第10話 怪しい謁見
太陽は姿を現したが、まだまだ早い時間帯。
爽やかな風が、草原を吹き抜ける。
気候も穏やかで、とても気持ちが良い。
光浄の大陸は女神へリアの加護が強いからか、天気が大きく荒れることがなく、そう言う意味でも暮らし易い土地だ。
今いる草原は街道から離れており、モンスターが出現する確率が高くなっている。
それでもこのルートを選んでいるのは、魔蝕教の襲撃を避ける為だ。
どれだけ効果があるかはわからないが、馬鹿正直に街道を行くよりはマシだろう。
グレイセスを出発したのも早朝で、出来る限り人目に付かないようにした。
ニーナとウェルムさんは見送りたがっていたが、昨晩のうちに挨拶をすることで、納得してもらった。
悲しそうにしていたニーナも、最後には笑みを見せてくれた。
本当に、健気な子だと思う。
ニーナから借りたヘアゴムに触れながら、彼女の笑顔を思い出した僕は、あの親子の為にも必ず魔王を倒すと誓った。
エレン、これは正しいことだよな?
今度は風に揺られるコートに目を落とし、内心でひとりごちる。
やはり答えが返って来ることはないが、なんとなく「そうだよ!」と笑ってくれている気がした。
勝手な妄想だとしても、力が湧いて来る。
薄く微笑んだ僕は空間から水筒を取り出し、水を口に含んだ。
少しずつ慣れて来たが、何もないところから物を出し入れするのは、奇妙な感覚がする。
これは魔箱と言う貴重な魔道具で、確認されている限りでは、世界に1つしか存在しないらしい。
ボックスと名付けられているものの、本体は片手で持てるほどの水晶。
旅立つ前に与えられたのだが、最初に姫様から説明を受けたときは度肝を抜かれた。
リルムに至っては、目を輝かせて子どものようにはしゃぎ回っていたな。
貯蔵量が決まっているとは言え、途轍もない収納スペースを誇る。
どう言う仕組みか知らないが、生肉などを新鮮なまま保存出来る点でも、非常に有用。
付け加えるなら、共有のスペースと私物を仕舞う個人的なスペースを分けられる、便利機能まで備わっている。
何より、戦闘に邪魔な物を身に付ける必要がなくなるのが、最大のメリットだ。
その他にも国宝級の魔道具が授けられ、まさに国一丸となって、魔王討伐に力を注いでいることがわかった。
それに関しては、本当に感謝しているのだが――
「面倒なことにならなければ良いが……」
昨日の出来事を思い出した僕は天を仰ぎ、嘆息するのだった。
選別審査大会の翌日、僕は王城に赴いた。
町のどこからでも見えるので大きいのはわかっていたが、近くで見ると、その迫力に圧倒されそうだ。
建城から長い年月が経っているにもかかわらず、古びているとは思えず、神聖で力強い雰囲気を感じる。
ここに呼び出されたのは姫様と旅の詳細を話し合う為だが、国王様と王妃様に挨拶するようにも言われた。
出来れば遠慮したかったが、姫様に加えて国王様たちの要望だと言われては断り辛い。
リルムが先に辞退していることもあって、僕だけは出席しなければならない気にもなっている。
内心で若干彼女を恨みつつ足を踏み出すと、2人の門番が素早く武器を構えたが、僕の顔を見て体勢を戻した。
どうやら、既にこちらのことは伝わっているらしい。
しかし素通りは出来ず、どことなく緊張した様子で声を掛けて来た。
「シオン=ホワイトさんですね?」
「はい」
「お話は伺っています。 ようこそ、おいで下さいました」
「こちらこそ、お招き頂き有難うございます」
本当は来たくなかったが。
「国王様たちは、入って右手の廊下を進んだ先の部屋でお待ちです」
「わかりました、案内有難うございます」
「いえ、それが仕事ですから。 ただ、入る前にこちらを付けてもらえますか?」
そう言って門番が取り出したのは、鈍色の武骨な腕輪。
狙いが分からなかったので、取り敢えず聞いてみた。
「これは?」
「神力を封じる魔道具です。 効果範囲は王城の敷地内のみですが、1度付けたら外に出るか、国王様や王妃様、姫様の許可がない限り外せません」
「なるほど。 もし僕が敵だったら、国王様たちに危害を加えるかもしれない……と言うことですか」
「お気を悪くされたのなら申し訳ありませんが、これも王国の安全の為です。 何卒、ご容赦下さい」
「とんでもありません、むしろ安心しました。 危機管理意識が高いのは、良いことです」
とは言えまだ甘いが、最低限の水準には達している。
そう思いつつ、受け取った腕輪を躊躇なく身に付けた。
それを見た門番は、ホッと息をついている。
魔道具を過信しているようにも感じるが、言及するのはやめておいた。
不用意なことを言うと、いらぬ揉め事を起こしかねない。
胸の内を悟らせずに会釈した僕は、門を潜って城内に入ろうとしたが――
「あ、あの!」
意を決したかのように、呼び止められた。
肩越しに振り向いた僕が視線で先を促すと、門番は躊躇いながらも言い放った。
「あ……握手してくれませんか!?」
「あ! お前ズルいぞ!」
「うるせぇ! こんなチャンス、もう2度とないかもしれねぇんだ! 行くしかねぇだろ!」
「そ、それなら俺だって! シオン=ホワイトさん、俺とも握手して下さい!」
それまでの真面目な様子と打って変わって、急に低次元な言い争いを繰り広げる門番たち。
思わず脱力しそうだったが、要求自体は大したことないので、サッサと済ませよう。
「別に構いませんが」
「ほ、本当ですか!?」
「有難うございます!」
順に握手を交わすと、門番たちは感激していた。
何が嬉しいのか、さっぱりわからない。
内心で小首を傾げた僕は、今度こそ城内に足を踏み入れる。
外観に負けず劣らず、内装も綺麗だ。
そんなことを考えながら、案内の通り右側の廊下に向かう。
玉座は上階にあるはずなので、別の場所で会うらしい。
廊下を暫く進んだ先、部屋の前に1人の兵士が立っており、身振りで中に入るように指示された。
確かなことはわからないが、この青年も中々の使い手に感じる。
軽く頭を下げた僕が扉をノックすると、すぐに返事が返って来た。
「入っておくれ」
聞こえた声は若い男性のものだったが、それに反して熟達した雰囲気もある。
興味深く思いつつも、ひとまずは言われた通りにした。
「失礼します」
断りを入れて中に入った僕の目に飛び込んで来たのは、姫様とアリア、そして1組の男女。
予想以上に小さな部屋で、テーブルと人数分の椅子――アリアは立っているので4脚――と、ティーセットを置いているカートくらいしかない。
状況を確認しつつ入口に立っていた僕に、男性が朗らかな声を発した。
「そんなところにいないで、座りたまえ」
「かしこまりました」
男性に促された僕は、姫様の右隣の椅子に座る。
彼女は何も言わなかったが、昨日のように、どこか熱っぽい目を向けて来た。
テーブルを挟んで向かい側に男性、その隣に女性、背後にアリアと言った位置取り。
なんとなくアウェイに思った僕は、微かに居心地が悪かったが、男性はあくまでもフレンドリーに言葉を連ねる。
「キミがシオン=ホワイトくんだね? 僕はアルバート=グレイセス。 一応、聖王国グレイセスの国王だ」
柔和な笑みを湛える国王様。
身長は僕より遥かに高く、180セルチはありそうだ。
それでいてスマートな体形だが、漂って来る神力は強者のもの。
姫様の父親と言うことは、若くても40歳前後のはずだが、青年のように若々しい。
少し癖の付いた濃いブラウンの髪に、優しさと雄々しさが同居した翠色の瞳。
白の礼服を着こなしており、貴公子と言った風貌。
様々な特徴があるが、何より僕を男性扱いしてくれたことに、好感が持てた。
密かに国王様を高く評価していると、今度は隣に座った女性が口を開く。
「もう、アルバートったら。 一応ではなく、正真正銘の国王でしょう?」
「そうだけど、未だに僕は自分が国王って柄ではないと思っているよ」
「まったく……貴方がそんな調子だと、国民に示しが付かないじゃない。 あ、自己紹介がまだだったわね。 わたしはエミリア=グレイセス。 この国の王妃よ」
楽しそうに笑う王妃様。
彼女もそれなりの年齢のはずだが、どう見ても姫様とは母娘ではなく姉妹だ。
経産婦とは到底思えないほど美しく、顔付きや髪と瞳の色などはそっくりで、胸の発育が良いことも共通している。
何なら姫様よりも大きい。
違うところを挙げるなら、姫様の髪型がハーフアップなのに対して、王妃様は縦巻きロール。
純白の豪華なドレスで身を包んでおり、彼女が姫だと言われても、何も知らなければ納得してしまいかねない。
だが……ただ綺麗なだけの人物ではないような気がした。
強大な神力を持っていることもあるが、少し引っ掛かるのは正体不明の威圧感。
この辺りも、姫様と似ているかもしれない。
一瞬でそこまで考えた僕だが、そのようなことは露ほども表に出さず、淡々と返事をする。
「初めまして、シオン=ホワイトです。 本日はお招き頂き、誠に有難うございます」
席を立って、深々と頭を下げた。
エレンから多くのことを学んだものの、流石に王国のトップに対する礼儀までは教わっていない。
それゆえに、可能な限り丁寧な対応を心掛けたのだが、その必要はなかったようだ。
「そうかしこまらないでおくれ。 僕たちはキミと、仲良くなりたいだけなんだ」
「そうよ。 今日は身分のことは忘れて、楽しく過ごしましょう」
「お2人の言う通りです。 シオンさん、もっと楽にして下さい」
「……わかりました」
はっきり言って逆に困る。
何せ、相手は王国のトップに君臨する人たちで、僕は素性もあやふやな一般人。
身分を気にするなと言われても、無理な話だ。
それでも断ることはなく、なるべく期待に添うようにしたいと思う。
勿論、最低限の礼儀は忘れない。
この部屋を選んだのも、僕を緊張させない為の配慮かもしれないな。
そうして僕が、自分の中でボーダーを引いていると、改めて国王様が話し始めた。
「それにしても、昨日の映像を見たけど、シオンくんは本当に強いね。 キミほどの実力者なら、安心してソフィアを任せられる」
「本当ね。 わたしも見たけど、びっくりしたわ。 見た目も凄く可愛いし、ソフィアが気に入るのも頷けるってものよ」
「お、お母様!」
「あら、何を恥ずかしがっているの? 昨日からずっと、彼の話をしていたじゃない」
「そ、そうですけれど……。 あ! ち、違うのです、シオンさん! わたしは純粋に、貴方の実力と人柄を見て決めた訳でして……」
両手の人差し指を突き合わせて、何やら口ごもっている姫様。
顔が赤い。
そんな彼女を国王様たちは、微笑ましそうに眺めている。
良くわからないが、取り敢えず返事だけはしておくか。
「有難うございます、姫様。 ご期待に応えられるように、精一杯頑張ります」
「え……あ、はい、有難うございます……」
何故だろう、姫様が少し気落ちしてしまった。
理由がわからず胸中で首を捻っていると、国王様と王妃様が僕を見て、小さく溜息をついている。
失礼を働いてしまったか……?
怒っていると言うよりは呆れているようだが、どちらにせよ良い反応ではない。
とは言え、こう言う場面における僕の手札は、途轍もなく貧弱。
だからこそ無言を貫いていると、1つ咳払いをした国王様が、ニコリと笑って口を開いた。
「取り敢えず、お茶にしよう。 アリア、よろしくね」
「か、かしこまりました!」
国王様に声を掛けられたアリアは、緊張しつつも手際良く準備を始める。
メイドの格好をしているのは、伊達ではないらしい。
間もなくして全員分の紅茶を淹れると、また僕の背後に下がった。
なんとなく避けられている気がするが、嫌われているのだろうか。
彼女に何かした記憶はないが、知らない間に気分を害したのかもしれない。
しかし、ひとまずそのことは忘れよう。
今は国王様たちの対応に、専念しなければならない。
ところが、どのような話をするのか警戒していた僕をよそに、その後はこれと言って問題なかった。
敢えて言うなら、アリアが淹れてくれた紅茶が美味し過ぎて、驚いたくらいだろう。
試合内容に関して聞かれたときは、魔法のことに勘付かれたかと思ったが、そうではないらしい。
いや、わかっていながら聞かずにいる……と言った方が、正しいかもしれないな。
どちらにせよ、聞かれないのなら好都合。
無難な返答をしていると、次第に話題は僕の趣味嗜好に移って行ったが、これに関しては話すことに抵抗はなかった。
だが、全員が話を真剣に聞いていて、そのことに若干の違和感がある。
特に姫様の食い付き具合が尋常ではなく、一言一句を聞き逃すまいとしているようだったな。
そのことを不思議に思いつつ、僕が素直に質問に答えていると、国王様の雰囲気が一変した。
表面上はにこやかなままだが、間違いなく迫力を増している。
ここからが本番かもしれない。
人知れず気を引き締めていると、国王様がテーブルに身を乗り出し――
「ところでシオンくん、好きな女性はいるのかな?」
などと尋ねて来た。
瞬間、姫様の肩がピクリと跳ね、王妃様は瞳に鋭い光を宿し、こちらを凝視している。
いったいどうしたんだ……?
頭の中は疑問符でいっぱいだったが、答え自体は淀みなく返した。
「います」
「ほう……。 それはいったい誰かな?」
国王様から、剣呑な空気が醸し出される。
王妃様の目も鋭さを増し、姫様は身を固くしていた。
僕は3人の様子に困惑しながら、臆することはなく言葉を続けた。
「薬屋のニーナです。 彼女には、いつもお世話になっているので」
「薬屋のニーナ……? 僕の記憶が正しければ、彼女はまだ10歳かそこらだったはずだけど?」
「そうですね。 あと、もう1人の同行者であるリルム=ベネットも好きです。 少し変わったところはありますが、良好な関係を築けそうだと考えています」
「……1つ聞くけど、その好きは恋愛感情としての好きかい?」
「恋愛感情? 僕はただ、彼女たちが好きなだけですが」
「……なるほどね」
僕の言葉を聞いた国王様と王妃様が、意味ありげにアイコンタクトを取った。
一方の姫様は何やら複雑そうな顔で、こちらをしげしげと眺めている。
さっきから何なんだ、この親子は。
僅かに敬意を失いかけている僕の気持ちを知ってか知らずか、今度は王妃様から問が飛んで来た。
「シオンくん、念の為に聞かせてもらうけど、恋愛感情が何かはわかってる?」
「言葉通りの意味だとすれば、特定の人物に強く惹かれる感情……と言ったところでしょうか?」
「うーん、ちょっと固いけど……大体合ってるかしら。 じゃあ、今まで恋愛したことはあるの?」
「断言は出来ませんが、ないと思います。 大切な人はいましたが、恋愛とは似て非なる感情だったかと」
「なるほどねぇ……。 ソフィア、これはかなりの強敵よ」
「お、お母様! わたしは、その……」
顔を真っ赤にして俯く姫様。
何がどうなっている……?
正直なところ、理解が及ばない展開の連続だ。
そうして僕が困り果てていると、救いの手が差し伸べられた。
「あ、あの……国王様、王妃様、そろそろ本題に入らないと、次の予定が……」
「おっと、もうそんな時間か。 楽しい時間は過ぎるのが早いね」
「まったくだわ。 もっとお話したかったのに」
おっかなびっくり進言したアリアによって、ようやくまともな話し合いが出来そうだ。
アリア、感謝する。
振り返って目線で礼を告げたが、彼女は焦ってそっぽを向いてしまった。
やはり嫌われているのだろうか。
国王様と王妃様は残念そうにしながらも、すぐさま意識を切り替えたようで、真面目な面持ちになっている。
この辺りは、見事だと言えるかもしれない。
すると、同じく気を持ち直した様子の姫様も姿勢を正し、真剣な声音で宣言した。
「お父様、お母様、わたしはグレイセスを発ちます」
「うん、遂にこのときが来たね。 可愛い娘を危険な目に遭わせるのは、胸が痛むけど……わかっていたことだ」
「そうね……。 ソフィア、いつ出発するかは決まっているの?」
「シオンさんが良ければ、明日にでもと思っていますが……どうでしょうか?」
「僕なら大丈夫です。 リルムの都合にもよりますが、少し時間をもらえるなら、今日にでも可能です」
「今日はやめておいた方が良いんじゃないかしら。 明るいうちに出発すると目立つから、魔蝕教に狙われるかもしれないわ。 だからと言って、夜に出るのも危険だし」
「エミリアの言う通りだね。 僕の案としては、明日の早朝をお勧めするよ。 それなら、リスクを最小限に抑えられる」
「そうですね……わたしも、お父様の案を支持します。 シオンさん、良いですか?」
「はい。 リルムには、僕から伝えておきます」
先ほどまでとは別人かの如く、驚くほどスムーズに進む話し合い。
最初からこうあって欲しかったが。
それからも、何時にどこから王国を出るかなど、詳細を詰めて行く。
与えられる魔道具の説明なども受け、順調に旅の打ち合わせは続いた。
ところが僕は今更になって、基本かつ重要事項を聞いていないことに気付いた。
このタイミングで口を挟むのは気が引けるが……今のうちに、把握しておかなければならない。
「質問しても良いですか?」
「はい、どうぞ。 あ……も、もしかして、わたしの好みのタイプですか?」
「姫様が何を言っているのかわかりませんが、僕が知りたいのは旅の目的です。 最終的には魔王討伐なんでしょうけど、道中の具体的なことは知りません」
「そ、そうですか……。 えぇと……道中の具体的な目的でしたね。 実のところ、わたしたちも良くわかっていないのです」
「わかっていない……?」
「はい。 ヘリア様からは魔王を討伐するように言われただけですし、過去の記録にも詳しい情報は残っていません。 ただ、方針は決まっています」
「なるほど……。 では、決まっている範囲で構いませんので、教えてもらえますか?」
「わかりました。 まずは、これを見て下さい」
そう言って姫様が取り出したのは、手のひらサイズのペンダントらしき物。
らしき物と言ったのは、それが石で出来ているからだ。
3つの穴が三角形状に空いており、不思議な形をしている。
だが、それよりも気になるのは……神力を感じること。
魔道具かと思ったが、それなら感じるのは魔力のはず。
僕が興味津々にしていることに気付いたのか、姫様が少し得意そうに解説を始める。
「これはグレイセス王家に伝わる、神器と呼ばれる物です。 これまではただの石にしか見えませんでしたけれど、ヘリア様から天啓を授かったときに神力を宿しました」
「天啓を授かったときにですか……。 それで、その神器は何に使うんですか?」
「実はこの神器には、魔王を弱体化させる力があると言われているのです。 ですが、今のままではその効果を発揮出来ません。 なので、最初の目的は神器の力を解放することにあります。 ただ……」
「その方法がわからないと?」
「はい……。 しかし、過去の『輝光』が世界各地を旅したのは間違いないので、わたしもそれに倣うつもりです。 そして、最初に向かうのは清豊の大陸です」
「ふむ……おおよそのことはわかりました、有難うございます」
姫様から説明を受けた僕は、椅子に座ったまま頭を下げた。
どうにもまだ、不確かなことが多いようだ。
女神ヘリアが、どうして情報を与えないのかも謎。
神器が持つ魔王を弱体化させる力も、どこまで信用出来るかわからない。
とは言え、グレイセス王家に代々伝わっているのなら、全くの無価値ではないのだろう。
そのことを思えば、姫様の方針は間違っていないかもしれないな。
最初に目指すのが清豊の大陸と言うのも、納得出来た。
この世界には、6つの大陸が存在する。
そのうち5つが円環を作り、最後の1つが中心にあるらしい。
光浄の大陸を北に据えて時計回りに、清豊の大陸、熱砂の大陸、天遊の大陸、石窟の大陸と続く。
そして、中心にあるのは真夜の大陸と呼ばれ、魔族が住んでいるようだ。
5つの大陸は魔族に対抗する為、協力体制にはあるのだが、完全に信頼関係を築けているとは言い難い。
そんな中でも光浄の大陸と清豊の大陸は、比較的友好関係を続けている。
大陸自体の安全性が、清豊の大陸は高い方だと言う観点からも、最初の目的地としては妥当。
考えを纏めながら僕は話し合いを続け、ようやくして全ての確認事項を終えた。
「こんなところかな」
「そうね。 ソフィア、他に聞いておきたいことはある?」
「いえ、わたしは大丈夫です。 シオンさんは?」
「僕も大丈夫です。 丁寧に教えてくれて、有難うございました」
「いやいや。 これからキミには、ソフィアがお世話になるんだから。 いろいろと」
「そうよ、シオンくん。 ソフィアをよろしくね。 いろいろと」
「……はい」
怪しげな光を瞳に灯す、国王様と王妃様。
明らかに含みがあるが、僕としては了承するしかない。
視界の端で姫様が赤面しているが、気にしないことにした。
背後でアリアが溜息をついているのが、やけに大きく聞こえる。
こうして僕は、何らかの企みに巻き込まれながら、旅立つことになった。