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アオハルゲームメーカー  作者: 夏草枯々
第三章 価値
15/19

3

「あれブチョー!?」


俺が美術部で画力テストを受けているとそんな声が入り口の方から聞こえてくる。顔を上げて振り返ると俺の元部員が扉の方でこちらを見ながら目を丸くしていた。


「ちょっと」


と、俺の絵を見ていた顧問の先生が顔を上げ注意をする。


「すいませーん」


と呑気な返事を聞きながら俺は自分の画力テストに視線を戻す。堀の深い男性の彫刻とその後ろに風景の写真、それを模写するのがテスト内容だ。

鉛筆で線を入れるたびキャンバスの凹凸をはっきりと感じる。そもそも絵を描く時、描くものが縦になっているのが初めてで体の置き方から謎だった。顧問の先生に教えを乞いたいがそれもテストの採点内容らしく一旦、それで頑張ってと言われている。


(…すげぇやりにくい)


グヌヌとキャンバスを睨みながら鉛筆で線を入れていく。


「あれ、ブチョー意外と上手いね!?」


そんな声が隣からする。意外と上手く描けているのかもしれない。

俺は顔を上げずに「もっとグニャグニャかと思ったか?」と手を動かしながら返事をした。


「いや、グニャグニャではあるんだけど」


「…」


「意外といるんだよねー適当にやるやつとか絵柄でオリジナリティ出してくるやつとか」


そう吐き捨てるように言った後、ハッと鼻で笑ったのまで聞こえた。

どうやらそれは地雷らしい。

…というか、それ新入部員の話だよな。同級生の話じゃないか。大丈夫か、そんな大声で言って。

俺は自然と苦笑いを浮かべていた。昔からそうだったが高校に上がって強気な所がさらに増した気がする。


「じゃあ俺のは何点なんだ?」


んー、と声がした後「30点!赤点なので美術部で補習!」とバッサリ言われた。

そうですか、と淡々と返す。


「ちょっと」


どこか他の生徒の指導に行っていた顧問の先生が戻ってきてそう注意をする。


「はーい、戻りまーす」


その後は特に何事もなくゆっくりとテスト時間終了まで粘って描いた。


「はい、終了です」


そんな指示と共に俺は鉛筆を近くの机に置く。それからクハァと息を吐き出して顔を上げ周りを見渡した。

エイカさんはまだ来ていないようだ。

ふと、俺の視界の端で近づいてくる人物が見えた。


「お疲れブチョー」


「ん」


俺は頷き椅子に座ったまま体の向きを変える。


「ブチョーが美術部に入るなんてどういった風の吹き回し?前は入らないって言ってなかった?」


「まぁここだけの話すぐに抜けると思う」


「あっそうですか」


と、つまらなそうな表情をする。

その後、しばらく喋りつつ待っていると採点が終わったらしく顧問の先生に呼ばれた。時間にして十分ほど、恐らくテスト中にも点数はある程度決められていたのだろう。

102点…まぁそうだよな、と肩を落とす。


「今日ってエイカさん休みですか?」


俺は顧問の先生にそう聞いてみた。

他の生徒は続々と揃っている中でエイカさんはまだ来ていない。


「ん?いえ、彼女は大体少し遅れてやってきますよ。部活のため彼女なりに準備をしているんじゃないかなと私は思っています」


そう小さく頷きながら言った。


「…そうですか、ありがとうございます」


「なにかあの子に用事ですか?」


俺は少し考える。

本当はエイカさんが今後どうしたいかを聞きに来たのだが、それを真っ直ぐ伝えたところで伝わるかは怪しい。


「えぇ、引き抜き…とはまた違うんですけど、そんな感じの理由です」


「…それは美術部としては困りますが、顧問は問題がない限り生徒の自主的行動を尊重せよと言われていますから」


「そうですか」


俺は頷きながらそう言った。

邪魔はしない、という事だろうか。


「それに私は部活同士の競争なんかより美術部のみんな絵が上手くなれば良い、それだけを考えていますから」


小さく微笑み頷きながら美術の顧問の先生はそう言った。

きっと、この美術部の顧問の先生はランキングが上がり部活動活動費用がたくさん貰えるより絵の上達による嬉しさが優先されるのだろう。

俺は頷いた後、チラリと辺りを見渡した。


(顧問の先生の気持ちはあんまり伝わってなさそうだけどな)


相変わらず今日も数人の部員は固まってエイカさんに対する批判を言い合っている。

まるで…


(崩壊寸前のゲームクリエイター部を見ている気分だ)


心の中でため息をつく。

そんな時だった。


「なにしてんのあんた」


振り返ると扉の所でエイカさんが睨むような目つきで立っていた。

その後、一旦、机にバックを置いてから大股で俺の方へとやってくる。

美術部がざわつき殆どの部員が俺たちの方を見ていた。エイカさんの行動がまた良からぬ噂を呼んでいる。先週の件で俺も美術部でだいぶ有名人だし、と苦笑いしつつやって来るのを待った。


「美術部に入部したからテストを受けてたんだ」


視線をエイカさんの方に戻して点数の書かれた評価シートを見せる。

エイカさんは怪訝そうに眉を顰めつつ「なんで」と呟くように言った。


「エイカさんと同じ立場に立って話したかったから」


「…意味わかんない」


そう言って視線を逸らされる。

その後、俺が「仮にエイカさんが青春部に入れば」と説明しようとすると


「入らないって!!」


と強く言われた。

俺は目を丸くする。その後、エイカさんからキッと強く睨まれた。

俺が青春部の部長であり美術部の部員、その反対がエイカさんという形にしたかっただけだ。どこまでそれで印象が変わるか未知数だったがどうやらこの様子だと無意味だったようだ。


「…なに、本当は美術部を中から壊そうって魂胆?」


「そんな事は思ってない」


俺は急いで首を横に振った。

どころかどうやら逆効果だったようだ。

エイカさんはその後しばらく黙ったまま少しずつ俯いていった。

俺がどうしたものかと、眺めているとズズッと鼻を啜る音がして「最悪」と呟いた声が聞こえてくる。


「そりゃ簡単に壊せるでしょうね」


「だから、本当に思ってないって」


そう言って首を横に振る。

それからポケットからティッシュを取り出した。


「うっさい!!」


渡さそうと差し出した瞬間、そう叫んで扉の方へと駆け出された。


「待てって!」


俺は追いかける。

そこまで差は開いていなかった為、すぐに追く。

肩に手を伸ばそうとした時、突然エイカさんは開いた教室の方へと方向を変えて


「あっぶね」


バンッと目の前で扉を閉じられた。

俺は扉の枠組みに手をつき背を逸らして躱す。


「帰って」


そんな声が扉の向こうから聞こえてきた。

俺は顔を上げて周りを見渡す。

教室の他の窓も扉も開いていた。

ただ多分、ここで教室の他の扉から入っても同じ事だろう。


「ティッシュは?」


「…バック」


走っていた時、バックは身につけていなかった。

つまり持っていない。


「あげるよ」


そう言って扉を小さく開いて隙間に押し込む。


「最悪」


と、ティッシュが引っ込むと同時に返事が返ってきた。

俺は扉を背にして座り込む。

それから廊下の天井を見上げゆっくりと語った。


「まぁ確かに美術部を壊しはしないけど俺の第一案は美術部を二つに増やす作戦だった。今の美術部に三人残して新しい美術部を作る。俺とエイカさんとアカネ…は知らないか俺の元部員の子がいるんだけど、それかスズシロに入ってもらって、他のメンバーは新しい美術部を作って活動を続ける」


ゴリ押しだがエイカさんは美術部部長だし、他の部員はいつもの美術部に戻っている。部活の積み重ねていた評価なんかが無くなりそうだが、そこら辺も公開されていないので予想でしかない。

幸いミシマ先生の件で顧問の兼任は出来ることを知っていたし。


「でも、しない。人の気持ちを考えろって怒られたから、そういう手は使わないと決めた」


「じゃあ考えてよ。今あーしがしてほしい事」


背後から拗ねたような口調が聞こえてきた。

俺はガクッと頭を下げて苦笑いする。

帰れって事だろ。


「それをするとエイカさんは学校辞めるだろ」


「…なんで、辞めないし」


「そもそもこの高校にいる理由が美術部なんじゃないのか?絵の仕事してるにも関わらず普通の高校にきたにはそれなりの理由があるだろ。その点美術部で美大みたいなことを教えているなら納得がいくし」


「イラストレーターの事、知ってたんだ」


「調べてくれたから」


あの時知ったものがこういう形で使えるとは。

スズシロに感謝だ。


「だから知りたいんだ。エイカさんが美術部部長を続けたい理由」


「…そんな事、教えてどうなんの」


「それに沿った解決案を持って再度エイカさんと交渉する」


「…どーせ足元見るでしょ」


拗ねたような口調でそう言った。

その言い方が可愛くて思わず笑いそうになった。一旦軽く息を吸って口元を治す。


「どっちかというと足元見られるのは俺の方だ。お願いする側だしな。気に入らなければ断ってくれていい。また交渉するから」


桜のタイムリミット的に今からシウンさんの事を調べる余裕もない。何よりきっと美術部を辞めることになればエイカさんはこの学校から去るような気がしていた。ここを逃せば次はない。そしてエイカさんを逃した時、俺は悔やむ気がした。後悔の味はもう沢山だ。


(ここを逃したらきっと夢に出るな)


「だから頼む」


顔を上げてそう言った。

廊下の窓から見える景色は青く眩しい。薄い雲がかかった空が見えた。

背後からため息をついた声がする。

それから深呼吸をする音がして「あーしは」と声が聞こえてきた。

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