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男爵閣下の居酒屋魔法

 急を知らせにきた漁協の副会長さんに屋敷の留守番をまかせて、港へ続く坂道を下りながら、断続的に灌木の隙間から見える漁船の様子に、気ばかり焦る。


 前を向いたまま手早く段取りを打ち合わせるが、あまり乗り気ではないらしく、後ろに続くエリスさんは「だべな」「んだ」と、生返事を繰り返していた。


 やはり、他人の空似ではなかった。

 エリスさんの正体は、麻袋の人魚。

 近距離戦に持ち込めば、攻撃手段だって……



「とどのつまり」

「とど? あー、ボラだべ? ボラがどしたの」

「あそこまで泳いで行けばいいんじゃないの?」



 背後から、盛大な溜息が聞こえた。


 ……違った?



「エリスさんが捕まった日のことを聞いてまわったら、乾いたところから徐々に足になったって。水の中では尾鰭で泳ぐ、陸に上がれば足が生える。カエルなんかもそんな感じだから、そうなのかなぁと思って」

「カエルと一緒くたにすんな」

「だから海水を煮詰めた水塩で、お刺身を食べさせてみた」

「海じゃ魚や海藻ばっかし食べてたっしょ」



 なるほど、な。

 違いはそこか。



「経口摂取では、変身しない」

「あだしを実験動物にすんな」



 つまり。



「ビショ濡れになったら、人魚に戻るのか」



 エリスさんは「フッ」と、鼻を鳴らした。



「男爵閣下が半分魚の使用人を雇ってりゃ、たちまち噂になるべなぁ」

「それは非常に困る」

「困る……なして?」



 普段よりも低い声。

 明らかに警戒した。



「屋敷で働きたいと言ってきた。近くで監視していれば目的や動向を把握できて、危険と判断すれば殺害する手段もある。ずっと拭き掃除をしていたのは、バケツに水を入れて持ち歩くため。王様の首を簡単に刎ねるほど鋭利な鰭を出すために必要だったからだ。メイド服に難色を示していたのは、逃亡するには目立ちすぎる恰好だから、かな?」

「はァ?!」

「違った」

「こっ恥ずかしい恰好だからだべや!」



 そんな……嘘だろ?



「ジロジロ見んな!」



 そんなぁ……

 カワイイのになぁ。



 ん?



「あの首チョンパの王様は、どんな格好を?」

「普段は、王様っぽいカボチャ服だったべや」

「いや、エリスさんにどんな服を着せたの?」



 人間になれば、全身スッポンポン。

 さすがに服を用意していただろう。

 安直にマーメイドドレスあたりか?



「ホタテ、2枚」



 人魚にホタテ。

 浪漫を感じる。

 わかる、けど。



「そりゃ殺されても文句言えないか」

「んだべ」

「正当防衛かも」

「んだ」



 重苦しい空気を抜けて、喧騒の漁港へ着いた。

 周囲を確認しているうちに、かったるそうに数歩遅れて到着したエリスさんが、外套のフードを目深にかぶりながら「旦那様」とだけ口を切った。



「かなり距離がある、船は出払っているようだ」

「なんまらでっかい。近づかねぇば無理だべな」

「漁船の近くまで行けたら」

「あん時、見てたんだべ?」



    ちゃっぷん



 波打ち際で肘まで突っ込んだ、白い右腕。


 肘から手首にかけて、鋭利な鰭が何層にも折り重なった状態へ、みるみるうちに変化していく。それを扇子のように、バサリと広げた。


 景色が透けて見えるほど薄く強靭な凶器。

 あの時は、全身のあちらこちらにあった。


 シュッと畳んで満足気に頷き、外套に包み込んだ。



「あん時さ。旦那様がなにしたか、あだしは知らね」



 薄紅色のくちびるが、にたりと、裂けた。



「ただ……大気が凍えるほど、しゃっこくなってた」





 俺は、二人目と相打ちになって、死んだ。


 刺された瞬間、致命傷だと直感した。唯一得意としている『冷凍』する魔法で、仕入れた肉や魚と同様、手加減無しに二人目を氷漬けにした。


 居酒屋の息子が魔法を使う。

 考えもしなかったのだろう。

 アッと驚いて目を丸くした。

 あの顔は、見ものだった……



「あぁ! 麻袋が結露して、変身したのか」



    ちゃっぷん



 波打ち際へ行き、左腕を肘まで突っ込む。

 領主の奇妙な行動、背後が少しザワつく。


 呪文なんかは無い。可能な限り具体的に冷えた状態をイメージする、それだけで凍っていく。食材が長持ちして、実家の居酒屋の経営が、日々の生活が楽になる、ただそれだけの生活密着型魔法。


 でも。

 海が相手となると、一筋縄ではいかない。

 経験上、真水と違って海水は凍りにくい。


 いい加減、凍ってきても良い筈なのに、じゃりじゃりとした手触りが延々続く。膝まで浸かった足が、突っ込んだ腕が、感覚が無くなるほど冷え切っているのに、文字通り身を切るように冷たい。それだけだった。


 海は凍らない。

 食材を凍らせるのとは、訳が違う。


 意識は集中していても、朦朧としてくる。

 霞む視界の中、漁船は大きく傾いている。

 波に揺られて、姿勢を維持するのも辛い。


 あまり時間をかけられそうにない。

 そのくせ目立った変化も無かった。





 ……お?



「エ、エリスさん」

「なした」

「いきなり、来た」

「来た、なにが?」



 遠浅の、海中。

 変化があった。

 小さな結晶が、固体化するのを知覚する。


 その中層に、一直線に、氷が伸びていく!



「橋がかかる、一気に渡れば近くへ行ける」

「橋ぃ?」

「氷の橋。 今、浮いてくるとこ――――

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