第1章 4 メイドは旅支度をする
わたくしめに姫様から一つの役目が言い渡されました、近く諸国を周る旅に出る、との事で、その旅支度を整えておくように、と、仰せつかまつりました次第で御座います。
さて、旅に出るとは仰られても、姫様の気分次第で数年の旅になるのか、はたまた数ヶ月なのかも変わって参ります、わたくしめはまず近隣の主要な街を調べまして、旅程の確認をいたしました。
まずは姫様が治めますこの地、カリーガラ領を出るのには馬車で1週間ほどを見積もればよろしいかと思われます、この地は広大な穀倉地帯でありますし、山林などにも囲まれておりますから、何となれば通りすがる村々で食糧などを買い付ければ問題はないでしょう。
食糧の心配が暫くの間とはいえ無いのであれば、次に考えるべきは衣類でしょう、幸いにして、わたくしめのお仕着せは丈の長いものから動きやすい丈や袖の短いものまで姫様から賜っておりますので、わたくしめの衣類に関してどうこう、と言った悩みはございません。
そうなりますと、姫様の旅装をどうしたものか? と思案していたところ、姫様はそれはおかしそうに「貴族の馬車で旅をするならそれなりの格好というものがあるわね?」と、まるでわたくしめの浅慮を見透かすかのようなお声がかかりました、恥ずかしながら、わたくしめは確かに貴族としての品格を完全に忘れた実用性しか考えていない、貴族らしくない衣服を想定していましたので、恥いるばかりで御座います。
急ぎ、出入りの仕立て屋に、貴族として恥じない品格を保ちつつ動きやすい服を仕立てて欲しい、と頼みましたところ、滝のような汗を流しながら首の骨が砕けるのでは? と、心配いたします程に上下に頭を振って返事をいただきました、2週間の間には必ずやお届けに上がります、との事でしたが、随分と顔色が優れないようでしたので無理はせず、期日は1月の猶予で良い、と伝えると、ホッとした顔で帰って行かれました。
次にわたくしめは、館を出て傭兵組合へと赴きました、貴族たる姫様に億に一つでも危険があってはなりません、身元の不確かな傭兵如きに護衛を任せるのはわたくしめと致しましても業腹ではありますが、姫様が仰られるには、それがどれだけ無意味な事であっても、貴族としての箔と言うものがあるのよ? との事でしたので、せめてもの妥協点と致しまして、わたくしめが自身の目で選ぶ事になりました次第で御座います。
「こちらの傭兵で腕に覚えのある方をここに集めていただけますか? この地の領主であらせられます、姫様の護衛を探しております由、未熟者は省いてくださいませ」
受付にて敢えて声高に告げますと、案の定程度の低そうな猿どもが色めき立ちます、自慢ですが、我が姫様は侯爵の位をお持ちになる大貴族、その護衛を任されると言う事は名誉であり、また、金銭的にもかなり期待のできる仕事なのです。
「侍女さんよ? 領主様の護衛って事はそれなりに報酬は期待して良いんだろ? 具体的には幾らの仕事なんだ? 人数は何人要る?」
「そうですね、隣の領への約1週間、報酬は1人金貨10枚、人数はわたくしめがこれは、と思った方は全員です」
そこかしこからどよめきが聞こえました、この街の宿の平均が一泊朝夕食付き銀貨2枚、それもそれなりの宿での価格ですから、宿暮らしで500日過ごせる金額です、当然といえば当然かと存じます。
この世界の通貨は銅貨、銀貨、金貨、ミスリル貨となりまして、銅貨100枚で銀貨1枚、銀貨100枚で金貨1枚、金貨1000枚でミスリル貨1枚となります、銀貨1枚がリアルでの1000円相当なので金貨10枚ともなりますと100万円が1週間で稼げる、と言ったらお分かりいただけますでしょうか。
「ヒュー! そんだけの仕事ならウチは手を上げさせてもらうぜ? ウチはこのギルドでも一二の規模と実力のパーティーだしな!」
「では、まずはテストと致しましょう、我こそは、と思う方は武器を構えて下さい、そうですね、5秒間立っていられた方は合格と致しましょう、気を強く持ちなさい」
素早く身構える者、何を言っているのか理解できぬ者、我関せずと酒を飲む者、様々ですが、そんな事は些細な問題です、わたくしめは正確に5秒の間だけ、普段抑えている殺気を放ちました、と言っても大分セーブした力しか見せていませんが。
「合格者は...6名ですか、まぁ良いでしょう、そこで酒盛りをしている貴女達6名を雇う事にしましょう、他の方は気絶してしまわれましたし、仕方ありませんね」
わたくしめは、ギルドに併設された簡易の酒場で青ざめた顔をしている女性の傭兵達に声をかけました、職員を含めて意識があるのは彼女達だけでしたので他に候補になる者もおりませんでしたので。
「...はは、冗談キツいぜメイドさん、アンタみたいなバケモノがお守りしてる姫様、英雄かキチガイしか襲わないっての...まぁ良いよ、金貨10枚の仕事なら喜んでやろうじゃないのさ」
燃えるような赤い髪を伸ばした、しなやかな肢体の女性は震える手からなんとかジョッキを離して硬い笑顔を作ると、なんとか、と言った体でこちらを向きました、まぁ姫様の護衛というのは体面を気にしてのもので、実際にはわたくしめ1人でも十分なので、彼女の言うことも理解できてはおりますが。
「それでは些細が定まりましたらまた連絡いたします、そうでした、装備品などはこちらから支給させて頂きますので、後日当屋敷へお越しくださいませ、それでは」
さて、お屋敷に戻り夕食の支度を致しませんと、姫様にご不便をかけるなどメイドの名折れでございます。