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アオハルゲームメーカー  作者: 夏草枯々
第四章 取引
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スズシロは怪訝そうに眉を顰めて俺のスマホを見る。


「あかね…あの子か?」


「美術部の」


俺は頷く。

俺が部長だった頃にいた元部員だ。

スズシロは険しい表情で「じゃあすぐに美術室に向かおうか」と言った。

俺は首を横に振る。


「提出する案を完成させたい」


「…分かった」


一瞬、どちらがどこへ行くべきか悩む。

俯いて頭を回す。


「…俺が職員室に行って案を受け取ってくる、スズシロは「分かった」


俺がハッと顔を上げるとスズシロが真っ直ぐ俺を見ながら頷いていた。


「大丈夫、昨日ガクくんが言っていた案は全て覚えている。ちゃんと説明するさ」


出来るならば俺がするべき事だと思う。

ただそんな事を言っている余裕は無いかもしれない。何か一つでも手遅れになる前に向かわなくてはいけないのだから。


「ありがとう。また何かお礼をする」


そう言いながら教室の外へと向かって走り出す。


「じゃあ、あの手土産にくれたお菓子かな。美味しかった」


「いくらでも」


そう言って頷く。

途中まで行き先は同じなので二人並んで廊下を走る。


「なぁガクくん」


スズシロが俺の方を見ながらそう言った。


「ん?」


「なんかこういう展開、ちょっと楽しいな」


歯に噛むように小さく笑ってそう言った。

俺はゲーム脳すぎるだろ、と苦笑いしつつ「俺にはそんなこと感じる余裕がないな」と首を横に軽く振った。

それから窓の外を見て廊下の窓枠を掴み飛び超えた。


「ガクくん!?」


職員室の前には下駄箱の屋根がある。

一瞬の浮遊感の後ドンッと屋根が大きく鳴って足の裏に衝撃が走った。


「痛った」


手をついて奥歯を噛み締め立ち上がる。

窓枠から職員室前の廊下に上がる。

後で幾らでも怒られて良い。


(後悔はやれる事全部やった後)


「失礼します!ミシマ先生!」


既に空いていた扉の所で立ち止まりミシマ先生の机を見る。


「なっなに?」


椅子に座ったまま顔を上げて困惑した表情でこちらを見ていた。

先生達を躱しつつ早足で進む。


「朝渡した案はどうなってますか?」


「出来てるよ。ハンコもある」


「下さい」


「はい。何?そんな急ぐ状況になったの?」


「後で言いますから!」


そう言いながら受け取りすぐに走った。

途中で息が切れた。

廊下を通り過ぎていく人から怪訝そうな顔で見られている。

だからなんだ、と顔を上げてそれでも前へ進む。

壁に手をつきながらなんとか階段を登りきって美術室へと続く廊下を見る。


「ん?」


美術室の前の廊下に数人の男子生徒が立っていた。

あんな生徒は美術室で見た事がない。ネクタイの色は同じなので一年なのだろう。


「止まれ。今、美術部で大切な話し合いが行われている。関係者以外は美術室への立ち入り禁止だ」


睨みを利かせながら手を広げて行く手を遮られる。

美術部で大事な話し合い…とこの生徒は言った。

それにこうやって美術部では見たこともない生徒が大々的に美術室を守っているという事は第三者の誰かがこの美術部の件に介入したと見て良さそうだ。


「俺は美術部員だ。中で急いで描かないといけない物がある。通してくれ」


「名前は」


「机上學、学生証を見せようか?」


「…部員名簿に名前は確かにあるな。一応手帳も見せてくれ確認する」


俺は財布から学生証を出して渡す。


「よし、話し合いの邪魔だけはするなよ」


俺は真顔で「はい」と頷き美術室の扉に手をかける。

内心ではラッキーだったと大きく息を吐き出した。


「おい、ちょっと待て、その手に持ってるプリントはなんだ」


(…ヤッベェ)


手に汗が滲む。

一瞬、呼吸が止まったような気がした。

ゆっくりと振り返り折りたたんだ紙を掲げる。


「あぁ、これは…画力テストの結果です。これを見ながら今日は描くんで」


「…そうか」


「はい」


そう頷きながら後ろに回した手でそっと美術室の扉を開いた。

体の中から心臓がバクバクと鼓動する音が聞こえる。

笑顔を作りつつ美術室の中へと体を滑り込ませて扉を閉めた。

あぶっねぇ、と扉を押さえつつ大きく息を吐き出す。

その後、体の向きを変え美術室の方を見た。


(えええええええええええ…)


見た途端にゴリゴリのヤンキーと目があった。ネクタイの色的に上級生。


「止まんな、さっさと進め」


そう俺を見ながら言ったヤンキーは少なくともこの美術室では一度も見た事がないと言い切れる。

着崩した制服、筋骨隆々の体、短い髪、剃られた眉毛、鋭い目つきにその喋り方。

一度見ただけで忘れないであろう凶悪そうな風貌だ。


「断る。その話し合いに俺も関係しているから」


俺は背筋を伸ばして真っ直ぐ目を見てそう言い放つ。

怖かったがそれ以上にここで引けば後悔する気がしていた。


「は?」


男は一歩、俺の方へと距離を詰める。

一瞬タバコの匂いがして俺は顔を顰める。

170ある俺と頭一個分かそれ以上にデカい。

とりあえずこの人と話し合いが出来る気がしない。今どうなっているかも教えてくれなさそうだ。


「エイカさんはっ!?」


そう言い切る前に体が前に倒れていた。

足を掬い上げるような蹴りを食らったのだと、腹から着地した後に気がついた。

床に強く打った手がジーンと痛む。


「…いってぇ」


「何してんの!?」


エイカさんが人混みを押し退けてやってきた。

俺は大丈夫?と差し出された手を握って起き上がる。


「状況は?」


「正直最悪。まずあーしにこの契約を止める権限が無い。あーしが部長を続けると言ったらこの契約は結ばれるって言われてとりあえずあんたに案がある事知ってたから保留にしてるけど」


「分かった」


分かったことは二つある。

ギリギリ間に合った事とこいつは意外と頭が回ること。

一歩こいつが踏み出した瞬間、露骨に動いた男子生徒が何人かいた。その後ろには多分俺の元部員とエイカさん、それと美術部の顧問がいる。


「そっちに書類はちゃんとあるのかよ。口約束じゃ話にならないだろ」


俺はそう言いながら先程ミシマ先生からもらった折り畳んだ書類を見せる。

「俺が持ってきた契約じゃねぇからな」と男は肩をすくめた。


「話に「私が持ってます」


俺の話は遮られる。声の方に顔を向けると美術部員の先輩がいた。

その人は前の方で集まりエイカさんの部長に反対していた覚えがあった。

前に突き出すように掲げられた書類を見る。


(毎学期に配られる部活動活動費用の二割を三年間渡すかわり、エイカさんに部長を辞めるよう説得する…ていう契約書か)


…説得ねぇ、と苦笑いを浮かべる。

それ暴力も説得手段に含まれている感じだろ。


「美術部はこんな払って大丈夫なんですか?」


「彼らを頼るんだものこっちも覚悟の上、みんなで決めたことだから」


そう先輩に真っ直ぐ目を見て返された。


「毎日、部長を辞めてくれ頼むよーって後輩にお願いするのも癪だろ?それを代わりにやるっていう契約だ。その後輩も大の男たちがゾロゾロやってきて誠心誠意頼み込むんだからきっといつか分かってくれる筈だ」


「そうなんですか」


「それに本当は三割三年だったが世話のかかる後輩に手をやいてるって言われて俺もついつい共感しちまってよぉ。俺の所も使えねぇ後輩の世話で大変だからさぁ」


そう言って扉の外を見た。

俺は真顔のまま内心、鼻で笑う。

どうせ元々二割の契約だったのだろう…


(…俺、何熱くなってんだ?)


顔の辺りが熱を持ったように熱い。

自分の頬を思いっきり両手で叩く。

切り替えろ。熱くなるな。今やるべき事をやれ。感情よりも優先するべき事があるだろ。


「令和の時代に必要以上の暴力はパフォーマンスでしかない。あんたの暴力も脅し以外の効果はなく、それを分かっていれば乗り越えられるんじゃないのか?」


俺は首を傾げながら真っ直ぐ男の目を見てそう言った。


「俺の拳が見せかけ(パフォーマンス)だって?」


一斉に背後の男子生徒たちが動く。


「なに!?離して!」

「ブチョー気をつけて!」


そんな声は一瞬にして聞こえなくなった。

男の拳が鳩尾を抉っていた。衝撃は背骨にまで突き抜けていきそうなほどで一瞬体が浮き上がったような気さえした。


「…ッ」


俺は膝をついて腹を抑えたまま崩れ落ちた。

脂汗が滲み体が震え出し呼吸が荒くなる。

辛うじて開けていた視界の端で男は片足を上げた。


「ちょっと」


美術部の顧問の先生が立ちはだかる男子生徒をかき分けてやってくる。

流石に顧問を止める力は生徒に無いだろう。視界を遮るのが精一杯な筈だ。

男は小さく笑って足を下ろす。


「どうした?緊張で腹でも痛くなったか?」


「靴にゴミがついていたから払ってただけだ」


「それにしてはやけに苦しそうだな」


ニヤニヤと笑いつつ上からそう言われる。

俺は歯を食いしばりながら震える膝を抑えて立ち上がる。

頭を回せ、今はやるべき事をやれ。


「俺は緊張で腹が痛くなった事はない。その話は実体験か?可愛い所あるな」


「負け犬はよく吠える」


俺はニヤリと口元を歪ませ壁に手をついて立ち上がる。

正直、強がってはいるが今にも吐きそうだ。

だが、この挑発に乗らないという事は恐らく顧問が近すぎてもう手は出せない。

予想通り、あの二人と顧問に決定的な所を見せないようにしている。他の美術部員が許されているのは絶対にこの男を売らないから。売れば全員で決めた契約ごと無くなるからだ。


「ていうか、こんなに大金払ってまで美術部はエイカさんを辞めさせたいんですか?そこまでする理由はあるんですか」


壁に手をついたまま顔を上げ美術部の先輩を見る。


「それを君に言って何になるの」


「俺が手を引くかもしれません」


そう言いながら絶対に離さなかった紙を見せる。

内容はまだだ。


「君は部活動活動費用がどれだけこの学校で力を持つか知ってる?」


「…いえ」


俺は首を振る。

実際、スズシロから聞いた事くらいしか知らない。


「多分、君と同じようにエイカちゃんも知らなかったんだと思うんだ」


「…どうでしょう?」


エイカさんの方を見る。

エイカさんは険しい表情で先輩を見ていた。


「部活動活動費用はね。部員も買える。部室も買える。もし美術室が他の部の部室になれば美術部の活動は大きく制限される事になる」


「…そうなんですか」


全部、知らなかった。

…部員買えちゃうんだ。良いのかそれ。


「美術室以外で油絵もスプレーアートもできる場所は限られてくる。美術室にある備品はそこの部が使う事になっているから彫刻もキャンバスも絵画も練習で使えなくなる」


「でも、それを防げば良いだけじゃないですか?」


部員も部室もポンポン買えるようなものじゃないだろ。

なにをそんなに恐れているんだ。


「部活動活動費用は部長が決める権利を持っている」


俺は頷く。

多分、そういった仕様なのだろうと予想していた通りだ。


「だからエイカちゃんがどこかの部活と組んだ場合、私達にそれを止める術はない。普通はそうならないように工夫されるものだけど今回は色々と初めての事が起きすぎてる」


組んでいた場合…あれ、ちょっと待て。

頭に手をやり考える。

いや、大丈夫だ。

それに多分、エイカさんはどこかと組んでいない。

そう思いたいだけかもしれないが、経験則的には大丈夫な筈だ。


「エイカちゃんが今まで努力してきてこの点数なのは凄いと思う。尊敬もする。自分達の三年間の努力以上の努力をしてきたって絵を見たら分かるから…でも!部長だけはダメだから!」


先輩は首を振って最後の方は泣き出しそうになりながら言った。

俺は顔を顰める。

正直、俺としてはその意見を汲んであげたい気持ちでいっぱいだ。

というかエイカさんには折れてくれた方が俺も良い。


「エイカちゃんの事を部長って呼ぶ、他の意見は部員を説得して通す。だから副部長じゃダメかな。エイカちゃん」


そう必死な様子で呼びかけた。

エイカさんを部長にするということは先輩から見れば美術部の廃部に直結する問題なのだろう。

言った通りエイカさんが誰か他の部活と手を組んでいた場合、早ければ後数日で部活動勧誘週間が終わり活動費用が配られそれをエイカさんは流し美術部にはかなりの痛手が生じ、そのお金で誰か部員が買われるかもしれない。最悪美術室がどこかに買われ活動に大きな支障をきたすのだろう。

絵の描けない美術部に廃部は近い。


(…青春部も対岸の火事と笑っていられる話じゃ無いな)


俺は渋い顔をしつつエイカさんの方を見る。

エイカさんははっきりと首を()に振った。


「断ります。あーしはあーしの望むもの以外に興味は無い。そんな見せかけの部長はいりません」


そう言った途端、先輩はパッと顔を俯き手で隠した。

すぐに周りにいた部員たちが先輩の肩を支えてエイカさんを睨んだ。


「おいおい、どうしてそんなに部長にこだわるんだエイカちゃんよぉ〜」


男がそう声を上げ手を広げた。

正直言えばそれは俺も少し思った。

多分、過去の事が無ければ…スズシロのゲームに対する絶対的な思いやスズカゼくんの頑固とも言える面白いものへの執着、それを体験していなければさらに疑っていた。

その疑いは多分、この案を出し渋るほどだっただろう。


「そこで美術部とエイカさんに提案があります」


そう声を上げて俺は折り畳んだ紙を広げて突き出し掲げた。

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