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白雷の聖痕者  作者: YY
第1章
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第9話 水晶の誓い

 太陽が仕事を終えて眠りに入る前、夕焼け色に染まる街並み。

 その光景を眺めながら、僕は大通りを歩く。

 選別審査大会は朝から行われていたが、思ったより時間が経っていたらしい。

 既に結果が知れ渡っているようで、あちらこちらから注がれる視線。

 随分と耳が早いと思いながら、僕は隣を歩く少女に話し掛けた。


「まだ怒っているのか、リルム?」

「別に」

「何度も説明しただろう。 キミとの試合で魔法を使わなかったのは、余計な混乱を避ける為だったんだ。 キミを舐めていた訳じゃない」

「わかってるわよ。 だから、怒ってないってば。 さっきも言ったけど、本気にさせられなかったのは、あたしが悪いんだし」


 そう言いながら、リルムはこちらを見ようともせず、口を尖らせている。

 機嫌が悪いのは明らか。

 頭ではわかっていても、感情が納得しないのだろう。

 能力的には突出した才能を持っていても、彼女はまだ17歳。

 全てを受け入れろと言う方が、無理な話かもしれない。

 まぁ、それを言うなら僕もなんだが。

 手立てを失った僕は、この件に関しては時間が解決してくれると信じて、別の事柄に着手した。


「お互い、同行を許されて良かったな」

「あたしは、シオンのオマケみたいなもんだけどね」

「そんなことはない。 少なくとも魔道具の知識は、僕より圧倒的に豊富だ。 それが旅の役に立つことも、少なくないと思う」

「そりゃ、あたしは専門家だし。 魔道具のことでも負けたら、流石に立ち直れないわよ」

「あぁ、頼りにしている。 改めてよろしくな」

「なんか、上手く丸め込まれた気がするけど……よろしくね」


 差し出した僕の手を取ったリルムは、苦笑を浮かべた。

 完全に吹っ切れてはいないだろうが、ひとまず安心して良いと思う。

 僕が姫様に要求したのは、彼女を旅に同行させることだった。

 理由としては、『攻魔士』としての実力が優れているだけではなく、先ほど言ったように、魔道具に精通しているからだ。

 どのような旅になるかはわからないが、リルムのような人材は貴重に違いない。

 そう説明した僕に対して、姫様は何故かムスッとした顔をしつつ、取り敢えず面談することになった。

 呼び出されたリルムは驚いていたものの、無難に――ただし敬語を使うことなく――受け答えしていたのだが、旅に同行する理由を聞かれた際に――


「魔王討伐の旅に出るってなったら、貴重な魔道具を渡されるでしょ? それに興味があるのよね」


 などと言う欲望全開の返答をしたことで、姫様の反感を買ってしまった。

 危うく同行拒否されるところだったが、僕が宥めたことで辛うじて許しを得ている。

 その後、姫様に連れられた僕たちは会場に戻り、正式に同行者として任命された。

 誰からも文句は出ず、むしろ大賛成と言った様子だったな。

 優勝した僕だけではなく、高い実力を見せ付けたリルムも同様だ。

 ちなみに、ミゲルと『獣王の爪』の悪事に関しては、うやむやにしている。

 彼らが物理攻撃無効の魔道具を使っていたとなれば、僕が魔法を使えることを知られかねないからな。

 もっとも、当然お咎めなしと言うことはなく、全員捕らえられて今は牢の中。

 それから暫くは、お祭り騒ぎとなったが、姫様が頃合いを見て切り上げた。

 やはり普段は、きちんとした統治者らしい。

 そして、詳しい話は明日改めて……と言うことになったのだが――


「あー、あたしパス。 基本的には方針に従うから、決まったら教えて」


 リルムがまたしてもマイペースを発揮して、姫様の笑顔を引きつらせていた。

 尚、このとき僕は頭痛がしていた。

 だが意外にも、姫様はあっさりとリルムの主張を受け入れ、僕だけが話し合いに参加することに決まり、今に至る。

 戦闘とは別の部分で疲れたが、取り敢えずスタートラインには立てた。

 彼女たちの関係を筆頭に不安は多々あるものの、今考えても詮無いこと。

 そう割り切った僕はリルムの手を放し、別れの言葉を述べる。


「じゃあ、またな。 話し合った内容は、僕から連絡する」

「良いけど……あたしの居場所も知らずに、どうやって連絡するつもり?」

「キミの神力は今日で完全に覚えた。 グレイセス内くらいの範囲なら、どこにいてもわかる」

「あの、当たり前のように言わないでくれる? 絶対普通じゃないから、それ。 そもそも、プライバシー的な意味でどうなの……?」

「心配しなくても、いつでも見張っている訳じゃない。 必要なときに、どこにいるか調べるだけだ」

「いや、そう言う問題じゃないんだけど……。 はぁ、ちょっと待ってて」


 盛大に嘆息したリルムは断りを入れて、屋台の1つに歩み寄った。

 何をしているんだろう?

 僕が不思議そうにしていると、間もなくして小さな宝石を手に戻って来た。

 屋台で買ったようだが、まだ真意がわからない。

 それゆえに小首を傾げた僕に向かって、リルムが宝石を突き付けながら言い放った。


「はい、あげる」

「これは?」

遠話石ウィスパーって魔道具よ。 お互いに持ってないと使えないけど、相手の魔力を登録しておくことで、離れてても会話出来るの」

「凄いな、そんなことが可能なのか。 でも、高いんじゃないか? あまり高価な物は、受け取り難いんだが」

「気にしなくて良いわよ、これは遠話石の中では安物だから。 それに……何かお礼したかったしね」

「お礼?」

「うん。 あたしが旅に同行出来るのは、シオンのお陰だもん。 だから、これはそのお礼も兼ねてるの」

「それこそ、気にしなくて良かったんだが……」

「あんたならそう言うと思ったけど、黙ってもらっときなさい。 その代わり、用があるときはそれを使うこと。 良いわね?」

「……有難う」

「素直でよろしい。 それにはあたしの魔力を登録してるから、あんたもあたしの遠話石に登録して」

「わかった」


 リルムから遠話石をもらった僕は、詳しい使い方を聞いて早速試してみた。

 音質はそこまで良くないまでも、確かにしっかりと会話出来る。

 何でも風魔法を応用しているそうだが、話が長くなりそうなので解説はほどほどにしてもらった。

 こうしてリルムとの連絡手段を得た僕は、今度こそ帰路に就く。


「有難う、世話になった。 これからもよろしく頼む」

「それは、こっちのセリフでもあるわね。 あんたには、まだまだ聞きたいこともあるし」

「なるべく手加減してくれ」

「ふふ、どうしようかしら。 じゃ、お休み」


 手を振りながら立ち去るリルムを眺めて、僕は微妙な気分になった。

 彼女には2つの聖痕を持っていることを、既に伝えている。

 当然ながら驚愕していたが、それ以上に興味深そうにしていた。

 彼女の性格上、わかり切っていた反応ではあるものの、あまり詮索されても困る。

 だからと言って、完全に突っ撥ねるのもどうなんだろうな。

 適度に満足させつつ、核心には触れさせない……そんな立ち回りが必要になるかもしれない。

 考えを纏めた僕は踵を返し、リルムとは別の方向に歩き始めた。

 次第に暗くなり始め、明かりを灯す家も増えて来ている。

 それから少し寄り道した僕は、近くの公園まで帰って来たのだが、見知った人物の姿を目にして呼び掛けた。


「ニーナ?」

「あ! シオンお姉ちゃん、お帰りなさい!」


 ベンチに座って足をブラブラさせていたニーナが、心底嬉しそうな笑みを浮かべて振り向いた。

 それを見た僕は疲れが癒されるのを感じながら、聞くべきことを聞く。


「ただいま。 それより、どうしてここに?」

「え? シオンお姉ちゃんを待ってたんだよ?」

「待ってたって……いつからだ?」

「んー、朝のお手伝いが終わってからだから、たぶんお昼くらい?」

「こんなところで待たなくても、家にいれば良かったじゃないか」

「だって、早くシオンお姉ちゃんに会いたかったんだもん!」

「……寒くなかったか?」

「平気だよー。 最近は暖かくなって来たし……くしゅん!」

「まったく……無理しなくて良い。 取り敢えず、これを着ろ」

「えへへ~、有難う!」


 照れたように笑うニーナに、エレンからもらったコートを着させてやった。

 幼い彼女には大き過ぎるが、暖かそうにしている。

 安心した僕は良い機会だと思い、右手に持った紙袋をニーナに手渡した。

 突然のことに彼女はキョトンとしていたので、一言を添える。


「お土産だ」

「お土産……?」

「あぁ」

「……見ても良い?」

「構わない」


 丁寧に紙袋を持ち直したニーナは、おっかなびっくり中を覗き込んだ。

 そこには――


「これ……」

「欲しがっていただろう?」

「そ、そうだけど……良いの?」

「何がだ?」

「だって、結構高かったし……」

「子どもがそんなことを気にするな」

「……わたし、もうそんなに子どもじゃないもん」

「そうか、それは失礼した」

「うぅん。 有難う、大切にするから」


 幸せを噛み締めるように、紙袋の中身を抱き抱えるニーナ。

 彼女の腕の中にあるのは、屋台で見掛けたウサギのぬいぐるみ。

 あのときはトラブルがあって買えなかったので、先ほど買って来た。

 まさか、ここまで喜んでくれるとは思っていなかったが、嬉しい誤算だと思っておこう。

 夢見心地のニーナの頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めている。

 しかし、何かを思い出したような顔になり、慌てて口を開いた。


「そ、そうだ。 シオンお姉ちゃん、怪我はない? 大丈夫?」

「大丈夫、全くの無傷だ。 少し疲れたが」


 主に姫様とリルム関係で。


「そっか、良かった……。 じゃあ、結果は……?」

「同行を許された。 明日、詳しい話をする予定だが、恐らく近日中に出て行く」

「……そうなんだ。 良かったね」


 口では喜んでくれているが、ニーナが寂しがっているのは疑いようもなかった。

 この子にそんな思いをさせたのは心苦しいものの、こればかりはどうしようもない。

 僕たちの間に気まずい空気が流れ、どうしたものか迷っていると、ニーナが満面の笑みで声を発した。


「シオンお姉ちゃん! ちょっと目を瞑って、右手を出して!」

「右手を? 何をするんだ?」

「良いから! 早く!」

「……わかった」


 何なんだ、いったい。

 大人しく目を閉じた僕は、右手を広げてニーナに差し出す。

 すると、その上に何か小さな物が置かれた。

 何事かと思って目を開くと、手のひらの上に水晶が付いたヘアゴムが載っている。

 思わぬ事態に戸惑っている僕がおかしかったらしく、ニーナが楽しそうに笑った。


「あはは! シオンお姉ちゃんのそんな顔、珍しいね」

「……ニーナ、これは?」

「昔、お母さんにもらったの。 でも、わたしはお守り代わりに持ってるだけだから、シオンお姉ちゃんに使って欲しくて」

「駄目だ。 そんな大事な物、もらう訳には行かない」

「あげないよ? 貸すだけ」

「貸す……?」

「うん。 わたしはシオンお姉ちゃんたちに付いて行けないから、代わりに連れて行って欲しいの。 それで、魔王をやっつけたら返しに来てね」

「ニーナ……」

「駄目、かな……?」


 不安そうに、こちらを見上げるニーナ。

 それに対して僕は、敢えて何も言わずに髪を解いた。

 長い白髪が風に靡く。

 そして、ニーナから借りたヘアゴムで結び直した。

 沈み行く日の光を水晶が反射して、煌びやかに輝いている。


「どうだ?」

「う、うん! 凄く似合ってるよ!」

「そうか、有難う」


 僕としては、似合っているかどうかは問題じゃない。

 ただ、ニーナが喜んでいるなら、それで良かった。

 しゃがみ込んだ僕はニーナと視線を合わせ、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「ニーナの気持ちは確かに受け取った。 必ず帰って来ると、もう1度約束しよう」

「うん! 信じてるから!」

「良い子だ」

「えへへ~」


 再び頭を撫でられたニーナは、嬉しそうに頬を緩ませている。

 あまりにもだらしない顔に僕は苦笑を浮かべながら、心が温かくなるのを感じた。

 そして、どちらからともなく手を繋ぐと家に向かい――2日後、僕はグレイセスから旅立った。

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