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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第2章

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第16話 ミナーレ渓谷の戦い

 訓練と言う名の八つ当たりが終わってから、休憩を挟んで僕たちはリベルタ村跡地を出発した。

 その際、サーシャ姉さんは寂しそうにしていたが、敢えて何も言わずに足を踏み出していた。

 まだまだ思うことはあるだろうが、この辺りは彼女の強さだと思う。

 姫様たちも変に気を遣うことなく、普通に接するようにしているようだ。

 前日に大雨が降ったので、多少道はぬかるんでいるが、さほど問題はない。

 水王国アリエスまではまだかなり掛かるので、無理せず安定した速度で進むとしよう。

 とは言え、無言で黙々と歩くと言う訳じゃなく、姫様たちは適度に雑談もしていた。

 それでいて注意は怠っていないので、気を張り過ぎず抜き過ぎず、バランスが良い。

 サーシャ姉さんを中心に話しており、非常に明るい雰囲気。

 新入りだからと言うのもあるだろうが、彼女が無理をしていないか気に掛けているようだ。

 一方、その輪から離れたルナも時折サーシャ姉さんを観察しており、状態を探っている。

 彼女に言わせれば、気遣っている訳じゃなくて審査しているだけだろうが、意識していることに変わりはない。

 そんな少女たちの様子に苦笑を浮かべた僕は先頭を歩き、ようやくして目的地に到着した。


「ここがミナーレ渓谷ですか……」

「はい、ソフィア姫。 次の村に向かうなら、ここを通るのが1番速いです。 ただ、モンスターの出現率は上がりますが……」


 自分が戦えないからだと思うが、言い難そうに説明するサーシャ姉さん。

 ちなみに彼女は僕を「シオンくん」、他の少女たちを「~ちゃん」と呼ぶものの、流石に姫様の扱いは違う。

 姫様自身は気にしないとは言え、その辺りのけじめは大事かもしれない。

 まぁ、リルムやルナはどうなんだと言う話なんだが。

 それはともかく、ここからは気を引き締める必要がある。

 ミナーレ渓谷。

 地元民であるサーシャ姉さんに教えてもらった、次の村への最短ルート。

 巨大な川を挟んで山が聳え立っており、モンスターの出現率が高い。

 川沿いを進めば山越えしなくて済むが、モンスターの危険だけは付いて回る。

 サーシャ姉さんを守りながらの戦いになるだろうから、いつも以上に集中しなければ。

 内心で自分に言い聞かせた僕は、少女たちに振り向いて声を発した。


「ここからは陣形を組もう。 前衛は僕とアリア。 後衛はリルムとルナ。 姫様とサーシャ姉さんは、その間に入って下さい」


 この陣形を提案した意図は単純で、近距離系階位の僕とアリアを前に置き、遠距離系階位のリルムとルナを後ろに置いた。

 そして狙われる恐れのある姫様と、戦闘力の低いサーシャ姉さんを間に据えただけ。

 ところが、こうして説明する必要がないほど明確な理由があるにもかかわらず、彼女たちの反応は思っていたものと違う。


「わたしとお兄ちゃんがペア……えへへ……」


 だらしない顔で何事かを呟いているアリア。


「え~? あたし、ゴスロリと組まなきゃいけないの?」

「それはこちらのセリフよ、痴女レッド」

「誰が痴女レッドよ!?」

「貴女よ、貴女。 今日は薄い黄色みたいだけれど」

「な、何の色を言ってんのよ!?」

「下着に決まっているでしょう。 まさか、見えていないとでも思っていたの? そんな短いスカートで動き回っておいて?」

「ぐぬぬぬぬ……! あ、あんただって、シオンにエッチなことばかりしてんじゃない!」

「あら、それの何がいけないの? わたしは、彼を振り向かせる為なら手段を選ばないわ」

「選びなさいッ!」


 突然喧嘩を始めるリルムとルナ。


「あの……ソフィア姫」

「何でしょう?」

「リルムちゃんとアリアちゃんもそうですけど……確かにスカート短過ぎません?」

「……やっぱり下着が見えていますか?」

「あ、はい。 それはもう、ばっちりと。 白ですよね?」

「い、一々言わなくて良いです。 そうですか、見えていましたか。 と言うことは、シオンさんも見てくれて……コホン……何でもありません」

「……ソフィア姫、シオンくんに良からぬことをしないで下さいね?」

「……その言葉、そっくりそのままお返しします」


 笑顔でバチバチと火花を散らせる、姫様とサーシャ姉さん。

 やっていられない。

 そんな思いが脳裏を過ったが、深呼吸することで落ち着きを取り戻した。

 尚もおかしな少女たちを前にして、なんとか奮い立った僕は辛抱強く言葉を紡ぐ。


「お気楽なのはここまでだ。 渓谷に入った瞬間に襲われる可能性もある、警戒しろ。 姫様も、よろしくお願いします」

「はい! お兄……シオン様!」

「……しょーがないわね」

「うふふ……またキスしてくれたら、やる気が出るのだけれど?」

「ル、ルナちゃん? じ、冗談よね?」

「サーシャさん、残念ながらルナさんは何度も罪を犯しています」

「そ、そんな……」


 両手を頬に当てて、血の気が引いた様子のサーシャ姉さん。

 もう知らない。

 あらゆることが面倒になった僕は、最悪全て自分で片付けるつもりで渓谷に足を踏み入れた。

 川の流れが速く、落ちたら危険そうだ。

 大雨のあとにもかかわらず、水は清らかで澄んでいる。

 それゆえにモンスターが川に潜んでいる可能性は低いが、だからと言って気を抜く理由にはならない。

 流石に姫様たちも気を引き締めており、サーシャ姉さんなどはガチガチだ。

 もう少し余裕を持って欲しいが、こればかりは致し方ないだろう。

 それから暫く、水の音だけを聞いて歩いていると――


「アリア」

「はい、シオン様」


 一言だけで全てを察した様子のアリアが、力強く装備を構えた。

 背後に意識を向けると、他の少女たちも準備出来ている。

 目に見える範囲に敵はいないが、僕たちの注意は左手の山の中に向いていた。

 すると、奇襲が通用しないと悟ったのか、山の中から多数のモンスターが姿を現す。

 全身に鱗を纏った人型の水棲モンスター、サハギン。

 手には槍のような武器を持っており、こちらを威嚇している。

 サハギンの主な生息域は海だと記憶していたが、こんなところにもいるんだな。

 そんなことを考えつつ一掃しようかと思ったが、ここは敢えて加減しよう。

 ルナを交えての連携も鍛えておく必要があるし、サーシャ姉さんにはモンスターそのものに、慣れてもらわなければ。

 徒手空拳の構えを取った僕を見てアリアは驚いたようだが、次の瞬間には眦を吊り上げて宣言した。


「お供します」


 大剣とバックラーを消した彼女に対して僕は、装備し直すように言うか迷ったが、強い眼差しで見つめられて口を縫い付けられる。

 代わりに頭をポンポンとして、背後のリルムとルナに声を投げた。


「援護を頼む」

「はいはい。 行ってらっしゃい」

「適当にさせてもらうわ」


 やる気の感じられない2人に苦笑を漏らした僕は、アリアに目配せして踏み込んだ。

 あっと言う間に肉薄した僕にサハギンは驚愕したようだが、無視して拳を下から突き上げる。

 正確に顎を捉えたことで頭が吹き飛び、塵となって魔石を落とした。

 一方のアリアも負けておらず、見事なハイキックをお見舞いしている。

 ウサギの柄がプリントされた可愛らしい下着が見えるのにも構わず、豪快に頭部を蹴り抜いた。

 僕に体術を手解きして欲しいらしいが、その必要があるのか疑問だな。

 そうして2体を始末した僕たちに、サハギンたちは怒りの声を上げながら襲い掛かる。


「ゲゲゲゲゲ!」

「黙れ」

「ゲッ!?」


 耳障りな声を鬱陶しく思った僕は、最も近くにいた1体の喉を掴んで握り潰した。

 サーシャ姉さんから怯えた目を向けられたが、この程度で怖気付くようでは先はない。

 その思いを込めて一瞬だけ視線を移すと、ハッとした様子で表情を改めている。

 どうやら、僕の意図は伝わったようだ。

 その間にもアリアは敵を駆逐しており、その勢いはまさに獅子奮迅。

 敢えて言うなら、普段は大剣とバックラーを装備しているからか、ほぼ蹴りのみなのが気になる。

 もし訓練するなら、その辺りの矯正をメインにするのが良いかもしれない。

 漠然と方針を決めながらサハギンの胴に貫手を突き込み、背中まで貫通する。

 このままだと僕たちだけで殲滅してしまいそうだが、流石にリルムたちも見ているだけではない。


「メンドクサイけど、仕方ないか。 【水針珠ヴァダー・スパイン】」


 簡易詠唱で紡がれた文言に従って、水の精霊がリルムの元に集う。

 すると3つの水玉が生み出され、彼女の周囲をふわふわと漂い始めた。

 【水針珠】。

 水属性の中級魔法で、生成した水玉から水の針を射出する。

 水玉の数や連射力は、『攻魔士』の力量に依存。

 中々に強力な魔法だが、針を敵に命中させるのが案外難しい為、使い手は少ないらしい。

 とは言えリルムのことだ、ほぼ間違いなく何かしら策は用意しているはず。

 そう思った僕の前で大きくあくびをした彼女が、ぼんやりとサハギンたちを眺めていた、そのとき――


「ゲ!?」

「ゲギ……!?」

「グギャ!?」


 水玉から大量の針が射出され、サハギンたちを蜂の巣にした。

 効果自体は確かに【水針珠】のものだが、あまりにも精度が高過ぎる。

 違和感を覚えた僕は、片手間にサハギンどもの相手をしながらリルムを観察した。

 サハギンが突き出して来た槍を掴み取り、片手で振り回して別の個体に衝突させる。

 別の1体が口から吐き出した水鉄砲を、首を横に倒すだけで難なく回避。

 これだけのサハギンが出現すれば、並のパーティなら全滅しかねないものの、僕たちの敵じゃない。

 そうしてリルムの魔法を調べていた僕は、ようやくして違和感の正体を掴んだ。


「【紅蓮焔剣】と同じく、オート性能か」

「あ、さっすがシオン。 良くわかったわね。 全く同じじゃないけど、オートなのは正解」


 怠そうにしていたリルムが一転して、嬉しそうに破顔した。

 その様子に苦笑していると、ここぞとばかりに彼女は語り出す。


「人間と精霊って細かな意思疎通は出来ないけど、やり方次第でこっちの意思を伝えることは出来るのよね。 でも、上から目線で命令したって聞いてくれないわ。 だからって下から行き過ぎても無視されるから、その辺りの匙加減が重要なの。 要するに立場は対等で、その上でお願いすれば……」

「うるさいわよ、痴女レッド」

「痴女って言うなッ!」


 捲し立てていたリルムを、一言で強制停止させたルナ。

 方法はともかく、助かった。

 何にせよ、リルムの才能を改めて目の当たりにしつつ、僕の意識はルナに向く。

 彼女も遊んでいる訳じゃなく、2つの銃を駆使してサハギン討伐に貢献していた。

 意外にもと言うべきか、態度に反して働きは素晴らしい。

 1体につき1発の弾丸で仕留めており、オートで戦っているリルムに負けない撃破数を誇っている。

 やはりルナの加入は、途轍もなく大きい。

 前線で僕とアリアが暴れ回り、離れた敵は確実にリルムとルナが始末した。

 サーシャ姉さんはまだ恐れが残っていそうだが、姫様が力付けるように声を掛けている。

 盤石の態勢で戦い続けていると、遂に最後の1体となり――


「終わりです」


 アリアの足刀がサハギンの腹を蹴り抜いた。

 辺りには大量の魔石が散乱しており、これだけあればそれなりの額になるだろう。

 全員で協力して魔石を集め終わってから、僕は確認するように口を開いた。


「思ったより良い感じだったな」

「まーね。 あたし1人でも、充分って感じだったけど」

「あら、そう? それなら、今後は全部貴女に任せようかしら。 ヴァルや魔王も」

「ゴスロリ、あんた……本当に嫌な奴ね!?」

「落ち着いて下さい、リルムさん。 それよりも驚きました。 火と風だけではなく、水魔法まで使えたのですね」

「わ、わたしも思いました。 まさか、3属性もマスターしてるなんて……」


 冷静にリルムを宥めつつ感心した様子の姫様と、同じく呆気に取られたアリア。

 そんな2人を見て首を捻ったサーシャ姉さんは、小声で僕に耳打ちして来た。


「ねぇ、シオンくん。 3属性の魔法が使えるのって凄いの? わたしでも一応、4属性使えるけど」

「使えると言うのが、どの程度かの問題だろうな。 例えば誰でも使えるようなものなら、4属性使えても不思議はない。 だが、リルムが使っているのは高度な攻撃魔法だ。 あのレベルを3属性で使えるのは、並大抵じゃない」

「ふぅん、そう言うものなのね」

「サーシャ姉さんは『攻魔士』なのか?」

「え? あ、いや、わたしは……明日教えるわ」

「……わかった」


 言い淀んでいるサーシャ姉さんを追及することなく、ひとまず棚に上げた。

 何かありそうだな。

 それが良いことか悪いことかは判然としないが、取り敢えず今は良い。

 すると、姫様たちを驚かせたリルムが、得意げに胸を張って言い放つ。


「ふふん、それほどでもあるわね。 先に教えておいてあげるけど、地属性の魔法も使えるんだから」

「へぇ。 だったら、どうしてヴァルのときは使わなかったの?」

「一々、ヴァルを引き合いに出さないでくれる!? まぁ、あれよ、いくらあたしでも得意不得意はあるってこと。 やっぱり、1番得意なのは火属性だからね。 ただサハギンは火魔法に強いから、使い分けてるって感じよ」

「なるほどです……。 ほとんどの『攻魔士』は1つの属性で精一杯なのに、リルム様は凄いですね」

「メイドちゃんは良くわかってるわね! どっかのゴスロリも見習えば良いのに」


 アリアの賛辞に鼻高々なリルムは、ルナを横目で見て挑発した。

 ところが彼女は全く意に返すことなく、むしろカウンターの一撃を繰り出す。


「自信を持つのは結構だけれど、過信しないようにね。 どれだけ手札があっても、全部が中途半端なら本当に強い敵には通用しないわよ?」

「……わかってるわよ」


 ルナの鋭い反論を聞いて、リルムは神妙に頷いた。

 それは姫様やアリアも他人事ではなく、自分たちの状況にも置き換えているらしい。

 言葉は厳しいが、ルナの加入はこう言うところにも影響がある。

 少女たちが気を引き締め直したのを感じた僕は、内心で満足しながら呼び掛けた。


「そろそろ出発しよう。 出来れば、今日中に突破したいからな」

「はい、シオン様。 次も素手で戦いますか?」

「僕はそのつもりだが、無理に合わせなくて良いぞ?」

「いいえ。 シオン様が素手なら、わたしもそうします」

「わかった。 ただし、少しでも危険を感じたら迷わず装備を使え」

「はい!」


 全員を順に見渡して問題ないと判断した僕は、アリアと並んで前を歩き始めた。

 その後も何度かモンスターと遭遇しつつ、順調にミナーレ渓谷を踏破して行く。

 しかし旅をしている以上、ときには予期せぬ事態が起きるものだ。

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