第11話 短過ぎるスカートとシオンの実力
回想の海から浮上した僕は、もう1度深く息を吐き出した。
国王様や王妃様、姫様が何を考えているのか不明だが、取り敢えず棚上げしよう。
その代わりに考えるのは、今後のこと。
清豊の大陸に渡るには、東にある港町カスールから、船に乗らなくてはならない。
そこに至る道筋はいくつかあるが、僕たちが選んだのは、なるべく目立たず、尚且つ速いルート。
代償として危険度は上がるが、そこは何とかしてみせる。
静かに決意した僕が進行方向を眺めていると、草原に座り込んだリルムが唸り声を上げた。
「うーん……ほんと、どうなってんのかしら。 水晶に魔力を登録することで、使用者を限定する仕組みはわかる。 遠話石とほとんど同じだし。 でも、そもそもこれ、どこに繋がってんの……? 異次元……異空間……そんな感じ? そんなものを、どこの誰が見付けたってのよ。 いえ、この場合は作った? 魔力は感じるから、未知の力ってことはなさそうだけど……。 駄目ね、仕組みが全くわかんないわ。 いっそ、中に入ってみようかしら」
魔箱に手を出し入れしながら、ぶつぶつ呟いている。
少々不気味ではあるが、お陰で僕に対する質問を後回しにしてくれているので、放置しておくのが良さそうだ。
ただし、最後の一言だけは止めなくてはならない。
「やめておけ。 良く仕組みがわかっていない物の中に入るのは、危険過ぎる。 最悪、出て来れない可能性もあるんだぞ?」
「そんなこと言い出したら、これを使うこと自体が危険じゃない。 何かの弾みで神器が取り出せなくなったら、どうするのよ?」
「確かに一理あるが、物体の出し入れに関しては信用出来ると、説明を受けたじゃないか。 だが、人の出入りは前例がない。 危険度のレベルが違う」
「言いたいことはわかるけど、魔箱の仕組みが解明出来たら、魔道具が飛躍的に発展するかもしれないじゃない。 そうなれば、旅も楽になるかもしれないわよ?」
「だとしてもだ。 リルムが危険な目に遭うくらいなら、苦労した方が良い」
「……! そ、そこまで言うなら、やめておいてあげる」
「そうしてくれ。 あと、仮に神器が取り出せなくなっても問題ない。 そのときは、実力で倒せば良いだけだ」
「わーお、相変わらず強気ね。 ま、それでこそシオンだけど」
何故か、急に機嫌が良くなったリルム。
やはり、難しい顔をしているよりも、彼女には笑顔が似合う。
ただ、ミニスカートにもかかわらず無防備に座っているので、下着が丸見えなのは年頃の少女としてどうかと思うが。
そうして、鼻歌まで歌い出したリルムを横目で眺めていると、少し離れた場所から姫様が駆け寄って来た。
「シオンさん、見て下さい。 とても綺麗ですよ」
手には花で作られた冠を持っており、満面の笑みを浮かべている。
彼女は今もドレス姿ではあるが、昨日までとはコンセプトが違っていた。
蒼穹のように美しく、煌びやかなバトルドレス。
色や雰囲気は姫様のイメージのまま、動き易さを重視した戦闘服。
その代わりにスカート丈が短く、ちょっと激しく動いただけで、下着が見えてしまう。
一応言っておくと純白の花柄ショーツで、姫様に良く似合っていた。
「ソ、ソフィア様、急に走らないで下さい」
あとから慌ててやって来たのは、普段通りメイド服のアリア。
彼女が同行することを知ったのは今朝だが、特に反対する理由はない。
アリアも相当なミニスカートの為、下着が見えることは多々ある。
白とピンクのストライプで、非常に可愛らしい。
今日だけでも、美少女3人の下着を何度も目にしている訳だが、あまりにも頻度が多いので、一々指摘するのは諦めた。
まぁ、あんな服装で旅をしているのだから、気にしていたらキリがないだろう。
そんなどうでも良いことを考えていると、少し拗ねた姫様がアリアに言い返した。
「だって、早くシオンさんに見て欲しかったの」
「子どもじゃないんですから……。 大体、そんなピクニック気分で大丈夫ですか……?」
「あら、失礼ね。 わたしだって真剣なのよ? でも今は休憩中なんだから、少しくらい良いでしょう?」
「それはそうですけど……」
困ったように眉を落としたアリアが、こちらにチラリと目を向けた。
恐らく、僕から釘を刺して欲しいのだろう。
面倒だが……やむを得ないな。
「姫様、確かに休憩で気分転換するのは大事ですが、羽目を外し過ぎないようにしましょう。 アリアはただ、姫様が心配なだけなんですよ」
「シオンさん……。 わかったわ、アリア。 今度から気を付けるから」
「あ、有難うございます、ソフィア様。 その……シ、シオン様も……有難うございます……」
「気にするな」
はにかみながら礼を述べるアリアに、一言で返した。
ちなみに、僕に「様」を付ける必要はないのだが、本人がそうしたいらしいので、意志を尊重している。
僕たちのやり取りを見ていた姫様は、少し面白くなさそうだったが、何かを思い出したように声を発した。
「そうでした。 シオンさん、これをどうぞ」
「僕にですか?」
「はい、さっき作ったのです。 シオンさんに似合うと思いまして」
心底楽しそうに笑う姫様を前にして、僕は溜息を堪えるのに苦労した。
アリアの言う通り、少しばかりお気楽過ぎる。
とは言え、これほど眩い笑みを見せられては、文句を言い難い。
無言で花の冠を受け取った僕は、自分の頭――ではなく、姫様の頭に載せた。
あまりにも予想外だったらしく、キョトンとしている姫様に淡々と告げる。
「僕より姫様の方が似合いますよ」
「え……そ、そうですか?」
「はい、とても綺麗です」
「あ、有難うございます……」
褒められたのがよほど恥ずかしかったのか、頬を朱に染めて俯く姫様。
この程度の賛辞、聞き飽きているだろうに。
そんな彼女をアリアは苦笑しながら眺めていたが、リルムはジト目で冷たく言い放った。
「本当に、チョロいお姫様ね。 どんだけシオンが好きなのよ」
「な……! い、言い掛かりはやめて下さい。 シオンさんが、勘違いしてしまうではないですか」
「言い掛かりねぇ……。 誰がどう見ても、一目瞭然なんだけど。 違う? メイドちゃん?」
「へ!? い、いや、それは、その……」
「まぁ、良いわ。 あたしには関係ないしね。 ほら、そろそろ出発しましょ」
手に持つ懐中時計――これも魔道具だ――を見て、リルムが率先して歩き出す。
その背中を見て姫様は苦々しい面持ちを作り、アリアは縮こまっていた。
すっかり、リルムのペースに乗せられている。
今度こそ溜息を漏らしつつ、コメントは控えさせてもらった。
しばしの間、リルムを見つめていた姫様も、深呼吸することで復活を遂げ、名残惜しそうに花の冠を魔箱に仕舞う。
そうして準備を終えた僕たちは、リルムに続いて草原を歩き始めた。
それから暫くは何事もなかったが、僕の経験上――
「姫様、リルム」
「わかっています。 アリア、下がっていて」
「は、はい!」
「あー、メンドクサイ」
そろそろ、モンスターが出現する。
などと考えた矢先、前方から飛んで来た多数の蜂型モンスター、ランサー・ビー。
高い機動力と槍のように長い針が特徴で、集団で襲って来ることが多い。
1体1体の力はさほど強くないが、数の暴力で蹂躙されるケースもあるようだ。
とは言え、この程度なら僕だけでも事足りる。
しかし、それではいけない。
今後のことを考えれば、パーティとして戦うようにするべきだ。
すると、僕の考えを読まれた訳じゃないだろうが、姫様が決然と言い放った。
「シオンさん、リルムさん、ここは手分けしましょう。 緻密な連携を取るのは難しいにしろ、今のうちにお互いの実力を把握する必要はあると思います」
「僕も同意見です。 リルムも、異論はないな?」
「はいはい、オッケーよ」
「有難うございます。 では、わたしが正面を受け持つので、右側をシオンさん、左側をリルムさんが担当して下さい」
「わかりました」
「りょーかい」
姫様の指示に従って散開した僕たちは、すぐさま戦闘態勢を整えた。
僕は両手に双剣を生成し、リルムは神力から魔力を作り出す。
他方、姫様も輝く神力を練り上げ――
「行きます」
その力を発揮した。
頭を飾るのは、宝石が埋め込まれた白金のティアラ。
右手には長大な槍を握り、左手には体を覆い隠すほど巨大な盾を構えている。
感じる神力は脅威的なレベルで、知能が低いはずのランサー・ビーですら、怯えているようだ。
かなりの重量がありそうだが、姫様が無理をしている様子はない。
これが『輝光』か……。
まだ詳しいことはわからないが、確かに通常の階位とは一線を画している。
リルムも興味を隠し切れず、まじまじと見つめていた。
そんな僕たちの視線に頓着することなく、姫様が凄まじい速度で駆け出す。
(速い)
内心で素直に称賛した。
重装備とは思えない動きで、瞬く間にランサー・ビーに接敵した姫様が、槍で1体を穿つ。
疾走の速度だけではなく、攻撃速度も一級品。
装備を見たときはパワーファイターかと思ったが、どうやらスピードも兼ね備えているらしい。
そのような分析をしていると、背後に回り込んだ別の1体が、姫様に槍のような針を突き出そうとしていた。
注意を呼び掛けようとしたが、大きなお世話のようだ。
「無駄です」
瞬時に振り向いた姫様が、大盾で完璧に防ぐ。
それどころか、攻撃を仕掛けたランサー・ビーの方が、針を折られていた。
ふむ、凶悪なまでの防御力だな。
断言は出来ないが、この防御力こそが『輝光』の真骨頂のように感じる。
そう考えている間にも姫様は戦闘を繰り返し、次々とランサー・ビーを始末して行った。
基本的には槍と大盾を駆使した戦闘スタイルだが、時折繰り出す蹴りを見る限り、体術の練度も達人クラス。
何より素晴らしいのは、モンスターと戦うことに一切の躊躇がないことだ。
実力以上に、そう言った心構えが大事だと僕は思っている。
これに関してはリルムも問題なく、あくびを噛み殺しながら【火球】で撃ち落としていた。
1体につき1発で仕留めており、態度に反して恐るべき腕前だと言える。
まだスキルを見せていないので全てじゃないが、姫様が強いことは充分にわかった。
次は、こちらの番だな。
姫様の戦いを眺めている間に、僕は完全に包囲されてしまっている。
しかし、動揺はない。
これは油断ではなく、余裕だ。
双剣を構えた僕が周囲を見渡すと、夥しい数のランサー・ビーが視界に映る。
ところが、その全てが攻撃することなく、動きを止めてしまっていた。
力の差を察したのかもしれないが、判断が中途半端過ぎる。
本当に生き残りたいなら、サッサと逃げるべきだったな。
どちらにせよ、逃がすつもりなどないが。
「ふッ……!」
一瞬で間合いを潰し、最も近くにいた1体を一刀両断する。
それによってランサー・ビーたちが、慌てて行動に出た。
全周囲から同時に突き出された針は、並の聖痕者なら対処出来なかったかもしれない。
だが、僕に通用すると思うな。
その場で回転することで小さなの竜巻となり、針を本体ごと双剣で斬り刻む。
あっと言う間に大量の仲間を失ったランサー・ビーは、今度こそ逃亡を試みた。
一目散に飛び去ろうとしているが……何度も言うように、逃がす気はない。
右手の直剣を真っ直ぐに突き出した僕は、剣先に神力を収束させ――
「【閃雷】」
射出する。
一条の白い雷が極細のレーザーとなって、直線状のランサー・ビーを纏めて貫いた。
これが選別審査大会の決勝戦で、魔道具を破壊した僕の魔法。
攻撃範囲は狭いが、射程と威力、貫通力には自信がある。
様子を窺っていた姫様は瞠目し、アリアは口を押さえて驚いていた。
やる気のなさそうだったリルムも、楽しそうにニヤリと笑っている。
聞きたいことはあるだろうが、今は戦闘を続行しよう。
遠退くランサー・ビーを【閃雷】で撃ち落とし、特攻を仕掛けて来た個体は斬り捨てる。
すると、進もうが退こうが死ぬ運命にあるランサー・ビーたちは、せめて1人でもと思ったのか、アリアの元に殺到した。
それを見た僕は助けに入――らず、敢えて見送る。
そのことが意外だったようで、リルムが目を丸くしているが、心配はいらない。
何故なら――
「はッ……!」
彼女が強者だと、確信していたからだ。
数多のランサー・ビーたちが同時に塵となり、大量の魔石が地面に落ちる。
それを成し遂げたのは、小柄な体には不釣り合いなほど、巨大な剣を肩に担いだアリア。
どう見ても彼女が扱えるとは思えないが、一振りで多くのランサー・ビーを葬った技量は見事。
その一方で盾は小さく、丸みを帯びた円形のバックラー。
一言で『剣技士』と言っても千差万別だが、アリアはかなり攻撃に特化しているらしい。
顔付きもいつものオドオドした雰囲気ではなく、冷徹な印象を受ける。
アリアを侮っていたランサー・ビーたちから、戸惑った空気が漂って来たが、彼女は無慈悲に大剣を振るった。
重く鋭い風切り音を奏でた一閃は、またしても多くのモンスターから命を刈り取る。
見た目を裏切らない破壊力と、見た目を良い意味で裏切る剣速。
力任せに振り回しているのではなく、最低限の力で最大限の戦果を挙げている点も、非常にポイントが高い。
その後は、4人で協力してモンスターを掃討し――
「これで、おーわり」
リルムが最後の1体を、【火球】で撃墜した。
それによって戦闘は終結し、武装を解除した僕たちは歩み寄ったのだが、何やら空気がおかしい。
姫様は少し憮然とし、アリアは居心地悪そうに縮こまり、リルムは複雑そうな顔をしている。
どうしたのかと思った僕が小首を傾げると、不満そうな姫様が口を開いた。
「シオンさん、どうしてアリアを助けなかったのですか?」
「必要性を感じなかったからです」
「……彼女の実力を知っていたのですか?」
「具体的な能力は知りませんでしたが、強いことはわかっていました。 神力は抑えられても、身のこなしや本質的な強さは隠し切れません。 補足するなら、実力のない人間を旅に同行させるはずがないと思っていました」
「正論ですね……。 実はアリアは、弱冠15歳ながらグレイセス最強の『剣技士』となった、天才なのです」
「ソ、ソフィア様!」
「本当のことでしょう? まぁ、表向きにはただのメイド扱いになっていますけれど。 ですが、実力を知っている人たちからは、『剣の妖精』なんて呼ばれているのです」
「は、恥ずかしいです……」
姫様から天才と称されるほどなのか。
しかし、先ほどの戦いぶりを見る限り、その評価は大袈裟だとしても、的外れじゃない。
羞恥に悶えている今の姿からは、想像も付かないが。
そうして、顔を真っ赤にしたアリアを観察していると、姫様がリルムを意味あり気に見てから、ニコリと笑って言い放つ。
「それにしても、シオンさんは凄いですね。 本当は驚かせたかったのですけれど、失敗してしまいました。 それに比べて……」
「な、何よ?」
「いいえ、何でもありません。 ただリルムさんは、期待通りの反応をしてくれたと思ったまでです」
「あんたそれ、絶対褒めてないわよね!? て言うか、そんな大事なこと、最初から教えてなさいよ!」
「大きな声を出さないで下さい、モンスターが寄って来てしまいます」
「こんの、性悪姫……! 今に見てなさいよ……!」
メラメラと燃えているリルムと、それを冷ややかに受け止める姫様。
なんて面倒な人たちだ……。
旅立ったばかりだと言うのに、これでは先行き不安で仕方がない。
胸中で盛大に嘆息していると、アリアから縋るような眼差しを注がれた。
いや、そんな目で見られても困る。
そう思いながら僕は、事態を収拾するべく行動に出た。
「リルム、落ち着け。 この程度のことで、怒らなくても良いだろう」
「あ! 何よシオン! あんた、性悪姫の肩を持つって言うの!?」
「ふふ、やっぱりシオンさんは、わたしの味方なんですね。 有難うございま……」
「そうではありません。 はっきり言って、今回は姫様に非があります。 安全を考えるなら、リルムの言う通り事前に話しておくべきでした。 今回は大丈夫でしたが、万が一そのせいでパーティが危険に陥っていたら、どうするつもりだったんですか?」
「……ごめんなさい」
「ふふん! ざまぁ見なさい! やっぱり、シオンはわかって……」
「だからと言って、ちょっと挑発されただけで感情的になった、リルムも良くない。 今後はもう少し、冷静でいるように心掛けろ。 こんなくだらないことでエネルギーを使っていては、肝心なときに力を出せないぞ」
「……ごめん」
僕に叱責された姫様とリルムは、揃ってしょんぼりしてしまった。
少し言い過ぎたか?
だが、これからのことを考えれば、今のうちに正しておくべきだろう。
もっとも、このまま捨て置くのは気が引ける。
2人も充分反省したようだし、フォローを入れておくか。
「元気を出して下さい、姫様。 もう怒っていませんから。 リルムにも強く言い過ぎたな、すまない」
「シオンさん……」
「シオン……」
「僕はただ、無事に旅を終えたいだけなんです。 だから、無理に仲良くしろとまでは言いませんが、無駄に喧嘩するのもやめて下さい」
「……そうですね。 リルムさん、すみませんでした。 改めて、よろしくお願いします」
「はぁ……。 あたしも、ちょっと大人げなかったわ。 今回はお互い様ってことで、水に流しましょ」
まだ少し固いが、微笑を浮かべて握手を交わす美少女たち。
なんとか、間を取り持つことに成功したか……。
チラリとアリアを見ると、感心した様子で小さく拍手している。
別に、褒めて欲しかった訳じゃないんだが。
何はともあれ、これで少しはマシになる――かと思われたが――
「でも、シオンさんは譲りませんから」
「……あっそ」
急激に雲行きが怪しくなった。
笑顔で握手をしているのは同じだが、醸し出される気配が剣呑過ぎる。
手を握る強さも増しており、2人のプレッシャーに気圧されたアリアは、オロオロと視線を彷徨わせていた。
何を話しているのか知らないが、これ以上は付き合っていられない。
最早好きにしろとばかりに思っていると、アリアが必死そのもので声を上げた。
「そ、そう言えばシオン様、あれが例の魔法ですよね!?」
「あぁ。 名前は【閃雷】だ」
「なるほどです! 属性は何なんですか!? お2人も気になりますよね!?」
強引ではあるが、アリアの努力は実を結んだ。
冷戦状態だった姫様とリルムが手を放し、こちらを注視している。
良くやった、アリア。
声に出さずに労った僕は、彼女の頑張りを無駄にしないように口を開いたのだが、それは新たな混乱の種となった。
「雷属性です」
『え?』
僕の返答を聞いた、3人の声が重なる。
何だか面白い。
そんなことを思っていると、しばし沈黙を挟んでから、姫様が笑みを浮かべて言葉を紡いだ。
口元がヒクヒクと、痙攣しているが。
「シ、シオンさんも冗談を言うのですね。 魔法は地水火風の4属性ですよ?」
「一般的にはそのようですが、僕は雷の精霊を知覚出来ます。 その代わり、地水火風の精霊を感じることは出来ず、魔法を使うことも出来ません」
「え、子どもでも使える簡単なものもですか……?」
「その通りだ、アリア。 どれだけ簡単な魔法でも、精霊を知覚出来ない以上、力を借りることは出来ない」
「そんなまさか……。 地水火風の他にも、精霊が存在するなんて……」
僕の説明を聞いて、愕然とする姫様。
確かに常識で考えれば、すぐには受け入れ難い話だろう。
ところが、リルムの反応は違った。
「ま、あたしたちが知覚出来る精霊が4属性ってだけで、精霊自体はいろんな種類がいるみたいだしね」
「そ、そうなんですか?」
「うん。 メイドちゃんが踏んでる草にだって、精霊が宿ってるかもしれないわよ?」
「え、えぇ……!?」
自分が精霊を踏み付けていると思ったのか、アリアは足をどかそうとしたが、ここは草原なので、どう足掻いても草は踏む。
結果として奇妙なダンスを踊っているようになり、リルムは声を押し殺して笑っていた。
アリアが面白いことには同意するが、からかい過ぎるのは良くない。
「リルム、悪ふざけはほどほどにしろ。 気にするなアリア。 それを言うなら、僕たちはいつも地の精霊を踏んでいるじゃないか」
「あ……い、言われてみればそうですね……」
「何よシオン。 あたしは別に、嘘は言ってないわよ? 本当に草の精霊は、いるかもしれないんだからね? ううん、草に限らず何にでも精霊はいるのかも」
「実際、僕には雷の精霊が知覚出来る訳だしな。 その主張自体は否定しない。 そう言うことで納得してもらえますか、姫様?」
「……まだ完全には受け入れられていませんが、イレギュラー続きのシオンさんなら、あり得るとは思います」
「今はその認識で充分です。 他の精霊がいるかどうかの議論は、ここでしても仕方ないですし。 さぁ、あまり同じ場所に留まり続けるのは危険なので、移動しましょう」
「わかりました。 アリア、リルムさん、行きましょう」
「か、かしこまりました」
「はーい」
なんとか事態が鎮静化したことに安堵した僕は、先頭を歩き出した。
戦力的な意味では何ら不安はないものの、人間関係においては不安しかない。
とは言え、その原因の一端は間違いなく僕なので、見て見ぬふりにも限界はある。
正しいことをするのは、思ったよりも大変なんだな……。
どこかズレていると自覚しながら、僕は遠くを眺めて溜息をついた。