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「桜…散ってしまっているな」
スズシロが隣で同じように桜を見上げてそう言った。
俺はチラリと横を見てから再び桜に目を戻す。
「花見の予定は無くなるんですかね」
「どうだろうな。ミシマ先生の事だ。強行する気がするが」
「その場合は何を見るんだか…」
そう言いながら歩き出し校門をくぐる。
「その場合は私だろうな」
スズシロが隣まで駆けてきて鼻高々にそう言った。
美人だとは思うが自分を桜に匹敵する美しさと自称するとは…
「みんなで囲って褒め殺しにでもしますか」
「絶対、気持ちいい!是非やろう!」
俺は呆れた口調で言ったはずだったが、スズシロはそう強く言ってグッと手を握り目を輝かせ俺の方を見た。
「すごい自信だな」
「まぁな、ただし私の一番の自信はゲームの腕だ。正直、容姿は私を構成するオマケにすぎない。もちろんケアはしているがね」
「…例えば?」
「小一時間語るが覚悟はいいかい?」
ニヤリと笑いながらそう言った。
俺は片眉を上げてわざとらしく首を横に振る。
「…話したいこともあるし今度の機会にお願いするよ」
「そうか、残念だ。ところで話したい事というのはなんだろう?」
「少し気が早いけど青春部の部長について相談したくて、俺はスズシロがいいのであれば是非部長になってほしいと思ってるんだけどどうかな?」
俺には一度部活を潰した前科があるから、とは流石に言わなかった。
そこまで無理に進めたく無い。
それにゲームクリエイター部の部長をしてきた時も結末こそ最悪だったがポジションは気に入っていた。珍しく人と関わる機会が多く新鮮な体験だったのを覚えている。
ただきっとスズシロの方が適任というだけだ。
「申し訳ないがそれは無理だな!」
そう言ってスズシロは高らかに笑った。
「分かった任せてくれ」くらいの勢いで肯定されるものだと思っていたので俺は一瞬、耳を疑った。
それから目を丸くし「え?」と聞き直す。
スズシロは腰に手を当てて胸を張って
「私はどこかのチームのエースなれてもどこかのチームを作ったことは一度たりともない!作りたいと思ったことすらない!」
そうスズシロははっきりと言った。
「ちなみに私が抜けたせいで潰れたチームなら何個かある!」
ジトーッと睨む。
ミシマ先生のこと言えないじゃん、と思ったら自然とため息が出てしまった。
「それにガクくんと元部員さんの仲は悪くなさそうだったじゃないか。次はきっと上手くいく。私はもちろんだがきっとミシマ先生も支えるからさ」
そう微笑みながら言った。
俺は住宅街の壁に目をやり頭の後ろを掻いた。
「…俺で大丈夫ですかね」
「さあな。ガクくんの部長としての腕前を私は知らない。あまりにヤバそうだったらその時に考えればいいさ」
なんだそれ、とスズシロの方を見る。
スズシロは隣でゆっくりと歩きながら後ろに腕を組んで呑気にそうにしている。
「そこは頑張れがほしかったなー」
「もちろん応援している!なんだったらチア部でも呼んで盛大に応援してもらおう!」
スズシロはこちらを見てグッとサムズアップしながら鼻息荒くそう言った。
「執務に集中できない」
「選り取り見どりだしな!」
「そんな失礼なこと考えてないよ!?」
「なーにガクくんならばすぐさま両手に花束、引く手は銀河の星の数ほどになるさ」
調子良くスズシロはそう語る。
それが出来るのはスズシロだけだ、と呆れ混じりの笑いを浮かべながら帰り道を進んでいた。
「そういえばスズシロ、結局エイカさんが美術部に入りたい理由ってのはなんだと思う?」
ふと、思い出した。
色々あったが美術部へ行ったのはそれの調査が本来の目的だ。
「ん?まぁガクくんが言っていた美大みたいなことを教えてるからだろうな。仮に私がエイカさんの立場ならばそんな部活があると知っただけで入学を決めるだろう。まぁああなってしまっては元も子もないような気がするが」
俺は茜色の空を見上げつつスズシロがそう話すのを聞く。
あの様子を見るにエイカさんは現在進行形で元も子も無くなろうとしていた。
俺は頷き「俺もそうだと思う」と返す。
「なんとか彼女が美術部を続ける事はできないだろうか」
「まぁ部長に拘らないのであれば簡単な手はある」
スズシロはしばらく考えるような様子の後
「一旦退部し再び入部届けを出してテストで低い点を取る…とか」
俺は「そうですね」と頷く。
その後は大人しくしていれば次第に治まっていくかもしれない。
あくまで可能性の話だ。
ただ実際の問題はそんなに単純では無さそうだった。
「でも、多分エイカさんは画力テストで高い点数を取ると部長になることを知っていた。だからそれをしていないんだと思う」
つまりエイカさんの入部の目的は初めから美術部部長、もしくはそれに続く役職だったという事になる。まぁ部長を続けるつもりのようだったので目的は恐らく部長だったのだろう。
「…なんでそう思ったんだ?」
「俺たちが話しかけた際、低い点数を取ったらと言っていた。俺のように入部にテストが必要だと誤解していた可能性もあるけど、恐らくその場合は低い点数とは言わない」
「入部条件に必要な点数を言っているはずか」
そう言ってスズシロは小さく頷いた。
俺は「はい」と頷いた後、少し眉を顰めて
「ただ本題であるなぜ部長を目指したかが分からない」
「それが分からなければ解決は出来ないかい?」
「…どうでしょう」
俺は曖昧な笑みを浮かべる。
実はゴリ押しだが一つ案が浮かんでいた。
「ただ、ちゃんとエイカさんが部長を目指した理由も知っておきたいんです」
俺はうっすらと笑いながらそう口にする。
スズシロは俺の方を見ながら一度瞬きを挟み、首を傾げた。
「理由を聞いても?」
「ゲームクリエイター部を潰した時、もっと人の感情を考えてと言われましたから」
それを聞いてスズシロは目を丸くした後、高らかに笑った。
当時は何を言っているんだと首を傾げたが今では俺も苦笑いくらいは出来る。
スズシロはそれからしばらく笑っていた。
その後「それは確かに大切だな」と言って指で涙を拭っていた。
「まぁそれについては目下勉強中なんですけど」
「真面目だなー」
俺はそんなスズシロに「でしょ」と笑って返事をする。
夕暮れは少しずつ青くなって夜に近づいていた。
先にスズシロが電灯の下で立ち止まり、俺も合わせて立ち止まる。
元々歩調は大分遅くなっていた。もうそこの交差点でスズシロと俺の帰り道は別々になるのだ。もう少しスズシロには話したいことがあったのだろう。
「そういえばマ…母がガクくんをまた家に誘ってと食事のたびに言っているのだが、どこか空いている日はないかい?」
「いつでも空いてるよ。当分システムの更新してるだけだから」
「そうか…急だが明日はどうだろう?日曜は残念ながら新作のゲームが出るんだ」
俺は「スズシロの方が大丈夫なら、それで」と言って頷いた。
俺からすればゲームかよ、と思ってしまうがきっとスズシロにとっては大切な、何より大切なことなのだろう。
多分、人の気持ちを考えるというのはそういうことだ。
「分かった。母にも伝えておく」
その後もしばらく話した後「こんな時間か、引き止めてすまなかった。じゃあまた明日!」と手を振ってスズシロと別れた。
翌日、俺は予定通り昼飯を食べてからスズシロのマンションへと向かった。
スズシロの家の前にあるインターホンを鳴らしてしばらく待つ。
エントランスの扉を開く時にスズシロの声は聞いていたので家にいるのは分かっていたもののこの待っている時間のなんとも言えない緊張感にソワソワと浮き足立ち始めた時だった。
勢いよく扉が開く。
「いらっしゃい、待っていたよ」
扉を押さえながらスズシロがそう言った。
出てきたスズシロは私服だった。
白にブランドロゴの入ったオーバーサイズのTシャツと黒のストリート系のズボン。
「カッコいい私服だな」
「ありがとう。ガクくんは…学校に寄ってきたのかい?」
「ん?いや?」
俺は俺の服装を見る。
昨日と変わらぬ学生服と母親と相談してお菓子の手土産を持ってきた。
「私服持ってないからな。スズシロの耳のはピアス?」
俺は自分の耳たぶを指で叩いてそう言った。
スズシロの耳には金色の大きな円形のピアスがある。
ピアスの穴は試験官にバレると噂で聞いたことがあるが大丈夫なのだろうか。
「イヤリングだな。穴は開けていない。普段ゲームをする時は邪魔になるんだが今日はスピーカーだしな」
まぁ、とにかく入ってくれ、と言われ俺は若干緊張しつつ扉を潜った。
リビングの方から俺の挨拶に「ガクくんいらっしゃいー!」と返事が返ってくる。
俺は見えないのにも関わらず一度頭を下げた。
その後、スズシロが洗面所に案内してくれる。
「ピアスもいずれ開けたいのだがヘッドセットに引っかかって耳が裂けた友人がいてな」
「えぇ…痛々しい」
「とりあえず高校卒業までお預けだ」
そんな話を聞きながら俺は手を洗いスズシロの部屋の前にやってくる。
「あぁガクくん、私の部屋に入れるのを待ち侘びている所申し訳ないが今日はリビングなんだ」
「待ち侘びていない」
「そうなのか?前回はよっし!と意気込んでいたじゃないか」
「そういう意味で言ったわけじゃないよ!?」
確かに意気込んではいたけれど。
そんな俺の意見にフッとスズシロは笑う。
その後、リビングに続くであろう扉に手をかけながら
「それに今日はガクくんの為に引っ張っり出してきた物があるんだ」
そう言った。
俺のために…なんだろう。
ゲームのキャラのコスプレとか、か。
「ふむ、まぁ定番のやつを言っておくか」
スズシロは人差し指を立ててキメ顔で俺の方を見る。
「男の子ってこういうのが好きなんでしょ?」
そう言った後「私も好きだがな」と付け加え扉を勢いよく開いた。




