたら、味気ない物だが仕方ない」

「……ふふ、そうですね」


 嬉しそうに微笑んだアリアは立ち上がり、僕の隣に腰を下ろした。

 ほとんど密着する距離で、彼女の体温を感じる。

 少し動き難いが、アリアの様子を見ていると文句を言い辛い。

 諦めた僕が魔箱から取り出したのは、パンのような簡易食料。

 不味くはないが美味しいとも言えず、空腹を満たす為の補給程度の意味しかない。

 どことなく気分が沈んでいる僕に気付いたのか、アリアが苦笑を浮かべて声を発した。


「お兄ちゃん、良ければこれをどうぞ」

「これは?」

「えぇと、わたしが作ったクリームです。 これを塗れば、少しは美味しくなるかもしれません」

「アリア……良くやった。 早速食べさせてくれ」


 僕の反応がおかしかったようで、苦笑を深めたアリア。

 しかし、次の瞬間には何かを思い付いた表情になり、少し顔を紅潮させながらクリームを自分の簡易食料に塗った。

 てっきり次は、僕の番だと思っていたのだが――


「あ、あーん……」


 アリアが恥ずかしがりながら、千切った簡易食料を僕の口元に持って来る。

 内心で若干呆れながら、サーシャ姉さんで耐性が付いている僕は、特に躊躇うことなく口を開けた。


「あーん」

「ど、どうですか……?」

「……美味しい。 やはり、アリアは凄いな」

「そ、そんな……大したことありませんよ」

「謙遜の下には?」

「あ……ひ、卑屈になっちゃいけませんよね。 有難うございます」

「それで良い」


 恥ずかしそうなアリアの頭を撫でた僕は、クリームを受け取って自分の簡易食料に塗った。

 そうして食べようとしたのだが……視線を感じる。

 無言でジッと見て来るアリアが何を望んでいるか察した僕は、簡易食料を千切って彼女に差し出した。


「あーん」

「あ、あーん……」


 小さく開けたアリアの口に、簡易食料を放り込む。

 モグモグと口を動かす彼女を苦笑を浮かべて見つめ、再び頭を撫でながら聞いた。


「美味しいだろう?」

「はい……。 今まで食べた物の中で、1番です」

「それは言い過ぎじゃないか?」

「そんなことありません!」

「わかったから、落ち着け」


 何やらムキになっているアリアを宥めつつ、それ以降は互いに自分で食事を進める。

 大して時間も掛けずに食べ終わった僕たちは、合流地点に出発するべく荷物を纏めたのだが――


「アリア、どうした?」

「いえ……」


 急に悲しそうな顔になったアリア。

 不思議に思った僕は身を屈め、彼女と視線を合わせて尋ね掛けた。


「今更遠慮するな。 何かあるんだろう?」

「……はい」

「そうか。 どうしたんだ?」

「……お兄ちゃんと2人きりなのも、これで最後かもしれないって思ったら……寂しくて。 あ! も、勿論、ソフィア様たちにも会いたいです! でも、その、何と言いますか……複雑なんです」

「……なるほど」


 アリアの気持ちを知って、僕はどうするべきかわからなくなった。

 いや、姫様たちと合流するのは決まっている。

 ただ、アリアを元気付ける方法が思い付かない。

 僕たちの間に気まずい空気が流れ、いよいよ困り果てた僕は、禁断の手段を取った。


「アリア」

「はい……」

「キスしよう」

「へ?」

「今朝、しようとしていただろう? したいんじゃないのか?」

「そ、それは……そうですけど……」


 モジモジと視線を彷徨わせているアリアの顎に手を添えて、軽く上を向かせる。

 彼女の瞳は潤んでいたが、期待しているのは明らか。

 それを悟った僕は、優しく口付けてすぐに離す。

 アリアは物足りなさそうだったが、これは敢えてだ。


「次に2人きりになるのがいつになるかはわからないが、またしよう」

「良いんですか……?」

「自分から言っておいて何だが、むしろアリアこそ良いのか? もうわかっているかもしれないが、僕にそう言うことは期待出来ないぞ?」

「……はい。 これは、わたしの問題です。 お兄ちゃんが何と言おうが、わたしは自分の気持ちを大事にしたいです」

「……そうか」


 ゲイツさんに決め付けるなと言われたとは言え、僕が恋愛を出来ない可能性は非常に高い。

 いや、厳密に言えばするべきじゃない。

 しかし、アリアの固い決意を止めることは出来なかった。

 将来彼女が傷付くかもしれないと思ったら心苦しいが、その要因は間違いなく僕にある。

 根本的な解決にはならないとしても、出来る限りアリアの望みを叶えたい。

 手痛いしっぺ返しが来る覚悟を決めて、彼女の頭を撫でながら告げた。


「アリアの気持ちに応えることは出来ないと思う。 その上で、キミの希望にはなるべく添えるようにしたい」

「……有難うございます」

「お礼どころか、罵られても仕方ないと思うが」

「滅相もありません。 お兄ちゃんが優しいのは、充分に知っていますから」

「……有難う」

「それこそ、お礼を言われることじゃないです。 これからも、よろしくお願いしますね」

「あぁ……こちらこそ、よろしく頼む」


 花のような笑みを咲かせるアリアを、僕は直視出来なかった。

 だが、すぐに顔を戻して苦笑を浮かべる。

 彼女だって無理をしているだろうから、僕だけ逃げる訳には行かない。

 こうして様々な問題を抱えつつも、準備が出来た僕たちは洞穴を出ようとしたが、その前に言っておくことがあった。


「アリア」

「はい、どうしましたか?」

「昨夜のことと今朝のことを、忘れろとは言わない。 だが、ここを出たら切り替えろ」

「……! かしこまりました、シオン様」


 戦闘モードの冷酷な表情を浮かべたアリアに、僕は無言で頷く。

 そうして、それまでの空気を一変させた僕たちは、姫様たちの元に急いだ。

 途中、サハギンや他の水棲モンスターの邪魔が入ったが、特に問題はない。

 手加減をやめた僕たちにとっては、ただの路銀稼ぎでしかなかった。

 その後、暫く川沿いに歩みを進めると、間もなくして待ち合わせ場所に到着する。

 アリアは僅かに緊張していたが、何があっても受け入れるつもりらしい。

 そんな彼女を優しく促し、更に歩みを進めると――


「アリア!」


 必死な形相の姫様が駆け寄って来た。

 それを見たアリアは、叱られることも視野に入れていたようだが、僕はそうならないと確信している。

 彼女と向き合った姫様は1つ息をつき――


「ごめんなさい」


 深々と頭を下げた。

 対するアリアは呆然としていたが、すぐさま我を取り戻して声を上げる。


「ソ、ソフィア様が謝ることなんて、何もありません! 全て、わたしの責任です!」

「でも、わたしが油断したせいで、貴女に無茶をさせてしまったわ。 そのせいで川に……」

「で、ですからそれは、わたしの反応が遅かったからで……」


 責任の所在について争う、美少女たち。

 気持ちはわからなくもないが、不毛なやり取りは困る。


「そこまでにして下さい。 あれに関して今更何を言っても、仕方ないです」

「シオンさん……」

「シオン様……」

「結果は全員無事でした。 少し予定はズレましたけど、それも含めて勉強だったと思いましょう」

「そうですね……」

「わたしは今回のことを、一生忘れないと思います」


 アリアの言い様には別の意味も含まれていそうだが、気付かぬふりをした。

 実のところ、今は他に気になっていることがある。

 落ち着きを取り戻した姫様とアリアが談笑している隙に、その事柄に着手した。


「リルム、ルナ、サーシャ姉さん……大丈夫か?」


 川辺に座り込んでぐったりしている3人に、僕は恐る恐る問い掛けた。

 しかし彼女たちから返事はなく、ますます心配していると、のろのろと顔を上げたリルムがやっと声を発する。


「シオン……今朝、何か食べた……?」

「今朝? 簡易食料に、アリア特製のクリームを塗って食べたが」

「良いわね……ご馳走じゃない……」

「……もしかして、そう言うことか?」

「そう言うことよ……」


 淀んだ瞳で姫様を見るリルムを追って、僕も何とも言えない顔を向ける。

 相変わらず2人は楽しそうに話しており、そこだけ見れば和気藹々としたシーン。

 ところが僕は、起きたであろう惨劇を想像して、気の毒に思いつつ問い掛けた。


「どうしてそうなったんだ? 姫様の料理がまだ不味いことは、知っていただろう?」

「仕方ないじゃない……。 あたしたちが起きたらもう準備してあって、しかもあのお姫様、自分が作ったとは一言も言わなかったのよ……。 オマケに見た目は普通じゃない……? そりゃ、食べちゃうって……」

「リルム……キミはもう少し、食事の席では落ち着いた方が良い」

「うっさいわね……」


 言い返して来たリルムだが、悄然とした今の彼女には欠片も迫力がない。

 溜息をついた僕は、ひとまずリルムを放置して、ルナとサーシャ姉さんに目を向けた。

 2人とも今のやり取りを聞いていたはずだが、口を開くことはない。

 初めて姫様の料理を食べたのなら、その衝撃は計り知れないだろうからな。

 暫くそっとしておくことに決めた僕は、その場を去ろうとしたが――ガッと。

 それまでの様子が嘘のような俊敏さでルナに手を掴まれて、阻止されてしまう。

 嫌な予感を抱いた僕は逃げの一手を打とうとしつつ、最早手遅れだと確信していた。


「お早う、シオン。 朝ご飯を取ってあるから、食べなさい」

「いや、僕はもう食べたから……」

「食べなさい」

「……わかった」


 おどろおどろしい笑みを浮かべたルナに突き付けられた、惣菜パン……に見える物体。

 今回も見た目は悪くないが、3人の反応を見る限りそんな訳はない。

 盛大に嘆息した僕は意を決して口を開け――思い切り顔を顰めることになった。

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