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アオハルゲームメーカー  作者: 夏草枯々
第一章 お互いを知って
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1

朝、目が覚めると泣いていた。

体を起こすと目頭の辺りから鼻の周りを濡らしながら落ちていく涙があって、俺は拭うこともせず瞬きしながらボーッと部屋を眺めた。

息を吐き出すと胸の辺りが震えた。鼻を啜りベット横のティッシュを取って鼻をかむ。

そうしていると懐かしい夢はぼんやりと消えていく。もう何度見たか分からない、その夢。

しばらくすると次第に頭が回り出し夢を見るなんて今日は深く眠れていないのかもしれない、なんて考える。

ベットから立ち上がり、机の上に置いていた昨日途中まで読んだ本を高校通学用に買った新品のバックに仕舞い部屋を出た。

不自然な朝はいつの間にかいつも通りの朝に戻っている。


「ガクー、今日は入学式でしょーもう遅刻じゃない?」


「だったら相当マズいね」


大丈夫、遅刻ではない。一応、時計を見ると10時過ぎ。

恐らく今頃高校では始業式をやっているはずだ。

ゆっくりと朝飯を食べ、真新しい紺のブレザー制服に着替えてネクタイを結ぶ。

その後、慣れないローファーを履いて家を出て高校へと向かう。

高校が近づいてくると同じ桜の校章が入った人も増えてくる。同じ中学だったのだろうか。複数人で登校する生徒を眺めつつ俺も後に続いた。


(…)


予想通り靴箱の前はクラス表を見る為、同じ新入生達でごった返していた。

背伸びしても全く見えない。

どうしようか、と悩んだ所で見えるわけも無く仕方がないので無理やり通るかと心の中でため息をつきつつバックを抱えた時だった。


「うわっすげぇ」

「誰だあれ」

「やばーモデルか何かやってるのかな?」


周りの人々が騒ついていた。

俺は抱えたバックを下ろして振り返る。そして息を呑んだ。


(…すげぇな)


切長の大きな目と透き通るような白い肌、自信あり気に微笑む唇、そんな抜群の容姿にスラッとした高身長、真っ直ぐ背筋を伸ばし悠然と歩くたびにセミロングの端を切り揃えた金髪がサラサラと揺れている。

彼女は俺も含め見るもの全てを釘付けにしていた。

注目の的となっているその人は周りにいる生徒たちと仲良さげに会話しつつ視線を全く気にせずに悠々と人の波を切り開いていった。

俺はその人が切り開いた人混みが戻る前にそっとクラス表を覗いておいた。


俺は一年生達の波に混ざって二階に上がり教室の前に貼られたクラス表を再度確認する。

確かに俺の名前である『机上學(キジョウガク)』の名前があった。扉に手をかけ軽く息を吐き出してから扉を開く。

教室は昼の日差しが磨かれたような机と真新しい艶のある制服、それにクラスメイト達が今日の為に整えてきたであろう髪に反射して白く輝いていた。眩しくて俺は顔を逸らした。

髪色は校則で自由と言っても大方の生徒は黒色で俺はまぁそんなもんだよな、と同じ黒髪として心の中で頷きつつ教室に入り扉を閉める。

教室の中は思っていたより騒がしかった。

既にグループが何個か出来ていて、それぞれ話は盛り上がっているように見える。

そのグループの中でも奥の方で誰かの机を数人の女子生徒が囲んでいる。そこがグループの規模としては一番大きい。

教室の一番前にある俺の席から同じ列の一番後ろにあるその席から時折「きゃー」と黄色い声がする。

目をやると先程、靴箱で見た女子生徒が真ん中で笑っていた。

どうやら彼女とは同じクラスらしい。まぁ残念ながらきっと関わる事はない。俺はそこから目を逸らし自分の席に座り持ってきた本を取り出して始業の挨拶まで読書を続けた。


「キジョウガクです。趣味は読書で部活に入る予定はないです。よろしくお願いします」


簡潔なあいさつに「よろしくー」とどこからともなく声がかかる。

俺はまばらな拍手の中で


「キジョウガクって…あの?」

「そーそーゲームクリエイター部の」

「マジか、でも思ってたより地味だね」


そんな噂話が影で行われていたのを聞いていた。

頭を下げて自分の席に戻り心の中で「あの件は校外まで広がっているんだな」と息を吐き机の上をボーッと眺める。

そんな時、一瞬、教室がざわついた。

俺は何事かと顔を上げ辺りを見渡す。


(…わっ)


隣に気配を感じ見上げた時、ちょうど、その人は凛とした様子で俺の横を通りすぎていった。


「はじめまして、私は涼白信乃(スズシロシノ)と言います。これから1年間同じクラスメイトとして仲良くできたらなと思います。今の所部活に入るつもりはありません。趣味はゲームです。個人の事情であまり放課は残れませんが仲良くしてくれると嬉しいです」


明るい声色でハキハキとそう言って笑顔で頭を下げた。

その瞬間、ドッと溢れんばかりの拍手が起きた。俺も周りに合わせて控えめながら拍手しておく。

チラリと辺りを見渡すと、グッとガッツポーズをする男子生徒や目が輝かせたりうっとりとした表情でいる女子生徒が見える。


(すごいな)


注目の的となっているシノさんはといえば悠々と自分の席へと戻っていた。

その後も順調に自己紹介は過ぎていき、最後のクラスメイトの自己紹介が終わった所で教室の端で座っていた先生が笑顔で壇上に上がった。


「よーしみんな挨拶したな!じゃあ最後に先生が挨拶するぞー!!お手本は見せずにやらせるのが先生流だから自分達の運の無さを恨めよー!」


ニカッと歯を見せ俺達の方を見る。30代半ばの少し筋肉質な黒髪短髪の男性だ。シャツを着崩し顎髭を生やした少しだらしのない格好をしている。


「俺は三島夏貴(ミシマナツキ)これからこのクラスの担任だ!部活は茶道部、ゲーム部!ちなみにこの二つは全然見回りなんかの確認に行かないから緩い部活になってる!結構部活入るつもりの無い生徒がいたからそういう生徒にお薦めするぞ!あとはー……」


それからペラペラと自己紹介を続ける為、入学式のために移動する時間直前まで先生の自己紹介は続いた。時折クラスから笑いが起きていたが自己紹介にしてはやけに長い。


「ヤベッこんな時間か、各自体育館集合」


時計を確認して慌てたように話を閉めた。

とんでもない人が担任になったな、と小さく息を吐き出す。

そんな時だった。


「えーと、ガク!名簿渡すから体育館で整頓させといて」


視線が合いホイッとそんな声と共に名簿が投げ渡される。

俺は突然の事で対応できず渡されるがまま受け取った。


「なんで俺「じゃあ解散!」


ピッと手を上げ廊下へ駆けていった。


「…」


呼び止めようと伸ばした俺の手がパタンと机の上に落ちる。

頭の後ろを掻いて「まあ、いいか」と心の中でそう呟いた時だった。


「やぁ初めまして君はキジョウくんだよね?」


背後からそんなハキハキとした爽やかな声色が聞こえてくる。

俺が振り返るとそこには声の通り爽やかな笑顔付きでスズシロさんが立っていた。


「あぁはい。なんですか?」


「キジョウくんはクラスのグループにまだ入って無かったよね?良かったら誘いたいのだけれどどうだろう?」


そうスマホを片手に提案された。

俺は少し考えた後


「せっかく誘ってもらって申し訳ないけどグループは色々と面倒も多いですし必要に迫られたら自分で学校に電話しますので」


そう適当な事を言ってスズシロさんの提案を断った。

俺はこの三年間クラスメイトと関わるのも最低限でいい。

光の先にいってしまった部長を追いかけるためにはやれる事を全てやるべきだ。それ以外の事は全て終わった後で考える。


「そ、そうか?」


スズシロさんは俺の返答が予想外だったのか一瞬、小さな字をじっくり見つめる時のような表情で俺を見て何度か瞬きをする。


「はい」


そう言いながら俺は頷いた。

チラリとクラスメイト達の方を見るとスズシロを待っているのか、こちらを見ているクラスメイトが何人かいた。多分俺がスズシロの提案を断った所も見られていたような気がする。


「早く行こうよー」


そう呼ばれスズシロさんはクラスメイト達に囲まれながら出て行った。

俺はがらんとした教室を一人見渡した後、誰もいない事を確認してから教室を閉めた。その後、体育館へ向かい既に座っているクラスメイト達の数を数えてミシマ先生の元へと向かう。


「30名全員揃ってます」


「あいよーありがとう。あとガク、放課後職員室に来て、少し話がある」


「え」


「いやーギリギリだったが助かったー」


ミシマ先生はそう言って高らかに笑いながら渡したクラス名簿を持って先生達が集まっている所へと向かった。

置いて行かれた俺はしばらく呆然と立ち尽くし、クラスメイトに首を傾げられながら自分の場所へと戻った。

なんなんだあの人は、と悩んでいるうちに入学式は何事もなく順調に終わっていた。


「えー続きまして各部活動の紹介です」


そんなアナウンスが響く。

俺は顔も上げず、職員室に呼ばれるようなことしたっけ、してないよな、と心の中で唸っていた。

部活はそもそも入るつもりが無い。興味も無かった。


「えーまず体育館へ入場するのは野球部の皆様です」


後ろの扉が開き、中央のレッドカーペットを野球部が行進を始める。

周りの人々がハッと息を呑んだのがわかる。俺は足音に違和感を感じ顔を上げた。足音が異様なまでに統一されているのだ。

顔を上げると野球部による一糸乱れぬ行進が行われている。足の動きだけではなく手の振る幅まで完璧に揃えられて、直感的に頭に浮かんだのは軍隊の行進だった。俺は固唾を呑んで見入る。少なくとも一高校の野球部がなせる技ではない。


(…すげぇ)


「続きましてサッカー部の入場です」


また、一糸乱れぬ行進だった。

高校のサッカーユニフォームを着てレッドカーペットの上を行進していく。

次の部活も完璧な行進を見せた。次もその次も。


(どれだけ部活に力入れてるんだ、この高校)


文化部ですら完璧な行進を見せる。

ミシマ先生の言っていたゲーム部や茶道部も専用のユニフォームこそないものの腕の振りまで揃った完璧な行進を見せた。


「続きましてゲーム開発部の入場です」


「え」


そう言葉が口から出ていた。

周りの生徒は軽く俺の方を見て何事も無かったかのように視線を戻した。

俺は慌てて手で口元を隠す。

ゲーム開発部は不意打ちだった。この高校の部活について何も調べていない俺はまさかそんな珍しい部活が存在するとは思っていなかったのだ。

行進している方へ視線を戻すとゲーム開発部の先輩たちが真っ直ぐ前を向いて手を大きく振って進んでいる。

その中には懐かしい顔、ゲームクリエイター部の先輩達もいた。よく相談に乗ってもらい可愛がってもらった。笑顔の溢れたゲームクリエイター部。その全盛期を作った先輩達だ。

もう先輩たちが卒業してから一年たったという実感がゆっくりと湧き上がって胸が苦しくなった。


(すいません…俺)


俺が俯いているうちにゲーム開発部の入場は終わっていた。

静かにため息を吐き出す。少し胸が軽くなったものの澱んだ心の奥は残ったままだ。

しばらくすると部活の入場自体が終わっていた。


「すげぇな」


「部活のレベル高いとは聞いてたけど」


「超スパルタなんでしょ」


「なんか順位とかつけられるらしいよ」


「えぇ古っ」


周りの生徒たちはそのレベルの高さに圧倒され浮かれたように少し騒がしくなっている。

先輩達も緊張していたのか、それぞれの部活に当てられた場所に着くと喋らないものの少しだけ肩の力を抜いて空気が緩んでいた。


(俺はゲーム開発部に顔見せできない)


ただ、せめて先輩達の部活動紹介はしっかり記憶に残しておきたい。

俺が顔を上げたちょうどその瞬間、ゾワリと空気が一気に変わった。それは前の方にいる先輩方から起こった流れで俺も含め新入生達は困惑したように体を固まらせている。

辺りは照明が落とされ壇上だけがライトアップされている。静かになった体育館に硬いローファーの音だけが響いた。


「生徒会会長。霜樹開翔(シモキカイト)です」


いつの間にか設置されたスクリーンに大きく霜樹開翔と表示される。

背が高く筋肉質で鋭い目つきをして黒いオールバック。

制服の胸元に金の勲章らしきものが付いている。

その見た目は生徒会長というより軍隊の大将の方が近い。


「例年通り、今回の部活動紹介、また後日行われる部活動勧誘週間の後、定例の部活動活動資金割り当ての報告を行います。各部活動は奮って紹介にあたってください」


そう淡々と告げられる。

右も左も分からない俺たちにとってはさっぱりだが、その言葉を聞いて前にいる先輩がゴクリと唾を飲んだのが見えた。

恐らく部活動活動資金割り当て、これが関係しているのではないか。

だが、それだけでは何がなんだか。ある程度の予想はできても確証たるものは何もなく、第一俺は部活に入らない為、考えたところで仕方ない。

そう思いつつも眉間に皺を寄せてしばらく頭を回していた。


「えー続きましてゲーム開発部の紹介です」


そんなアナウンスが流れ俺はハッと顔を上げる。

ゲーム開発部の紹介は今作っているゲームの映像や実際のプレイ映像をスクリーンに流すものだった。

どうやら中学の時にゲームクリエイター部で作っていたものから趣旨を変えて2Dゲームに移行したらしい。元々この高校のゲーム開発部がそういうジャンルを作る場所だったのかもしれない。

やはりゲームの作り方が上手い。部活という小さいな規模ながら広く売れるよう隅々まで配慮がされている。


「すげぇ」


周りの生徒たちの反応も中々の好感触のようで今後もゲーム開発部は安泰そうだ。


(良かった)


俺はフッと笑いながら頷いた。

その後、部活動紹介が終わり教室へ戻ると部活をやるつもりがないと言っていた生徒の何人かはもう既に心変わりしたのか浮かれた様子でどの部活に入るか話していた。


「いやー私はやはり入らないな」


後ろの方からスズシロさんのそんな声がしていた。

俺も変わらず部活は入るつもりがない。

なので部活を見に行ったりなんかせずさっさと帰ってゲーム作りに…


(…放課後)


思い出してため息が出た。

このまま帰りたいがミシマ先生に呼ばれている為、向かわなくてはならない。


(めんどくさいなぁ…)


サボるか、いや後が怖いか、なんて心の中で唸っているうちにミシマ先生がきてプリントを配りさっさと放課にしてしまった。

重い体を引きずって、なんとか職員室にたどり着く。


「失礼しまーす。ミシマ先生いらっしゃいますか」


「おーこっちこっち。入って」


ちょいちょいっと手招きされる。先生の前にはスズシロさんもいる。俺はなぜスズシロさんも、と心の中で首を傾げつつ「失礼します」と頭を下げ職員室の中へと進んだ。


「あー二人を呼んだのには訳がある」


「はい」と、俺が言い「あぁ」と隣でスズシロさんが頷いた。


「二人で新しい部活を作ってもらいたい。部活の名前は『青春部』だ」 


「はぁーー!?」


俺は人目も気にせず目と口を大きく開けてそう声に出していた。ザワリと職員室が響めいたのが分かる。突然、この人は何を言い出すんだ。

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