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白雷の聖痕者  作者: YY
第1章
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第1話 グレイセスの至宝

 太陽が中天に差し掛かろうとした頃、僕は小さな村にいた。

 子どもたちが楽しそうに走り回り、その様を畑仕事をしている男性や洗濯中の女性などが、微笑ましそうに眺めている。

 お年寄りの姿も多く、のんびりと過ごしているように見えた。

 村の入口には武装した兵士が立っていたが、暇そうに欠伸を噛み殺していたな。

 お世辞にも豊かな暮らしをしているとは言えなさそうな一方で、満ち溢れている平和で穏やかな空気。

 僕自身も思わず、和やかな気持ちになっていた。

 森を出てどちらに向かうか迷ったが、結果的には正解だったのかもしれない。

 さほど時間も経たずに街道に辿り着き、そこからは順調そのものだった。

 天気が良いこともあって清々しい気分で歩を連ね、ようやくしてこの村に到着した。

 村に着いて最初にしたのは、携帯食料など必需品の買い出し。

 後回しにして売り切れでもしたら、面倒だからな。

 宿を取ろうかとも考えたが、この調子ならもう少し先に進めそうな気もする。

 その辺りの情報収集も兼ねて、僕は村の食堂を目指していた。

 ちょうどお腹も空いて来たし、一石二鳥だろう。

 そんなことを考えていると、古びた木造の建物が見えて来た。

 中からは賑やかな声が聞こえて来ており、明るい雰囲気を感じる。

 目的地の食堂で、それなりに繁盛しているらしい。

 木の軋むドアを開いて中に入ると、多くの視線が僕に殺到した。

 全員が驚愕しているようだが、これは今に始まったことではない。

 この村に限らず、どこに行っても僕を初めて見る人は、似たような反応だ。

 それほど余所者が珍しいのかと思いつつ、特に気にしないようにしている。

 一気に静かになった食堂の中を練り歩き、カウンター席の端に座った。

 それと同時に止まっていた時が動き出し、辺りが騒然とする。


「お、おい! 誰だあの子!?」

「知らねぇよ! 少なくともこの村に、あんな可愛い子はいねぇ!」

「ちょっと! そんな言い方なくない!?」

「お、落ち着いて! 本当に可愛いんだから仕方ないよ!」

「そうだけど……。 う~、なんか納得出来ない!」

「でも、マジで誰だ? 見たところ旅人っぽいけどよ……」


 ボンヤリと周囲の会話を聞いていたが、これも毎回のことだ。

 どうやら僕は、美少女に見えるらしい。

 男だが。

 可愛いと言われたところで、嬉しくもなければ嫌でもない為、基本的には無視している。

 今も僕の容姿について、あれこれ議論が続いているが取り敢えずスルーして、驚いた表情で固まっている店員らしき青年に声を掛けた。


「注文しても良いですか?」

「え……? あ! は、はい、お伺いします!」

「初めてなので良くわからないんですけど、お勧めとかありますか?」

「え、えぇと……い、一応、鶏肉のシチューがうちの看板メニューとなります」

「そうなんですか。 では、それをお願いします」

「か、かしこまりました!」


 顔を真っ赤にして走り去る青年。

 体調が悪いのだろうか?

 厨房から、「店長! あの子、声も凄く可愛いです!」などと聞こえて来たが、何度も言うように僕は男だ。

 もっとも、声質も少女のそれなので、誤解されても仕方ない。

 そんなことを思っていると、壁に取り付けられた大きめのガラスの表面が揺らいだ。

 店内が別の意味で騒めき、皆がそちらに注目する。

 すると――


『皆さん、こんにちは。 ソフィア=グレイセスです』


 ガラスの表面に、1人の少女が映し出された。

 厳かな雰囲気の部屋で豪華な椅子に座り、こちらを真っ直ぐに見つめている。

 年の頃は同じくらいだろうか。

 座っているのでわかり難いが、身長も恐らく僕と同程度。

 綺麗な白金の髪をハーフアップにしており、若干の緊張を滲ませた碧眼は非常に美しい。

 蒼いドレスを身に纏い、誰が見ても高貴な身分であることが窺える。

 僕のことを美少女だと言うが、この少女こそがそうではないだろうか。

 特に、豊満に育った胸元が女性を強調している。

 そして、僕の記憶が正しければ――


「ソフィア様よ! 相変わらずお美しいわ……」

「本当だよな……。 流石、『グレイセス(プライド・オブ)の至宝(・グレイセス)』だぜ」

「なぁ……あの子とどっちが可愛いと思う?」

「ば、馬鹿野郎! それは思っても聞いちゃいけねぇことだ!」


 一部いらない内容もあったが、周りの反応を聞いて僕は胸中で頷いた。

 ソフィア=グレイセス。

 実物を見るのは初めてだが、エレンから知識として聞いている。

 僕が今いる光浄の大陸を統べる、聖王国グレイセスの姫。

 非常に人柄が良く、見た目の可憐さもあって、国内外を問わず人気が高いらしい。

 そこから付いた異名が、『グレイセスの至宝』。

 エレンは「でも、シオンの方が可愛いからね!」などと言っていたが、張り合うことではないと思う。

 それはそうと、魔道具(マジック・アイテム)まで使っていったい何の話だろうか。

 ちなみに魔道具とは、モンスターからドロップする魔石や鉱石を加工して作られる、特殊な道具だ。

 一般家庭にまで普及している物もあれば、太古から存在する貴重な物もある。

 詳しいことは知らないが、今回使われているガラスは中々高価な物に思えた。

 それでも今まで訪れた村や町には、例外なく1つは設置されていたので、グレイセスから支給されているのかもしれない。

 などと考えていると、満を持して姫様が語り始めた。


『皆さんもご存じだとは思いますが、今年で前回の魔王を倒してから100年が経ちます』


 瞬間、食堂内の空気が重くなった。

 事情がわからない僕は不思議に思いつつ、ひとまずは姫様の言葉に意識を向ける。

 凛々しい表情の姫様は1つ息を吐き出し、意を決したかのように告げた。


『過去の魔王は100年周期で復活したと記録に残っているので、今年復活する可能性が高いことは以前からわかっていました。 そして遂に、わたしは……女神へリア様から天啓を受けました。 魔王が復活したと』


 魔王が復活した。

 その言葉を聞いた途端、食堂に動揺が走った。

 だが、大きく取り乱している者はおらず、真剣な面持ちで姫様を見ている。

 どうやら、今年復活する可能性が高いと覚悟していた為、この程度で済んでいるようだ。

 食堂の人たちを眺めながら状況を整理していると、姫様が話を進めた。


『ヘリア様はわたしに、魔王を討伐するよう仰いました。 勿論、わたしは承りました。 その為に、これまで準備して来たのですから』


 姫様の宣言を聞いて、食堂の空気が僅かに弛緩する。

 今年復活するとわかっていたのなら、それなりの準備をするのは当然。

 それゆえに僕は特に何も思わなかったが、次いで姫様が放った言葉には興味を惹かれた。


『そこで、皆さんにお知らせがあります。 今日から1か月後に聖王国グレイセスで、わたしの旅に同行する者を決める選別審査大会を開きます。 参加条件は聖痕者(スティグマータ)であること……ただそれだけです。 パーティは、1組5人まで認めます。 腕に自信のある方は、是非ともご参加下さい』


 またしても周囲に驚きが生まれる。

 もっとも、今回ばかりは僕も他人事ではなかったが。

 今年復活するとは聞いていなかったが、魔王の存在自体は僕も知っている。

 簡単に言えば人類の敵である魔族の王で、放っておけば世界が危機に陥るかもしれない。

 つまり、魔王を倒すのは――正しいこと。

 そう結論付けた僕は今後の方針を固めつつ、姫様に注意を戻した。

 すると姫様は、それまでの真剣な顔付きから柔らかい微笑に変わり、優し気な声音で言葉を紡いだ。


『魔王を討伐するのは容易なことではないと思いますが、安心して下さい。 わたしは必ずやり遂げて見せます。 ですが、その為には皆さんの協力が必要不可欠です。 力を合わせて、この難局を突破しましょう』


 姫様の笑みは、見惚れそうなほど魅力的だった。

 その感想は僕だけではなく、周囲の人たちも同じらしい。

 心ここにあらずと言った様子だが、それでも話は聞いているようだ。

 そうして一呼吸置いた姫様は、話を締め括った。


『それでは、今日は失礼します。 多くの方が選別審査大会に参加してくれることを、楽しみにしていますね』


 一層華やかな笑みを見せた姫様を最後に、魔道具がただのガラスに戻る。

 しばしの間、食堂に沈黙が落ちたが、思い出したかのように騒ぎ出した。

 姫様の美しさや選別審査大会を話題に、盛り上がっている。

 魔王が復活したと言うのに呑気なものだと感じながら、混乱するよりはよほど良いとも思う。

 そのとき、タイミングを見計らっていたのか、店員の青年がシチューを運んで来た。


「いやぁ、大変なことになりましたね」


 空腹を刺激する良い匂いを堪能していると、青年がそんなことを言い出した。

 器を受け取った僕は良い機会だと思い、問を投げてみる。


「そうですね。 ところで、ここから聖王国グレイセスへは、どれくらい掛かりますか?」

「え? うーん……大人の足でも、3週間から1か月は掛かると思いますよ。 馬車を使うなら別ですけど」

「なるほど。 方角はわかりますか? あと、道中にある1番近くの村か町も教えて欲しいです」

「えぇと、村を出て南に下ったところに大きな街道があるので、そこをひたすら東です。 大体5時間くらい歩けば、ヤッツ村に着くと思いますけど……」

「ヤッツ村ですね。 わかりました、有難うございます」

「ち、ちょっと待って下さい! まさか、選別審査大会に出るつもりですか!?」

「はい」

「無茶ですよ! 大陸中から、腕利きの聖痕者が集まって来るんですよ!? キミのような可愛い女の子……じゃなくて、子どもが参加したところで……」

「心配してくれて、有難うございます。 でも、何とかなりますよ」

「何とかって……。 そ、そもそも、聖痕(スティグマ)はあるんですか?」


 尚も食い下がる青年に対して、僕は無言でレザーグローブを外すと、右手の甲を見せる。

 そこには剣の形をした意匠……聖痕が刻まれており、紛うことなく聖痕者だと言うことを示していた。

 それを見た青年は目を見開いて固まったが、僕は構わず言いたいことを言い放つ。


「ご覧の通り、参加条件は満たしています。 代金はここに置いておきますね。 情報料込みで、少し多めに入れておきました」


 一方的に告げた僕は、シチューを食べ始めた。

 看板メニューと言うだけあって、とても美味しいな。

 青年はまだ固まっていたが、気にせずスプーンを動かし続ける。

 そうして食事を終えた僕は、尚も騒ぎ続ける食堂と硬直したままの青年を置き去りに、村をあとにした。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おおお。聖痕が。 一瞬、この美少女にしか見えない美少年が復活した魔王……?かと深読みしましたが違いましたね(汗
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