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【第3章完結】白雷の聖痕者  作者: YY
第1章

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第16話 夜の会話と挨拶

用語解説

・メトル=m

 疲れた。

 いや、本当に。

 就寝準備を終えてベッドに横になりながら、つくづくそう思った。

 ちなみに、この魔家は2階に上がると、廊下を挟んで左右に3部屋ずつ並んでいる。

 都合6部屋あるので、最低でもあと2人なら寝泊まり可能だ。

 家具はベッドしか置いていないが、逆に言えば自分好みの部屋に出来る。

 まぁ、僕はこのままで構わないが。

 1度設置すれば、次回以降その部屋に反映されるそうなので、一々置き直す手間もない。

 至れり尽くせりとは、このことだろう。

 それはともかく、僕は疲れている。

 入浴後、洗濯をしている間に姫様たちも出て来たのだが、尋常ではなく殺伐とした雰囲気だった。

 そのせいで、美味しいアリアの料理を食べても、気持ちが軽くなることはなかった。

 作った本人も終始怯えており、気の毒で仕方なかったな……。

 無言の食事時間を終えてからは、各々が荷物の整理を始めたので、問題は起こっていない。

 それでも醸し出される空気が重過ぎて、どうしても気疲れしてしまう。

 本当に、このまま旅を続けて大丈夫なんだろうか。

 たった1日しか経っていないにもかかわらず、早くも後悔し始めている。

 もっとも、当然ではあるが、今更やめるつもりはない。

 今の状況が良くないのは間違いないが、出来る限り改善してみせよう。

 天井を見つめながら人知れず決意していると、あることに気付いた。

 どうしようか迷ったが、結局ベッドを下りて1階に向かうべく部屋を出る。

 既に夜も更けているので、最低限の魔明だけを残して他は消していた。

 明かりを点けようかとも考えたが、ここは敢えてそのままにしておこう。

 足音を殺して1階に来た僕は、そのまま入口のドアをゆっくりと開いた。

 夜の森は少し肌寒いくらいだが、念の為にコートを羽織って来たので問題ない。

 そして、視線の先には1人の少女が立っていた。

 背中を向けているので、どのような表情をしているのかわからないが、どことなく寂し気な様子で空を見上げている。

 思わず声を掛けるのを躊躇してしまいながら、ここで引き返す選択肢はない。


「何をしているんだ、リルム?」

「ひゃ!?」

「大丈夫か?」

「び、びっくりしたぁ……。 もう、驚かせないでよ」

「すまない、そんなつもりはなかったんだが。 それで、何をしていたんだ?」

「んー、ちょっと星を見にね」

「星?」


 リルムの言葉を聞いた僕は、反射的に上を向いた。

 森の中にある開けた空間。

 遮る物がない為、視界いっぱいに星の海が広がっている。

 綺麗だ。

 僕の心を占めるのは、その一言のみ。

 いつもは気にならないのに、少し意識するだけで、こうも変わるものなのか。

 ちょっとした感動を覚えつつ、そのまましばしのときが経過した頃、隣に立つリルムがポツリと声をこぼした。


「ねぇ、シオンってどんな子どもだったの?」

「いきなりどうした?」

「いや、ほら、どうやってそんなに強くなったのか、気になるじゃない?」


 そう言うことか。

 リルムらしい疑問だが、全てを打ち明けることは出来ない。

 だからと言って、黙秘するのも違和感がある。

 そこで僕は、少しの真実を混ぜた嘘をつくことにした。


「それほど変わったところはないと思う。 強いて言うなら、イレギュラーを含めて戦闘の資質はあったようだから、訓練は怠らなかったな」

「それって、親の教育方針だったの?」

「いや、僕の意志だ。 どちらかと言うと、エレンは消極的だった」

「エレン……?」

「育ての親の名前だ。 記憶喪失の子どもだった僕に、様々なものを与えてくれた。 若い女性だったから、姉に近いかもしれない。 もう死んだが」

「……ッ! ごめん……」

「気にしなくて良い、もう気持ちの整理は出来ている」

「……本当の親に会いたいとか、記憶を取り戻したいとか思わないの?」

「思わない。 記憶があろうがなかろうが僕は僕だし、親はエレンだけだ」

「……そっか」


 沈痛な面持ちで俯くリルム。

 僕の古傷に触れたことを悔やんでいるようだが、それだけではないように感じる。

 どちらにせよ、彼女の悲しそうな顔は見たくない。

 そう考えた僕は、少しわざとらしく話題を変えた。


「リルムこそ、どんな子どもだったんだ?」

「え……?」

「そんなに魔道具が好きなのは、何か切っ掛けがあったのかと思ったんだが」

「うーん……まぁ、あったと言えばあったわよ」

「煮え切らないな。 話したくないなら、話さなくて良いぞ」

「ちょっとなら大丈夫よ。 あんたも何か隠してるみたいだから、全部は教えないけど」


 そう言って、リルムは悪戯っぽく笑った。

 誤魔化したつもりだったが、どうやらバレているらしい。

 彼女の優れた洞察力は、頼もしいと同時に厄介でもある。

 苦笑した僕が黙っていると、リルムが再び星空を眺めながら語り始めた。


「あたしの魔導書、覚えてる?」

「勿論だ」

「あの魔導書、お母さんの形見なのよ。 と言っても、小さい頃に死んじゃったから、ほとんど覚えてないけど」

「……そうなのか。 すま……」

「あ、謝るの禁止。 シオンも言ってたでしょ?」

「……わかった」

「よろしい。 それで、あたしはお婆ちゃんに育ててもらったんだけど、遊び道具がなかったから、ずっと魔導書を読んでたの。 最初は何が書いてあるのかわからなかったから、必死に勉強したわね。 そしたら、どんどん魔法とか魔道具に興味が湧いちゃって、今では自分で作るようになったって感じかしら」

「なるほどな。 キミの探求心の源は、あの魔導書だったか。 未だに、どんな性能か知らないが」

「それに関しては、そのうちわかるんじゃない? なるべく使いたくないけど」

「そうなのか?」

「うん。 理由はあるけど……教えなーい」

「意地悪だな」

「シオンだって、まだまだ秘密にしてることあるでしょ? お互い様よ」


 茶目っ気たっぷりにウインクしたリルムに、またしても僕は苦笑する。

 パーティを組む以上、本来ならそれぞれの能力を把握しておくべきだが、どこで誰が見ているかわからないことを考えると、手札を隠しているのは悪いとは言い切れない。

 半分くらいは言い訳だと自覚しつつ、内心で自分に言い聞かせていると、リルムが落ち着きなく視線を彷徨わせていた。

 急にどうしたんだ?

 不思議に思った僕が小首を傾げる一方、深呼吸したリルムがたどたどしく言葉を紡ぐ。


「ごめんね」

「また突然だな。 それは、何に対する謝罪だ?」

「何って……いろいろ。 お風呂に押し掛けたこととか、ご飯中に態度が悪かったこととか……」

「入浴に関しては、気にするな。 今後も続けられると困るが、もう過ぎたことだ。 食事に関しては、僕じゃなくてアリアに謝ってくれ」

「……そうね。 メイドちゃんにも、悪いことしちゃった」

「わかれば良い。 リルムなら、同じ過ちは繰り返さないだろう」


 自嘲気味に笑うリルムを見据えて、僕は率直な気持ちをぶつけた。

 てっきり、強気な答えが返って来るかと思ったが――


「どうかしら、自信ないわね」

「自信がない? 何故だ?」

「だって本当なら今日も、放っておくつもりだったんだもん。 でも、気付いたらお風呂場にいたの」

「……まさか、記憶喪失か? 外を見て回っているときに、頭を打ったんじゃないだろうな? いや、魔道具の研究に没頭し過ぎた影響の可能性も……」

「あんたそれ、本気で言ってるの……? ま、あたし自身、はっきりとはわかってないんだけどね」

「と言うことは、心当たりくらいはあるんだな?」

「そりゃ、まぁ……うん。 ただ、自分が本当に欲しいのか、他人に取られるのが嫌なだけなのか、良くわかんないのよ」

「……謎掛けか?」

「あはは、そんなんじゃないって。 取り敢えず、先に謝っておくわ。 似たようなことがあったら、また困らせると思うけど……ごめんね?」

「事前に謝られてもな……。 出来れば、そうならないことを祈る」

「それは、あたしだってそうよ。 ほら、そろそろ戻りなさい。 明日も早いんだから」

「キミは、まだ寝ないのか?」

「あたしは、もうちょっとここにいるわ。 心配しなくても、それほど長居はしないから」


 そう言ってリルムは、僕の体をそっと押した。

 良くわからないが、先に帰って欲しいことは伝わって来る。

 彼女を置いて去るのは気が引けるとは言え、残ったところで出来ることなどない。

 そう判断した僕は、大人しく魔家に入ろうとしたが、その前にやるべきことがあった。


「……!」

「明日返してくれたら良い」

「……ありがと」

「気にするな。 お休み」

「ん……お休み」


 部屋着で外に出ていたせいで、体が冷えた様子のリルムの肩に、コートを掛けた。

 何でもない風を装っていたが、我慢しているのはバレバレだ。

 素直に受け取ってくれたことに満足した僕は、今度こそ踵を返す。

 背後から、「そう言うことするから、困るんだって……」などと聞こえて来たが、真意を問い質すのはやめておいた。

 魔家に入った僕は、足音に気を付けながら自室に戻る。

 リルムの悩みを解決することは出来なかったかもしれないが、内心を吐露したからか、少しすっきりしているようには見えた。

 まだまだ予断は許されないものの、全くの無駄足でもなかったらしい。

 ひとまずはそれで充分だと思った僕は、ベッドに寝転がって眠りに入る。

 身体的にはともかく、精神的にかなり疲れていた僕は、間もなくして意識を手放しそうになったが、次の瞬間には身を起こした。

 視線の先にあるのは、入口のドア。

 一見すると何の変哲もないが、僕にはその先が見えているようなものだ。

 リルムのときと同じく、どうするべきか悩んだのは一瞬で、最終的には無視出来なかった。

 小さく溜息をついた僕は、再びベッドから下りて入口に向かう。

 そしてドアノブを握ると、前置きなく開いた。


「きゃ……!?」

「何か用事ですか、姫様?」


 部屋の前でウロウロしていた姫様が、急にドアが開いたことで驚いている。

 それでも大声を出さなかったのは、彼女なりの気遣いかもしれない。

 白いネグリジェで身を包み、可愛らしさとセクシーさが同居している。

 何にせよ、用を知らなければ対応のしようもないので、姫様の返事を待っていると、恥ずかしそうに下を向きながら口を開いた。


「あの……入っても良いですか?」

「理由を聞いても良いですか?」

「えぇと、少しお話したくて……。 駄目ですか……?」


 叱られることを怖がる子どものように、上目遣いで懇願して来る姫様。

 はっきり言って非常に愛らしく、断る気が中々湧いて来ない。

 しかし、入浴時のことを思えば、却下するべきだろう。

 頭ではそう考えながら、僕の感情は彼女を突き放すことが出来なかった。


「少しなら構いません」

「え……ほ、本当に良いのですか?」

「はい。 どうぞ、入って下さい」

「お、お邪魔します……」


 僕の返事を意外そうにしながら、おずおずと姫様が部屋に入って来た。

 風呂場のときとは、まるで別人だな。

 そんなことを思いつつ、身振りで姫様にベッドを勧める。

 椅子やソファーがあれば良かったんだが、生憎とこの部屋に他の家具はない。

 頬を朱に染めた姫様がベッドに腰掛けたのを確認して、僕も離れた位置に座った。

 窓から差し込む月明かりに照らされた彼女が、幻想的な美しさを演出している。

 思わず息を飲むほど綺麗だが、今の姫様は明らかに落ち込んでいた。

 なんとなく既視感を抱いた僕は、先回りして尋ねてみる。


「もしかして、入浴と食事中のことに関してですか?」

「え……!? ど、どうしてわかったのですか?」

「確信はありませんでしたが、そんな気がしまして」

「そうですか……。 流石はシオンさんですね」


 力なく微笑む姫様。

 リルムと似たような状態だったからわかったんだが、それを教える必要はないだろう。

 無言で姫様を見つめていると、彼女は気まずそうに目を逸らし、小声で言葉を紡いだ。


「軽蔑しましたか……?」

「軽蔑?」

「はい……。 あのような、はしたないことをして……。 それだけではなく、ずっと不愛想を振り撒いていましたし……。 軽蔑されたのではないかと……」


 瞳に涙を溜めながら、姫様が少しずつ想いを吐き出す。

 正直なところ、どう答えるのが正解かわからなかったが、確かなことがあった。

 姫様の隣に座り直した僕は、彼女の顔に右手を添えて、ゆっくりとこちらを向かせる。

 触れた瞬間に姫様はビクリと震えたが、敢えて無視した。

 至近距離で目を合わせ、こぼれそうになった彼女の涙を指先で拭う。

 驚きからか、目を丸くした姫様の頬に手を当てたまま、僕は本音を伝えた。


「入浴に関して、戸惑ったことは否定しません。 これからは、やめて欲しいとも思っています」

「……! そう、ですか……」


 僕の気持ちを知った姫様は、咄嗟に顔を背けようとしたが、逃がさない。

 両手で彼女の顔を優しく覆い、こちらから視線を外せないようにする。

 姫様はパニック寸前のようだったが、構わず僕は言葉を続けた。


「ですがそれは、軽蔑したからじゃありません。 ただ、危険だと思ったからです」

「危険……?」

「はい。 姫様たちが魅力的過ぎて、僕の自制心がもたないかもしれないと感じました」

「え……? わたしが魅力的……?」


 厳密には姫様「たち」だが、それを指摘するのは野暮と言うものだろう。

 胸中を悟らせないように大きく頷いた僕は、きっぱりと告げた。


「姫様は魅力的です。 僕がどれだけ苦労して自分を抑えていたか、知らないでしょう?」

「で、でも……そんな素振り全然……」

「少しでも緩めたら、それまでだと思っていたからです。 万が一にも、間違いがあってはいけないので」

「……わたしが、受け入れると言ったら……?」

「そう言う問題じゃないですね。 旅を続けるに当たって、そう言った行為は避けるべきです」

「では……旅が終わったあとなら?」

「そのときはまた話が変わって来ますけど、今は考える必要ないでしょう。 僕たちは、旅立ったばかりなのですから」

「……そうですね。 全ては、魔王を倒してからです」


 何だろう、姫様から驚異的な闘志を感じる。

 思っていた方向とは違うが、ひとまず立ち直ったようで良かった。

 そう考えた僕は、もう1つの事柄に着手する。


「不愛想だったことは、僕よりもアリアに謝って下さい。 ずっと居心地が悪そうでしたから」

「はい……。 明日起きたら、すぐに謝罪します」

「それを約束してもらえるなら、僕からこれ以上言うことはありません」


 安心した僕は、姫様を解放した。

 しかし、今度は彼女が僕の頬に両手を添えて、身を寄せる。

 ウットリとした面持ちで目を覗き込んで来て、呼吸も荒くなり始めた。

 これは、不味いかもしれない……。

 今までの経験からそう察した僕だが、彼女も一応は反省しているようだ。

 際どいところではありつつも、それ以上近付くことはなく、じっとこちらを凝視している。

 とは言え、いつどうなるかわからないので、そろそろ押し止めようとしたが、僕が行動するより先に姫様が言い募って来た。


「先ほどシオンさんは、自制していたと言いましたね?」

「えぇ、まぁ」

「お言葉を返すようですが、わたしがどれだけ我慢しているか知っていますか?」

「我慢……していましたか?」


 客観的に見て暴走していたが。


「とてもしていました。 だってシオンさん、エレンさんの話をしたり、リルムさんやアリアと仲良くしたりするじゃないですか」

「あの、それが何か問題なんでしょうか?」

「大問題です。 本当は、わたしはシオンさんを独占したいのです。 他の女性とは、極力関わって欲しくありません」


 ここに来て、遅まきながら僕は姫様と国王様、王妃様の思惑がわかった気がした。

 我ながら察しが悪いとは思うが、僕からすれば理解出来ないと言うのが、偽らざる気持ち。


「……どうして、僕にそこまで固執するんですか?」

「可愛いからです」

「……はい?」


 思わず間抜けな声が出たが、僕に非はない……と思う。


「ですから、可愛いからです。 わたしは、可愛い人が大好きなんです」

「それならリルムやアリアも、対象になりそうですが……」

「わかっていませんね。 男性なのに、こんなに可愛いのが良いのです。 わたしは、この出会いを運命だと確信しています」

「いえ、たぶん勘違いだと思います」

「いいえ、運命です」

「……」


 どこから来るんだ、その自信は。

 運命などと言うものが存在するかどうかは置いておくとして、意味不明の極み。

 だが、これは千載一遇のチャンスかもしれない。

 一筋の光明が見えた気がした僕は、決死の思いで言い放つ。


「もしそれが本当なら、何も心配はいりませんね」

「え?」

「ですから、僕たちが将来結ばれる運命にあるとすれば、一々他の女性とのことで嫉妬しなくて良いですよね?」

「それは、そうですけど……」

「なら、今後はもう少し余裕を持って下さい」

「……わかりました。 運命は絶対ですから、恐れるものなどありません」


 神妙な顔付きで宣言する姫様。

 本当に言いくるめられるとは思っていなかったが、今回だけは彼女の思い込みの激しさに感謝しよう。

 何にせよ、取り敢えずの決着が付いたと判断した僕は、拘束から脱出しようとして――


「きゃ……!」


 姫様を抱き締めながら、床にダイブする。

 その直後、窓ガラスが割れたかと思えば、壁に小さな穴が開いた。

 腕の中の姫様は驚愕していたが、即座に状況を悟ったらしい。

 真剣な面持ちで武装した彼女は、大盾で身を守りながら壁に潜んだ。

 それを確認した僕も双剣を生成し、油断なく外の様子を窺う。

 今のところ追撃はないが、退いたかどうかは定かじゃない。

 ここは危険を承知で、誘ってみるか。

 意を決した僕は壁から離れて、割れた窓ガラスの前に立ち塞がる。

 姫様が慌てて止めようとしていたが、それより速く2度目の攻撃が襲い掛かった。

 目視出来ない速度で何かが飛来し、僕の胸に風穴を空けようとする。

 恐らく一般的な聖痕者なら、何が起きたかわからぬまま絶命したはずだ。

 しかし、初撃である程度のことを把握していた僕は、直剣を振り下ろして一刀両断。

 真っ二つにされた何かが背後の壁に、2つの穴を空けた。

 それを確認することもなく、反対の直剣を前に突き出した僕は、最速で神力を練り上げる。


「【閃雷】」


 音もなく射出された白い雷が、夜の闇を裂いて森の中に消えた。

 【閃雷】の最大射程は500メトル。

 遠くなればなるほど精度は下がるが、今回は敵の攻撃と全く同じ軌道で撃ち返した。

 仕留めるところまでは行っていないにしろ、牽制程度にはなっただろう。

 事実、それから暫くしても襲撃はなく、完全に撤退したかもしれない。

 警戒しながら壁際に戻った僕は、小声で姫様に呼び掛けた。


「姫様、無事ですか?」

「わたしは平気ですけれど、シオンさんこそ怪我はありませんか? あのような無茶をして……」

「僕も何ともありません。 もう大丈夫だとは思いますが、今夜はリビングにバリケードを作って寝ましょう。 すみませんが、リルムとアリアを呼んで来てくれますか?」

「シオンさんはどうするのですか?」

「僕は念の為に、周囲の索敵をして来ます。 あと、調べておきたいことがあるので」

「……わかりました。 くれぐれも、気を付けて下さい」

「はい、姫様も」


 その言葉を最後に、僕たちは行動を始めた。

 姫様はリルムたちの元に向かい、僕は調べものをしてから外に出て、注意深く森の中を探る。

 だが、やはり今回は撤退したようで、何も感じない。

 確信を抱いた僕が魔家に戻ると、3人がリビングに家具でバリケードを作っていた。

 リルムとアリアもガラスが割れる音を聞いて、既に戦える準備はしていたらしい。

 間もなくしてバリケードを設置し終えた僕たちは、向かい合うようにして座る。

 全員寝間着、あるいは部屋着姿なので、パッと見だとパジャマパーティのようだが、そんなお気楽な状況じゃない。

 何から話すべきか考えたが、最初に言っておくべきことはこれだろう。


「ひとまず敵は退いたようです。 完全に油断する訳には行きませんが、恐らく大丈夫でしょう」

「良かったです……。 お2人とも、お怪我はありませんか……?」

「わたしたちは大丈夫よ、アリア。 それより、敵はやはり魔蝕教でしょうか」

「断言は出来ないけど、そうでしょうね。 けど問題は、どうやって攻撃して来たかよ。 この魔家には、住人以外の人やモンスターが近付いて来たら、警戒音が鳴る仕組みがあるのに……」


 リルムの言う通り、魔家の半径100メトル以内に何者かが侵入した場合、僕たちはそれを知ることが出来る。

 だからこそ、彼女たちは頭を悩ませているのだが、答えは単純明快。


「具体的な距離はわからないが、敵は遠方から狙撃して来た。 だから、魔家の警戒網に引っ掛からなかったのだろう」

「狙撃……? じゃあ敵は、『弓術士』ってこと?」

「いえ、リルムさん。 あの攻撃は、『弓術士』ではありませんでした。 そもそも、矢が残っていませんでしたから」

「で、ですが、それなら階位は何なんでしょうか? 『攻魔士』に、そこまで遠距離攻撃が出来るとは思えませんが……」

「そうとも限らないわよ、メイドちゃん。 あまり知られてないけど、遠距離魔法って少なからず存在するしね。 て言うか、シオンも使ってるじゃない」

「あ……そ、そうでした、すみません……」

「謝らなくて良い。 しかし、今回の敵は『攻魔士』でもなかった。 魔法の痕跡はなかったからな」

「じゃあ、何だって言うのよ? 遠距離攻撃が出来る階位は、『弓術士』と『攻魔士』くらいじゃない。 一応、『治癒士』と『付与士』の可能性もあるけど、魔法の痕跡がないなら、その2つでもないんでしょ?」


 若干苛立たし気に、問い質して来るリルム。

 確かに常識で考えれば、おかしな話だ。

 しかし見方を少し変えると、ある仮説が浮かび上がる。


「姫様、聞きたいことがあります」

「何ですか?」

「『輝光』は世界で1人の特殊階位だと聞きましたが、それはどうしてわかったんですか?」

「わたしが『輝光』になったときに、ヘリア様が仰っていたからです。 過去の記録でも、『輝光』は1人しかいなかったとされています」

「では、『輝光』以外の特殊階位が存在するかどうかは、知っていますか?」

「それは……わかりません。 ……! まさか……」


 この段階になって、姫様は僕が何を言いたいか察したらしい。

 姫様だけではない、リルムとアリアもだ。

 固い表情の3人に頷いて見せた僕は、淡々と結論を述べる。


「そう、敵は恐らく特殊階位です。 魔族の線も考えましたが、攻撃の跡から神力を感じたので、聖痕者であることは間違いありません」

「そ、そんな……。 どうして特殊階位の聖痕者が、ソフィア様を狙うんでしょう……」

「アリア、それは少し違うかもしれない」

「え……?」

「先ほどの襲撃、敵は姫様じゃなく僕を狙い撃った。 まずは邪魔な僕を始末しようとしたのかもしれないが、わざわざ狙撃するなら、最初の1発で姫様を仕留める方が理に適っている。 つまり、敵の標的は姫様とは限らないってことだ」

「ちょっと待って! お姫様は『輝光』だから狙われる理由があるけど、なんでシオンが標的にされるのよ!?」

「その辺りの正確なことは、現時点では何とも言えない。 大事なのは、敵の中に特殊階位がいることだ。 通常の階位と違って、対策が取り難いからな」

「……シオンさんの魔法で、倒した可能性はありませんか?」

「絶対ではありませんが、ないと思います。 どちらにせよ、生きている前提で動かなくてはなりません」

「その通りですね……」


 僕の話を聞いて、3人は難しい表情で黙り込んだ。

 楽観的になるよりは良いが、深刻になり過ぎてもいけない。

 そう思った僕は小さく肩をすくめて、敢えて軽い口調で言ってのける。


「今はあれこれ考えても、仕方ありません。 とにかく今日は、ここで寝るとしましょう。 睡眠不足で力を発揮出来なくなれば、敵の思うつぼです」

「ま、それもそうね」

「リルムさん、切り替え早いですね……。 ですが、わたしも賛成です」

「で、では、わたしが見張りを担当しますので、皆様はゆっくり休んで下さい」

「いや、その役目は僕に務めさせてくれ、アリア」

「え? ですが……」

「狙撃手……と仮に命名するが、奴の攻撃に確実に対処出来るのは、現時点で僕だけだからな。 任せて欲しい」

「そうかもしれませんけど、それではシオン様が休めないのでは……?」


 僕の申し出を受けたアリアは、不安そうに眉を落とした。

 彼女の優しさに苦笑を漏らしつつ、頭を撫でて言い聞かせる。


「心配するな。 僕なら数日寝なくても、戦闘に影響は出さない。 だから、安心して眠って大丈夫だ」

「……わかりました、今日のところはシオン様にお任せします。 ですが、もし明日以降も続くようなら、わたしも見張りに加えて下さい。 必ず、狙撃手から皆様を守ってみせます」

「あぁ、頼りにしている」

「有難うございます!」


 嬉しそうに破顔するアリアを見て、僕はもう1度頭を撫でる。

 彼女は照れながらも気持ち良さそうにしていたが、ふと我に返ったかと思うと、顔面蒼白とさせて姫様に振り向いた。

 どうやら、またしても彼女の逆鱗に触れたと恐れたらしい。

 しかし、当の姫様は優し気に微笑んでおり、アリアは戸惑った様子で目を瞬かせている。

 リルムに至っては、不気味そうにしていた。

 ふむ、部屋での約束を守ってくれているようだな。

 そのことに安堵した僕は、これを機にパーティを立て直すことにした。


「アリア、2人からキミに言いたいことがあるらしい」

「言いたいこと、ですか……?」


 僕の言葉を聞いて、アリアはオドオドし始めた。

 今から何を聞かされるのかと、怖がっているのだろう。

 そんな彼女を見た姫様とリルムは、無言で視線を交換してから、申し訳なさそうに口を開いた。


「アリア、ごめんなさいね。 折角食事を用意してくれたのに、ずっと不機嫌そうにして……」

「あたしも謝るわ。 ごめん、メイドちゃん」


 座ったままだが丁寧に頭を下げた姫様と、端的ながら心を込めて詫びたリルム。

 彼女たちの謝罪を受けたアリアは、ポカンとしていたが、次いで大慌てで言い募る。


「そ、そんな! 謝らないで下さい! わたしは気にしてませんから!」

「じゃあ、許してくれるの?」

「許します! 許しますから頭を上げて下さい、ソフィア様!」


 両手を胸の前でブンブン振りつつ、最早泣き出す1歩手前のアリア。

 毎度のことながら、面白い子だな。

 今回も失礼な感想を持った僕だが、しっかり纏めることも忘れない。


「これで仲直りですね。 アリア、良かったな」

「そ、そうですね……。 ドッと疲れましたけど……」

「さぁ、そろそろ寝て下さい。 予定時刻に起こしますから」

「良いけど……あんた、ずっとここにいるの?」

「そのつもりだが、何か問題があるのか?」

「問題って言うか、寝顔を見られるの恥ずかしいんだけど……」

「恥ずかしい? そんなに変な顔で寝ているのか?」

「違うわよ! あー、もう! あんたにこんなこと言った、あたしが馬鹿だったわ! お休み!」


 赤面して叫んだリルムが、背を向けて床に寝転んだ。

 訳がわからず首を捻っていると、顔を見合わせて苦笑を浮かべた姫様とアリアも、それぞれ就寝体勢に入る。


「お休みなさい、シオンさん。 何かあれば、すぐに起こして下さいね」

「わたしもです。 シオン様、お休みなさい」

「はい、姫様。 アリアも、お休み」


 それから暫くして、3人から小さな寝息が聞こえ始めた。

 全員疲れていたようで、ぐっすり眠っている。

 リルムが恥ずかしいと言っていたので、ジロジロ見るのはやめておいたが、少女たちの穏やかな寝顔を目の当たりにして、僕は自身に喝を入れた。

 魔蝕教だろうが特殊階位だろうが、決して負けはしない。

 旅を始めて最初の試練が訪れる予感を抱きながら、僕は静かに戦意を高めた。











 真の暗闇が訪れた、迷いの森。

 風に揺られた木々の音に紛れて、少女の怪しげな声が聞こえる。


「ふ、ふふふ……ふふふふふ……!」


 魔蝕教に雇われた最凶の殺し屋、ルナだ。

 太い幹に体を預けた彼女は、右腕から血を滴らせ、額に汗しながら笑声をこぼし続ける。

 シオンの【閃雷】は腕を掠めただけだったにもかかわらず、今も尚、焼けるような痛みがルナを襲っていた。

 それでも回復薬を飲めば、すぐに治せる程度の傷。

 しかし、彼女はそうしようとしなかった。

 何故なら――


「あぁ……痛い……痛いわ……。 これがシオン=ホワイトの魔法……。 たっぷり感じないとね……。 うふふ……」


 と言うことだ。

 ルナはマゾヒストではないが、シオンと言う存在を自身に刻み込むように、敢えてそのままにしている。

 左手で傷口に触れた彼女は、指先に付いた血を舐めて、恍惚とした表情を浮かべた。

 内股でモジモジし、時折身を震わせている。

 そのまましばしすると、ビクビクと体を痙攣させ、大きく息を乱した。

 それに反してスッキリした様子で、ようやく回復薬を飲み干す。

 見る見るうちに傷が癒えて、それを見たルナは少し残念そうにしていたが、意識を切り替えて舌なめずりした。


「わたしの攻撃を防ぐだけじゃなく、反撃して来るなんて……どこまで素敵なの。 あぁ、早く戦いたいわ。 ……あら?」


 夢見る乙女のような顔で呟いていたルナが、おもむろに遠話石を取り出す。

 微振動しており、何者かから通信が届いていることを知らせていた。

 もっとも、この遠話石には1人の魔力しか登録していない。

 最初は面倒臭そうにしていたルナだが、すぐにニヤリとした笑みを浮かべて応答する。


「ごきげんよう、ミゲルさん。 襲撃準備が整ったのかしら?」

『その前に、貴様は何をしている? 勝手に動きおって、余計な手間を掛けさせるな』

「ごめんなさい、どうしても我慢出来なくて。 ちょっと挨拶して来たの」

『挨拶だと? まさか、もう仕掛けたのか?』

「まぁね、見事に失敗してしまったわ」

『ふざけるな! それでは、ただ警戒心を強めただけではないか!』

「だから、謝っているじゃない。 お詫びに今後は指示に従うから、許してね。 シオン=ホワイトだけは譲らないけれど」

『まったく、厄介な相手に依頼してしまったものだ……。 とにかく合流するぞ。 どちらにせよ、動くのは明日だ』

「わかったわ。 場所はさっきのところで良いの?」

『そうだ。 貴様とも話は詰めておく必要はあるからな、急げ』

「はいはい」


 ミゲルからの連絡を切ったルナは、小さく溜息をついた。

 協力が必須とは言え、気乗りはしない。

 ソフィアを殺害することに抵抗があるのではなく、単純に他者と足並みを揃えるのが、性に合っていないのだ。

 それでも、シオンと戦える機会が目前に迫っていることに、彼女の興奮は最高潮に達している。

 脳内で様々な妄想を膨らませたルナは、笑みを深めて言葉を紡いだ。


「ふふ……最高の時間にしましょう、シオン=ホワイト。 どちらが生き残るかしらね……うふふ……」


 最後までルナは、笑みを絶やさなかった。

 溶けるように姿を消した彼女は、魔蝕教たちの拠点を目指す。

 あとには、深淵を思わせる闇が広がっていた。

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