第14話 迷いの森の戦い
外から見ても暗かったが、中に入るとまるで真夜中。
予想通り足元も悪い為、闇雲に歩いてしまえば恐らくすぐに遭難する。
まさしく迷いの森だな。
ちなみに、3人ともスイッチを切り替えたらしく、今は真剣な表情をしている。
本当はいつでもそうあって欲しいが、オンオフが出来るなら、ひとまずはそれで構わない。
僕がそう考えていると、リルムが魔箱から4つの小さなランプを取り出した。
これは魔明と呼ばれる魔道具で、魔力を流すと点灯する。
それ以降は軽く衝撃を加えることで、明かりを消したり点けたり出来る上に、注ぐ魔力の強さで光量を調節することが可能。
昔は高級品だったが、今では一般家庭にも普及しているらしい。
そのような雑学が脳裏を過っている間に、それぞれの魔明を点灯させたリルムが、全員に配ってくれた。
「はい、調節は自分でしてね。 あと、出来るだけ壊したりなくしたりしないように。 スペアはあるけど、そんなに数はないから」
「わかっている。 ただ、戦闘になれば優先度は落ちるぞ?」
「それは仕方ないわね。 魔明を庇って怪我してたら、世話ないし」
「それにしても、見事な魔明ですね。 ここまで安定して光る物は、見たことがありません」
「ふふん、お姫様にしては良く気付いたじゃない。 これは、あたしオリジナルだからね。 そこら辺のガラクタとは、出来が違うのよ」
「……褒めて損した気分です」
「なんでよ!?」
「お、お2人とも、喧嘩はやめましょう。 ここでは、何があるかわかりませんから……」
「その通りだな、アリア。 姫様、無駄話はやめて早く準備して下さい。 リルムも、今後は大声を控えろ」
「すみません……」
「今回は、あたし悪くないと思うんだけど……」
どうしようもないな、この2人は……。
この先ずっと、同じような仲裁が続くかと思うと、今から頭が痛い。
とは言え、リルムをパーティに引き入れたのは僕だ。
まさか、ここまで相性が悪いとは思っていなかったが、責任は取るべきだろう。
こっそりと溜息をこぼした僕は、魔明をベルトで腰に固定して、明るくなり過ぎない程度に魔力を流した。
明かりが強い方が視界は良いが、敵に見付かるリスクも上がるからな。
そうして、全員の態勢が整ったことを確認した僕は、先ほどから考えていた案を提示する。
「姫様、ここからは陣形を組みましょう。 先頭はアリアとリルム、真ん中が姫様、最後尾が僕です」
「構いませんけど……先頭はわたしの方が良くないですか? この中で最も防御に秀でているのは『輝光』ですから、最前線で敵の攻撃を止められると思います」
「階位性能で言えばそうですが、姫様は敵に狙われる立場なので、いつでも助けに入れる場所にいて欲しいんです。 勿論、姫様の強さは承知しています。 それでも、不測の事態に陥る可能性はありますから」
「え……。 そ、それって……わたしのことを、心配してくれているのですか……?」
「当然でしょう。 姫様に何かあったら、僕が同行している意味がなくなります」
「そうですか……そんなに心配なんですね……ふふ……」
「姫様……?」
「何でもありません。 では、シオンさんの言う通りにしましょう」
「お、お任せ下さい」
「……しょーがないわね」
眩いばかりの笑顔を見せる姫様に対して、アリアは苦笑を浮かべ、リルムはどことなく不満そうだ。
彼女たちの心理状態は良くわからないが、案が通ったことには満足している。
本来なら、僕が先頭を務めたい。
それでもこの陣形にしたのは、少し気になることがあるからだ。
はっきりとは言えないが、グレイセスを出てから誰かに尾行されている気がする。
ただ、本当に微かな感覚なので、僕の考え過ぎかもしれない。
それならそれで良いんだが、警戒しておくに越したことはないだろう。
その後、陣形を組んだ僕たちは、いよいよ森の奥に向かって歩み始めた。
リルムの懐中時計は方位を示す効果も持っている為、こう言うときは非常に助かる。
何故か浮かれ気分だった姫様も集中しており、取り敢えず問題なさそうだ。
木々の間は空いているので、空間的な広さはあるとは言え、根があちこちに出ているだけではなく、地形的な高低差もあるせいで、歩き難いことこの上ない。
もっとも、僕たちにとっては大した障害ではなかった。
一国の姫ともなると温室育ちのイメージが強いが、彼女に限っては心配無用。
アリアも旅に同行するだけあって、その辺りの訓練は積んでいるようだ。
意外だったのはリルムで、インドア派かと思いきや、かなり軽快に進んでいる。
彼女たちの動きに頼もしさを覚えた僕は、3人に続いてちょっとした崖の上に跳び上がった。
このときも含め、幾度となく少女たちの下着を目撃しているが、それは些細な問題だろう。
それから更に30分ほど歩いた頃、僕はある異変に気付いた。
安全を考えるなら、そのまま伝えるべきなのだろうが……ここは、少し試させてもらう。
「リルム、アリア、止まれ」
「ん?」
「は、はい!」
「シオンさん、どうかしましたか?」
「いえ、妙な気配がしまして。 姫様、何か感じませんか?」
「妙な気配、ですか……?」
僕の言葉を聞いて、3人が周囲に視線を走らせる。
彼女たちの索敵レベルはかなり高く、並の相手では逃れることが出来ない。
そして今回の敵は、戦闘力自体ははっきり言って並だ。
ところが、彼女たちは敵の存在にまだ気付いていない。
それもそのはず。
何故なら敵は――
「下です」
地中から、攻撃を仕掛けて来ているのだから。
瞬間、地面が爆発したかのように巻き上がり、木の根が僕たちに襲い掛かる。
虚を衝かれた姫様たちは瞠目しつつ、即座に戦闘態勢に入った。
それ自体は見事と言って差し支えないが、今回は相手が巧い。
「……!」
「アリア!?」
「メイドちゃん!?」
地面を這った蔓がアリアの足に絡み付き、彼女を上空に振り上げる。
つまり、派手に出現させた木の根はおとりだ。
普通の使い手ならこの時点で混乱し、そのまま地面に叩き付けられていたかもしれない。
だが、アリアは普通とは程遠い実力者。
「はッ……!」
欠片も焦ることなく、冷静に蔓を断ち切る。
それによって自由になった彼女は華麗に着地して、間髪入れずに突貫した。
標的は自分を捕らえた植物型モンスター、トレント。
本物の木に擬態する能力と、今のような奇襲攻撃に優れているが、動きは遅く火魔法が弱点。
感情の抜け落ちた顔で森を駆け抜けたアリアは、トレントに向かって大剣を振り下ろす。
バッサリと斬り裂かれたトレントは、断末魔の声を上げながら塵となり、少し大きめの魔石を落とした。
そこに別の3体が、アリアに向かって木の根を叩き付ける。
かなりの速度と威力だが、彼女は怯むことなく2本を同時に斬り捨て、残りの1本はバックラーで受け流した。
そして間髪入れずにトレントたちの前に踏み込むと、大剣に神力を送り込み――
「【サークル・スラッシュ】……!」
初めてスキルを披露する。
大剣で回転斬りを放つことで、トレントごと全周囲を一掃。
元々巨大な剣に神力を纏わせたことで攻撃範囲を広げており、アリアを中心に辺り一面が伐採された。
範囲内にいた数多くのトレントが餌食となり、大人しい彼女の性格に反して、シンプルながら豪快なスキルだ。
一方で、アリアが無事だったことに安心した姫様とリルムも、自分たちの戦いを始めている。
「覚悟しなさい」
1体のトレントに接近して、強烈な刺突をお見舞いする姫様。
鈍重なトレントに避ける術はなく、深々と貫かれ、こちらも一撃で仕留められる。
そんな彼女に多数のトレントから蔓の鞭が振るわれたものの、大盾によって軽々と受け止められた。
とは言え、間断なく襲い来る蔓の鞭を前に、姫様は防御を強いられている――かに思われたが、そうじゃない。
僅かな隙を突いて距離を埋めた彼女は、長槍で薙ぎ払うことで纏めてトレントたちを葬る。
受け身に回っているように見えて、冷静にチャンスを窺っていたようだ。
姫様の戦い方は一見すると地味だが、『輝光』の階位性能に頼り切らない、高い次元の技術を駆使している。
スキルを使えばもっと楽が出来るだろうに、純粋な戦闘力のみでここまで戦えているのは、ある意味で凄いことだ。
その一方でリルムは、存分にスキルを活用している。
「全部燃やす……って訳には行かないわよね」
ウンザリとした様子で撃ち出される、数多の【火球】。
火事にならないように加減しながらも、火属性のアドバンテージを活かして、次々と撃破数を伸ばしている。
素晴らしいのは、この視界の悪い中、余計な木々を傷付けることなく、トレントだけを狙い撃っている精度。
トレントたちもやられっ放しではなく、なんとか彼女に攻撃しようとしているのだが、射程内に捉える前に倒されている。
1歩も動くことなくモンスターを蹂躙する様は、強者の風格すら感じさせた。
やはり彼女は魔道具の専門家と言いながら、『攻魔士』としての実力もずば抜けている。
こうなると、こちらの勝ちは揺るがない。
向こうとしては、最初の攻防で決めるしかなかったな。
3人の戦況を眺めている間、僕にも幾度となく攻撃は仕掛けられているが、片手間に斬り払っている。
だが、そろそろそれも終わりだ。
トレントたちの位置を把握した僕は、目を向けることもなく剣先を突き付ける。
「【閃雷】」
白い雷が迸り、直線状の敵を一気に始末した。
そして息つく間もなく疾走し、トレントの密集地帯に躍り出る。
突然の強襲に、トレントたちから驚愕した空気を感じたが、一切合切を無視して双剣を繰り出した。
1体につき一閃で、確実に息の根を止める。
すると、木の幹の半ばが割れて顎を作ったトレントたちが、中から多数の枝の矢を吐き出した。
かなりの連射能力を誇り、木々を抉りながらも威力を減衰することなく、雨の如く飛来する。
もっとも、油断しない限り僕たちに通用するレベルではない。
双剣で斬撃の嵐を起こし、ことごとくを斬り刻む僕。
大盾を悠然と構えて、欠片も揺らぐことのない姫様。
大剣を超速で振り乱し、全ての矢を斬り砕くアリア。
そして――
「早速出番ね」
不敵に笑ったリルムがマントを外すと平面状に硬化して、地面に突き立てることで壁となった。
なるほど、あのマントも魔道具だったんだな。
流石に姫様の大盾ほどじゃないだろうが、凄まじい強度に見える。
思った通り真っ向勝負になれば、僕たちに勝てる者はそういないだろう。
それぞれの手段で枝の矢を凌いだあとは戦闘と呼べるものではなく、近辺のトレントを殲滅して、誰からともなく集まった。
全くの無傷であり、スキルを連発したリルムも含めて、神力の余力も充分。
いわゆる完勝と言うやつだが、アリアの表情は浮かなかった。
不思議に思った僕が姫様を見ると、彼女は苦笑を浮かべて口を開く。
「アリア、気にしなくて良いのよ。 全員無事だったのだから」
「そうですけど……もし相手がもっと強かったら、わたしは死んでいたかもしれません……」
なるほど。
要するにアリアは、戦闘開始時に不意を突かれたことを気にしているんだろう。
その気持ちは痛いほどわかるが、あまり落ち込まれても困る。
そう考えた僕は、屈み込んで彼女と視線を合わせ、言い聞かせるように言葉を紡いだ。
「アリア、良く聞け」
「シ、シオン様……?」
「確かに相手がもっと強かったら、アリアの言った通りになっていた可能性はある」
「はい……」
「だが、それは仮定の話だ。 現実は姫様が言うように、全員無事だった。 違うか?」
「……違いません」
「そしてアリアなら、2度と同じミスはしない。 そうだろう?」
「はい……誓います」
「良い子だ。 勿論、僕たちもサポートするし、アリアに助けてもらうこともあるだろう。 だから、そんなに思い詰めなくて良い」
「シオンさんの言う通りよ、アリア。 あまり抱え込まないで、皆で助け合いましょう。 わたしたちはパーティなのだから」
「そうよ、メイドちゃん。 あんたは真面目過ぎるから、ちょっと抜けてるくらいでちょうど良いの」
「シオン様……ソフィア様……リルム様……有難うございます、わたし頑張ります」
「頑張り過ぎないように、頑張ってくれ」
「わ、わかりました、シオン様……」
恥ずかしそうに下を向くアリア。
顔を見合わせた僕と姫様、リルムは、思わず苦笑を漏らす。
すると、アリアがこちらを上目遣いで見て、何か言いたそうにしていた。
暫く待ってもモジモジしているだけなので、こちらから尋ねるとしよう。
「アリア、言いたいことがあるなら言ってくれ」
「え!? あ、いえ、その……」
「遠慮するな。 気掛かりを残して、集中出来ない方が問題だ。 話せ」
「え、えぇと……シオン様って、思ったより優しいんだって……思っちゃいまして……」
「僕が?」
「は、はい……。 なんとなく怖いイメージだったので、意外で……。 すみません……」
「謝る必要はない。 むしろ怖がらせていたのなら、すまなかった。 今後は態度に気を付ける」
「い、いえ、滅相もありません! シオン様は、今まで通りで良いんです! わたしが勘違いしていただけですから!」
「そうか? なら、そうさせてもらう。 改めてよろしくな、アリア」
「はい! よろしくお願いします!」
照れながらも、華やかな笑みを咲かせるアリア。
思えば彼女のちゃんとした笑顔を見るのは、初めてかもしれない。
パーティメンバーとの距離が近くなったように感じた僕は、胸中で充足感を得ていたが――
「アリア、良かったわね」
「ひ……!?」
絶対零度の声が、響き渡る。
それまでの和やかな空気を、凍らせた後に粉砕した姫様。
表情は穏やかな笑みにもかかわらず、背後に暗い炎を幻視するほど怒っている。
詳細は知らないが、アリアは地雷を踏んでしまったらしい。
彼女の顔は恐怖に引きつり、僕は余波を避ける為に距離を取った。
リルムでさえも冷や汗を流し、我関せずのスタンスを保っている。
早速見捨てることになったが、それはそれ、これはこれだ。
必死に目線で助けを求めるアリアに、僕は黙って肩をすくめることしか出来ない。
絶望に打ちひしがれる彼女を見るのは辛いが、こちらに矛先が向くのはごめんだからな。
その後、姫様の激情が収まるまでアリアは睨まれ、リルムは静かに魔箱の研究を始め、僕は周囲の警戒を続けるのだった。
シオンたちからかなり離れた森の中に、ルナとミゲル、そして魔蝕教のメンバーが集まっていた。
魔蝕教のメンバーはミゲルも含めて、足元まである黒のフーデッドローブを纏っている。
フードを目深に被っているせいで人相はわからないが、年齢も性別もバラバラらしい。
共通しているのは強力な神力を秘めていることと、凄まじい気迫を感じることだろう。
そんな彼らにルナは嘲笑を浮かべながら、ミゲルに偵察の結果を報告した。
「ふぅん、確かにかなり厄介ね」
「どうした?」
「シオン=ホワイトが強いのは知っていたけれど、お姫様も中々やるじゃない。 それに、他の2人もかなりの手練れね」
「他の2人だと? 同行者はシオン=ホワイトと、リルム=ベネットだけのはずだぞ?」
「そんなことを言われても、間違いなくもう1人いるわよ。 破廉恥なメイド服を着た、小さな女の子ね」
「まさか、アリア=クラークか……? 馬鹿な、あいつはただのメイドだったのではないのか」
「わたしに聞かれても知らないわよ。 どっちにしろ、現実から目を背けても意味はないと思うけれど?」
「……階位は?」
「『剣技士』よ。 シオン=ホワイトを除けば、わたしが知る限り最強のね」
「ソフィアとリルム=ベネットだけでも厳しいのに、追加で最強の『剣技士』だと……? 悪い冗談だ」
「現実逃避したい気持ちもわかるけれど、そんな暇があるなら少しでも勝率を上げる方法を考えたら?」
「腹立たしいが……その通りだな」
そう言い捨てたミゲルは、同胞たちと話し合いを始めた。
その後ろ姿を興味なさそうに見送ったルナは顔を正面に戻し、再び『目』と同調する。
視界に映るのは、一見すると手持ち無沙汰に佇んでいるシオン。
しかし、途轍もない範囲に警戒が及んでおり、これ以上近付くことが出来ない。
そのことも含めて、彼の実力に惚れ込んだルナは、ウットリとした面持ちで呟いた。
「あぁ……シオン=ホワイト。 貴方はなんて素敵なの? これまで数え切れない相手と殺し合ったけれど、貴方はその誰もが霞むほどだわ」
妖艶な笑みを浮かべたルナは、無意識に自分の人差し指をペロリと舐める。
その行為に意味がある訳ではないが、これは彼女が興奮したときにする癖だ。
段々と呼吸も荒くなって来たルナは、恋する乙女のように顔を赤らめて、自身の想いを口にする。
「シオン=ホワイト……貴方は誰にも渡さないわ。 お姫様も魔道具マニアも破廉恥メイドも、どうでも良いの。 貴方は絶対に、わたしが殺してあげるから」
瞳に怪しい光を宿したルナは、シオンとの戦いを切望した。
すぐにでも仕掛けたいと思いつつ、流石にソフィアたちも同時に相手取ることは出来ない。
それゆえに魔蝕教の協力は必要不可欠なのだが、彼らの準備が整うのを待てるほど、彼女の気は長くなかった。
「……軽く挨拶するくらいなら、良いわよね? もしかしたら、それで終わってしまうかもしれないけれど……貴方なら大丈夫でしょう? ふふふ……」
不気味に笑ったルナは魔蝕教を置いて森の奥に進み、シオンたちとの距離を縮める。
時を同じくして、夜が訪れようとしていた。




