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男爵閣下、魔物と対峙する

 戦況を覆すほどの、超強力な魔法を操る魔術師。

 代々そういう人物を輩出する家系もあるらしい。

 先祖代々武門の誉れ高い家柄という貴族も多い。


 が。


 うちの家業は残念ながら、三代続く、居酒屋だ。

 現在の武器防具は包丁とエプロン。

 対戦相手は、名も知らぬ俎上の魚。


 ぬぅ。


 鱗が硬く大苦戦。碌に調理器具も揃っていないから無駄に広い厨房で慣れない食材に四苦八苦していると、コンコン乾いた音に続いて「旦那様」と澄んだ女性の声が響いた。


 続いて木製扉の蝶つがいの軋む音。

 そしてメイドが一人、入ってきた。



「なしたの?」

「エリスさん」



 じろりと、紺碧の瞳が向けられた。

 それから、深皿の中をジッと見た。



「これ、なんさ」

「香辛料で、牡蠣と海藻を煮たもの」

「こったら大盛りで、どうすんのさ」

「二人前だよ」



 小鉢を2つテーブルに置くと、諦めたように椅子へ腰かけた。

 レードルを渡して「よろしく」と言うと、飽きれたように小さな溜息をついて、盛り付けながら小言を並べはじめた。



「炊事はメイドの仕事だべ、旦那様」

「気分転換。なんか落ち着かなくて」

「んだば、そっちゃなんさ」

「魚」

「かちこちに(しば)れてるべさ」

「日干しと一緒で、肉や魚は凍らせると日持ちするから」

「……はんかくせ」



 水塩をつけると旨いと教わり買ってきた。

 三枚におろすと、薄紅色の、綺麗な白身。

 皮を引いて、身を薄く削ぎ、皿にのせる。



「はい、名前を知らない魚の刺身」

「ほんずねぇな」



 エリスさんと過ごして数日経つ。

 当初は会話が成立せず戸惑ったが、浜言葉も覚えてきた。

 さしずめ『ほんずねぇ』は、『はんかくせ』と、同意語。

 馬鹿か間抜け、どちらかだろう。


 スプーンで牡蠣のスープを掬い、ズズッと啜った。

 同時に、碧い瞳が大きく見開かれてキラキラ輝く。



「うめぇ!」

「美味しい? ……それなら良かった」

「旦那様、書類ばっかし。わやっしょ」

「はぁ」

「それ、なんの?」

「え?」

「なんの書類さ?」



 知ってか知らずか、1つの封筒を指差した。



「それじゃ、冗長な言い回しが多いので、簡潔に。この小国へ侵攻してきたのは、ある噂話が発端らしい」

「へ~ぇ、うわさばなし」

「この漁村で珍しい生物が水揚げされた。下半身は見慣れた魚類、ヘソから上は、まるで人間のような姿をしている。これこそ伝説の人魚に違いないと港は大騒ぎになった」



 エリスさんは書類の内容に無関心のようだ。

 たった一言、「あんれま」と相槌を打った。



「して?」

「献上しようと話しているうちに、漁網を食い千切って、走って逃げた……と」

「走った? 胡散臭ぇ、下半身は魚なんだべ」



 大きく頷く。

 それについては、こちらも疑問だった。



「ここの王様は、必死で捜索していたそうだ」

「なして?」

「凄い魔法が使えるって言い伝えがあるから」

「なんの?」

「蘇生魔法」

「なんそれ」

「……死人を生き返らせる、黄泉還りの魔法」



 エリスさんが、刺身をフォークで突き刺す。

 カシャンと、皿が音をたてた。

 水塩につけて、パクリと、口に放り込んだ。



「王様ぁ、見つけらんなかったんだべな」

「そうなのか」

「んだよ……」



 いつもの無表情のまま、にたぁり、笑った。



「したって……王様、死んじまったべや」



 俺の見解は、違う。

 人魚は家臣ですらない魔物の一種、命令に従わない。王は所持しているだけで、魔法の使用権限は有していなかったのだと考えている。


 なにか、条件があるのだ。



「死んだ王様がバラ撒いた人相書きを渡されて、領地をやるから密かに探せと命令された。居酒屋のほうが性に合ってるんだけど、男爵になった」

「そらぁ、誰でも偉ぐなりてぇもんな?」



 ぺらり、と広げて見せた。



「その人相書きが顔見知りに似てたから」



 貴族の娘のように、綺麗に編んだ長い髪。

 シンプルだが、華麗に惹き立てる装飾品。

 どこか冷たさの漂う眼差し、細く引いた眉、すーっと通った鼻筋の下、固く結んだ薄い唇、年のころは10代後半の少女という見た目だろうか?


 こうして見比べると、やはり、似ている。

 ゆるふわボブに変えただけ。

 ゴクリと、喉が音を立てて、鳴った――



「最近、バッサリ髪切った?」









「知らね」

「黙秘?!」

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