エピローグ HW
俺は授業終わりのチャイムが鳴ってすぐに教室を出た。
目的は部活棟にある。
「ガクくん!」
「ん?」
教室の扉を閉めようとしていた時、背後からそんな声が聞こえて立ち止まる。
振り返るとスズシロが弁当の包みらしきものを持ってこちらへ向かっていた。
スズシロの後ろから複数の俺を睨むような視線が飛んでくる。俺は勘弁してくれ、とソッと教室の壁に視線を逸らした。
「今日は私も一緒に部室で食べて良いだろうか。弁当をマ…母に言って作ってもらったんだ」
「もちろん」
俺は頷く。
廊下に出ると春の柔らかな光が差し込んでいた。
俺は窓の外に見える中庭の青々とした芝生を眺めつつ歩いていく。
「これ、明日の花見には桜が残っているのかな」
「あぁ調べた所県外だが桜の花がまだ残っている所も見受けられた。そこに行くんじゃないかな?」
「じゃあ大丈夫か」
隣からフフッと小さく笑った声が聞こえて俺は軽く首を傾げつつスズシロの方を向いた。
「どちらかといえば部員達がちゃんと来るかの方が私は心配だ」
「…確かに」
スズカゼくんは自由人だしベニもベニで気ままな所がある。
「まぁでも大丈夫じゃない?それなりには二人とも楽しみにしてると思うし」
「そうだな」
そんな話をしつつ部活棟にやってくる。
昼休みだというのに部活棟にはちらほらと人がいた。
忙しそうに走っている人や俺たちと同じようにゆっくりと弁当片手に歩いていく人もいる。
「花見を終えたらひと段落着くしシウンさんの勧誘にまた向かわないと」
「そうだな。ただ次は今回使ったような手は使えないだろう?どうするんだい?」
今回のような手、部活費用を使った勧誘はスズシロの言う通りあまり使いたい手ではない。
半分というのは生徒会長にも言われたがかなり大きな出費だ。今学期はそもそも同好会スタートなので仕方ないとしても来学期になり、もし部活動活動費用がもらえるようになった時、部員の引き抜きなんかに対抗する方法が他の部活より不利になってしまう。
恐らく部活ランキングに関わるようになれば他の部活からも目をつけられるだろう。
それこそヒルタカ先輩なんかは我先にと潰しにかかってきそうだ。そんなのに負けるわけにはいかないものの準備して挑みたいのもまた事実だ。
「…考え中。とりあえずシウンさんと話してみないと」
「そうだな」
「そのあと、部活動のランキング25位以内に載せて同好会から部活にして、その間にもゲームのシステム修正しつつ…やる事いっぱいだ」
「もちろん私も出来ることがあればなんでも手伝おう!」
「頼みます。副部長」
そう言ってスズシロを拝む。そんな感じで話を続けていたら部室についていた。
扉の上には『青春部』と書かれたプレートがある。
部活棟の空き教室をあてがってもらっていた俺達の部室。
俺は何気なく扉に手を掛け横に引っ張る。
「…そういえば鍵忘れてた」
俺はそう口にする。
扉はガタッと鳴っただけでびくともしていない。
「確かに忘れていたな。向かうとするか」
「いや、俺取りに行ってくるよ」
そう言って弁当をスズシロに渡す。
パパッと職員室に鍵を取ってくるつもりだった。
「何してんの二人」
そんな声が聞こえて俺たちは声の方を見る。
そこにはベニがいた。
しかも…
「鍵を持って行かずにどうやって入るつもりだったの」
そう言いながら鍵を指でクルクルと回していた。
ジトーッとした目つきと呆れた表情で俺たちを見ている。
「ベニ!助かった!」
「おーナイスタイミングだ!」
俺たちがそう言って喜ぶ中、はいはい、と言いながらベニは鍵を開けた。
開けた途端ベニにスズシロが抱きついた。
「ありがとうー!」
「あぁもう!言葉だけで良いって!」
そう言われながらスズシロは引き剥がされた。
俺はそれを笑いながら見つつ部長とスズシロが書いたプレートが置かれた席に座る。
その後、弁当を横に置いてパソコンを立ち上げた。
「はぁー青春部を作って良かった」
「そーね、それは同意」
そう言いながらベニもタブレット端末を机から取り出す。
部活棟であれば部活に関係する事のみパソコンやタブレット端末の使用が許可されていた。
が、見回りも来ない為実質制限はない。
(まぁ見回りに来てもゲーム作りも青春の一部と言い張るけど)
そんな事を考えつつやりかけだった作業を開く。
「相変わらず何を書いているのかさっぱりだな」
「なにっ!?」
背後、しかもすぐそばからそんな声が聞こえて俺は振り返った。
スズシロがすぐ後ろの髪と髪が触れ合いそうな距離にいてパソコンの画面を見ていた。
大きな瞳に薄い桃色の唇、小さく口が開いている。
ふと、意識すれば甘い香りが鼻腔をくすぐった。
「ん?いや、相変わらずガクくんは難しい事をしているなと」
そう言ってスズシロは軽く目を閉じ小さく笑う。
それに対し俺はゆっくり体を前に倒し距離を取った。
(相変わらずスズシロは距離が近いな!)
俺はクッと自分の制服の胸元を抑える。
ドキドキするな俺!スズシロはこういう事を普通に出来る人間だろ!
「ねぇスズシロ…距離近すぎない?」
「そうか?友人との距離なんてこんなものじゃないのか?」
スズシロのそんな解答に俺は目を丸くして体を起こして振り返った。
そうか?嘘だろスズシロ。無自覚なのか?
「…スズシロはどんな学校生活送ったらそうなんのよ」
ベニが呆れたように小さくため息をついた。
「あぁいや中学の頃はあまり学校へ行って無かったな。ただフレンドは多かったし人間関係に悩む事もあまりなかったぞ」
「フレンド?」
「うん、フレンド」
そう何気なく言いながらスズシロは頷く。
「…スズシロ、リアルの友達は何人いるんだ」
俺はまさか、と眉を顰めつつそう聞いてみた。
「ネットの交流なしでという事か?それなら…七、八人あっもちろんガクくんもベニも含まれている!」
なら六人…確かスズシロが教室でよく遊んでいる人の数もそれくらいじゃないか。
俺は顎に手を当てて「なるほどね」と思わず呟いていた。
まぁ…だったら仕方ないか?
「なっなんだガクくん!何がなるほどなんだ!」
そうスズシロは焦ったように言いながら俺の肩を掴んで大きく揺らす。
「なるほどね」
「ベニまで!」
「ガクのクラスは今後もスズシロに魅了された勘違い男子達の泣き声が当分は続きそうね」
呆れた表情をしつながらベニは俺の方を見つつそう言った。
俺は「そーね」と頷く。実際、教室でスズシロと話しているとよく睨まれるし…男女から。
「まぁ…スズシロが刺されないようにだけは見守っとく」
「刺される!?私がか?なぜ!?ガクくん!」
「アガガガガ…」
スズシロに俺はガクガクと肩を揺すられた。
ふと…頭を振られたせいか気になっていた事を思い出す。
「そういえば結局、どうしてベニは部長になりたかったんだ?」
「みんなから好かれているからとかじゃなく実力で部長になってみたらその部活はどうなるんだろうって」
ベニはタブレット端末に目をやったままそう言った。
「それは知ってんだけど、納得出来なくてさ」
「なんで知ってんの!?ていうかガクとちょっと前に話した時も調べてくれた、とか言ってなかった?誰、スズシロ?」
ベニはそう言いながらガタッと音を立ててこちらを勢いよく見た。
「ん?確かに私はベニの事を調べたりはしたが、その件は知らないな」
そうサラッとスズシロが言った。
俺は目を逸らして口笛を吹く。
「ガク、口笛鳴ってない。あとどういう事か説明してもらおうか?」
ベニが立ち上がり俺の机までやってきて手を机について顔を近づける。
俺は必死に目を逸らしつつ
「き、聞こえました。美術部の先輩と話してる所」
「盗み聞きしようとして聞いたんじゃなく?」
「…」
大きくため息をつかれた。
「で、なんでそれで納得出来ないわけ」
「…それって前提条件となる何かがないと思わない事だろ?つまりみんなから好かれた人が部長になった場合があったって事」
俺の話にベニは腕を組んだまま「まぁそういうことがあったってわけ」と頷いた。
多分それは中学の頃の美術部の話なのだろう。
「ただ、それが納得出来なかったからっていう理由だとおかしいんだ」
「…なんで?」
「だってあの美術部は元々実力がある人が部長になる制度だろ?わざわざベニが部長をしなくて良い」
つまり、ベニの言う理由ならばあの制度を知った時、部長にならず横で見るだけで良かった。それでも部長になりたい理由は別にあるのではないかと俺は予想した。
まぁなければそれで別に良いけど。
「「言われてみれば確かに」」
隣で黙ったまま聞いていたスズシロは兎も角、なぜベニまで一緒なんだ。
スズシロの「シンクロしたな!」と喜んだような声が背後から聞こえてくる。
「えぇ」
俺はへの字口で思わずそう声が出た。
まぁ別に良いのだが、俺の蹴られ殴られはなんだったんだ。
「まぁただ部長っていう役職をやってみたかったのも本当だし、当分辞めるつもりもないけどね」
「じゃあ良いか」
「まぁ…美術部部長ってなんかカッコいいじゃん?あーしの憧れだったし。それが理由でいいっしょ」
そうベニは軽く言う。
俺は思わず笑っていた。
「似てるなベニ」
「は?」
「俺もゲームクリエイター部の部長に憧れていた。無茶もした。いろんな人に手伝ってもらった」
そして結末もかなり近くなりかけた。
ただ俺と違いベニは上手くやれているように見えた。少なくとも俺が美術部を辞める届けを出した時にはそう見えた。
「そ」
と、ベニは相変わらず淡々とした調子で言った。
「…まぁただ今回の件は二人ともありがとう…ございました」
そう少しぎこちなく言ってベニはお辞儀をした。
長い髪がそれに合わせて大きく揺れる。
俺とスズシロは思わず顔を見合わせた。目を丸くしお互い似たような表情をしていたはずだ。
それから俺はフッと笑いベニの方を見ながら
「そもそも美術部の部長になれる実力があったのはベニだし」
「あぁ、今回が色々と特殊な例すぎただけだ」
その後、ベニは顔を上げる。
ただ気まずそうに腕を抑えて顔は逸らしていた。
「それでミシマ先生から聞いたけどガクはゲーム作ってるんでしょ?」
「え?あぁうん」
俺はあまりにその話が唐突でなにも考えずそう答えていた。
ベニがミシマ先生とまともに話した事があった事すら俺は知らなかった。
「あれ、入ってる仕事の合間だったら手伝っても良いよ」
「ほっ、本当か!?」
俺は思わず机に両手をついて前のめりな格好でそう言った。
「近いって。ほんと出来る時だけね」
「それでも助かる!」
俺は強く頷いた。
少しでもフリー素材の所が減るだけでグッと見栄えが変わってくるものだ。
「良かったなガクくん」
「あぁ!」
グッと拳を握りスズシロの方を向いて頷く。
そんな事をしていた時だった。
バーンッと部室の扉が勢いよく開いた。
「なに!?」
一斉に俺たちは扉の方を見る。
「これ見てほしいっす!」
紙を持ったスズカゼくんが満面の笑みを浮かべ扉の所でそう叫んでいた。
「なっなに」
俺が目を丸くしつつそう聞く。
スズカゼくんは俺の元に走ってきて「じゃん!」と紙を広げて見せた。
「え!?凄いじゃないかガクくん!」
そう言ってスズシロに肩を叩かれる。
それは今日発表された部活ランキングだった。
「第25位…青春部!?」
俺は目を疑った。
俺たちは学校に対して貢献を一切していない。
つまり部活メンバーの個人の能力、それも四人の能力だけで25位に食い込んでいた。
「ええええええええええ!?」
その瞬間、今日一番の声が出た。
ここまで長らくお付き合いありがとうございました。
これにてHello World編完結です。
今後はHW編の書き直し、主にエピソードの追加を5月6日までやっていくと思います。
その後は次の雨、恋編、紫雲雨菜さんの勧誘と部活ランキングに入ったことにより起こる事件、そんな話を書いていこうかなと思っています。大体何を書きたいかはあるのですがプロットにも起こしていないので5月末くらいから書け初めたらな…と。
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