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プロローグ「退屈な日々 前編」

 世の中、何が起こるか分からない。然るに未来は誰にも予測が付かないだろう。もしかしたら明日、君達は突然、死ぬかもしれない。交通事故に遭うかもしれない、通り魔に襲われるかもしれない。つまり私が言わんとしている事は未来というものは何が起こるか見当が付かないことなので、今日という日を一生懸命に生きる事こそが最善なのだと。ハゲかかった五十代くらいの特別講師は言っていた。だが、浅井直之あさいなおゆきは特別講師の言っていることに一つも共感できなかった。

 学生にしろ社会人にしろ同じ事を毎日、毎日、繰り返しているだけだ。

 学校に通って勉強をする。仕事に行って仕事をする。どっちも変わることは勉強の内容や仕事の内容だけだ。

 明日になれば突然モテモテになるとか、明日になれば突然天才になるとか。そんな事が起こり得るなら未来は予測が付かないかもしれないが、そんな事はまず起こり得ない。交通事故や事件に巻き込まれる確率は犯罪が多発している今の世の中でもかなり低い。所詮、人は同じ事を繰り返して生きて行くだけなのだ。

 部室長屋の一室にある新聞部の窓から校庭で野球ボールやサッカーボールを追いかけている同級生、下級生、上級生が入り混じった集団を見下ろしつつ、五、六時間目に行われた特別授業の内容を否定していた。

 横には私物の扇風機が置いてあり、浅井だけに風を送り続けている。

 時は六月の半ば。今月分の新聞を発行し終えた新聞部は実に暇で退屈ですることが無かった。しかし、家に帰っても親が勉強しろと五月蝿いだけなのでこうして部室で涼みながら暇を潰しているのだ。

 部室の中央に堂々と座しているのは会議室でお馴染み長机。一つの列に三人から四人くらいがパイプ椅子を並べて座れるという高性能机だ。

 もっとも部員が二人しかいないこの新聞部では無用の長物以外の何物でもない。はっきり言ってしまえばでかでかとスペースを取っているだけで邪魔なのだ。

 控え目なノックに振り返った浅井にその邪魔机が真っ先に視界に入り、本当に邪魔な机だと思い直す。

「空いていますよ〜。ですが、部長は不在です〜」

 投げやりに答えると数秒の後に部室のドアが開き、担任にして野球部顧問の石垣が顔を覗かせた。

「なんだ、浅井だけか? あいつはどうした?」

 石垣の言うあいつとはこの新聞部の部長にして編集長であり、そして新聞部を設立した張本人、岡野弘樹おかのひろきだ。

 付け加えれば長身でイケメンで運動神経が良くて勉強も出来る上に頭も切れて冷静沈着。それこそラノベ(ライトノベル)の主人公。いや、最近では平凡な主人公が多いので、親友役か主役的存在とも言えるか。

 この新聞部には部活に出る部員は二人しかいないが、名簿上の幽霊部員は数多く存在する上に顧問の教師だって居る。だからこそ学校側にも認められ、部活が成り立ち部費が出ている。それを全て当時一年だった岡野が考え実行に移したのだから行動力も飛び抜けて居ると言う事が分かるだろう。

「表面上の活動を行った後ですからね、今日くらいは休むんじゃないですか?」

 表面上と浅井が言ったのは新聞を発行して掲示する事は本来の目的ではないからだ。曲がりなりにも部費をもらっているので学校側に対するポーズでしかない。では、何が本当の目的化と言えば、部室に入ってすぐ右の壁に掲示してあるポスターに全容が記されている。

 そのポスターにはこう書かれていた『気になるあの子の身辺調査から殺人事件に至るまで全ての事件を解決致します、岡野探偵事務所』。と少し控え目な大きさで書かれ、背景は綺麗な青空だった。

 勿論、そんなポスターは町中や学校をいくら探してもありはしない。ここだけの限定品なのだ。今の中学生達にはパソコンや携帯電話という文明の利器があり岡野はインターネット上で依頼者を募っている。

 つまり岡野は探偵『ごっこ』をやれる事務所的な場所が欲しかっただけなのだ。

 以前、自分の部屋を事務所にしたらいいだろうと悠希が指摘するとしれっとした顔で岡野は言った。学校でするからこそ面白いんだろう。と。

 アホだこいつ。その時、本気で浅井は思った。しかし、そのアホに今まで付いて来たのは心底、一緒に居て面白いと思ったからだ。

「そうか……頼みたい事があったんだがな」

 沈黙が続く中、頼み事の内容を聞いて欲しい雰囲気を石垣は醸し出し、根負けした浅井は仕方なく尋ねた。

「頼み事ってなぁんなんですか?」

「実はな斎木の財布が盗まれたのことなんだがな」

 上履きを脱いだ足で扇風機のスイッチを弱から強に切り替えていると思わず反応してしまう単語が出て来た。

 学生生活を送っていればその手の事件は一年。いや、半年に数回は起きても不思議ではない。事実、悠希が一年の時も似たような事件がぽつぽつと発生していた。だが、今回は先週と今週だけで数回、しかも学年を問わず起きた。

 こう立て続けに起きるといつもの単発犯よりも事件を身近に感じ、明日は我が身かもしれないと恐怖を抱く。しかし、反面で人間と言うのは本当に愚かで盗難事件が多発している学校に通っていながら、どこか他人事のように考えてしまう者達がいるもの確かだ。

 クラスメイトの斎木も他人事のように考えている者の一人だった。だから被害に遭ったのだ。

 体育の授業の後、仲の良いクラスメイト数人と戯れていたので、ゆっくりと教室に戻ると先に戻っていたクラスメイトが何かを騒いでいた。それが盗難事件のせいだと知ったのはジャージを脱ぎ捨て半裸になった時だった。

 被害に遭った斎木は悠希の前の席で、机にうずくまり『どうして僕が』と繰り返していたのを浅井は記憶している。

 根暗な性格でクラスから浮いている斎木に同情する者は少なく、浅井も斎木自身の警戒の甘さが原因であり自業自得だと思っている。

 気の毒なことではあるが、そう思われても仕方がないのだ。だから、もし石垣が励ましてやれと言って来るのであれば丁重にお断りしようと決めた。

「岡野なら犯人を見つけることなんて出来るかもしれないよな?」

 断言できる事ではないので同意を求められても困ってしまう。

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