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アオハルゲームメーカー  作者: 夏草枯々
第四章 取引
18/19

2

青春部の部活動活動費用の半分を毎学期渡す。その代わり美術部部長である栄花紅を青春部の部員とする。栄花紅が美術部部長で無くなった場合、この契約は無効とされる。また美術部の部活動活動費用は下記の双方がその使い方において美術部にとって正しく使われているか確認をする。


『三島夏貴』

『』

もう一つの枠は空枠だ。


「おいおいおいおい!」


男がテンションを上げながらそう言った。

俺が睨む。


「ここの枠に入るのって美術部顧問の名前か?」


美術部の先輩がハッと息を呑んだ後「それって」と口にする。


「お前なのかよ!おいー!」


そう言って男が顔を押さえて大声で笑った。


「お前、どんな気持ちでこいつの話聞いてたんだよ」


男は先輩の方を指差してそう言った。

他の男子生徒たちも笑い出し皆様大変上機嫌のようだ。


「顧問は基本的に生徒の自主的行動に任せる。エイカちゃんが何しようと止めないもんなぁ。それが堂々と全額横流しされようと。言った通りの事が起きてんじゃねぇか。そんな堂々見せびらかして恥ずかしくないのかよ」


「恥ずかしくないね」


「すげぇな。お前やっぱぶっ壊れてるよ」


口を横にニィッと伸ばしてそう言われた。

そうですか、と無言で片眉を上げて流す。


「なるほど色々と分かった。あーあ三割で良かったな。同情なんてしなきゃ良かった」


俺は首を横に振ってため息をつく。

それからふと、エイカさんの方を見た。

エイカさんはこちらを心配そうな表情で見ていた。

俺はそれを見て思わず笑ってしまっていた。


「馬鹿にしてんの」


と、表情を険しくして口パクで多分そう言われる。

俺は首を横に振った。


(あーしの評価があーしの中で全てだから。あーしが欲しいと思ったもの以外に興味は無い、なんて言った人がこうも俺の事を信じてくれてんだな)


それは凄く…嬉しかった。


「もう良いだろ。誰かこいつを摘み出しとけ、万が一契約が成立すれば本当にそれが行われるんだから」


そんな命令にすぐさま頷いた数人の男子生徒が走ってきて俺の肩を掴んだ。

俺はすぐさま肩を振って距離を取る。さらに執拗に手が追ってくる。


「離せ!」


今、外に出されるのは凄く不味い。絶対にあの契約を通してはいけない。

それにまだ決定的な証拠がまだこの場にきていない。


「暴れんな」


強く取り押さえられる。

最悪、思いっきり暴れて時間を稼ぐしかない。


「その紙を離せ」


取り押さえられながらの少ない可動域で腕を動かして伸ばされた手を躱す。

これだけは不味い。

今、紙を破られると、このまだ俺が何か隠してあいつが油断しているギリギリの拮抗状態が一撃で終わりかねない。


「くっそ!」


そう俺は顔を顰めながら吐き捨てる。

その瞬間、首の後ろと腕を掴まれ強い力で床に押し倒された。

頬の骨に強い衝撃が走る。

手を上げて紙を投げた。もはや一か八かの賭けだ。

頭の先で誰かがしゃがむ気配、紙のパサリと拾われる音がする。


「まだ、何かあるんでしょ」


そんな相変わらず淡々とした声が聞こえた。

俺はホッと息を吐き出す。どうやら小さな賭けには勝ったらしい。


「おい。もう後輩の説得も良いだろ。紙」


男のそんな声が聞こえてくる。

まだ美術室に誰かがやってくる気配は無い。

ギリリと自分の奥歯同士が擦れる音がした。ここまでやってもダメなのか。


「情けねぇ…」


そう呟いた俺の声は既にもう震えていた。


「待って…下さい先輩」


そんな声が聞こえてくる。

俺はハッと顔を上げた。

エイカさんの背中が見える。紙を持ったまま真っ直ぐ先輩に向かって立っていた。


「エイカちゃん。ごめん。もう待てないよ。時間が無いんだ」


先輩は首を横に振る。


「それでも待って下さい。あーしはこんな中途半端な終わり方は認めない」


「エイカちゃんが認めなくたって契約は結ばれちまえば関係ねぇよ」


そう言って男は鼻で笑った後「ほれ紙よこせ」と手を伸ばし先輩を急かす。

先輩の表情は暗い。顔も俯いていて真っ直ぐ前を見ていない。さっきまでの堂々とした姿は無くなっていた。


「そんな後で後悔するような選択をしないで下さい!」


俺は顔だけなんとか上げてそう叫んだ。

ここで折れて後悔するより最後まで立ち向かう、そんな姿を俺は見習いたいと誓ったじゃ無いか。


「後少しだけ!」


俺がそう願うように叫んだ時だった。

美術室の扉がバーンとけたたましい音と共に勢いよく開く。

そして


「気がついたら思わず叫んでいた!意義有りって!!」


「台無しだよ!?」


俺はつい反射的にそう叫んでいた。

そんな事をこんな状況で言う人はこの世に一人しかいない。

俺はみんながポカンと動きを止めて黙る中で立ち上がり笑った。

やっぱりスズシロだった。胸を張って腕を前に伸ばしどこか床を指差したそんなポーズでキメ顔している。

その後ろからゆっくりと一人の男子生徒が姿を表す。

俺を掴んでいた生徒も手を離し多くの生徒が一瞬で頭を下げた。

そして


「お疲れ様です!霜樹生徒会長!!」


そう声を上げた。

生徒会長は一度それに頷いてから鋭い目つきで美術室を一瞥し手を後ろで組んだままゆっくりと入ってきた。この男よりは細いがそれでもやはり体つきはゴツく見える。ただの生徒会長なはずなのに。


「マジかよ」


あの男は頭を下げていなかった。その代わりそう呟き目を丸くしている。

俺はニヤリと笑う。

散々俺をボコボコにしてくれて、好い気味だ。これでやっと我慢した甲斐があったというものだ。

そう思ったはずだった。


「あれ?」


フッと力が入らなくなり膝から崩れ落ちていた。

咄嗟に床についた手がガタガタと震えているのが見えた。

まるで俺の手じゃないみたいだ。それに心臓もやけに煩い。


「大丈夫!?」


近くにいたエイカさんが俺の肩に手を置いて心配そうな表情で覗き込む。

とりあえず大丈夫と笑おうとして歯がカタカタと震えた。


「アドレナリンの出し過ぎだ。安静にしてろ」


霜樹生徒会長が俺を上から見下ろしながらそう言った。

エイカさんが心配そうに「大丈夫、大丈夫」と呟きながら背中を摩ってくれている。


「ガクくん。待たせた。そこでゆっくりしていてくれ」


俺の上がらない頭の上からそんな声が聞こえてくる。

俺はそれに小さく何度も頷き「悪い」と口にする。エイカさんが俺の頭上でスズシロに紙を渡しているのが分かる。

俺はゆっくりと床に尻をついて背中を美術室の壁に預けた。

心臓は相変わらず煩いし手はずっと痙攣するように震えている。部長ならば飄々とやってのけたのかもしれないが流石に普通の人間には無茶しすぎらしい。


「ありがとう、エイカさん」


俺は項垂れ目を閉じたままそう口にした。


「ずっと思ってたけどエイカさんは辞めて。あんたの事もガクって呼ぶから、あーしもベニでいい」


「俺に興味が湧いたって事で良い?」


目をつぶったまま、なんとなく「それって恋人っぽくないか」と思ってしまってそう言ってみた。


「同じ部長同士になるからだし、勘違い乙」


「確かに…はっず俺」


ハハハッと軽く笑う。

そんな時、俺の頭の先では生徒会長とスズシロによって話が進み始めた。


「さて、こんな所でなにをしているボクシング部部長ヒルタカタケル」


ボクシング部と生徒会長は言った。

部活動のランキングでは第7位だったはずだ。


「級友から相談されてな。話を聞いていたんだ。生徒会長こそ何しに来たんだよ」


「分かっているだろう」


そんな高圧的な声に舌打ちが返ってくる。

その後


「分かっんねぇな。俺は相談に乗っていただけだし、そこで倒れてる新入生の言っていた事もよくわかんなかったしよぉ」


「そうか。では、お前には関係のない事だ」


バッサリとそこで話は打ち切られた。


「霜樹生徒会長。これが先程生徒会室で話していた事の書類です。確認をお願いします」


スズシロの声がする。

その声から緊張した様子は感じられない。

逆にどこか堂に入っているようにすら感じた。


「確かに契約用紙の内容と一年スズシロシノから聞いた事が一致している。双方がこの契約の元で同意するなら私は生徒会を代表して空欄に名前を入れる」


俺は座ったまま頭を上げ「はい」と返事をする。

ベニは隣でしゃがみ込んだまま顔を上げて先輩たちの方を見ていた。

先輩達はエイカさんの方を見て小さく頷く。


「同意します」


はっきりとベニがそう言った声が聞こえた。

俺は長く息を吐き出す。

美術部での攻防はおそらく十分ほどだろう。けれど生徒会長とスズシロが来てくれるまでとても長く感じた。ようやくだ。


「にしてもいいのか。一年キジョウガク。初学期は生徒会としても少し色をつけて部活動活動費用を渡している。半分というのはかなりの額だ」


生徒会長からそう言われ俺は目を丸くする。

そんな忠告までしてくれるのか。


「えぇ大丈夫です。それくらいは払うべきだと思いましたから」


俺はそう頷きながら答えた。

それに部活費用の対策は考えている。


「…であればいい」


そう言って生徒会長は美術部の机で懐から万年筆を取り出して契約用紙に書きだした。

それを俺はゆっくりと眺める。だいぶ体は落ち着いていた。


「ところでガク、あーし入るって流れになってるけど青春部って本当に月一くらいで青春っぽいことするだけなの?」


隣でベニがそっと耳打ちする。

契約はもう結ばれているから、と生徒会長や他の人への配慮かもしれない。


「うん。ただ俺はミシマ先生の話を聞いて多分、青春相互補助部みたいな感じかなと思った」


「青春相互補助?」


「うん。後で後悔しないようみんなで青春の思い出を作る。それに加えてそれぞれやりたい事も達成させる。そうやって助け合っていく部活かなと思った」


「青春ねぇ」


「くだらない?」


「んーまさか自分がって感じ」


ベニは渋い顔をしながらそういった。


「俺もだよ」


部長の背中を追い続け三年後また部長と肩を並べられるように。

青春なんてしている暇はない。そう言って投げ捨てていった時、また俺は後悔していたかもしれない。

そんな事すら想像せず。

当たり前のように投げ捨てていたはずだった。


(ただ、なんかミシマ先生にお礼をいうのは癪なんだよなぁ…)


本人がああいう感じだからだろうか。

そんな事を考えていると名前を呼ばれた。

いつの間にかベニは生徒会長の隣で書類を書いていた。


「ガクくんも名前を書いてくれ。それで全員の名前が入る」


スズシロに呼ばれて俺は立ち上がり「分かった」と頷いた。


「では、これでこの契約は生徒会で受理しておく。青春部は次の部活動活動費用から半分を美術部に入れた状態で告知する。双方の部活は念頭に置いておくように」


そう言って生徒会長は書類を持って美術室を出ていった。


「おい、青春部部長名前は」


出て行く生徒会長を頭を下げて見送っているとそう声をかけられた。

名前は確か…ヒルタカ先輩。


「キジョウガクですね」


「そ、覚えたからな」


そう言ってヒルタカ先輩は俺に指を刺す。

その後、恐らくボクシング部部員であろう男子生徒達を引き連れたまま美術室の外へと出ていった。


「大丈夫だったかいガクくん」


「あぁ。あれはなんだ?」


スズシロは「分からないな」と首を横に振った。


「ボクシング部とは言っていたが、明らかにボクシングの範疇にない事までやっていそうだ」


俺は頷く。

もしかすると厄介な連中に目をつけられたかもしれない。


「まぁただ今回は本当にギリギリ間に合ったんで良し!」


俺はそう言ってグッとサムズアップする。

多分、美術部の先輩は本当にボクシング部に頼るか迷っていたのだろう。その迷いのおかげで俺は間に合った。

ヒルタカ先輩との違いは多分偶然。強いて言うなら俺の方が少し臆病だった所じゃないか。

昼間、案が出来ていた事を知らせていなければこの件どうなっていたか分からない。


「ブチョーほんといいの?もう済んじゃった事だけど部費半分はそっちの部活回わんなくない?」


「人の気持ちを考えた結果の金額だ」


「そういう事じゃないし!」


そう言ってパシッと元部員の彼女に叩かれた。


「ガクくん見てたっすよー!!」


美術室の入り口からそんな声がする。

扉の方を見るとスズカゼくんが満面の笑みを浮かべ手を振っていた。


「大丈夫、入りなよ」


「っす!やっぱガクくんは面白いっすね!そんな本気で青春部作ってるなら言って欲しかったっす!すぐに入ったっす!」


手を握りしめたままブンブン振ってそうテンション高くスズカゼくんは喋る。


「あれから考えがちょっとだけ変わったんだ」


「そうなんすね。それにしてもガクくんもこんな面白い事するなら呼んでほしいっす!スズシロちゃんがSNSでメッセージくれなきゃこんな事件を見逃してたっす。爆速で来てよかったっすよ」


俺は苦笑いしつつスズカゼくんの話を聞く。


「俺は面白くなかったよ。疲れた」


そう言って首を横に振った。


「そうなんすか。それはじゃあすごいっすね!」


目を輝かせながらそう大きな声で言った。


「ありがとう。頑張った甲斐があったよ」


「っす!」と相変わらず元の文がなくなったままスズカゼくんは強く頷いた。

俺は手を天井に向けて伸びをする。


「よし、じゃあミシマ先生の所行って部活のメンバー書いて帰るか」


「あぁ、あとはミシマ先生の仕事だな」


「この後、どっか寄らないっすか?」


「いいな、青春部創立記念日だ」


そうスズシロが言って俺たちは美術部の外へと出ようとしていた時だった。

ベニが美術部の先輩達と話しているのが見えた。

俺は立ち止まる。


「あーしはみんなから好かれているからとかじゃなく実力で部長になりたかったから」


先輩はそんなベニの話をうんうんと頷いて聞いていた。

周りの部員達の反応はバラバラで笑う人もいれば引いているような人も見える。

その話を聞いて怒っているような人もやはりいた。

もしかするとベニは昔、俺と違って部長になれなかったのではないだろうか。

俺は人から好かれていたからというより部内で一番仕事が出来たとかそんな理由で多分ゲームクリエイター部の部長になった。正確にいえば部長からの推薦だったけれど多分そんな理由だと思っている。

みんなに好かれているという理由でベニ以外の誰かが部長に選ばれた。そんな中でこの学校を見つけたとすれば…


「ベニー」


「なに?」


俺の声がけにベニは振り返る。


「部活のメンバー書きに行くって。スズカゼくんも入るみたいだから」


「誰それ。まぁわかった。行く」


そう言って美術室を出て少しした時、突然ベニが廊下で立ち止まった。


「どうした?みんなもう先に行ってるぞ」


俺も併せて立ち止まり振り返る。

ベニは真っ直ぐ俺の方を見ていた。


「そういえばさ、今となってはどうでもいい事だけどガクは疑った?」


「疑った?」


俺は首を傾げる。

ベニはそれに小さく頷いた。


「あーしが他の部活と繋がっているから部長になりたいんじゃないかって」


あまりに真っ直ぐ目を見て言うので俺は思わず目を逸らしていた。


「あー、うん。一瞬よぎった。で、まぁ俺の案は偶然その対策も出来てたから良いやって思った」


そう言いつつ俺は首の後ろに手をやって何度か小さく頷いた。


「そ」


「でも、そのあと多分どこかと繋がってるとかはないだろうなって結論づけた」


「なんで?」


「俺の経験則なんだけど本当に大事なものは隠すしこだわりも生まれるものだから。今回もそうなのかなって」


そう言ってベニの方を見る。


「あてになるのそれ?」


「さぁ」


首を傾げていたベニに俺はそう言って首を傾げ返す。

その後、俺とベニはちょっと笑って先に行った二人を追いかけて走った。

職員室ではミシマ先生が突然の出来事で大騒ぎしていたけれど、さっさと名前を書いて俺たちは職員室を後にした。


俺はその日の夜、疲れていたからかすぐに寝た。

翌朝、アラームの音で目が覚める。

アラームを止めて体を起こし目を擦りながらしばらくボーッと部屋を眺めた。

しばらくすると次第に頭が回り出し今日はやけにぐっすり眠っていたのかもしれない、なんて考える。

ベットから立ち上がり、ふとスマホにメッセージが来ていた事に気がつく。


「これ昨日みんなを撮った写真だ!ガクくんのSNSを知らないので直接送ったぞ。やっているならIDを教えてほしい」


昨日学校を出た後で行ったファミレスで撮った写真だった。

俺はフッと笑って返事を返し、スマホを机の上に置いて部屋を出た。

いつもより良い朝で今日は始まった気がした。

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