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アオハルゲームメーカー  作者: 夏草枯々
第三章 価値
14/19

2

「なんだこれ!?」


部屋に真っ黒な車の操縦席があった。

しかもそれが二つ並んでいる。


「レーシングコックピットとその他諸々だ。ガクくんのは父の物を借りたんだがサイズの調整は後々しよう」


「こんな物まであるんだな」


そう言いながらレーシングコックピットに近づく。


「いらっしゃーいガクくん。はじめましてー」


リビングから続くダイニングの方からスズシロのお母さんが手を振っていた。

お母さんと顔は確かにスズシロと似ている。けれどキリッとした顔立ちのスズシロと違いお母さんの方がゆるっとした柔らかな表情をしている。髪も緩くウェーブのかかった長めの茶髪でそこら辺もスズシロと違う。そして何より若い。20代でもおかしくない見た目だ。


「はじめまして、お邪魔してます。スズシロと同じクラスのキジョウガクと言います」


「スズシロから色々と聴いてます。そのゲーム機もガクくんに見せたいからって朝からパパに頼んでました」


「…すいません色々と準備してもらってるみたいで。あっこれつまらない物ですが」


「あらあら、ご丁寧にありがとうございます」


そうやってペコペコと頭を下げつつスズシロのお母さんと会話していると唐突に「ママ!」と怒り出した。

スズシロが幼児退行してしまった、と思いつつ笑いながら振り返ると般若みたいな顔でこっちを見ていた。


「どうしたスズシロ!?」


「はぁ、ガクくんもがっかりだよ。女性なら誰でもいいんだな。全く、この節操なし」


そう言った後、コックピットの背もたれに肘をついてため息をつかれた。

酷い言われようだ。というか女性なら誰でも良いとスズシロには言われたくない。


「悪かったって、じゃあ遊ぼう。えーとレーシングコックピットだったか」


顔を逸らしてコックピットの方へと向かう。


「そんなご機嫌とりで私が喜ぶなんて安く見積もられた物だな」


俺はジトーッと目を細めつつスズシロ方へと振り返る。

やけに機嫌悪そうな表情をしている。どこか拗ねているようにも見えたのでそう言ってみたのだがスズシロには逆効果だったようだ。

安く見積もってはないけどめんどくさいな。

俺は仲を取り持ってくれ、とスズシロのお母さんを見る。スズシロのお母さんは困ったような表情で頬に手を当ててスズシロを見守っていた。ダメらしい、と心の中でため息を吐く。

しばらく俺は返答を考えスズシロの言っていたことを思い出し、その後スズシロという一人の個性的な人間を思い返す。


「スズシロ悪かった。それとありがとう。色々俺のためにわざわざ用意してくれて嬉しいし、これが家にあるのすごいと思うよ」


「そうか。まぁこれが家に二台ある所はかなり珍しいだろうな」


そう言いながらスズシロは頷く。

少し表情が柔らかくなったので恐らく正解だったのだろう。

スズシロにとっては母親に挨拶する事や自分の部屋に入れる事なんかよりゲームを見て喜んでくれる方が大切なのだろう。今回は特に俺が喜ぶと思って準備してくれたらしいし。


「良かったねーシノちゃん。分かってくれる子で」


「あぁ、本当はもっと飛び跳ねて喜んでくれるのを想像していたが」


苦笑いしつつ顔を逸らす。

なにこれ、スゲェ!?って…しそうになったよ。

多分あのままスズシロのお母さんに気がつかずに近づいていたらしていた。


「じゃあ私はお邪魔そうだし違う部屋にいるので。シノちゃん、ケーキとジュースは冷蔵庫にあるからね」


「分かった。ありがとう」


そんな会話があり俺とスズシロはお母さんが出て行くのを見守る。


「さて、先程は言い過ぎた。すまないガクくん」


スズシロがしっかりつむじが見えるくらいに頭を下げる。

それから俺の腕をとって「さぁやろうガクくん」と笑顔でレーシングコックピットの方へと引っ張っていく。


「ほんと凄いなこれ」


しっかりとしたシートにブレーキにアクセル、レバーにキーボード置き場までついている。

それに初めて見た湾曲したモニターが正面に設置されている。


「あぁ、まぁ流石に初心者のガクくんは隣のハンドルとアクセル、ブレーキのやつなんだが…こっちでやってみるかい?」


「いや、それで良いよ。ぜひそっちにしてくださいって感じ、壊さないか心配だ」


そう言いながら俺はスズシロの隣にある方に座る。

うちの車の座席より少し硬くゲーセンのレーシングゲームの椅子みたいな感触だった。


「気にするな。買ってからそこそこ時間が経っている物だしな。壊れても寿命だ」


そう言いながらスズシロがキャップを被り手袋をしている。


「さて、しようか」


と、相変わらずスズシロの爽やかな笑顔でゲームは始まった。

ものの…


「ぜっんぜん上手くいかないな」


俺は画面を睨みつつそう呟く。

とりあえず一周といって始まったもののレースをするより芝生の振動を感じる時間の方が長かった。


「初めはそんなものだよガクくん。次は私がアシストしてみよう」


そう言って隣でスズシロが立ち上がり俺の横につく。

その後、俺の手を上から握った。手袋のしっとりとした硬い感触がする。


「ガクくんはブレーキとアクセルを私が言ったタイミングで軽く踏めばいいからな」


「なんか…逆だろ」


苦笑いしつつそう口にする。

俺、運転できないけど。


「確かに、失礼これじゃ見えないな」


と言ってスズシロは俺の背後から手を伸ばす。

柔軟剤か何かの甘い香りがしてお互いの顔と顔が近づき、思いっきり背中にスズシロの胸が当たっている。

俺は心の中で首を横に振る。


(…違う…違う)


「始めるぞ」


そんな声と共に車が動き出す。

ハンドルは緩やかに移動しながら三秒のカウントつきでカーブ前にブレーキを教えてくれる。


(…これが正解か?)


車が俺の運転の時とは別物のように滑らかに動きながらこのスピード感の中で景色を楽しめるくらいの余裕が俺の中で生まれる。これならばドライブにハマる人がいるのも頷けた。


「上手いじゃないかガクくん」


「スズシロのおかげだよ」


「そうか。よし、じゃあ一人で行ってみよう」


そう言ってスズシロが自分の席に戻る。

俺はハンドルを触りつつ隣に座るスズシロに話しかける。


「なんか行ける気がする」


「そうか、じゃあ競争だな」


「それは無理!」


強く首を横に振る。

少なくともうちの高校にいる人でスズシロに勝てる人物はいないだろ。


「なーに手加減するさ」


「いやいや、それじゃつまらないだろ」


「ほぅ…言ってくれるな」


ニヤリとスズシロが笑う。


「なんとか喰らいついてやるよ」


そう言って俺も不敵に笑いレースが始まった。

俺の画面は一瞬で壁を見る。突如、ハンドルに強い衝撃が走っていた。


「ガクくん、まずはピットインの方法を教えるよ」


そう言って立ち上がったスズシロはポンッと俺の肩に手を置いた。

その後、レーシングゲームをやめてケーキを食べつつ雑談をしてスズシロの家にある様々なゲームをやった。


「今日は凄く遊んだなぁガクくん」


玄関口で扉を開けつつスズシロがそう言った。

俺も頷く。チラリと見えた外はだいぶ暗い。


「確かにだいぶやった。夕飯までご馳走になっちゃったし結構遅くまでいたけど本当に迷惑じゃない?」


「まさか、ママが一番乗り気だったよ。私だって長く遊べた方が嬉しいしな」


スズシロはそう言いながらフッと笑う。


「まさかガクくんがあんなに負けず嫌いだったとは思わなかったよ」


「格ゲーというのはなぜあんなにもボタンの数が少ないんだろうか」


「そこがいいじゃないか」


スズシロは目を輝かせながらそう言った。

俺は苦笑いする。それに頷く事はできない。


「じゃあ。また明後日、学校で」


「あぁじゃあ、また」


そう言って別れ、システムの修正をしていると日曜は一瞬で終わり迎えた月曜日。

俺は朝、廊下で偶然今学校にやってきたであろうミシマ先生に出会った。


「そういえばミシマ先生、例えば調理部が何かを売り上げた資金はどうなるんですか?」


「部活動活動資金の受け渡し以外の資金って事だよな?それなら基本的には部活動活動資金とは別の形でその部のお金として管理される。それもしっかり公表されるぞ」


「へー、公表された以外のお金だと使えないって感じですか」


「そうだな。申請しないと無理だ」


「じゃあ二部共同開発で儲けたもののお金だけを片方に渡した場合ってのはそれぞれの部の評価とかはどうなるんですか?」


「部の評価はどういうものかによるけど多分上がるだろ。…何が言いたいガク」


ミシマ先生は怪訝そうに眉を顰めてそう言った。

俺は顔を逸らす。


「いえ、普通に聞きたかっただけですね」


「絶対嘘じゃねぇか!」


ミシマ先生が年甲斐もなく廊下で叫んだ。

俺はふと、考えていた事を思い出しミシマ先生の方を見る。


「あー後、部活の入部届を一枚下さい」


「は?」


ミシマ先生が立ち止まって目を見開き俺を見る。


「俺ちょっとの間、美術部に入部してきます」


「はぁあああ!?」

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