第1章 2 メイドは主人が為に準備する。
さぁ! おまちかね! かはさておき、スリルのある展開に発展しそうですよ! スキモノの皆さんは刮目あれ!
朝はある意味で幸運でございました、姫様の領内では最早些細な犯罪者さえ出る事がございませんし、時折買い付けに来る商人も、このお屋敷には顔さえ向けることはありませんから。
さて、姫様のお食事とお召替えも終わりましたし、楽器の調子をみておきましょう。
「姫様、私めが今朝方仕入れました楽器がございますので、今夜の晩餐は地下でお取りになりませんか? 心を込めて演じさせて頂きますので。」
「あら? 今日は私のお誕生日だったかしら? 予定にない演劇が見られるなんて、嬉しいしらせね、ツァーレは本当に最高のメイドだわ。」
お褒めに預かり、夢見心地のままに、姫様の御手で頬を撫でられた後。
失礼致します、と、御前から退室して、私めは鍵束を手に5重の扉で塞がれた地下のプレイルームへと降りてゆく、本来ならば薔薇園やバルコニーで姫様の御照覧を頂きたいけれど、楽器の音が領内に響きすぎるのもよろしくありませんね、開幕はなにぶん夜半ですから。
内側から一つずつ扉を閉めていくと、5枚め、最後の扉の表面に、違和感を感じました。
「こんなところに、指の跡が残っているなんて、掃除のし忘れかしら? それとも、、、楽器の仕舞い方が悪かったのかしら? ね? ヴァイオリンさん?」
「ゔゔゔゔうーーー!!! ぐぅゔゔゔ!!!」
楽器が独りでに鳴るなんて、ナンセンスですわね、それに、あんなに乱暴に演奏していたら、調律が狂ってしまうわね。
私めはひとつため息を吐くと、地下室の開閉に使う鍵棒の先に、布切れをくるくると巻き付けました。
「楽器は奏者なく鳴ってはいけません、ちゃあんと、今夜の晩餐で演奏してあげますから、今は鳴り止みなさい?」
私めはか弱い、ただのメイドの身、鍵棒を階段の下に向かって何度も振り下ろすのは重労働なのでございます、それでも、丁寧に楽器を大人しくさせると、これもまた重労働な、ソレを運ぶ仕事が待っているのです。
「はぁ、楽器のお手入れは楽しいけれど疲れるわね、でも、姫様が楽しみにしてくださっている夜会のための支度ですもの、頑張らなくてはね。」
それに、余り従順な楽器ばかりではつまらない劇にしかならないでしょうし。
午後からは夕方の食事の準備までに私めに与えて下さった休憩、その後はお買い物へ出掛けるのが一連の流れでございます。
御屋敷から商店の並ぶ通りまでは歩いて15分ほど、途中の道すがらには民家もないので行き交う人々もありません、今夜を楽しみにしてくださっている姫様のことを想うと、自然と鼻歌が流れてしまいますので、これは幸いと言えるかもしれません。
馴染みの酒屋でワインを数本、新鮮なものを特に扱う肉屋で、本日の主菜は、そうね、ハンバーグが良いかしら。
それとスープは牛の骨と野菜クズで味を引き出して、濾したものを、シンプルに塩と胡椒だけの琥珀色のスープにしましょう。
姫様は少食だけれどデザートには拘るお方ですから、ベリーソースのスフレなんていかがかしら?
あら、私めも少し浮かれているのかしら、ノコギリがそろそろ替え時なのを忘れるところでしたわ。
この領内で唯一の鍛治所に顔を出せば、嘘臭いほどに陽気な女将さんと、いつも苦虫を噛み潰したような顔の聾唖の御主人が出迎えてくれます。
私めは、ノコギリを3本、火かき棒を10本 以前修繕に出していたスコップを頼みました、しかし、珍しい事に女将さんの顔が曇って行きます。
「も、申し訳、ございません! 今日は荷車が壊れていて、それだけの量の金物を運べるのが、旅の冒険者しかいないのです! 御許しを! 平に御許しを!」
なぁんだ、そんな事で女将さんは困っていらしたの? 構わないわ、荷車がないなら仕方ないではありませんか、冒険者なら運べるというのなら、連絡方法を聞けば解決するお話ですわよね?
「は、はい、有難うございます! 有難う、ございます! 冒険者は3人組で、男一人、女二人です、男がリーダーで、ヨタの酒場に泊まっているそうですので、そちらへ行っていただければ!」
女将さんから伺った冒険者は確かにヨタの酒場で見つかったのですけれど、管を巻いている男は身綺麗とは言えず、酒の匂いを漂わせた、酔漢でございました。
「ゴメンなさい、兄さんったら、最近思う様な稼ぎが無くて少し荒れてて! 荷運びくらいなら私がスキルでやりますから! え? 一人で運んでも三人分の手当をくれるんですか?! それは嬉しいですけど、何でそこまで?」
「ふふふ、貴方様の声があまりに綺麗なので、ワタシが独り占めしたいから、そういったら、貴方様はどうなさるの? お断りになられるのかしら? まぁ、可愛らしく赤くなられて、冗談でございますよ、鍛冶屋のご主人のところは荷車の故障だという事なので、次に納品に来ていただけるのがいつになるのかわからないのです、なので、この際あなた様方、まぁ、実際には貴方様一人にお願いするとは言え、出来る事ならお願いしたいのですが?」
「そうなんですね、わかりました! ですけど、お姉さんみたいな綺麗な人が冗談でも揶揄うのはダメですよ? 私なんてこのままお嫁に、何て、少し思っちゃいました、、、」
ゴメンなさいね? と軽く返して、二人で鍛冶屋へ向かう、店の裏手に回ると、ご主人が黙々と木箱に注文した品を入れていた、そもそもしゃべれないので当然ではありますが。
スコップの仕上がりだけはその場で確認して、箱に入りきらない、と理由をつけて私めが自身で持つことにいたしました。
「そう言えば、メイドのお姉さんは、お名前なんて言うんですか? 私はルゥリーと言います!」
「メアリ、メアリ•セレストと申します、それにしても、ルゥリーさんの声は本当に耳に心地ようございますね、ふふ。」
二人並んで帰る道々、通り過ぎる人々は皆笑顔で私め達に声を掛けて下さいます、ルゥリーさんは仕切りに、姫様にお会いしたいと言っていましたが、さて、どう致しましょう?
「では、こうしましょう? 私めが今持っている食材で、本日のメインディッシュを当てられたら、姫様にお会い頂けるようお願いしてみましょう、それでどうかしら?」
嬉しそうに笑った後、真剣に料理の献立を考える姿は、小動物の様で愛らしい、本当に可愛らしい子です事。
「さあ、御屋敷の門が見えてきたので、そろそろ答えをどうぞ?」
最後にうーん、と唸ると、ルゥリーさんは答える。
「挽肉と玉ねぎ、牛の骨はたぶんスープに様だから、これは良いとして、玉ねぎの他にも根菜やキャベツがあるから、ハンバーグ!と思わせた後に、本命は! ロールキャベツ! 違いますか?! あってますか?!」
「ふふふ、残念ですわね、正解はハンバーグでしたのに、少し考え過ぎてしまいましたかね? ふふふ、ほんとうに、ざんねん。」
あぁあぁ、本当に、残念、でしたわね、この子なら姫様も喜ぶ楽器になれると思いましたのに。
ルゥリーさんに納屋の中へ荷物を運んでもらい、少し多めの銀貨を渡す、最初は遠慮していたけれど、アナタみたいな可愛らしい子がデートしてくれたお礼ですわ、そう言っておでこにキスをすると、熱に浮かされたように帰路へと着いた。
そうして食事の支度までの短い間、金物の手入れをして過ごし、じっくりとダシを取ったスープ、粗挽きにしてもらったお肉のハンバーグ、スフレチーズケーキと、それに添える真っ赤なベリーソースが出来上がる。
さあ、姫様をディナーショウへエスコート致しましょうか。
はい、タイトル詐欺、ならぬ、前置き詐欺でした。
白状します。
このお話の構成、と言うか自分のルールは、
①各章1〜最長10まで。章ごとに1〜10までの間中、いつやらかすのか、ついにやらかすのか! と、煽っておいて、やらかさない、もしくは何の盛り上がりもなく唐突にやらかすのか?!、と言うのをコンセプトにしています。
②なので後最長8文節の間のどこかで彼女たちがやらかします。
③審問官さんは特に面白くない楽器になりそうだったので、次の楽器候補に期待して下さい。
ヒント 名前の出ないキャラは、序章を除き、単独でのやらかしシーン突入対象外です。