第21話 『輝光』
煌めく長槍、唸る剛腕。
ソフィアとミゲルの戦いは、一進一退の攻防が続いていた。
厳密に言うと押しているのはソフィアだが、ミゲルの再生能力がその差を埋めている。
幾度となくソフィアの攻撃はヒットしているにもかかわらず、傷つく傍から癒されてしまうのだ。
対するミゲルはモンスター化したことで、人間離れした力を発揮している。
拳の1発1発が必殺の威力を誇っており、ソフィアですら楽には防げない。
それだけではなく反応速度も上昇している為、本気のソフィアであっても一方的な展開には出来なかった。
通常のトレントとは違い、人型の恩恵か、かなりの敏捷性も備えている。
救いがあるとすれば、元々ミゲルは『付与士』なので、肉弾戦の技量そのものは低い。
ただし――
『ははは! どうした、ソフィア! 『輝光』の力はその程度か!?』
木の体を持つミゲルは、体を曲げたり腕や脚を伸ばしたりと、一般的な体術ではあり得ない動きが可能。
ソフィアの刺突を受ける直前、高く跳び上がることで回避したミゲルが、両手を組んで頭上から叩き付ける。
伸びた腕が鞭のようにしなり、遠心力を乗せた一撃がソフィアを襲った。
咄嗟に反応したソフィアは大盾でガードしたものの、表情は厳しい。
彼女は今、2つの問題を抱えている。
最大の問題は、いくら攻撃してもすぐに再生されてしまうこと。
いくら実力差があろうと、ソフィアも人間であることに違いはない。
このまま戦いが長期化すれば、リルムと同じく体力切れする可能性は充分ある。
そしてもう1つ、ミゲルがモンスター化した体に慣れ始めていること。
当初はどことなくぎこちなかった動きが、徐々に洗練されて来た。
つまり、ソフィアが少しずつ弱体化するのに反して、ミゲルはどんどん強力になって行く。
このままでは不味いと思いながらも、ソフィアには逆転の秘策があった。
だが、それを実行するには情報が足りない。
もっと言えば、そもそも不可能な場合もある。
だとしてもソフィアが諦めることはなく、その秘策に託す決意をした。
伸縮自在の腕や脚を搔い潜り、懐に潜り込んで長槍を突き出す。
しかし、やはり何度やっても結果は同じで、瞬く間に再生してしまった。
腹を貫かれようが、腕を薙ぎ払われようが、脚を穿たれようが、ミゲルがダメージを負うことはない。
頭を吹き飛ばしたところで倒すことは出来ず、ますますミゲルは調子に乗っている。
『くくく! 無駄だ! 今のわたしは無敵! 貴様がいくら強くても、関係ない! 本領を発揮出来ずに死んで行け! ははははは!』
復活した口で喜びの声を上げるミゲルの一方、ソフィアは真剣な顔付きで彼を見つめていた。
何も言い返して来ないことを、鼻で笑ったミゲルは攻勢を掛けようとしたが、何の前触れもなくソフィアが跳躍して、【流れる星の光】の体勢に入る。
それを見たミゲルは空洞の空いた右手を彼女に向け、穴から無数の枝の矢を射出した。
枝の奔流を大盾で受け止めたソフィアだが、当然スキルは不発に終わる。
なんとか無事に着地したものの、大きな隙を作った彼女は、すぐさま大盾を構えた。
ところが、ミゲルはその場を動いておらず、邪悪な笑みを浮かべている。
訝しく思ったソフィアだが、次の瞬間――
「く……!」
『ちッ。 外したか』
背後の地面からミゲルの足が跳び出し、ソフィアに襲い掛かった。
間一髪で身を投げたソフィアは受け身を取って立ち上がり、泥だらけになりつつも大きく息を吐き出す。
昨日の経験から学んで、地中まで【神域】を張り巡らせていたのは、何もアリアだけではない。
仕留められなかったミゲルは不愉快そうにしていたが、次いでニヤリと笑った。
『どうやら、打つ手がないようだな。 どうだ? 命乞いでもしてみるか? もしかしたら、わたしの気が変わるかもしれんぞ?』
「……」
『無視か、つまらん奴め。 まぁ良い。 あまり長引かせるのは、わたしとしても望むところではないからな。 これで終わらせてやろう! 【腕力強化】ッ!』
ミゲルの腕に神力が収束し、その力を格段に上昇させた。
まさかモンスター化しても魔法を使えるとは思っていなかったソフィアは、流石に驚きを禁じ得なかったが、表情には出さない。
とは言え内心では、かつてないほどの緊張感を抱いている。
補助魔法なしの状態でも強力だった打撃が、更に強化されたのだから当然だ。
ところがソフィアは、同時にチャンスだとも考えていた。
危険な橋を渡ることになるが、ここを逃す手はない。
静かに深呼吸したソフィアは、意を決してそのときを待つ。
そんな彼女を怯えていると解釈したミゲルは、嗜虐的な笑みを浮かべて叫んだ。
『死ね、ソフィア! 世界は魔王様に支配されるべきなのだ!』
猛然と突撃したミゲルが、強化された右腕を振り上げて拳を撃ち出す。
正面から受けて立ったソフィアは、力強く大盾を掲げた。
だが、モンスター化によるパワーアップだけではなく、補助魔法の効果も受けた今、いかに『輝光』と言えど耐えることは出来ない。
そう考えたミゲルは会心の笑みを浮かべ、拳が大盾を破壊――しなかった。
大地が震えるほどの衝撃が発生したが、尚も両の足で地面を踏み締めるソフィア。
信じられない思いのミゲルは腕に力を入れたまま、あらんばかりに目を見開いて喚き立てる。
『な、何故だ……何故、貴様は生きている!?』
「言った、はずです。 『輝光』を侮り過ぎ、だと。 貴方ごときに、突破出来るほど、貧弱では、ありません」
必死に大盾で押し返すソフィアにも余裕はなかったが、内に秘めた闘志は燃え盛っていた。
ミゲルの拳を受け止めたまま、長槍に神力を集中させる。
【腕力強化】を使った以上、殴り掛かって来ることはわかっていた。
裏を掛かれるパターンも考えたが、こちらを見下しているミゲルが、その選択肢を取る可能性は低い。
そう結論付けたソフィアは、この瞬間の為に準備をして、渾身の一撃を放とうとしている。
しかし、どれだけ強力な攻撃だろうと、ミゲルには通用しない――はずだった。
『……!? 貴様、まさか!?』
「今更気付いても、遅いです」
ソフィアの狙いを悟ったミゲルは、腕を引いて逃げの一手を打とうとしたが、彼女の言う通りもう遅い。
それゆえに彼は、文字通り奥の手を出す。
『オォォォォォッ!!! させるかぁッ!!!』
ミゲルの両脇から新たな腕が生え、4本腕となった。
それを見たソフィアは固い面持ちになったものの、止まることはない。
最悪、差し違えることになったとしても、ミゲルだけは倒してみせると誓った。
あとのことは、シオンがいればなんとかしてくれると信じて。
彼と結ばれない事実に、一筋の涙がこぼれ落ちる。
それでもソフィアは退かなかった。
自身の恋に一直線な彼女だが、『輝光』であることを忘れたときはない。
新たに生えた腕で、ミゲルがソフィアに殴り掛かる。
自分が死ぬことで、世界中の人々に大きな不安を与えることを申し訳なく思いつつ、最後の務めを果たそうとして――
「【グランド・ティアー】ッ!」
『なッ!?』
塔のように巨大な剣が、ミゲルの4本腕を断ち切った。
神力をチャージすることで大剣を巨大化させ、威力を上昇させるアリアのスキル。
チャージ時間が長ければ長いほど、サイズと威力も跳ね上がるが、神力の消費量も増えて行く。
ここに駆け付けるまでに、残りの神力を全て込めたアリアの一閃は、見事にソフィアを救った。
力尽きたアリアは意識を失ったが、彼女が作った最大の好機を無駄にするソフィアではない。
柳眉を逆立てて長槍を引き絞り、決意を持って突き出す。
「【突き穿つ光】!」
溜めた神力を穂先に収束させ、貫通力を何倍にもするスキル。
【流れる星の光】と対照的に、攻撃範囲は極めて狭いが、単体に対する威力は比べ物にならない。
神速の刺突はミゲルの胸を、紙1枚ほどの抵抗もなく貫いた。
だが、再生能力を持つミゲルには、効果がない――かに思われたが――
『な……何故だ……。 何故わかった……』
ボロボロと、崩れ落ち行くミゲル。
彼を穿ったソフィアの長槍。
その穂先は、飲み込んだ宝石を捉えていた。
これこそが、ミゲルをモンスター化させた元凶であり、再生能力の源。
そのこと自体には、ソフィアも最初から気付いていた。
ただし、飲み込んだあとも形を残しているのか、残していたとしてどこにあるのか。
これに関しては未知数。
そこでソフィアは、あることを試していた。
「わたしの攻撃が通用しなくて、貴方はさぞ気分が良かったでしょうね。 ですが、そこに罠がありました」
『罠、だと……?』
「はい。 腕や脚、頭を攻撃するときは全くの無反応だったにもかかわらず、胴体を攻撃するときだけは、かなり警戒心が高まっていました。 自分では気付いていないかもしれませんけどね。 そのことから、わたしは宝石がまだ体内にあるのだと考えました」
『く……』
「決定的だったのは、【流れる星の光】を妨害したことです。 本当に無敵なら、無駄撃ちさせて神力を消費させた方が良かったはず。 しかし、貴方は迷わず妨害しました。 何故なら、宝石を守らなければならないからです。 あとは場所の特定ですが……これに関しては、さほど苦労しませんでした。 貴方の反応は素直だったので」
『お、おのれぇ……!』
ほとんど原型をなくしたミゲルから長槍を引き抜くと同時に、粉々に砕け散る宝石。
出来れば調べたかったが、こればかりは仕方ない。
意識を切り替えたソフィアは、胴体と頭だけになったミゲルに向かって問い掛けた。
「貴方たちは、本気で魔王が世界を支配するべきだと思っているのですか?」
『当然だ……。 魔王様こそ、真の支配者に相応しい……』
「わかりませんね。 魔王に支配されると言うことは、魔族に人間が滅ぼされるかもしれないと言うことですよ? それでも良いのですか?」
これはソフィアの本心であり、魔蝕教の考えが心底わからない。
いや、彼女だけではない。
この世界の、ほぼ全員が同じように思うだろう。
だが、それでも、ミゲルは揺るがなかった。
『く、くくく……。 愚かだな……。 貴様らは、何も知らんからそのようなことが言えるのだ……』
「何ですって?」
『人間が正義だと信じて疑わない……。 これほど滑稽なこともないだろう……』
「……魔族に正義があるとでも言うのですか?」
『さぁな……。 いずれにせよ、我らは貴様を狙い続ける……。 悲願が……成される……まで……』
その言葉を最後に、ミゲルの体が塵となって風に攫われた。
それを見届けたソフィアは、彼の言葉を聞いて言い知れぬ不安感を抱いていたが、頭を振って気を持ち直す。
ミゲルを倒したことで、トレントたちの反応も消えているとは言え、気を抜く訳には行かない。
まずはアリアの容態を確認しようと、足を踏み出し――森に、轟音が鳴り響いた。
驚愕したソフィアが、その発生源を調べると――
「……! シオンさん……」
シオンが向かった方角。
別の意味で不安になったソフィアは、胸に手を当てて彼の無事を祈った。




