天人五衰
何も考えずにいた上杉は、漸く自分の置かれた立場に気付いたのであった。目隠しで視界が無く、後ろに回した腕に手錠を嵌められ、足錠も嵌められている。自由を奪われている状態になっている。
途端に気が弱くなった上杉に…。
声の主は続ける。
「失踪していた伴侶が遺体で見つかったのです…。遺体は凄惨な状態で…。」
上杉は、体温が数度下がったかの様な錯覚を覚える。肉体が無意識に震えた。
「彼女の衣服は矢鱈と、埃と垢で汚れ、油染み、乱れていたのだそうです。頭髪は頭皮から剥がされ、腋の下には、数カ所の疵跡があり、肉体の多くは、欠損し腐敗していた…。」
【彼女?】
上杉の思考は、益々、混乱していく。
「遺書があったのですよ。その遺書には…。こう書いてありました。【私はマゾヒズム、つまりは被虐性欲。そう云ったモノに倒錯しています。】と…。その遺書の内容ですが…。彼女は性欲を満たす為に、様々な行為をしたのだと、でも何時からか何をしても満たされなくなり、彼女は絶望したのだと…。だから彼女は…。長年のパートナーである人に…。」
声の主は冷静に続けた。
「生きた儘に食される事を望んだ。」
上杉の思考は停止する。
「私は彼女の事を何も理解していなかった。だからこそ私は彼女を生き返らせなければならないのです。彼女の全てを彼女の口から聞く為にね…。」
鼓動が速度を上げていく。呼吸すらままならない上杉は意識を保つので精一杯であった。