第1章 3 メイドは一計を案じる。
私めが目を覚ましますと、外はどしゃ降りの雨でございました、こういった時、リアルワールドであれば洗濯や買い出しなどの雑務が滞るのでございましょうが、この世界においては単に仕事をしないでも良い日、つまるところ休日として誰もが家に篭るのでございます。
それにもかかわらず、私めがこのような森の奥にまで足を伸ばしておりますのは、ひとえに、楽器を探しているからでございます。
「っくしょい! 寒いですねぇ、どうですか、こちらに来て火にあたられては? お風邪なんぞひいちゃあ、つまらねぇでしょう?」
野卑な濁声に沈黙でかえしますと、好色の色を浮かべた卑屈そうな小男が隠しもせず舌打ちをいたします、男の連れの男達も揃っていやらしい視線を私めに送りながら、思い思いに武器の手入れなどをしております。
冒険者組合からの情報によりますれば、この小男率いる6人の男達、そのいずれにも懸賞金がかけられているはずでございます。
「まぁ良いじゃねぇか、風邪ひいてぶっ倒れたら俺たちで手厚く看病してやりゃあよ! がははははは!」
人一倍の体格を持つ大男が豪快なつもりの下品な笑い声をあげると、ちげぇねぇ! そうだそうだ! と残りの5人も口々に笑い声を上げました。
どうやら小男、見猿の小次郎は、一味の頭目である事を隠したいご様子、ならばと私めも何食わぬ顔で、さも大男が一味の柱であるかのように、大男に黙礼を送っておきましょう。
しかしここで問題なのは、小次郎一味の数でございます、全員を殺さずに、しかも逃さぬように無力化するにはこの森小屋の出口に陣取る手下二人が流石に邪魔でございます。
今回私めが欲しい楽器は出来るだけ生き汚く、しぶとく、それでいて良い音で鳴いてくれそうな、そんな楽器でございますので、見張りを務めるお二人に関しては死んでいただいても構わないのですが、大事な楽器候補をみすみす殺してしまっては本末転倒と言うものでございましょう。
私めがどうやって一味を生かして捕らえようかと思案しておりますと、小屋の戸をドンドンと激しく叩く者がおりました。
「すまない! 誰かいるならここを開けてくれないか?! パーティーメンバーが傷を受けている、出来るだけ休ませてやりたい!」
小屋、と言うよりは一軒家に近い広さのここでございます、今更数人が増えたところで困るものでもございません、私めは無言で立ち上がりまして、小屋の扉を少し開きました。
「ありがたい、貴方は、メイドか? このような森の中には似つかわしくないな、まぁ、そんな事より、少し休ませてくれないか?」
「私めはこの小屋の管理人というわけでもございませんし、構いません、と言えはしませんが、お断りも致しません、さぞお疲れでしょう、中へ入られるとよろしいかと。」
ありがたい、と言いおいて3名の客人が小屋に入られました、リーダーと思わしき凛々しくも美しい顔立ちの騎士鎧に身を包んだ女性、スペルユーザーと思しきフードのついたローブを目深に被った小柄な女性、短弓を今にも取り落としそうに震えた手で持つレンジャー風の女性をつぶさに見れば、ふくらはぎが紫に変色しておりまして、毒を受けたご様子。
「毒にやられましたか? 幸い、私めの荷物に解毒薬がございます、種類によっては治療させていただきましょう。」
「本当ですか?! ありがたい! 恐らくは狩人の仕掛けた麻痺毒だと思うのだが、詳しくはわからない、とにかく見てやっていただきたい!」
黙礼して、鞄を手に怪我をしたレンジャーの少女の脚を詳しく調べる、最も、その毒の正体は私めの仕掛けた毒なので知ったものではありますが。
彼女たちがこの毒を受けた、と言うことになりますと、小次郎一味を追い立てるためのルートが一つ潰れてしまいましたね、あの道には毒矢は数射分しか仕掛けておりませんので。
「この森の近く、村の猟師が仕掛ける毒ですね、幸いこの毒ならば治療薬がございます、少し滲みますので口を閉じて舌を噛みませんよう。」
何食わぬ顔で毒の治療薬を塗り、粉薬を白湯に溶かしてお渡しいたしました。
「ありがとうございます、重ねてすみませんが、休める椅子などないだろうか? あぁ、本当にありがとう、ユールファ、少し体を休めると良い。」
レンジャー、ユールファさんは遠慮がちにソファーへ横になると、しばらくして寝息を立て始めました、毒とぬかるんだ森の道で体力を使い果たしたのでしょう。
「おいおいメイドさんよぅ? ここにはあんた一人じゃねぇんだぜ? 俺たちにも断ってからにしてくれよな。」
そう言いながらも視線は眠るユールファさんの身体を這い回っています、よくよく下賤な方々ですね。
申し訳ございません、と心にも無い謝罪をして、かまどの前に移動、置かれていた大鍋を火にかけ始めます、少し感の働く猿どもならば森の中の小屋にそのまま使えるような鍋が置いてある事を不自然に思えたのでしょうが、色気付いた猿にそのような余裕はありませんでした。
先程、私めは一つ嘘をつきました、ここの管理人では無い、と言わせたいただきましたが、ここはまさしく私の管理する小屋でございます。
大鍋で簡単なスープを作り、人数分の器に盛り付けまして皆様に配膳いたします、当初とは大幅に変更を余儀なくされた手順ではありますが、ここはやはり食事に毒を盛らせていただきましょう。
食器を拭うフリをいたしまして、小次郎一味の物には強力な睡眠薬を仕込ませていただきました、これで眠らないモノはさぞかし良い楽器になってくれるでしょう。
案の定、と言えましょう、小次郎一味は各々うつらうつらと居眠りを始めました。
「ご協力感謝する、ツァーレ殿、これで死人を出さずに害虫が駆逐できる、ついては謝礼だが? あの大男だけ置いていけ? 一人で何かできるような知恵はなさそうだから構わないが、何をするつもりなんだ? っ! いや、聞かなかった事にする、私は何も聞いていない、好きに使ってくれ。」
青ざめた顔で一味を縛り上げる女騎士とスペルユーザーを装っていたスカウト。
翌朝目を覚ました一味が口々に私めに恨み言をおっしゃっていましたが、私めといたしましては、瑣末な事にございます。
まもなく付近の村から馬車がやってくると男達は次々に荷台に押し込められて行きました。
「おい! なんで俺だけ役人に突き出さない? お頭が捕まって俺がお前に復讐しないと思うのか?!」
嗚呼、この愚かしさこそ、この度奏でたい楽器の音でございます、知恵もなく、勇気もなく、力と呼べるものもない、群れて悪事を働くだけの塵芥、そんな者が上げる悲痛で必死な命乞いと絶望の断末魔、感性を刺激されます。
髪の毛を無造作に掴むと、騒ぎ立てる大男を引き摺りお屋敷へと帰ります、姫様の無聊を慰める演劇になると良いのですが、さて、この楽器はどんな音を奏でるのでしょうね?
しかし、私めもまだまだメイドとしては至りませんね、本来で有れば彼女達が到着する前にはチューニングを兼ねて少し遊んでおこうかと思っていたのですが。
どうにも、コロナに罹ってしまったようでして、長時間の作業が出来ません、体調が回復しましたら不定期とは言え、早いうちに続きを書かせていただきます。