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「…普通、ではないが青春部らしい活動に見えるな」
スズシロさんが隣でそう言った。
俺も「えぇ」と答えて頷く。
「何を怪しんでいるか知らんが、直近に控えているのは花見だ。あと1人加入して同好会にしたら少し北の方へ遠征しに行く。2人には桜が散る前に1人加入させてくれ」
「…はい」
と、顔を上げずに言った。じっくりと隅から隅まで目を通す。
春の行事として花見、ゴールデンウィークに部活メンバーでの遠征、6月に紫陽花畑に向かう、など色々な季節の行事が盛り込まれている。
これを部活として認可されるのか怪しい所もあるが、それ以上に先程ミシマ先生が言った「修羅の道だからな」というのが気にかかる。
これだけなはずが無い。
「…どこが、修羅の道なんですか」
俺は顔を上げてそう聞いた。
「今、渡した紙に書いてあるメンバー達にとって青春は修羅の道だ。正確にいえばもう既に修羅の道を歩いているメンバーだがな」
俺は首を傾げた。
スズシロさんはなるほど、と小さく呟く。
「つまり、ガクやシノのように夢を追って全力を尽くしているメンバー達にさらに青春までさせようとしている。厳しい道のりがより厳しくなる。まさに修羅の道、というわけだ。まぁガクの場合、俺の助けが欲しいだろうからそれでもやるしか無い、と割り切るだろうと思っていたがな」
「なっ…なんでそこまで」
俺の行動はそこまで読まれていたのか。
もはや若干気持ち悪い。
苦笑いのような微妙な笑みを浮かべる俺の横でスズシロさんが少し険しい顔をして手を上げた。
「…ですが、これでは部活として認められないかと」
スズシロさんははっきりとそう口にする。
確かに、と頷く俺の前でミシマ先生は少し表情を引き締めた。
「認める。認めさせる」
「はい?」
スズシロさんが怪訝そうな顔でそう言った。
ミシマ先生は強く「認めさせる」と言っていた。
その意味は
「今、生徒会が部活動の全てを仕切っている。教員達も割と口出しできないほど完璧に。正確にいえば部活動に必要な部活動活動資金を、だがな」
「…」
「生徒会は毎月、部活動活動資金割り当ての報告会でそれぞれの部活が学校へ与える影響力なんか加味して評価したものをランキング形式で発表する。上位25組だけが活動資金を割り当てられるというものだ」
「…つまり」
「そう、当面の目標は部活動をしつつ青春部の影響力を高め校内の部活ランキングで25位以上に入れる事。そこからが青春部として本格的に活動できるスタートラインだ」
「…マジか」
影響力を高める?そんな事どうすればいい。いや、そもそも部活について俺はほとんど何も知らない。知っているのも一般常識の範囲だ。
まさか自分が部活を作るなんて夢にも思っていなかった。
「おっと、もうそろそろ出ないとヤバいぞ。俺は教室に遅れても遅刻にならないが2人は違う。だろ?考えるのもいいがまずは学業。ほれ行った行った」
そう言われて時計を見ると8時半確かにもう職員室を出たほうがいい時間だ。
ただ素直に「はい」と言える空気では無い。俺は俯いてグルグルと纏まらない思考を回していた。
「行こうキジョウくん。ミシマ先生の言う通り、一旦情報を集めてからどうするか話し合おう」
「…はい」
顔を上げて素直に頷く。
「そう言えば、そこそこ仲良くなったみたいだが、シノはガクにあの事もう伝えたのか?」
「え?」
スズシロさんが面食らったようにミシマ先生の方を見た。
困惑しているような表情に見える。
「俺は中学の担任から聞いているから知ってるけど」
「くっ」
スズシロさんは苦々しいような表情でミシマ先生を見た。
睨みながらも頬は少し赤い。
それから少し「ふー」と長い息を吐き出して
「いえ、まだです。けどいい機会ですからキジョウくんにはちゃんと紹介したいと思います」
そう言ってスズシロさんは俺の方を見た。
「キジョウくんが良ければだが、帰りに私の家に寄って欲しい。私が君の役に立てる…かもしれないという所を見せたい」
「ん?」
スズシロさんは少し覚悟を決めたような目で俺を真っ直ぐ見据えてくる。
俺はそんな様子に首を傾げた。
役に立てる?ゲーム作りという話だろうか?分からない。
「まぁ、家によるくらいなら全然大丈夫ですよ」
「そうか、良かった。じゃあ放課後。とりあえずは教室へ向かおう」
そういって一足先にスズシロさんが職員室の外へ颯爽と歩いていく。歩くたび金髪の髪がサラサラと揺れている。
それにしても何かスズシロさんは俺に何か隠していることがあるらしい。
職員室の外へ出てふと思う。
「にしてもミシマ先生…何者」
どうやらただの変人ではなさそうだ。
それから俺はこの学校の部活については色々と調べたが昼休みまで特になんの成果も得られなかった。
(友人がいれば何か変わったかもしれないが残念ながらもうクラスではグループが形成され始めている。どうやらSNS上で入学式前に交流があったらしい)
もちろん俺は知らなかった…。
そうして迎えた昼休み。
どうやら食堂が凄いらしいので1人向かおうかと立ち上がった時だった。
「キジョウくん。お昼ごはんを一緒にどうだろうか?」
少し微笑んだような表情でスズシロさんがわざわざ俺の席まで来てそう言ってくれた。
教室が騒つく。どこかで「朝も一緒に登校してた」とか「楽しそうに廊下で話していた」なんて噂が飛び始めた。
誰も予想していなかっただろう。俺もだ。
「あぁ、はい。スズシロさんが良ければ」
「もちろんだ。私たちの今後について話そう」
教室のざわめきが大きくなった。
ガタッと立ち上がる者までいる。
俺は苦笑いをしつつ沢山の視線を浴びながら教室の外へと向かう。
教室の外に出て「わざとやってます?」と聞いてみた。
「なんの事だ?」
キョトンとした顔で首を傾げられた。
どうやら素でこうらしい。
(色々と凄いな)
そんな事を思いながら食堂に続く廊下を歩いていた時だった。
「お疲れ様です!!」
屈強な体型の男子生徒が頭を坊主にした少し細身の男子生徒に深々と頭を下げていた。
頭を下げられた男子生徒は窮屈そうに笑いながら「お疲れ様ですー」と言って去っていった。
恐らく、去っていた方の男子生徒は他クラスの一年生だろう。ネクタイの色が同じだった。
「あれが部活のランキングによる上下。部内だけでなく部外でもあぁなんでしょうか」
「いや、あの上下には特別な理由がある」
スズシロさんは小さく首を横に振ってそう言った。
「それも併せて情報交換といこう」
俺は頷く。まぁ俺には交換に出せるようなもの無いのだけれど。
情けねぇ…と肩を落とした時だった。
「おぉ、見てくれキジョウくん」
制服の袖を引っ張られて俺は顔を上げる。
鮮やかな緑の中庭の先にあったはガラス張りの真っ白な食堂で中にはレストランのようなお洒落なテーブルが並んでいる。二階に続く階段やテラスなんかが見える。テラスには真っ白なパラソルと丸いテーブル、女子生徒達が楽しげに談笑している声がしている。
ここだけ明るく生き生きとしていて空気もどこか澄んでいるように感じてしまう。
「レストラン…みたいですね」
「あぁ凄い綺麗だ。噂には聞いていたが実際見てみると凄いな」
そう言いながら嬉々とした様子でスズシロさんは食堂の外観をスマホで撮っている。
この高校以上に食堂の写真を撮りたくなる高校は多分無い。学校の食堂事情に詳しくないので知らないけど。
(これが映えってやつか)
ポケーと口を開けて俺はしばらく見上げていた。
「おっとすまないキジョウくん。待たせてしまった。さぁ行こう。どうやらメニューも他の高校の食堂とは違いらしい」
「そうなんですか。他の高校の食堂のメニューはカレーとか唐揚げとかですよね。多分」
「あぁ、親子丼とか和食なイメージがあるな」
「どんなものがあるんでしょうか。サラダとかパスタとかですかね」
「まぁ見てからのお楽しみといこう」
そう言ってスズシロさんはフッと笑った。
しばらくなんでも無いような雑談をしていると食券を買うところまでやってきた。
「…」
桜エビと春の山菜パスタ。ナスとトマトのラザニアなどなど。
「レストラン…みたいですね」
「あぁただレストランと違いゆっくり悩めないのが少し残念だな」
そう言ってスズシロさんは既に決めていたのか食券をさっさと買う。
俺も適当にパスタを選んだ。
パッとみただけだったがサイドメニューやドリンクも豊富にあって
「どこにそんな金があるんだ」
と、呆れ混じりにそう呟いた。
「あぁ、それならどうやら調理部の部員が調理、清掃の手伝いをしているらしい」
スズシロさんがサラリとそう言った。
「えぇ…」
「調理部員なしでは恐らく食堂は回らないだろうから、学校へ与える影響力という点でかなりそれは効果的なんだろう。私も聞いた時は驚いたよ」
「…そんなにランキングって重要なんですかね」
「どうやらそうらしいな」
「そういえばスズシロさんが食堂に来る前に言っていた特別な上下というのを聞いてもいいですか?」
俺がそういうとスズシロさんは少し眉を顰めた。
「…もちろん、と言いたいがキジョウくんに一つ提案がある」
「はい」
「敬語とスズシロさんはやめないか。私もキジョウくんがいいならガクくんと呼びたい。もちろん私はスズシロでもまぁ少しくすぐったいがシノちゃんでもなんでも呼んでくれて構わない。何せこれからは部長と部員、同じ青春部創立メンバーとして頑張っていくのだから、せめて対等でありたいと思うのだが…どうだろう?」
「…友達って事ですか?」
俺はなんとかそう絞り出すように聞いてみる。
真っ直ぐ見てくるスズシロさんから自然と目を逸らしてしまっていた。
「ん?まぁそうだね」
そう当たり前のように言った。
「…」
「…キジョウくん?」
少し心配そうなトーンで小さく俯く俺の顔を覗き込んだ。
「…めっちゃ嬉しい」
勝手に上がっていく口角を抑えながらな時そう口に出す。
俺は抑えていた口角を解き放ち顔を上げた。きっと俺は満面の笑みだっただろう。
「…え?」
目を丸くしたスズシロと目が合う。
「友達って初めて出来ました」
「えぇ」
困惑した表情でスズシロがそう言う。
「すげぇ嬉しい!」
思わず声を大にして顔を上げてそう言っていた。
俺にはきっと友達が出来ないのだと、性格やそれに伴う行動、作っている時間もないし仕方ないって半分くらい諦めていた。
だから…そうやって手を差し伸べてくれた事が何より嬉しかった。
「そうなのか…変わってるなガクくんは」
「よく言われます」
俺は笑いながら頭の後ろを掻いた。
「さて、あの特別な上下についてだったな」
「あぁはい」
俺は料理を受け取りつつ頷く。
それから食堂を見渡し空いている場所を探す。一階は広々としていて空いている所がちらほらあって料理を持って空いている場所へ向かい俺たちは座った。
「あれはラグビー部の部員と野球部の部員だ。ラグビー部は野球部に部活動活動資金を借りているので、まさに頭が上がらない状態にあるらしい。ランキングでも野球部は上位で大会の成績も良い。うちの学校はラグビーではあまり有名でも無いし、仕方がない事ではあるけど残酷だな」
「…嫌な上下ですね」
「あぁ私たちの部活はそうならないようにしたいものだ」
そう言って一旦、この会話は締め括られた。
それからはそれぞれの料理の感想に花を咲かせた。
「そういえばガクくんは友達の家に遊びにいくのも今回が初めてになるのか」
「はい。手土産とかあった方がいいんですかね」
「いやいや、そんな畏まらなくていいさ。それよりガクくんは放課後時間はあるかい?よければ一緒にゲームでもしたいのだが」
「ぜひ、なんか一緒にゲームって友達っぽくていいですね」
「そうだろう」
「それにしても本当にゲーム好きなんですね」
スズシロは「あぁ」と深く頷いてから
「それは誰にも負けない自信がある」
真っ直ぐな目で俺を見ながらそう言った。
「かっこいい」
そうなんとなく口にしていた言葉にスズシロは少し目を丸くして顔を逸らし
「よしてくれ、私はただのゲーマーだ。ゲームを作れるガクくんの方がカッコいいさ」
「いやいや、全然」
「私こそ全然」
「「いやいやいや」」
2人して手を振り合い、顔を見合わせ吹き出した。
「何してるんですかね」
「本当に」
そう言ってまた小さく笑った。
それから教室へ戻り俺は1人自分の席へスズシロはクラスメイトに囲まれ質問攻めに合っていた。
放課後は、思っていたよりすぐに来た。
「さて、じゃあ一緒に帰ろうか」
そんな事をスズシロがいうのでクラスがまた大きくざわついた。
もう十分スズシロも変わってる。
と、思っていた。
スズシロの家は見上げるほど高い高層マンションの一室にあった。
「お邪魔します」と扉を抜けると知らない匂い、知らない空間が広がっていた。
場違いな空気感にネクタイを緩めて尚どこか息苦しさを覚える。
「ママー友達連れてきたー」
ママ呼びなんだ。
「おかえりーシノちゃん。友達ー?ちょっと待っててねー今リビング片付けるから」
確かにどこかスズシロに似た明るい声が廊下の奥から聞こえて来る。
「大丈夫ー。自分の部屋使うからー」
(え!?スズシロの部屋!?)
さも当たり前のように言ったスズシロの方を俺は眉を高く上げて見た。
「え!?自分の部屋!?」
スズシロのお母さんも困惑したような声を上げている。そりゃそうだろう。
「うん。こっち」
一旦、手洗いを済ませ「シノ」と書かれたプレートの掛かった部屋の前まできた。
「一旦片付けるから待っててね」
そう言ってスズシロが先に中へと入っていった。
俺は1人、部屋の前で待つ。
その間、心の中では頭を抱えていた。
(ちょっと待ってくれ。スズシロの部屋は話が違う。なんかこうリビングでコントローラー2人で持ってテレビを見ながらワイワイを考えていたんだ俺は)
決して俺にもワンチャン春が、なんてやましいことは考えてなどいなかった。
(ここまでは…!!)
これで緊張で話せないなんてなれば引かれるだろう。
あくまで俺たちは友達だ。
(落ち着け!)
胸の辺りを抑える。心臓の鼓動はやけに早い。
大きく息を吸って吐き出す。
(そうだ、思い出せ。俺にはそんな事をしている暇はない)
俺が追っている部長はただ真っ直ぐ前を向いていた。
余計なことなんて一切せずゲームクリエイター部だけに集中していた。
分かっているだろ。スズシロは青春部の設立メンバー件友達だ。舞い上がるな、浮かれるな。
「お待たせーまだ散らかってるけど。適当に座ってね」
そう言って自分の部屋の扉を開けつつスズシロが出てきた。
口元が緩む。ダメそうだ。
「よっし!お邪魔します」
俺は覚悟を決め開かれた扉を潜った。
「…!?」
書き溜めていた分はここで終わりです。
次話急いで書いていますのでブクマして待ってくだされば幸いです。
評価、コメント等モチベになりますのでどうぞよろしくお願いします。
乃東枯