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アオハルゲームメーカー  作者: 夏草枯々
第二章 修羅の道
12/19

5

ガタンッと俺の背後から椅子の倒れた音がして振り返る間もなく俺は横に強く押される。

流石に押されたくらいで倒れる体では無かったものの面くらい引き止めようと伸ばした手が一歩遅く宙を切る。


「スズシロ!」


咄嗟の判断だったがスズシロは一瞬で元部員である彼女の肩を掴んで抱きしめてくれた。

ホッと安堵の息が出る。

もしかすると俺が言う前からそうするつもりだったかもしれない。


「離して!!」


「部員同士であっても暴力沙汰になれば問題だ。確実に美術部の減点は避けられない。そんなものを見過ごすわけにはいかないんだ」


スズシロは尚も暴れる彼女を抑えながらそう言った。


「離して!!うちらの事、何も知らないくせにあいつは!!」


俺はそんな叫びを聞きながら軽く辺りを見渡した。

美術室にいる人たちの多くが俺たちの方を見ていた。

眉を顰め近くの人と小さな声で話している人もいる。

ただ、しばらくすると少しずつ視線は俺の元に集まってきた。その視線は俺達が美術室に入った時とは全く別物に変わっていた。まるで犯罪者でも見ているような困惑したような目で俺を見る。

俺は最悪だ、と小さく息を吐き出す。

返事をしようとしてカタカタと自分の歯が鳴っている事に気がついた。


(…マジかよ)


それを言葉にするにはあの事件から半年以上たった今でも覚悟が必要らしい。

俺は無意識にそれを考える事すら避けていたのだろう。


「そうだね。事実だ」


俺は確かこの街で知らない人はいないと言われる伝説のゲームクリエイター部。そのゲームクリエイター部を廃部にする判断を下した部長だ。

エイカさんの言っていためちゃくちゃにしたというのも間違っていない。俺が部長になった時にいた部員の半数は廃部にする前にやめていたし部長だった俺の話す事を聞いてくれる部員は最後には三人といなかった。

俺に色々と教えてくれた先輩方に合わせる顔なんて無い。


「部長!!」


彼女はまたそう言ってくれた。

もう既に泣きながら。

正直言って俺も泣きたかったもののショックがデカすぎてどう対応すれば良いか分からないらしい。

情けなく視線を彷徨わせ曖昧な表情を浮かべるばかりだ。


「そんな人が作る部活に入るわけないでしょ。出てって!あーしはあーしでこの美術部を部長として何とかしなきゃいけないんだから」


俺を強く睨みながらエイカさんはそう言った。


「エイカさん。それは良く無いよ。彼に謝りな」


前にいた集団の中から一人の生徒が出てくる。リボンの色的に先輩。

この状況を一番に納めるべき顧問の先生は壁の方からこちらを見ているだけのようだ。メガネの奥で澄ました顔をして佇んでいる。


「謝る必要は無いですよ。事実を彼女は言っただけですから、ただちょっと声がデカかったですけど」


俺は扉の方へと向かう。

正面に立つエイカさんの顔を真っ直ぐ見ることが出来ず床のシミを眺めながら歩いた。

言われた通り美術室から出て行くつもりだ。


(顔が笑えてないな)


喋りながら笑うつもりだったが表情筋が引き攣っただけだった。

色々といつもの通りにいかない。


「ガクくん!この後一緒にどこか行こう。ちょっと靴箱前で待っていてくれ」


背後からスズシロのそんな声がした。


「大丈夫、大丈夫」


俺はほとんど何も考えず、昔部員にしたようにそう呟くように言って断っていた。


()()なんだろ?少し私のわがままに付き合ってくれよ。頼む」


俺は俯いたまま立ち止まる。

友達、とスズシロは言った。俺にとって聞きなれない言葉だ。

俺は小さく息をついてまた歩き出す。

美術室の扉に手をかけて頭だけ軽く振り返り「…分かった。待ってる」そう言った。

スズシロは相変わらず抱きしめたまま小さく頷いた。


(…カッコいいな。スズシロは)


廊下に出てホッと息を吐く。

若干、握りしめた手が震えている。


(…それに比べて俺は)


ズルズルと動きの悪い体を引き摺るようにして廊下を進む。脳みそが湿気ったように怠く重い。自然と頭は垂れてくる。鼻から吸った少し肌寒いはずの空気は一瞬にして緩くなり体に溶け込んだ。


「雨…」


薄暗い靴箱から見える外の景色は澱んで見えた。サァーッとうっすら雨音が聞こえてくる。

俺はそんな景色を見ながら廊下の壁に背中をつけ体を預ける。それからゆっくりと目を閉じた。


「ガクくん」


そんな声がして俺は目を開ける。

スズシロが少し息を切らして立っていた。

待っていた時間は数分も無かった気がする。


「スズシロ」


「なんだい?」


「昔、ゲームクリエイター部を廃部にした事を黙っててごめん」


スズシロはフッと笑い


「知っている。昔噂になっていたし、知っていたからこそガクくんは一人だとしてもゲーム作りを続けているんじゃ無いかと予想ができた」


「でも、こういう形で伝えたくは無かった」


許してくれる事を知って告白するなんてのはズルだ。


「仕方ないさ。それに私としては言わなくていいと思っていたし」


「そっか。ありがとう」


そう言ってから俺は息を吐き出した。

少しだけ胸の靄が晴れたような気がする。

顔が少し上がる。

スズシロが正面に立ち真剣な表情で真っ直ぐ俺を見ていた。


「これは可能性の話なんだが私は青春部作りを辞めてもいいと思ったよ」


「え」


「ガクくんのゲーム案を見て思ったんだ。元々ミシマ先生なんて幸運を君は期待して無かった。自分一人の力で全て作るつもりだった。私がどれほど力になれるのか分からないけど初めの予定よりかはミシマ先生に頼れずとも幾分か良い状態と言えるんじゃ無いか」


「それは…」


「私は君と私の目標に青春部作りが足を引っ張っているように感じた」


そう強くスズシロは言い切った。

足を引っ張っている、と俺は呟く。

そうかもしれない。

ただミシマ先生に恩義を感じている自分がいることもわかっていた。

顔を顰めどうするべきか、と考える。


「もはやこうなってしまったら片手間で出来るような状況ではなさそうだしな」


そうスズシロは呟くように言った。


「おいおいー酷い言い草だなぁ。もう既に俺はガクのゲーム案を修正しちゃった後だっていうのによお」


俺たちは声の方向を見た。


「ミシマ先生」


俺はそう口にする。

薄暗い廊下でミシマ先生が顎髭を触りながら相変わらずシャツを若干着崩しただらしない格好で立っていた。

一瞬、廊下に青白い光が差し込み雷が鳴った。雨音も先ほどより強くなっている気がする。


「まぁ俺もシノの言う通りだとは思うけどな」


そう言ってミシマ先生は肩を竦めた。


「そもそもガクの詰まっていた所も更に時間をかければ解決してたと思うよ」


「…そうでしょうか」


自信は無かった。


「あぁ、もっと言えばガクもシノもこのまま青春部を作らず高校生活を送ればたどり着けると思うぞ、目標に」


俺は軽く靴箱の外を見る。

あれから更に景色の彩度が落ちていた。

ミシマ先生は何が言いたいのだろうか。


「だからさ、青春部は俺のエゴだ」


エゴ、とミシマ先生は言った。


「俺はさ、青春もせず勉強もろくにせず高校生活かけて一本のゲームを作った。それで高校卒業の時にいろんな企業の扉を叩いた。こんなもの三年間で作りましたって」


そこで一旦ミシマ先生は言葉を区切った。

それから自嘲するような笑みを浮かべつつ


「大手企業からは相手にされなかった。それでも俺を取ってくれた企業があって、その会社で三年間練りに練った案を出し見事そのソフトはスマッシュヒット。その規模の企業では滅多に取れない賞をいただいたりしてな」


そう言ってフッとミシマ先生は笑った。

恐らく、そのソフトというのが俺に渡されたあのゲームなのだろう。


「で、ようやく落ち着いたから自分の人生振り返ってみれば単純なもんだった。結果が出るまで続けただけなんだって」


「…」


それは結果が出た後の人が言える事だ。

まだ俺たちにとってみれば未知数な世界でミシマ先生のように上手くいかないかもしれない。


「お前らはさ簡単に捨てすぎなんだよ。そんな事をしている時間は無いとか言って、恋愛や友情や勉強なんてものは後になっても出来るけど大人と子供の狭間にいるあの高校時代の青春だけは取り返しがつかない貴重なものだって…俺は後になって気がついたよ」


「だから青春をさせると」


「そうだ。まぁ安心しろ、必ずガクもシノもベニもイタルもアマナも夢を叶えさせてやる。そして青春もさせる。それがミシマナツキの後悔であり俺の今の目標だ」


「それを信じて進めというんですか」


スズシロが少し険しい口調でそう聞いた。


「あぁそうだ。俺の自慢は決めた目標を必ず達成してきた事だからな」


そう言ってミシマ先生は笑った。

それに頷くのは難しい話だ。

何も考えず飛びつくのは簡単だったが、それをしてこなかったからこそ今があるとも思える。

ただ振り返ってみれば近くにあったものが貴重で大切なものだったと後で気がついた事が俺の人生でもあった。それを今でも後悔しているところまで同じだ。


「それにさ、こんな学校なんだ。作ってみたくなるだろ。最強のドリームチームってやつを。ようやくその時がきたって感じだ」


そう言ったミシマ先生の目は少年のように輝いて満面の笑みを浮かべていた。

手を広げ、まるでもうすでにこの手にあるかのような言い草だった。

隣から大きなため息が聞こえてくる。


「もし私の目標が達成できなければミシマ先生はその責任を取ってもらいますよ」


「もちろん。それはシノだけじゃなくね」


指を刺して睨むような目つきでスズシロは言っている。

それに余裕げな表情でミシマ先生は答えた。

そんな二人の様子を眺めて俺も大きく息を吐き出す。


「とんでもない人が担任になってしまった」


「諦めろ!人生そういう時がたまにあるから」


グッとサムズアップされた。

まるで自分の事を言われていないかのようだ。


「やろうスズシロ。まずはエイカさんからだ」


「分かった。目標も叶える。青春もする。厳しい道のりだけど改めてよろしくなガクくん」


「えぇ、こちらこそよろしくお願いします」


俺は頭を下げながら、ふとミシマ先生が言っていた事を思い出した。

「修羅の道」と。


(そりゃわざわざ歩きたい人なんていないよな)


でもそれでも上手くいくと信じて進むしかないらしい。


「おお良かったな。ちょうど晴れてきたし帰れ、帰れ」


春の雷雲はいつの間にか遠くに行ったらしい。

薄暗かった廊下にまで日が差し込んできている。

外に出た途端、雨の残り香がした。空を見上げると夕暮れ時、すっかり茜色に染まっている。


「傘は必要無かったな」


そう隣でスズシロが言っている。

ふと、校門の前にあった桜が目に入る。


「あっ…」


桜の花が緑の若葉を残して散っていた。


「まずいな」

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